第2章-5 世界の為の犠牲
「はぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
それにまず飛びついて来たのはミシェルだった。
「どういう訳よ! 実装三日前でそんなことあり得る⁉ そんなの抗議よ! 抗議! 納得のいく説明してもらえないとあたしは折れないわよ!」
「俺に聞いてどうする。それに折れるも折れないも決定済みらしいぞ」
「そ、そんな……」
ノールに当たるミシェルだったが、それでは何も変わらないことをすぐに理解する。
「でも、唐突だな。今までそんなこあったっけ?」
「実装後にメンテナンスみたいなことは一,二回あった記憶があるけど、中止は始めてだった気がするね」
ミシェルが項垂れている横で、ハールとパオロは互いに記憶を辿りながら、このような出来事が無かったことを互いに確認する。
「気になるな」
ノールが静かに唸る。
「周りの反応も気になるな。こんなことが起きればミシェルじゃないが抗議が収まらないだろ」
VRローファンタジーでは新しい刺激を欲する人が比較的多い。定期的なイベントやアップデートだけでなく、突発的なイベントが盛んに起こるのもこのVRの特徴だ。
「ともかく、今日やることはこれで白紙だな。俺は帝都の方に行ってみようと思うんだが、一緒についていく奴はいるか?」
ノールはこの異変を確かめる為に、人が多く集う帝都ゼインヒルドに情報収集をしたいと申し出た。
「あたしも行くわよ! 言いたい放題言わせてもらうわよ!」
「どこにだよ。俺も気になるから情報収集でもしようかな」
「僕も行ってみよう。困ってる人がいるかもしれないからね」
「坊ちゃまが行くのであれば私もお供しましょう」
ノールの呼びかけにハールに、ミシェル、パオロ、ジョコンドが手をあげた。
「う~ん。わたしはのんびりしたいです」
一方でイーはのんびりしたいらしく乗り気ではなかった。
「あ、イーさん。時間があるのでしたら、一緒にレメントの森に行きませんか? 今日は野イチゴのケーキを作りたいので、その材料が欲しいんですけど」
「ほんとうですか! セシリさんのケーキ私だいすきなんですよ~」
そんなイーを誘ったのはセシリだった。戦闘能力のないただの従者であるセシリにとっては序盤のフィールドであるレメントの森でも危険な区域となる。一方のイーは魔法職のソーサラーでありながらも、杖で殴り殺せるほどの低級モンスターしか現れない。
セシリは安心できるし、イーは急かされる戦闘もせずに、ゆっくりできるという両者にとって納得のいく取引だった。
「分かった。んじゃテレポーターで移動だ」
拠点持ちの特権であるギルド専用テレポーターの部屋に向かうノール。その後ろにイーを除く四人がついて行った。
帝都ゼインヒルドは普段以上に人が集まっていた。勿論全員プレイヤーで、一際人だかりが出来ていたのは中央公園の自由掲示板が備えられている情報交換によく使われる場所だった。
「人がいっぱいじゃないか。今ならアカシアの木完売できるんじゃないか?」
「今はふざけたこと言ってる場合じゃないの! やっぱ皆気にしてるんだ」
「気にしているだけならよろしいのでは。中には不安に思っている人たちもいるでしょう」
ジョコンドの感想にノールが頷いた。
「今までに無かったことだからな。俺は情報交換に酒場に行く」
「それって飲みに行くって言ってるような物じゃん!」
「一番情報が揃ってるんだからいいだろうが!」
ノールはそう言い訳をして酒場に入っていた。
「じゃあ僕たちはどうする?」
「飛空艇の入港場所になる予定地へ向かうのはいかがでしょうか? 何か分かるかもしれませんね」
パオロとジョコンドは帝都ゼインヒルドに作られる予定の飛行艇入港地への視察に行くこととなった。
「残るはあたしたちだけ何だけど」
「誰も掲示板と情報交換場所に行かないのはおかしいだろ。つまり、俺たちはここ担当だ」
必然的にここ担当となったハールとミシェルが公園内に入っていく。
「話してるのはアップデート中止の話ばっかね」
「そうでもなきゃここまで人が集まる場所じゃないだろ」
新しい情報が欲しかったり、或いは新たな移住者がどうすればいいか分からないときに頼るのがここになる。が、昨今新しい移住者が少ないVRローファンタジーでは人がいることはあまり無いイメージの場所と言う認識に現在では変わっている。
人の波を上手いこと掻き分けながら、掲示板へと近づいていくハール。その後ろでミシェルは一縷の望みを込めて手を伸ばそうとする――が、それはあり得ないことだと諦観し怪盗特有の流れるような動きでハールの後ろを追いかける。
「うーん……特にNV社側からのメッセージは無いな」
「全部プレイヤーの愚痴と予測ね」
愚痴の内容は口にするのも咎まれる罵詈雑言ばかりで、予測についてもあまり為にならない、と言うよりも誰もが至る結論を書かれているだけで、身になる情報は一切なかった。
「お。ハールとミシェルじゃん」
何の収穫も無かった彼らの後ろから声をかける人物がいた。
「ガレッド。お前もここに?」
頭のボリュームをあげにあげまくってるアフロと、茶褐色の肌が特徴な男ガレッドに声をかけられたハールが振り向きざまに問いかける。
「何か無いかなってね。結果はお生憎様だったけどな。他の連中は?」
「イーは留守番。ノールは飲みに行ったわ。パオロとジョコンドは新しく追加される入港地の場所を見に行ったわ」
「その位しか残んねえか。悪いがどこもいい情報は無いぜ。酒場はこことほとんど変わらねえし、入港地が出来るとこにも何の変化も無しだったよ」
一足早くアップデート中止の情報を入手していたガレッドは、フレンドシップメンバーが分かれて確認しに行った場所全てを確認していたらしく、残念な結果を一足先にハールとミシェルに伝えた。
「何も無いってことは、実装前にバグでも見つかったか?」
「それも、無期限延長が決まるほどの大きなバグな」
どう考えても今までのVRローファンタジーではおかしな展開にガレッドはお手上げする。このまま何の変化も起きない三日間を過ごし、何の追加も無い三日後以降を過ごすことになるのかと憐れんでいた。
「ん? 何だ、今の馬の鳴き声」
「え? そんなの聞こえた?」
「聴力あげるスキル持ってるからな。あっちだ。それも複数だから荷馬車か? にしていは数が多いな」
アーチャー特有のスキルで情報を得たガレッドは何かあるのではとその方向へと走っていった。それをハールとミシェルが追いかける。
「このままいけば王宮に繋がる大通りか」
よからぬことが起きているのではないか。そう思いながら、先行するガレッドと持ち前のすばしっこさで追いかけるミシェルの後をハールは追いかけていった。
小さな通りを抜け、階段を上がり下がり、大通りの道が視界に入った時だった。
家の壁と壁の間から見える隙間から馬が帝都外に駆けていくのが見えた。
それも一匹どころではない。
何か積んだ荷馬車も含め、ニ、三十はいたと思われる。勿論騎乗主もいた。馬が脱走した訳では無い。
「はっはぁっ……何だ、今のは」
「分かんねえ。騎士団見てぇだが、すっげぇー焦ってたぜ」
「幌が被せてあったけど、あれは医療用の設備一式が乗せられた荷馬車ね。何らかのエマージェンシーかしら?」
モンスターが村を襲ったり、商隊を襲ったりする突発的なイベントによって負傷者が出た。だから騎士団が出陣したと、ミシェルは考えた。
「なら依頼に載るはずだ、そこのクランに行こう」
幸いにして王宮に続く大通りは冒険に欠かせない重要な施設が多く建ち並んでいる。その中の一つ、色んな依頼を受け持っているクランの中に三人は入ることにした。




