第3章-3 生まれ変わる意思たち
各地に翔んだ伝令たちよりも早く、ハールたちは現場へと辿り着いた。
が、それは何の称号にもならない。
それは歩きでも這いずってでも成し遂げられる称号だと言うことを、理解したからだ。
「アズガルドが――」
主要都市の一つアズガルドは炭鉱に栄えた鍛治の街で、普段から鉄製の武器に縁がなかったり、敏捷、器用さを重視して腕力にそこまで振っていない女性陣以外全員に少なからず縁のある街だった。
それが今すぐにでも灰になろうとしている。
原因は火事などではない。
グゥオオオオッ!
その原因が今、新たな火事現場を生み出した。
「なんでニーズヘッグが地上にいるのよ!」
空に舞う漆黒の有翼生物を見て、ミシェルが慄く。
炭鉱の街アズガルドには二つの炭鉱がある。
一つは今もなお坑夫がつるはしを振るう新坑道。
もう一つは冒険者が獲物を振るう旧坑道。
そして、今アズガルドの上空で暴れているのは、旧坑道の最奥で息を潜めている古龍ニーズヘッグだ。
個人の強さもさることながら、坑道の階層、道中に潜むモンスターの強さも相まって冒険者の間で一種のエンドコンテンツ(強いプレイヤーが腕試しをする場所。MMOの用語)に認定されている。
そんな存在が地上に出て、尚且つ戦う術を持たない人たちを襲えば――結果など見えている。
「相当被害が出ているみたいだな。街も、人も、冒険者も!」
ノールの視線の先には倒れた冒険者たち。見る限り下位職の冒険者も多く含まれていて、アズガルドに用があって訪れていた所を襲われたのだろう。
「とりあえずこのメンバーでやるしかないな!」
「まじで⁉ パオロもジョコンドもいないのよ⁉」
フレンドシップは一度ニーズヘッグに挑んでいた。
その際はハール、パオロ、ジョコンドが交代で注意を引きながら何とか退けることが出来た。
が、数日前にも同じことがあった気もしなくはないが本日も二人足りない。これではハール一人でなんとか耐えるしか無い。
「確かに俺一人で耐えるのは無理だ。けどな、注意を反らすなら凌ぐ必要性はない。躱してもいいわけだ」
ハールの目が訴えるようにミシェルに向けられる。その時点で最悪な用件はしっかり伝わっていた。
「あたしもタゲとるの⁉」
「お前しかいないだろうが! 寧ろ当たらなければ俺よりか適任だろ!」
ミシェルの叫びに無慈悲な答えが返ってきた。ハールでぎりぎり一発耐えれるブレスだからミシェルがもろに受ければ灰すら残らないだろう。
それをギルド随一の俊敏さで全部避けて見せろという考えだ。
「いやいやいや。そこらの敵とは訳が違うわよ! ブレスの範囲に避けれる隙があると思ってるの⁉」
「そこは岩影か隙までも探すしかねぇな。それより、あっちは限界みたいだぞ!」
ノールが叫んでいる間にイーと同じソーサラーが逃げる隙さえ貰えず焼き払われた。
後方であるソーサラーが狙われたことを考えるに、あのソーサラーの部隊は全滅したのだろう。
そうなると次の獲物は、一番近くにいるハールたちの部隊。
そしてそのなかで不運にも白羽の矢が一番始めに立ったのは。
「えっ……。あたしの方来てない⁉」
何の因果かミシェルの方に羽ばたいてきた。以前は洞窟内だったので大きな翼が役に立つ場面は少なかった。それが今回は水の中から出てきたカゲロウの如く自由に飛び回っている。
所見の動きに判断が遅れたミシェルはなんとか避けることが出来たが、孤立してしまう。
「よし! 今のうちに畳み掛けるぞイー! ハール! お前はお姫様が躓いたらカバーしてやれ!」
「あんなやんちゃ姫なんて見たことねえぞ」
嘆息しながらもハールは盾を構える。対象が空中にいるとなるとハールにできることは今の所無い。遠距離戦のエキスパートである二人に頼る他無い。
「はーい。それでは手始めに」
そののんびり口調のどこに詠唱する時間があったのか疑問を持たずにはいられない高速の火炎弾がニーズヘッグに直撃する。
「ぜ~んぜん、効いてませんね~」
「あたりめえだろ! 火噴いてる奴に火が効くか!」
が、できればその詠唱の前に考える時間が欲しかった。そんなことつっこむ暇がないミシェルに変わり、ノールが一喝する。
「そーですか……なら、こちらにしますか~」
火に強い属性は氷属性と社場――VRローファンタジーでは決まっている。
そしてイーの杖から出たのはストームブレード。
風魔法だった。
「うわぁー‼ イー! あたし走ってる! 走ってるから!」
宙を舞うことが少なかったニーズヘッグにとってこの強風は耐えられるものでは無かった。
が、それは龍よりも遥かに矮小なミシェルにも同様、いやそれ以上の被害をもたらし、風に体が巻き上げられそうになる。今巻き上げられたら最悪頭上にいるニーズヘッグの口の中に入り込んでしまう。
必死に地面を這うように走るミシェル。
そこに精度を失った火炎弾が無差別砲撃の如くミシェルに襲い掛かる。
「イー! 氷系の魔法は無いのか⁉」
ハールが戦況を見ながらこれではいけないとイーに問いかける。
「氷ですか? ええっと確か~~~~~思い出しますね」
「えぇい! 手を止めるな! 手数が足んねえんだ!」
ノールは長距離ライフルで的確に急所を狙っているが、硬い鱗を纏うニーズヘッグには大した打点にはなっておらず、岩のように硬い皮膚を貫く為の火力を何でもいいから欲した。
ノールは狙いを定めながら着実に相手を疲弊させ、ミシェルはただひたすらに自身の命を大切にしようと走り回っている。
「地上戦なら何とかなるはずなのに!」
剣を握りしめる手が自然と強くなる。
宙を舞うニーズヘッグに対し、今のハールはただの傍観者にしかなれない。
勿論ミシェルの援護に入るという任を忘れた訳では無い。ただ、当の本人は文句を垂れながらも、クローキングを駆使して相手の死角に隠れながら上手いこと逃げている。となると働いていないのは自分だけだという劣等感がハールを襲う。
「それならもう一度風で~。何ならトルネードで」
「いやいやいやいやぁー! 待って! それ確実にあたしおさらばしちゃうから!」
イーがまた風。それも先ほどの前方に風を送る物ではなく、大地に竜巻のような物を巻き起こす物で、それを使われれば、空を舞うニーズヘッグ――よりも圧倒的に地上にいるミシェルの方が被害を受けることをミシェルは訴える。
「ちっ! 狙いがずれる! 止めろ! いや、頼む! それ以外に何か思いつけ!」
一方のノールも弾が反れるわ外れるわ、挙句に失速して巻き上げられての現状に、怒る相手に懇願さえし始めてしまう。
「いや。このままじゃ埒が明かない」
そんな混沌とした中、ただ一人、澄ました声を発する者がいた。
「イーそのままそれを続けろ!」
「はぁっ⁉」
ミシェルとノールの訴えを無視してハールはイーに続けるよう指示する。
そんなノールの目に映ったのは――全速力で竜巻の中に走るハールの姿だった。
「何するつもりなんだお前⁉」
「剣が届かないなら、届く所まで行けばいいだけだ!」
「飛ぶ気か⁉」
ミシェルが地面に四つん這いになりながら耐える風力なら、自ら望んで飛び込めば上昇することが可能になる。
「使い手を考えろ! 怪我するだけじゃ済まんぞ! イー! 加減してやれ!」
「湯加減ですか~?」
「起きろ! 何で寝てんのに詠唱は続けられるんだ⁉」
ハールの飛び込むまでの時間とミシェルの握力の限界には間に合わず、計画はそのまま実行へと移る。
ハールの姿が空へ舞っていくのが微かに見える。魔法ダメージは一切無いが、無数に飛び交う小石が鎧に傷をつける。
また、手入れか。
ため息を吐く中で行きつけの鍛冶屋があったであろう場所に目をやる。
「ふぁぁぁー!」
そこで目にしたのは、今まさに限界に達し、手を離してしまったミシェルの姿だった。
「まじか。まぁでもよく耐えた方か。これについてはイレギュラーだからな」
イーのきまぐれは時に天災に準ずる。鎧を身に纏ったハールなら大したことはないが、軽装で腕やふとももが露出したミシェルだと切り傷は絶えなく、目にでも直撃したら一大事になる。
ミシェルの時間稼ぎを称え、ハールは自身の得物の一つに目をやる。
「ミシェル!」
「ハールぅー! 助けてぇ!!」
助けを求めるミシェルの方に向き直ったハール。遥か下の方から上がってくるミシェルの動きを見て、今だと動く。
「こいつに捕まって下まで戻れ!」
「へっ?」
ハールの説明は、予想していたものとかけ離れていて、淡い期待は間の抜けた声と共に竜巻の中に消え失せた。
ミシェルの眼前に助けが現れる。
求めた手、ではない。
盾だ。
「ちょぉぉーーー……っ、――っっっ!」
シールドシュートによって投げ出された円形の盾は、ミシェルを古典的な網籠の罠で捕まったウサギのように、持ち手がある窪みの部分に捕らえ、勢いを殺さず地上に向かって飛んでいった。
その姿をしっかりと確認すると、少し安堵した後、すぐさま気持ちを切り替える。
案の定、ターゲットを見失ったニーズヘッグはハールに狙いを定めた。
互いに慣れぬ乱気流の中で思うように身動きがとれない。火炎弾は竜巻の中に巻き込まれ、自身に被弾することを恐れているようで吐くことは無くなったが、変わりに大きな尻尾を振り回して攻撃してくる。
旧坑道の際にも苦戦したテールスィングは範囲が広く、ハールの逃げ道をどんどんと減らしていく。
「ならば懐に入るだけだ。ヘビースタンス!」
ハールの重心が下半身に集中する。
攻撃の頻度を下げる変わりに防御を重視させるヘビースタンス。普段は囲まれたときや強烈な攻撃が迫っているときに使うものだが、今回は用途が違う。
高度をあげ、竜巻の限界高度寸前だった体が降下を始める。
このままだと地面の落下は避けられない。だが落下する前に中間地点がある。
ニーズヘッグの背中。そこをハールは目指す。
けど思惑通りにさせてくれるほど相手も甘くはない。身を翻したニーズヘッグはハールに向き合い大きな口を開く。
このまま食らう気か。
「だがそうはさせない。 ショートスティンガー!」
ハールの落下軌道が突然変わる。短距離の突進に使われる技を駆使して、ハールはニーズヘッグの口を避ける。
「よし、このまま行けば」
ニーズヘッグの態勢の立て直し、ハールの軌道修正により、ハールは巨大な龍の弱点部にニアピンする。
頭部にたどり着いたハール。
剣を構え直し、そして、
「まず一撃!」
ニーズヘッグの目に突き刺す。
鋼のような鱗を持つニーズヘッグでも、流石に水晶体まで鋼のような硬質を持つことは出来なかったようで、激しい咆哮と血飛沫をあげた。
ニーズヘッグが暴れることによって体が激しく揺さぶられる。それをなんとか耐え、ハールはもう一度剣を構える。次の狙いは硬い鱗がある上にその下には人の腕を上回る太さを持つ骨が埋まっている。
その奥の弱点を狙う手筈は――既にできている。
「ヘビースタンプ!」
全てを込めた一撃。
盾を捨てることによって成せる、英雄が扱える高火力技の一つ。それによって杭のように突き刺した剣は鱗を軽く貫き、骨を割った。
そして、龍の脳へと剣が埋まった感触を確かに感じた。
「ぐぉぉ!!」
だが、龍の動きは衰えない。
「足りなかったのか!」
竜巻の中ヘビースタンスを解くわけにはいかないという懸念はあった。それが仇となり、防御重視だったハールの渾身の一撃は決定打とはならなかった。
「やべぇ! 剣が!」
事態は終息しない。
ハールの突き刺した剣は骨を割った瞬間、隙間無く入り込んでしまったらしく、剣が抜けなくなってしまった。
それで終われば良かった。
「あら~? もしかして、魔力切れですか?」
「何で切れるまで黙ってたんだ⁉ 今あれが無くなるのは相当不味いだろう!」
イーの魔力が無くなったことにより竜巻が失せ、ニーズヘッグとハールを束縛するものは無くなった。
が、彼らは持つものが違った。
蛇行、宙返りを繰り返し、猛獣は上に寄生する害虫を振り払おうとする。一方の害虫はしがみつくのに精一杯で、握力はどんどん削がれていく。
「くっ……もたね……」
ハールの握力が限界に達しようとしていた。一方のニーズヘッグは更に速度を高めて追い討ちをかけていく。
最早これまで、手が剣の柄からほどかれようとしていた。
「目標確認! 拘束せよ!」




