第3章-6 生まれ変わる意思たち
「冒険者たちよ! 此度の協力に感謝する! これより先の警備、及び調査は我ら帝都騎士団が引き受ける。各自ゆっくり休まれてくれ。それと、大穴の方には決して近づかないように願いたい。地下ガスが漏れている危険性がある」
炭鉱の街から消えた街に変わったアズガルド。そこでアークバード隊長に注意されたことをハールはぼやっと思い出す。
「もしかして、近づかないと言うか近づけないようにされていたのか?」
「リンク先を消された感じに似てるな」
それをノールがネットに例えて皮肉る。
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。皆カンカンだし。ハールは気になんないの?」
「俺だって怒ってるさ。けど、俺の場合は今更だからな」
スレーンドの村が壊滅したことは、周辺のフィールドの消失も含め多くの冒険者にとってそこまでの痛手にはならなかった。
けど、今回は違う。
炭鉱の街アズガルドは他の都市とは一線を画す重要性が冒険者にはあった。錬成、鍛冶の技術が発達しているからだ。
初級者は新しい一歩に。中級者は試行錯誤するために新たな武具を。玄人たちには己と共に生きる相棒を極める為に、一度、いや何度でも足を運ぶのがアズガルドだった。
そして、その街を灰にしたニーズヘッグもまた、冒険者にとって一つの目標地点であり、今なおトップクラスに位置する強烈な武器を錬成するために必須な素材を所持していた。
冒険者の目的の一つが削がれたことは言うまでもないが不満を買い、先日のアップデートなど前夜祭だった程度の暴動が起きた。
「何考えてるんだろうな。NV社は」
「またどこか新しい移住者が入ったの?」
「俺に聞く前にニュースを見る位しろ」
NV社が陰謀を企んでいることにいち早く気付いたノールはいつの間にかフレンドシップの密偵係とされていた。ただネットニュースを漁って憶測しただけでこのあまり綺麗ごとではない大出世を果たしたことが遺憾なのは口の悪さでよく分かった。
「その可能性はあるにしろないにしろ、いずれスペース不足は顕著に現れる。そん時に急ごしらえの部屋作るよりかは、今のうちに作っておこうって話じゃねえのか?」
「でも~。それって他人の何ですよね?」
「正確にはあいつらの持ち物だからなんとも言えねえが。流石にこれは納得がいかねえわな」
イーもご立腹な中、ノールもこれはやり過ぎだと意見を改め始めていた。
「ん?」
その訴えが届いたのかは定かではないが、ハールの元にあるメールが届く。
「何? お詫び?」
「取り繕ってきたか?」
「何かしら~」
それはハールのみではなく、ミシェル、ノール、イーにも届いていた。
「此度は度重なるトラブルに――、トラブル扱いか」
「俺らも始めはバグや不具合を疑っただろ。すり替えるにはもってこいだ」
「で、それのお詫びって何よ?」
誰の仕業か分かっているため、皆疑いをかけてメールの続きを見る。
「不具合の修正には時間を要することになると想定されています。ですので、その間移住者の皆様にはVRニューセンチュリーに一時移住していただきます。メンテナンスの間ニューセンチュリーでかかったお金は当社が負担致します……」
部屋で欠陥や不備が見つかった際に新しい部屋をすぐさま、無償で用意する対応のいいホテルのようだ。それが自身の不手際を隠すためだと気づいていなければ。
「不具合修正ってやつか」
「絶対に直す気何てないでしょ」
ミシェルがこれ以上読む気はないとメールを閉じた。
「これ怪しいよ! こんな詐欺メールみたいなの送って来るなんて頭おかしいでしょ⁉」
ミシェルが誰にも見えないメールの文をなぞるようにいきり立つ。
「それは俺たちが怪しいと疑っているからであって、他の連中はようやく直るんだってのが素直な感想だろ」
「直るのならいいんですけどね~……」
ノールは皮肉な物言いで、イーは期待を込めた(ように聞こえる)口ぶりで話す。
「それって皆騙されるってことよね? なら、皆に伝えようよ!」
「いったい誰が信じるって言うんだ? 言っとくが、俺のだってただの憶測だぞ?」
「ならもっと重要な証拠とか」
「ねえよ」
フレンドシップのメンバーがNV社の不審な動きに気付けたのはこんなやり取りができるほどにノールと仲が良かったからである。そのメールは怪しいです、従わないで俺に従いなさいと黒カウボーイハットの髭面に言われても誰も信頼などしないだろう。
「なら皆の知り合いに伝え合えばいいわ! 友達の友達を使っていけばどんどんどんどん膨れ上がっていくし」
「ねずみ講みてえなことは止めろ! ハール。お前も何か――おい。聞いてるか?」
ミシェルが職を超えて法律違反をやり兼ねないことに、ノールは救援を求めた。そこでハールが今まで会話に参加していなかったことに気付いた。
「あ、ああ、すまん」
ノールが呼び掛けたことで、ハールは覚醒する。
「何、こんな大変な時に寝てたの?」
「疲れたんですか~? ハールさん、さっきはすごぉーい活躍でしたからね~」
「ちょっとぼぅーっとしてただけだ」
けど、寝ていた訳ではない。
数日前の出来事。ハールではなく友晴だった時の出来事を思い出していた。
VRニューセンチュリーに住め、という事態がまさかこんなに早く訪れようとするなど、思ってもいなかったからだ。
「ハールも知り合い多いでしょ? なら、NV社の陰謀を多くの人に伝えてよ!」
「っ! そうだな! 帝都に行こう! 出来る限り当たるぞ!」
「おい、お前ら! そんな簡単にいくと思ってるのか⁉」
ノールが暴走気味な二人を抑えようとするが、VRニューセンチュリーに行きたくないハールもVRローファンタジーに残りたいミシェルもそれを無視して出ていってしまう。
「あいつら……!」
「でも、私も、ハールさんやミシェルさんと同意見です。こんなこと許せませんよ~」
「だから、言ってるだろ! 許すも許さんも出来ることできないもんってのがな!」
ハールたちの気持ちは十分に分かっている。が、ノールはいい意味で大人だ。世の仕組みをよく理解している。だから、どうにもならないことがあることも分かっている。確率論からすればかなり低い賭け事以下の博打に自身の運命をかけるようなことはしない。
「あの馬鹿共を止めるぞ! そうしねえとあいつらはVRにすら居場所が無くなる!」
ノールは立ち上がる。いましがた空席になった席に、二人を連れ戻そうとする。
ピッ。
そんな時に水を差す音が彼に響いた。
「くっそ。またあいつらを煽る気か、糞運営が!」
火に油を注ぐ行為に、無意味ではあるが何でもいいから返信してやると、メールを開いた。
だが、その表情の険しさがメールを見た瞬間和らいだ。
「マジかよ」
その言葉は絶望を意味するために用意されていた。
なのに、ノールは鼻で笑った。
「なら、俺も準備しなくちゃいけねえな」
「ノールさん?」
その様子を見て、イーはノールに向き直る。
「イー。お前も知り合いいるなら伝えておきな。それと、お前って出身どこだ?」
「? 福建ですけど?」
「中国か。髪色でさっぱり分からんかったが、顔立ちとか瞳の色とかでアジア系かと思っていたが正解だったようだな」
ノールは納得した後、少しの間上の空になる。
イーが首を傾げてるのに気づかないこと数十秒。
「はっ。流石は100億越えの国。候補は数知れずか」
「はい?」
沈黙を破った一言に、イーはただ一言疑問で答える。
「イー、俺はちょっと出かけてくる。もしハールたちの考えに乗っかるっていうのなら、止めはしねえ。ついでに言うと、同国者には仲良くしておいた方がいいぞ」
「?」
けど、それに正しい答えを返すことは無かった。何か秘密を持ったことに嬉々する子供のようにノールは今から起こることを隠した。
「全く。楽しいことするじゃねえか」
そう漏らしたノールは、ここしばらくずっと空いていた席を見るのだった。




