第1章-1 限界の世界
「ハール突っ込むタイミングが違うだろうが! 回復薬の数考えろ!」
「大丈夫だって! それ以上の効率で稼げばいいだけだろ」
「今日は二人足んないんだ! 下手に全滅して治療費払うことになるんだよ!」
二人の言い争いはそのままそれぞれの得物のぶつかり合いになりかねない。
ォォォーっ‼
その喧嘩は化け物の雄叫びによって中断される。
「てか何で聖職者が身内にいない俺らが死霊退治に来てんだ⁉」
「それならついでにって言ったそこの守銭奴に聞いてくれ!」
シングルトリガーでは間に合わないと踏んだ男がダブルトリガーにして群がるスケルトンの群れに銃弾を浴びせる。
「誰が守銭奴よ! 金銭面に疎いギルドメンバーの為にあたしは毎度毎度節制してんのよ――ギャァァァッ! 罠! 罠ぁ‼ ハール包帯! 出血きつい!」
「何で聖職者いないのに応急手当の品持ってねえんだ! それよりもミシェルも宝箱弄ってばかりじゃなくて戦闘に参加しろ!」
「包帯くれたらスローダートで参加してあげるわよ。だからノール包帯頂戴!」
「盗みや開錠スキル以外にも振れ!」
バレッドダンスやマグナムショットのようなスキルを乱発するガンナーを初期から所持しているスローダートで怪盗が助太刀しても全く持って助けにはならない。だが、残念なことにこの少女は戦闘を他の人間に任せて目先のお宝に飛び込んでいく性格であるため、戦闘スキルに振る予定は今後も無い予定だと言う。
「やっば。ちょっと多すぎたかも」
「だと思ったぜ! と言うか減りが少なくねえか?」
ノールと呼ばれた長身の男がマガジンをリロードする。これでインベントリーに三つ目の空きが生まれる。一方でハールと呼ばれる鎧の少年もローリングエッジやバウッシングなどの剣や盾を主軸にした範囲攻撃であふれ出るスケルトンたちを薙ぎ払っている。一人が役立たずで二人欠席でもこれ位何とか出来る実力はある。だから、こそミシェルの案にも乗った。
「イー! イー!」
ハールが叫ぶ。その先にはミシェルよりも少し大人(見た目も年齢も)な少女が――敵に襲われていた。
「起きろ!」
それに対してハールは、大事を確認せずに目覚めるように告げる。
「んー……あら。私いつの間にか寝落ちしてましたのね」
「ガチの痛みが入る中で寝落ち出来るのはあんた位だよ⁉」
普段から見慣れた光景ではあるが、それでも慣れることは無い。普段前線でダメージを負う機会が多いハールでさえも集団でタコ殴りにされれば苦悶の声の一つや二つはあげたくなるのだからそれを我慢、いや無かったかのように振舞えるイーは凄――異常と言える。
「もしかしなくても、これってまずいですか~?」
「そう思うなら体力見ろ! 幾つだ?」
「えーっと……HP300です~」
「さっさと退却しろ! 死ぬぞ!」
「そうかもしれませんね。でも、このままじゃ逃げれませんから」
イーは手に持った杖を持ち上げる。
「どかーん」
少女が一発、気合? の掛け声で放ったのは強力な爆風を巻き起こす。ガンナーや英雄では到底真似できない高範囲高威力の一撃に、数打ちしか脳の無いスケルトンたちは一溜りも無かった。
「ごっほげほ。イー! フレンドリーファイアーは採用されていないからダメージは無いが、煙たい物は煙たいんだ!」
「うほっほ……とはいえ、一掃できたんじゃないか?」
ソーサラーとしてはトップクラスの実力を持つイーの一撃なら、この程度のダンジョンだと一掃など朝飯前だった。
「そうですね~。とりあえず回復薬をいっぱいお願いします」
「イーがもっと早く戦闘に参加してくれて入ればこうはならなかったのだがな!」
その代わりこの気まぐれな性格に振り回されざるを得ない。そしてその出費も馬鹿にならない。
「なぁノールもう一個頼まれごといいか?」
「断る」
「言うと思った。でも、強制みたいだ」
ノールの即答に溜息をつきながら、ハールは残酷な一言を告げる。
「まだ来るみたい。それも大物」
「くそが‼ おい、イー! それ早く飲み切れ!」
「えー……。これ美味しくないからオレンジジュースで回復しても」
「駄目だ! 回復量が微々たる一般ドリンクを飲んでる暇なんて一切無いんだ!」
お代わりの敵が集う。が、先程の戦闘で一応怪我したイーがちびちびと回復に回っている為、一時的な戦力アップの時間は既に終了を迎えていた。
「ちっ! こうなった以上利益何て二の次だ。ハール! 全力で行くぞ!」
「そう来なくっちゃな! どうせ後で何とかなるだろ!」
「ちょ、あ、あんた、たち」
結局こうなってしまう。ギルドのマスターが自棄になった時点で今回もこの運命から避けられることは出来なかった。
「包帯。マジで、出血、死、しちゃうか、ら……」
そしてまた、出費が嵩むことを警告したミシェルが地へと伏せる。
けど、本当に死ぬことは無い。
ミシェルの体はテレポーターへと移送される。
それがこの世界でのルール。
VRローファンタジーの決まりなのだ。