プロローグ
炭鉱の街アズガルドに大穴が穿たれた。
今まで古龍ニーズヘッグが地上に現れることは無く、数日前にスレーンドで起きた異変と共に、これも良くない出来事の前触れだと帝都は判断した。
「冒険者たちよ! 此度の協力に感謝する! これより先の警備、及び調査は我ら帝都騎士団が引き受ける。各自ゆっくり休まれてくれ。それと、大穴の方には決して近づかないように願いたい。地下ガスが漏れている危険性がある」
帝都騎士団の団長にして英雄、アークバードは古龍討伐の為に集った戦士たちに敬礼し、後処理は帝都が引き受けると約束する。
炭鉱の街アズガルドの最下層に潜んでいたニーズヘッグに会ったことも無い人物は決して少なくはない。アズガルドはこの世界に於いて五本の指に入るほどの大都市だったが故に、住民は勿論、冒険者も異変が起こるまで何の変哲もない日常を過ごしていた。
結果。街の住民がほとんど死亡し、生き残った人たちもそう永くはないほどの重傷を受けた。
冒険者たちは辛うじてテレポーターに逃げ込むか、瀕死の重傷を妨げることに成功したが、精錬や売買などを行っていた住民、何よりその施設が一瞬にして大穴に消えたことは、相棒(武器)の手入れや錬成に親しんでいた冒険者にとって大打撃となった。
「……こんなこと起きるか?」
「んな訳無いだろ」
が、それ以上に事態を深刻に思う一団がいた。
今回の古龍討伐に一番貢献したギルドだが、彼らがその勝利の余韻に浸る時間は微塵も無かった。
幾つもの銃を備えた長身の男が、鉱山の消失によって高騰するであろう鉛玉が込められた短銃の引き金を惜しみも無く引いた。
狙った先は大穴。
周囲では立ち入りを禁ずるための柵が作られつつあった。その騎士団たちを狙った、訳ではなく、この男が狙ったのはこの大穴自体だった。
覗き込めば底は見えず、落ちたら冥界にまで続くのではないかと思わせる大穴。
弾丸はその上に辿り着こうとした。その瞬間だった。
甲高い音が響いた。
「なるほどな」
長身の男は銃弾の行き先、ではなく大穴の淵へと視線をおろした。
そこには先ほど大穴の上を通した銃弾がひしゃげた状態で見つかった。
「ほんとうだったんですね~。もしかしてこれも?」
オリエンタル風なシャーマン衣装の女性が緩やかな声に合わせた軽い振りで杖を振るう。
その杖の先から雰囲気とは全くもって似つかわしくない火炎弾が勢いよく飛び出した。
先ほどアークバードが警告で地下ガスが漏れているかもしれないと言ったばかりなのに、火を使うと言う大惨事しか起こりえない状況をしれっとしでかす天然さには恐怖しかない。
が、その一大事は起こることなく火の玉が弾ける。銃弾とは違い、霧散し、跡形もなくなってしまう。
「まるで壁があるみたいね。森と一緒だわ」
その横にいた軽装の少女が手を伸ばそうとする。
「止めろ、下手すると消されるぞ。前と似てはいるが、勝手が違う」
長身の男がそれを制す。
黒い穴の正体を知る男はそれに異常なまでの警戒をする。
「つまりは、そういうことなのか?」
アークバードと同じ、鎧を纏った少年が返答を求む。
長身の男は、それにただ頷くだけで返した。
炭鉱の街アズガルドは古龍ニーズヘッグによって壊滅させられた。
これが、帝都ゼインヒルドの出した答えとなった。
炭鉱の街アズガルドはデバッグされた。
これが、事の顛末を知る人間の答えとなった。