「万引きに微笑を」
「万引きに微笑を」
テンテン・コロリン・チントンシャン。
お囃子におだてられ、シャシャリ出てまいりました。有り難う御座います。
エー、このォー、なんていいますか、なんともバツの悪い事ってぇのがあるもんです。
泥棒を捕らえてみれば、我が子なり。そうかと思うと、泥棒とでぇくっ気ェなんざ、誰でも持ってる、なんて、褒められてんだか、叱られてんだか、よく解らない事も言われます。
ガム公とグミ助、そしてチョコ坊の三人が、例によって、なんだかんだと騒ぎながらも、予定ぇの四週間の第一日目、ロンドンの町ン中に来ました。
そこはリージェント・ストリート。日本の銀座のような繁華街で御座います。
「なんだいなんだい、げぇ国ってぇから、どうかと思ってたら、東京とかわんねぇな」
「あら、ね、あたいを見てさ、いいお兄さんが、ウインクしてるよ」
「なァ、ガム兄ィ、ぷりッとした子が一寸目線が会うと、なんだってニコッてすんだィ、気があるってぇ事かィ」
「おらおらチョコ坊、そんなクネッとしてんじゃないよ、グミ助まで、そうするシトてェな、エゲレス人じゃねぇんだ」
「なにじんだぁ」
「げぇじんだ。色んな国のな、ここのシトなんざ、声かけたって、知らん顔だ。よっぽどじゃねぇと、話もできャしねぇ」
「へぇー、そんなもんかい」なぁんて、感心しながらも、どっかで買い物したいってんで、三人してその辺の店に入りました。
「へぇー、なんとなく、やっとげぇ国って感じだな」
「なんでだ」
「だって、見てみろよ、日本語なんてねぇ、値札だって、ポンドで書いてらぁ」
おかしな感心もありまして、あちこちと見ているうちに、チョコ坊が、店の中で口をぽかんと開けて、乳母車を押してる女のシトを見ています。
「どしたい」
「あれみてる」
「なんだ、あれか」
「そう」
「なんか、珍しいか」
「やってる・・・」
「なにを・・・」あ、お、おおぉー。
「上手めぇもんだなぁ」
それもそのはずでして、万引きをしてたんですから。これが又上手いモンでして、沢山な衣類を乳母車に乗っけ、これッと言うのを、赤ん坊の背に、ぐっと押し込ンで隠し、残りを元の所にさっさと返す。で、乳母車を押しながら外へ出る。
ズーズーしいと言いますか、度胸がいいのか、何ともはや、口アングリ。
万引きに微笑を、何てこと言ったりしたしにゃ、皆様方から後ろ指刺され組にされかねませんが
「な、あれ、知らせた方、いんじゃねェかぁ」
「ばか、よせ、ほっとけ」
「なんでだい」
「そうよ、どうしてさ」と言うチョコ坊とグミ助に、しょがねぇなと、ガム公が言います。
「いいか、お目ぇ達が見た見たって騒いでもだ、見たって証拠がねぇ、ねェだろ。あの女をとっ掴めぇて、せめたところで、やってねぇとなって、仕舞いにャな、あの女から、人権踏みにじられたぁー、なんて騒がれでもしてみろ。手が後ろに回るんだ。こっちが。だから、ほっとけ、いい子ぶるんジャねぇ」
「よく、こんなのほっといて店やってられんなぁ」
「保険があらぁ」
「じゃ、なにかい、あのシトッて、グルなのか店と」とチョコ坊が呆れて言います。
「んなことも、無ぇだろ」
三人で、街を見ながら歩いていると、チョコ坊が又
「どうしてこの町の道ってさ、カーブしてるのよ」
「そう言われてみると、ガム兄ィ、なんか訳でもアンのか」
「ある」
「どんな」
「馬てなぁ、まっつぐに走ンの、苦手なんだ。カーブしてる道ってのは、馬の道ってこった」
「んな事言ったって、馬なんていやしねぇじゃねぇか」
「昔の話だ」
「なんだい人と馬ァ、馬が優先かい」
「そうよねぇ、まっつぐにすりゃいいのに」
「ジシンがねぇからな、仕方ねぇさ」
「あーそうなの、自信が無いから無愛想にもなんのかね」
「え、おい、何言ってんだ。チョコ坊、あのな、じしんはジシンでも、その自信じゃなくて、こっちの地震で、そっちの自信じゃ無ぇ」なんて、ガム公が体を上下に揺すったりする。
「え、こっちの自信じゃなくって、そっちの地震って、ないの地震、ここにゃ」
「ない」
「本とかよぉ」
「ああ、ない」
「でさ、無いと、どうして道がカーブするわけ」
「だからさ、昔のマンマがそのまんまって事だよ、ッたく、ああ俺、いやンなった」とうとうガム公が匙ぃ投げてしまいましたが、チョコ坊とグミ助は相変わらず、アアでもない、こうでもないとやっています。
そいでも、せっかく来たかと思えば、あっちへ行ったり、向こうへ行ったりとしてみますが、五日もするてぇと飽きがきて
「せっかくだ、他の国ィ、行ってみたいな」なんて事になります。
「ねね、ガムちゃんの居る国、どこだっけ」なんて、しゃらっとチョコ坊が言い出すと
「そうだよ、行けないのか、ガム兄ィ」
ハンガリーにも、コラ、オーシャンにイケア、テスコ等大手のスーパーマーケットがあちこちで開店し、連日盛況。シト皮むけて、自由競争の出来る経済が定着した証拠なのでしょう。
あれこれ、買いたいものが沢山で、ワクワクと、今日は何処へ行こうかと、お出かけも楽しい。さて三人、形に残るものはどうも、と言うのも、限りある滞在で、やがて日本に帰るわけですから、余分な荷物は持ちたくない。だからイケヤには行けませんが、地元の中央マーケットや中華のマーケットにはよく行きます。
忙しい店でも、暇な店でも、見かけるのは万引き、CDのケースを壊して中身だけ持っていく。サングラスの値札をはずし、顔に掛けたまま店を出る。日曜大工コーナーで、ペンチもカッターもそれぞれに値段は付いているのに、工具を工具箱に入れ、工具箱の代金だけ払って出て行く。ショッピングカートの中に、一束のねぎを残し、会計を済ませたものと混ぜて出る。中には、このォ、かなり凄いシトもいまして、棚から取ったワインをラッパ飲みしながら、出て行ったりする。そうかと思うと、パンを袋に入れ、そのまンま鳥モモを焼いている売り場へ行って買い、そこで食べちゃう。そばにはご丁寧にも手を洗う水道とテーブルがあり、ナプキンまでもあります。それにしてもパンと肉だけじゃ、言ってる間に、あっさり飲み物売り場から持ってきて飲み、空になった入れ物はポイと手近にあるゴミ箱に捨てて終わり。
始め、ああパンは只なんだ、とグミ助とチョコ坊は思いましたが、パン売り場を覗くと、一個十とか、二十フォリントと値段が付いている。店内では、店員も仲間なのか、何も言わない。レジを済ませてから、不審ですと、止められますが、腹に入った物までは、どうしようもないわけです。生活の知恵なのか、おかしくなってしまいます。
「ここってさ、腹が減ったら、おいでって店なの・・・ね、ンなこともないと・・・ガム・・・何、ニヤニヤしてんのよ、」とチョコ坊がガム公に話しかけてんですが、スット人込みの中へ行ってしまう。
チョコ坊、呆れ顔に首ィしねって、グミ助ン所に行ってしまいました。
ガム公はガム公で、これがまた、遠い昔の万引きを思い出していました。
ガム公小学五年の秋祭り、村の神社の境内に、夜店屋台が並び、祭り騒ぎの真っ最中で、うろうろ覗いている内に、どうにも欲しい玩具があった。
家が貧乏でお金が無い。番をしている子は見覚えのある後輩、弟の同級生。
後ろを向いた時か、よそ見している時か、と狙ってるが、いつこっちを向くか分らない。
ドキドキしながらも小心なりに、その子をジーっと見つめて考える。
やがて、こぉ、向こうも気が付いて、こっちを見る。目と目が合って、二人にあたりは見えなくなった時、ガム公の手がスーっと玩具に行って、ポケットに入れた。成功したわけですが、それから数日後、その後輩からの手紙を、弟が持って来ました。
「あんなに見つめられたの、初めてです・・・」から始まる告白めいたラヴレターに、エッ、どうして。
遠い昔の事とて、ごめん、といっても仕方ないのですが、まぁ、なんとも、こそばゆいながらも、バツの悪いもんです。やれやれ、思いで肴に、イッパイやるかぁ。アラ・ドッコイ。