第2章ー11 世界の為の犠牲
「まさかノールも」
早めの帰還にハールは何も収穫が無かったのかと不安になる。
「いんや」
だが、答えは違っていた。
「正確な答えは見つからなかった。だが、大体の憶測はついた」
「見つかったのか?」
「あぁ、それも――とこんでセシリはどこだ?」
「セシリがどうかしたんだ?」
「セシリさんなら、今ケーキを焼いてますよ~」
ノールは辺りを警戒するようにセシリの名を出した。
「なら、丁度いい」
「おい、待て、どういうことだ? 何でセシリに聞かれたら駄目なんだよ⁉」
まるでセシリが諸悪のようなノールのいい様に、ハールが眉間に皺を寄せてノールに詰め寄る。
「そう言うことじゃない。俺はセシリに聞かれたいと言う訳じゃないんだ。セシリのログに残る可能性を恐れているんだ。今回の件、NV社が関与してるみたいだからな」
「NV社?」
「あぁ。順を追って話すぞ」
ノールは自身の席に進み、腰を据える。立ち話では長くなると理解したハールも席に戻る。
「まず、飛空艇のアップデートだが、恐らくは無いだろう」
「あら~。残念ですね」
ノールの核心的な一言に、イーはいつも通りの口調で残念がる。
「その原因となる事件がカンボジアで起きたんだ」
「カンボジア――現実世界の国か?」
「お前分かんねえのか」
「うるさいな。名前は知ってるさ! 場所は……えっと」
「タイとベトナムの間の国ですね~」
ハールが答えに詰まっているとイーが先に答えた。
「ま、まぁそれはいいや。で、そこで何が起きたんだ?」
「お前カンボジアの人に会ったら謝っとけよ。丁度昨日だがVR管理施設カンボジア支部に新しい50人の移住者がVRニューセンチュリーに移住する予定だったんだ」
「だった、か」
ハールは説明を聞いて、重要な点だけを抜き取った。
「地元の記事によるとトラブルによって移住が出来なかったらしい。今日の昼頃には解消されたらしいが」
「地元って、ネット記事か?」
「そうだな。一応まだLTEは働いているからな」
僅かに残っている現実世界の記憶をフル回転しながら会話を続けるハールに対して、ノールは年の功を見せ、慣れたように話す。
「もしかして~。それで直すのが遅くなっているんですか?」
イーが話の大筋から、答えを導き出す。
その答えはすごく優しい答えだった。
「いや。このタイミングで起きたバグだ。これは寧ろ、意図的だな」
ノールが導き出したのは歪んだ答えだった。
「俺の知り合いにVR2000に暮らしてる奴がいるんだ。そいつに久々に会いに行ったら、気になる話題を聞いてな」
「VR2000って労働強制されてるとこだろ?」
「昔はそれが普通だったんだよ。それにVR2000の企業は全部ホワイトだ。有給も、定時も保険もしっかりしてるんだ」
VRローファンタジーを出たことが無く、通常の勤務をしたことが無いハールの偏見をVR前に勤務していたことがある素振りでノールが更正する。
「で、そいつが普段飲まねえ上に女遊びを好まない奴なんだが、久々にどうだって誘ってな、俺の行きつけの店に連れて行ってやろうとしたんだ」
「VRローファンタジー出身が行きつけとかおかしいだろ」
VRは基本的に移動可能で、短期移住する人たちを昔の呼び方で旅行者と呼ぶ。ノールが偶にいなくなっていた理由をハールは意図せぬ形で知ることになる。
「細かいことはいいだろ。それよりもその話なんだが、ご破算になったんだ。あいつが真面目とかそういうのじゃねえ。その区域が閉鎖されたんだ。男たちの快楽地、風俗街がだ!」
「おい止めろ! イーがいるし、セシリに聞かれるかもしれないだろ! それは聞かれたら逆に問題になる!」
ハールが3年の恋など一瞬で冷めそうな会話をメンバーと繰り広げているとセシリに勘違いされることを恐れる。
「風俗街ってなーに?」
「難しい言葉だから忘れていい。決してセシリやミシェルに言うんじゃねえぞ」
一方のイーは風俗街と言う物を理解していなかったらしく、ハールはそれを良いことに口封じをする。
「おい、ノール。今それはいいから本題に戻れ。何ならその醜態全部ゼインヒルドにある行きつけ酒屋の姉ちゃんに全部ばらすからな」
「あ、あぁっ。分かったからそれは勘弁してくれ」
冷静になったノールが謝罪しながら姿勢を正す。
「んでまぁ、風俗街が全面撤去って形になって立ち入り出来なくなってたんだ。考えて見ろ。VRローファンタジーで言うNPCが経営する店が、食っていけないから閉店します、何てあり得る訳がない。再開発で新しい区域を作るにしてもVR内なら土地拡張何て簡単だし、取り壊してまで行う理由がねえ」
妙に熱が籠った説明をしてくるノールに呆れる中で、冷静に言いたいことを理解する。
「つまりはそこに立ち入れなくなったと」
「ちげえだろ。入れなくなった地域はNPCたち、向こうで言うヒューマノイドたちの商業区域が消えた。つまりは、余分なAIを排除したんだ。やり方は違うが、スレーンドの村と同じ排除の仕方だ」
ノールがハールの勘違いを否定して、自分の言いたかった結論を話す。
けど、ハールの結論も実のところ正しい。この意見の食い違いは二人が別れた時間軸によって生み出されたものだと、ハールが理解するのに時間はかからなかった。
「そうか。ノールが一緒だったのはスレーンドの村で疫病が蔓延した所までだったな。実はその後、俺たちはスレーンド地下墓地に行ったんだ。ジョコンドに昨日の足取りを追ってみようって提案されてな。そしたら、地下墓地が無かったんだ。石畳に階段が完全に塞がれていた。ノールの言う風俗――快楽地が閉鎖されたようにな」
「そうなのか? なるほどな、そこも消したってことか」
「なぁノール。他のVRにもスレーンド近辺と一緒で消えた区域があることは分かった。だが、それとカンボジアの移住トラブルと何が関係あるんだ?」
スレーンドの森も同様に封鎖されたことも述べたかったが、それよりもノールの言いたいことが未だに分からないハールは、今回のバグの真相を問いただす。
「そうだな。ここまで聞けば真相を言っても納得がいくか」
「あのぉ~。私はまだよく分かってないんですけど~」
「大変な事が起きているということだけ理解してくれ」
イーのほんわか頭に理解させるとなると同じ話を後三回位話さないといけなくなるので、簡単に説明して引き離す。
「つまりはいっぱいになっちまったんだ」
ノールはそう言って自身のコップに紅茶を淹れた。それもなみなみと。
「これじゃ入れる枠が無い。もう作るだけの材料も無い。じゃあどうする? こうするんだ」
ノールの手が伸びる。
その先には、ハールのコップ。
その手を、ハールが止める。
「他の器を、奪うってか?」
「ご明察、その通りだ」
「ふざけるな!」
ノールの腕を掴んだ右手とは逆の左手を机に叩き付ける。
「VRニューセンチュリー内の問題だろ! 何で他のVRを犠牲にするんだよ⁉」
「違うな。これはNV社の問題だ。売り上げがいい部署と売り上げ良くない部署。どちらに力を入れるのか決めるのはNV社だ。VRでもユーザーでもない」
「だからってそんなこと!」
ハールの言葉に力が入る。
「どうしたんですか⁉」
その力は部屋の垣根を超え、セシリの耳にまで届いた。
「セシリ⁉」
セシリはハール自身の声でここに駆け付けた。今のノールはセシリに対して一抹の不安を抱えている。ハールは彼女を招き入れた自身の驕りを呪いたくなる。
「あぁ、済まんな、聞こえちまったか。いい依頼があったんだが、どうも俺好みな依頼じゃなかったから断っちまったんだ。それを今ハールに話したらひでえ怒られてさ」
言い争う結果になったが、ノールはNV社の判断に決して同意した訳では無かった。資料をかき集めて繋ぎ合わせたNV社の疑惑は、現状憶測上でしかなかった。
それにより現実味を帯びさせるにはどうすればいいかと考えた末の結果がこれだ。
「まぁ、これで一つ悩みの種は減った。理解してくれたってことでいいよな? ハール」
「あ、あぁ――――俺だけはな」
「そうなんだよなー。後はミシェルなんだよな。あいつガチで命奪ってきそうだかんな。――仕方ねえ。へそくり出して何か奢るか」
ハールに秘密裏で承諾を得たノールが立ち上がる。
「そういやあいつはどこだ?」
「献身的にギルドの財政守りに行ったよ。こんなご時世だってのによ」
「まじか。宝箱はどこにでも落ちてるらしいからな。こりゃ骨が折れるぜ」
そう言ってノールは少し前に入ってきたばかりの正面玄関の扉を再び押すこととなる。
「早く帰ってきてくださいね。ケーキが冷めちゃいますよ」
「おう。そりゃいいこと聞いたぜ。先にそれ言っておけば少しは支出が抑えられるな」
どうやら食べ物で釣る気満々なノールが扉を閉める際に手を振る。ただのバイバイだろうが、これも一種のサインではないかと考えなければならないほどハールの気は張り詰めていた。
「ハールさん」
そんなハールに声をかけたのはセシリ、ではなくイーだった。
「ノールさんもしっかり考えていたと思いますよ? ですから~。そんなに荒々しくしなくてもいいんじゃないでしょうか?」
ハールが机に叩き付けた拳をイーが両手でそっと包み込む。
もしかしたら彼女はちゃんと分かっていたのかも――とはハールは思わなかった。これはイーの元からの性格なんだと。
「きっと色んなことがあって疲れてるんですよ。もう少しでケーキが出来ますので待っていてくださいね。疲れた時は甘い物が良いって言いますからね」
「そうです、そうです~。甘いものは体にいいですからね」
かといってイーのように三食おやつにしたいというのは絶対に良くは無いだろう。でも、今は甘い物が必要不可欠なのは十二分に理解していた。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
「褒めてもサイズは大きくなりませんよ? キッチリと六等分しますからね。勿論、イーさんもです」
ハールの褒めを優しく受け流すセシリ。そんな下心があってハールがセシリを持ち上げた訳でないことも、セシリがいつもケーキの大きさは同じでも微妙にソースやトッピングが他の人よりも愛情分多めにハールの分に乗せているのは分かっている。
「心配させてごめん。もう大丈夫だから。必ず何とかして見せるから」
「頑張ってくださいね。その時はお祝いをしましょう!」
ハールの抱える問題を、NPCであるセシリが理解することは絶対にない。
互いにVRローファンタジーこそ自身の生きる世界だと理解はしている。が、その根底にある世界観は覆せない。
セシリの知らない魔の手が襲おうとしている。
それを知った以上、ハールはこの問題を無視する訳にはいかなくなった。
敵はこのVRローファンタジーを作り上げた人たち。この世界の住民で言う、神だ。
神討ちなど小説やゲーム内(VRローファンタジーも部類的にはMMORPGに分類されるが)の話だけかと思っていたが、そうでもなかった。
神が人類を作ったように、人類が疑似的な人類を作った。
しかし、神と人類の決定的な違い。自身の庇護欲の有無が、自らの落とし子の運命を軽んじる結果となった。
そして、神は同じ神に憎まれた。




