第2章-8 世界の為の犠牲
スレーンド墓地地下は無数に並ぶ墓標を側近の兵たちとすれば、最奥に座す王のように奥地で腰を据える大きな墓から入れるようにできていた。以前までなら。
昨日ハールとミシェルが侵入した場所にあったはずの階段が無くなっていたのだ。それも埋め立てられたと言うよりも元から無かったかのように年季を重ねた石畳が綺麗に並べられているのも不自然だ。
「ちょっと! これじゃ入れないじゃないのよ!」
ミシェルが足踏みをして、その後大きくジャンプして両足に憤怒の力を込めて踏みつける。
が、その下に空洞があるような素振りは一切見られず、ただ虚しい着地音と足への痺れだけが残る。
「どう見ても壊れるとかそんなギミック要素があるとは見えないけどな」
「試してみましょうか?」
そう言って一歩前に出たジョコンドが得物である大きな両手斧を構える。
「ふんっ‼」
そして渾身のバーストブローを地面向かって繰り出す。
ガギィン‼
硬質な音が静寂満ちる墓地に鳴り響く。
結果は、ジョコンドの溜息に表れていた。
「駄目ですな」
「無い物、にされた訳か」
「いやいやいや」
冷静に結論を出し合う二人に、ミシェルが割って入った。
「何でそこで納得しちゃうわけ⁉ 何の解決にもなってないわよ!」
ミシェルが訴えるようにスレーンド地下墓地が無くなったことがわかっただけであり、何故無くなったのかは未だ闇の中だ。
「これも飛空艇と関係があるのかな?」
パオロが原点回帰し、元々の調査内容と照らし合わせようとする。
「ここは飛空艇の離着地からほど遠いです。新しく建設するに至って、こんな遠方にトラブルが起こるとは思えませぬ」
振り下ろした両手斧を仕舞い直しながら、ジョコンドは答えた。
「となると考えられるのは、バグか。これまた酷いバグだな。ここまでひどいバグだと内部AIじゃ直しきれないか」
「データが消し飛んでいるかもしれないからね」
「今まで何とも無かったのに……」
期待していたイベント前に見つかったVRローファンタジーの脆弱性に一ユーザーである彼らに出来ることは無く、項垂れることしかできなかった。
「あ。誰か人がいるよ! 聞いてみよ」
が、それだけでは終わらなかった。
「すみません! ちょっと聞いてもいいですか⁉ スレーンドだからなのは分かってるんですけど、人がいなくて……」
墓地の入り口付近から駆け寄ってくる人物が二名。
一人は麦藁帽に、前掛けにいくつものポケットがついたスカートを履いて、ジョコンドが背負う両手斧と比べてかなり小さな斧を背負っているファーマーの少女だ。
もう一人は厚手のファーマーの少女と比べると薄着で、かわいらしい羽根飾りをしている少女。そんな彼女の足元には灰色の首輪をつけた狼がぴったりと後ろからついてくる。獣使いの使い魔の一種だ。
「どうかしましたか? 何かお困りごとですか?」
困っている様子の二人に誰よりも早くパオロが声をかけた。
「森に入れないんです! 詳しく言うと、スレーンド森に行けなくなったんです!」
「サチアちゃん。それ詳しく言えてないよ……」
獣使いの子が吠える犬のように捲し立てるのを、ファーマーの少女が呆れながら止めにかかる。
「私たち、実際のところは私がプラント用の木材が足りなくなってスレーンドの森に行こうとしていた所をサチアちゃんが手伝ってくれると言って一緒に来てくれたんです。あ、こちらがサチアちゃんで私はミミと申します」
「僕はパオロ。こっちはジョコンドで、あちらがハールとミシェルだよ」
「パオロさんですね。実は――」
自己紹介を済ませ、話題は彼女たちの悩み事に移る。
「スレーンドの森はあちらに見えますよね?」
「えぇ。大樹はファンブルからも見えますからね」
パオロの視線の先には樹齢何百年と言う木々が壁面のように生い茂っている。そんな木々より抜きんでて大きな木がある。スレーンドの大樹と呼ばれ、その一帯は良質な木々が採れるダンジョンとしてファーマーや鍛冶師など、一部の界隈では重宝されている。
ミミも遥々遠いこの地まで素材を集めに足を運んだ一人だ。
しかし、現地に辿り着くや否や、問題は起きた。
「いつも通りの場所に採取に行こうとしたのですが、森の中に入ろうとしても何故か入れないんです。普通に木々の間を通っていけばいいだけなのに、私もサチアちゃんも、サチアちゃんのワンちゃんのペロも入れなくて」
「犬じゃなくて立派なオオカミだから!」
それならもっとかっこいい名前をつけて欲しかったと願う狼だが、次の名前はポチかハチかの二択になっていたかもしれないと悟ったから口出し、吠え出しはしなかったのだろう。
「入れないと言うと? 木や蔦が道を邪魔してるんですか?」
「違うのよー! もうあれよ、あれ! 見えない壁があるの!」
「見えない?」
「サチアちゃん……。もっと説明の仕方が――とは言いますけど。本当にそうとしか説明がつかないんです」
「これは実物を見に行った方がいいかもしれませんな」
サチアの説明に文句を言っていたミミですら詳しい説明が出来ない事象が起きている。そこでジョコンドは実際の事故現場に向かうことを提案する。
「……なぁ」
そんなやり取りを見ていたハールが似た感じの険しい表情をしていた少女に問いかけた。
「これ、たぶんだけど」
「感じとしては似てるわよね」
話を振られたミシェルは言いたいことを察し、自身も同じことを考えていた意思を伝えた。
「普通じゃないな」
ハールが今起きていることを一言でまとめた。




