第2章-7 世界の為の犠牲
「まるでゴーストタウンね……」
「活気がある街とは言えなかったが、ここまでひどくは無かったな」
ここを訪れたのはつい先日のこと。それなのに、彼らにとっては初めて訪れるフィールドのようだった。
「酷い有様だけど、手助けできる感じじゃなさそうだね。何でだ?」
パオロが何か自分にでも出来ることは無いかと周囲を見渡すが、衛生兵は首を振るばかりで、騎士団のしていることと言えば穴を掘るくらいだ。
「駄目だったようですな」
「全滅かよ。せめて数人位生き残っていないのか?」
ジョコンドが首を振る。ハールは惨状に目を反らしたくなる。
「いねえだろうな。それよりもだ、今までこんな大掛かりなエマージェンシーがあったか?」
悲観的な状況に皆落ち込む中で、ノールは慈悲無く思考する。
でも、そこがノールのいい所であり、情に流されずに判断できる彼の存在は貴重だ。
「そういや、そうだな」
彼の発言によって、この一件に隠された違和感が呼び起こされる。
「全滅何てバッドエンドなクエストってあり得ないよ!」
「普段なら薬位探すよな。んでもってくっそ探し回るか、最後に強敵が現れるか」
ありふれたB級映画のハッピーエンドのような結末が大半なエマージェンシーだが、今回に関しては元より救いようがない結末に終わった。
「そもそもイベントにする必要性も無いし、こんなの考えるくらいなら飛空艇はどうしたのって話よ!」
エイプリルフールネタにしても行き過ぎなイベントに注いだ神経を、何故実装前のイベントに注がなかったのかをミシェルは訴える。
「どうもおかしいな……」
周辺を見てノールは首を傾げる。
と同時だった。
「ん? メールか。どっちの知らせだ? どっちの知らせだと思う?」
ノールがメールの受信に気付いて、皆に問いかけてみる。が、
「俺には来てねえぞ」
「来てませんな」
「ノールだけじゃないの?」
誰も望んだ答えを出さず、ましてや自身が滑ったような言い草をされてしまう。
「俺だけ? 俺だけの情報――んな訳ねえよな。そういや、思い出したぜ」
ノールはメールの詳細を見ずに題名だけを見て納得する。
「昨日ハールの定期検査だったから勘違いしていたが、俺の定期検査はパオロとジョコンドの後だったな」
「定期検査のメールだったんだね。昨日ハールにメールが来た時違和感があったのはそれだったか」
「モヤモヤが収まんねえのにな――いや、こうなったら」
こんな時に戻るのかと項垂れるノールだったが、何を思いついたのか口の端を上げる。
「すまんが、数日現実世界に居残らせてもらうぞ」
「え?」
「色々気になることがあるから調べてみようと思う」
突如、ノールは現実世界に残ることをメンバーに伝える。
VR内から現実世界に戻ることに規制は無い。けど、戻る人が少ないのは現実世界になんらメリットが無いからだ。ノールはそこへ敢えて飛び込むと言う。
「ここで調べていても埒が明かねえと俺は踏んだ。現実世界の情報媒体は少ないが、逆にVR内と違って脆い。どこかでぼろが出てくるかもしれん、俺は現実の方から、お前たちはこっち(VR)から何かおかしい所を調べてくれ」
「いや、埒が明かないってノールさっき言ったじゃん。ならここ調べたって」
「この村じゃなくてもいい。例えば、飛空艇の入港地とかな」
スレーンドの村にはテレポーターが無い。今回も近くにある農村地ファンブルから歩いてここまで来た。その間に疫病が進行してしまった可能性も否定できないが、そうなるとエマージェンシーにしてはレアモンスター以上に時間がナイーブだ。ミシェルではないが誰がそんなイベントを欲すんだと問いたくなる。
「じゃあ頼んだぞ」
簡単に告げると、ノールの姿にノイズがかかったようになり、そのままノールの姿は消え失せた。
「とは言ったが、どうする?」
「ジョコンド、ミシェル何かある?」
「そうですね。昨日ハールさんとミシェルさんはスレーンドにお越しになられたのですよね?」
「あぁ。あの時はこんなことになるなんて想像もつかなかったが」
「先日の道筋を案内してもらえないでしょうか? 何か見つかるかもしれませんからね」
「なるほどな。ミシェルが開けた箱のなかに禁断の呪い箱が含まれてたかもしれないしな」
「ちょっと! あたしのせいだって言いたいの⁉」
「可能性の枠だ。もう何が原因なのか検討もつかん」
ミシェルの気迫にハールは冷静に答える。悪態突いたり茶化す時間は終わった。無意識のうちに自身にそう言い聞かせた。
早速昨日の足取り辿りが始まる。
ハールが行った鍛冶屋の主人の姿は無く、炉の火がまるで今日の為に必要だと分かっていたかの如く燃え続けていた。
ミシェルが回っていた農道にはまだ騎士団に見つかっていない死体があった。パオロが回復薬や応急手当などを試みるが、まるでお人形に手当てを施してるお医者さんごっこみたいで、何の手応えも無かった。
そして最後に、昨日皆が行ったスレーンド墓地地下の入り口がある墓地へと行った。
「ここに新たな墓標が増えるわけか」
「モンスターが山ほどいるこんな所になんて、誰も寝たくわないわよ」
「村の近くに新たな墓場ができるみたいだからね」
騎士団もこの地帯の危険性を知らない訳ではない。罪の無い人々が、死霊に化けてしまうのだけは避けたかったのだろう。
「むー……」
「どうかいたしましたか? 何か気になることでも?」
ミシェルが周囲を見渡しながら唸っているのに気づいたジョコンドが問いかける。
「うん……。こんなときに言うのは不謹慎だとは思うんだけどさ、宝箱の一つも見つかんないのよ」
「本当に不謹慎だな、おい」
ハールが率直な感想を述べる。それに対し、ミシェルは反省するどころか反抗の姿勢をとる。
「皆には説明しても分かんないけど、あたしたち盗賊は近辺の宝箱を感知する力があるの。それも大小問わずだからフィールド歩き回ってたら何個かは見つかるのが当たり前なの」
一部語弊があるが、正確には感知スキルを取った盗賊にだけ備わる力であり、見渡せる範囲内に宝箱がある場合その姿が強調表示されると言う物だ。昨日はその力を使って農道周辺の宝箱を漁っていたのだが、今日に限ってはずっと不発だ。
「他の人が漁った後じゃないのかな?」
「こんな時にミシェルみたいな奴いるか?」
「言うわね。言っとくけど、あたしだって今日は漁る気力ないわよ」
「ほー。んじゃ今から墓地地下行ってみるか? 今ならお宝いっぱい、罠いっぱいだぞ?」
ミシェルの強がりを嘲笑うようにハールが墓地地下の入り口がある方に向かう。
「そんなことしてる場合じゃないでしょ今は!」
「んじゃ何でこっち来てんだ?」
「決まってるでしょ! さっさと本来の目的に戻る為にあんたを連れ戻すのよ!」
「そうとは思えないけどなー。ほら、もうそこに――」
ハールの軽快だった足音が、言葉と共に止まる。
「何よぼさっと突っ立って。次の句が思い浮かばない?」
「いや。うん。確かに思い浮かばねえわ」
ミシェルの挑発とも言える文句に、ハールは素直に肯定した。
そうせざるを得なかった。
「地下墓地の入り口。ここで合ってたよな?」
「へっ?」
ハールの言わんことをすぐに理解したミシェルはハールの先を行く。
「何よ、これ⁉」
そして驚愕した。
「どうかしたの? あれ? 石畳がここまで続いてる」
続くパオロもミシェルほどではないが疑問の声をあげる。
「ふむ。入り口が塞がれていますね」
そして最後に来たジョコンドが現状を簡潔に締めくくった。




