第3章-1 生まれ変わる意思たち
カンボジア支部の新たな移住者の為にVR2000の風俗街、VRローファンタジーのスレーンド地域のデバッグが行われた。これは表上の言い分だ。
実際には削除したという方が正しいし、何より表上とか公言しておきながら、その情報を知っているのはNV社の人間だけに留まっている。
「さて。無事難を逃れた訳ですが」
「これを無事と言えるか⁉」
議場のテーブルが揺れる。
「この場に集まっている時点で、既に無事ではありませんからね」
集まったNV社代表たちの一人が俯き気味で語りだす。
「VR2000に関してはさほど問題視する人はいませんでした。問題はVRローファンタジーの方です。スレーンド地域の削除はそこまでではありませんでしたが、飛空艇のアップデートの無期限延期には問い合わせのメールが殺到しています。それに、2000内では風俗街が無くなったこと自体を知らない人が半数以上を占めているのに対し、ローファンタジー内でスレーンド地域に立ち入り禁止域が出来ていることを知らない人は1%にも至りません」
「掲示板と言う原始的な情報交換手段を使っているのに、何て伝播の速さだ!」
VR2000の風俗街同様にVRローファンタジーのスレーンドの村、地下墓地、森はさほど人気スポットでは無かった。
けど、ローファンタジーの人々の行動力はどんなアウトドア派よりもアグレッシブだ。インドアで過ごす日はほとんどないというほど、冒険者たちは戦いを求め、素材を集め、未開の地を目指し、己の限界に挑戦してきた。その目的地が一つ削がれることは冒険者にとっては娯楽の一つを奪われるとか、そんな甘いものではない。
「言うまでも無く答えが出ていると思うが、そのアップデートが再開する予定は?」
「ある訳がないだろ! 飛空艇何て非効率な移動手段を作るのに17000テラバイトも使うんだぞ⁉ それだけで何百人の移住者が住めると思ってるんだ⁉」
飛空艇の実装準備はキャパシティーオーバー問題が発生した時には既に終わっていた。その使用容量を見たNV社の重役が目を回し、卒倒した瞬間、この実装は見送られることとなった。
「そもそもあのVRは他と比べても移動手段が複雑すぎる。皆一つに纏めればいいはずだ! テレポーターやテレポートと言う便利な手段があるのなら、それに集約すればいいだけだろう!」
「それではVRローファンタジー内経済が動かなくなったり、特定職業の個性が無くなることに繋がってしまいます。それではまた別の問題解決の為に容量を使う羽目になるでしょう」
一世紀前の掲示板の如きクレームが襲い掛かるのはこの時点で目に見えていた。一切お金を使うことのない人たちが課金は悪だ! と言うなら放っておけばいい。が、ここにいる人たちはVRに入る為に金銭を支払っている。そんな人たちに無礼を働けば、VR全体の評価に多大な影響を与えることとなるのは目に見えている。
「それでもVRローファンタジーは容量の使い過ぎだ!」
「多種類の世界を用意するなどと決めてしまった結果がこんな結果に繋がるとはな……」
「だからゲーム関連は評判がよろしくないと言っただろうが!」
けど、それは重役たちには通用しない。
VRローファンタジーの開発者たちは比較的若者が多いが、NV社の重役は古い考えを持った老年者が多い。若者たちから言わせれば老害と呼ばれる類の人たちだ。
「しかし、彼らは一筋縄ではいかないでしょう。彼らはVRローファンタジーの世界観を好き好んであの世界に住んでいるんです。自分の家を好き勝手荒らされれば、誰だっていい気分はしません」
それでもVRローファンタジーの開発者たちは立ち向かう。
自分たちが作り上げた世界、ゲームに絶対の自信を持ち、それなりのファンを得ている彼らだからこそ、退けない一線があった。
「ならば。もっといい世界を提示すればいいだけだ」
それは開発陣、否、重役たちも一緒であり、より多くの人たちをVRと言うノアの箱舟へと誘う為には部屋を用意しなければならない。
船の大きさは有限。故に、少数の子供が大きな部屋を無駄に走り回ることに、一度説法をする必要性があると踏んだ。
「VRローファンタジーの人々をニューセンチュリーに招待しよう。そして、ニューセンチュリーと言う夢のような世界の虜になって貰えば、二度と戻ろうとは思わないだろう」
飴と鞭。
鞭(説法)の奥にある飴(幻惑)に、耐えれる人間がどれだけいるか。
VRローファンタジーと言う世界が、今、問われようとしている。




