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第1章-2 限界の世界

「ハールの回復薬が300ゴールドにノールの銃弾が1900ゴールド。イーの回復薬が4000ゴールド……」

「それからミシェルの治療代14000ゴールドな」

「包帯があれば50ゴールドで済んだわよ!」

 ミシェルの指圧がペンに勝った。

「何ですぐに渡さなかったのよ! 持ってたんでしょ⁉」

「正直に言えば俺は持ってなかった。あそこって呪いとか毒がメインだからな。聖水や毒消しは持ってきてたんだがな」

「各自持参してると思ってたんだ。それより、何でミシェルは準備しておかなかったんだ? 罠解除はお前の仕事だろ?」

 ずいっと近寄るノール。普段立っている時でさえ背丈の差がかなり露見している二人が、片や座り、片や立っている状態だと、その差は更に広がり、圧倒されるミシェルは目を反らし素直な答えを述べることしかできなかった。

「あの……ケチりたくて」

「その結果が280倍もの損害か?」

「誰かが持ってると思ってたのよ!」

 結局誰もが他人を頼る。それが、ノールがマスターを務めるギルド『フレンドシップ』の最大の弱点となっている。

「それでも~皆無事で、よかったですよね」

「あたしは無事じゃなかったけどね!」

 こんな状況であってもイーは安堵の表情を浮かべるが、今回一番の被害者であるミシェルは悲哀の表情を浮かべる。

「んで、今回の取り分っていくらだったんだ?」

「スレーンド墓地地下の死霊討伐。20000ゴールド。ギリ200の赤字だ」

「マジかよ⁉ スレーンド墓地地下まで行ったんだぞ⁉」

 辺境スレーンド村にある墓地は比較的難易度が高いダンジョンである。それ故に人気の無い依頼なのだが、それ以上に帝都からテレポーターで直通できない上に近くの街から歩いても三十分以上もかかるスレーンドの依頼は面倒がられて誰も寄り付かないことが多々ある。

 それ故に何日も依頼が放置され、困り果てた住民が積みに積んだ報酬は大きかった。それでも赤字になった理由は明白である。

「死者が出るとは思わなかったからな」

「それ以上言うなら収穫渡さないわよ」

 弄られ過ぎたせいでミシェルが拗ね顔になる。

「あー、そうか。そうだったな。確かスレーンド墓地地下を選んだのって宝箱漁りをしたかったミシェルだったな」

「そうよ! それを主役そっちのけで張り切って!」

 こそこそする主役とかどうかと思うが、と思ったハールだが口を噤む。ここで告げてしまうと一日二日口を聞いてもらえなくなるかもしれない。

「で、その成果は?」

「これ」

 ドンッ! と机の上に成果を叩き出した。

「おい、それは何だ」

 ノールが問いかける。

「黄金のタマヤン像」

 ミシェルが答える。

「それは分かる」

 ノールが堪える。

「これが成果か?」

 ノールが問う。

「これが成果」

 ミシェルが答える。

「これだけかぁ‼」

 ノールが堪えられなかった。

「仕方ないわよ! あたし二個目の宝箱で罠にかかってそのまま介抱も何も無く朽ちたんだから!」

 ミシェルが不可抗力だったと口論するが、それでも誰も手を差し伸べてはくれなかった。盗賊の上位職である怪盗が罠のついた宝箱二個目で失敗(それも開錠、奪取特化怪盗で)している時点で職務怠慢だ。

「可愛いですね~」

「何ならイーが持ってけばいい。どうせ二束三文だろう」

 タマヤンとはそこら辺にどこでも沸いている玉ねぎ型のモンスターであり、そのタマヤンをモチーフにしたこの黄金のタマヤン像は貴重な品だった。

 だった。

「これが三年前だったら――!」

「その頃は売ったお金で豪勢したよな。錬成し放題、回復薬買い放題。何より――ここの拠点も確か――あの時手に入れたんだよな」

 ハールは過去を思い出しながら、ある人物の顔を思い浮かべていた。

「お待たせしました。お茶が入りました」

 それは偶然か、運命か。ハールがその人物を思った瞬間、その人物の声が広間に響いた。

 声の聞こえた方、奥の方から現れたのはメイド服に身を包んだ淡いピンク色の髪をした少女。会議室兼皆の談話室の奥にある給湯室で皆のお茶を用意していたみたいだ。

「ありがとうセシリ」

 ハールは誰よりも早く、お茶が彼の前に用意されてもいないのにお礼を述べた。

「いいえ。これが私の仕事ですから、ハールさん」

 それに対して、少女セシリはハール一人に向かって返事をする。

「お熱い所悪いが、俺にも熱い物を一つくれ。懐が寒いせいか心も寒いんだ」

 見慣れたその二人を茶化すわけでもなく、寧ろ呆れながらノールはお茶をくれるよう頼んだ。

「あ。申し訳ありません。今すぐ紅茶を入れますね。今日はクッキーも焼きましたので一緒にどうぞ」

「わー。いい匂いですね」

 紅茶を注ぐ前にクッキーの甘い香りに負けたイーがクッキーに手を伸ばす。

「これ、この前一緒に収穫しに行ったククの実か?」

 イーの次にクッキーに手を伸ばしたハールがクッキーの中に練り込まれた薄茶色の木の実を見て問う。

「そうですよ。いっぱい採ってきましたから、ふんだんに入れてみました」

「うん。美味しい」

 ハールはそれを聞いて頷くと、クッキーを一口含む。

 クッキー特有の甘さの中にククの実の苦みがいいアクセントとなっている。

 セシリはフレンドシップで給仕をしていて、主に料理番として働いている。

 そして、ハールの愛し人であり、セシリもその思いを受け入れている。

「…………」

 そんな二人の仲睦まじい姿を見ながら、ミシェルはククの実入りクッキーを磨り潰すように食べる。

「そんなんだからずっと負け続き何だぞ?」

「うっさいわね!」

 舌がクッキーを味わう前にミシェルは紅茶一杯で胃へと押し流す。

 そして、異常で執念じみた行動にも一切気付かない二人だけの世界を作るハールとセシリを見て、ボソッと呟いた。

「人とNPCの恋っておかしいでしょ」

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