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その9

 雨の日に多いのだが、通学路の車道側を歩いていると、通り過ぎる車のボディや窓ガラスに映る自分の姿のすぐ後ろに、ぴったり着いてきている女の子が映ることがある。Wさんと同じ学校の制服だ。だが、その制服は、四歳年上のWさんのお姉さんの代で切り替わった旧制服なのである。


 Wさんがお姉さんに聞いた話によると、お姉さんより三こ上の学年で、交通事故で亡くなった女子がいるのだという。雨の日に、スリップした車が歩道に突っ込んで、その子は轢かれてしまった。

 お姉さんから、可哀想だと思っても、絶対に後ろを振り返ったり、声をかけたりしてはいけないのだと忠告されていたので、Wさんはずっとその子を無視していた。

 


 この村には、冥婚の慣習がある。未婚で亡くなった男女を、あの世で結ばれるようにと婚礼の儀をあげて葬るのだ。ここの他にも、こういった習俗のある地域はたくさんあっただろう。ただ、ここには気になる噂があった。冥婚で結ばれた男女に子ができるというのだ。

 その調査をするためにここへやってきたのだが、村を取り仕切っている村長に正直にその旨話したところ、なんと、その冥婚で生まれた子に会わせてくれるという。

 彼はすでに成人し、村の外れでひとり暮らしているのだとか。

 その面談を大変期待していたのだが、ここにきて問題が起きた。泊めてくれた家の娘さんが、行ってはならぬと言うのである。冥婚で生まれた子は、人を食らう。普段は死んで間もない遺体で賄っているのだが、このところ、死者が出ず、ちょうどやってきた私に白羽の矢が立ったのだと。

 

 どうすればいいのかわからないが、外門を閉められてしまった今、村の外へ逃げるのは困難である。覚悟すべきなのであろう。このあと、もし私のように何も知らず外から来てしまった人がいたら、何かの助けになることを祈って、この手記を残しておく。迷わず、逃げてほしい。



 毎年、盆暮れ正月に、Fさんは祖父母の家に泊まり、集まったいとこたちと遊んでいたのだが、成長するにつれ、そもそも祖父母の家に出掛ける頻度が下がり、大学四年の冬に祖母が亡くなるころにはほとんど顔を出さなくなっていた。

 

 葬儀で集まったいとこたちはみな成人し、久々の再会を喜ぶ挨拶と祖父へのお悔やみの言葉を、どこか遠慮がちに交わすような距離感になっていた。だが、みんな年齢も近いこともあって、話をしているうちに徐々に打ち解け、昔のように気さくに話せるようになるのも早かった。祖母は天珠を全うしたのだという意識もあって、あまり暗い雰囲気ではなかったのもあったのかもしれない。話しているうちに笑顔になることもあった。


 そんな中、Fさんは、ひとりだけ不参加のいとこの存在を思い出した。同い年の男のいとこRだ。不参加にはなにか理由があるのだろうかと尋ねてみたところ、いとこたちは、みんな、Rなど知らない、という。Rの弟も、自分が長男で、そもそも兄なんて居ないというのだ。Rの両親ですら、眉を顰めて誰と勘違いしているのと言う始末。

 

 いくらなんでもたちの悪い冗談だと言って、Fさんは、祖母が大事にしていた孫の集合写真の入ったフォトフレームを引っ張り出してみた。すると、そこにFさんと肩を組んで笑っているはずだった、毬栗頭のRの姿はなかった。不自然な姿勢で笑っている、Fさんだけの姿があった。

 

 そもそもRという少年がいなかったのか、それとも途中で忽然と消えてしまったのか、Fさんには未だに判断がつかないでいる。



 Eさんの所属する子供会では、夏に肝試しが行われていた。六年生か五年生の子たちと、くじ引きで組んだ下級生の子たちが、二人組で暗い学校を歩くのだ。

 当時小学四年生だったEさんは怖がりだったので、その催しに参加するのは気が重かったが、出なければ出ないでバカにされるのがわかっていたから、渋々参加することにした。くじで組んだのが、六年生のTくんで、それもまた気を重くさせた。T君は女の子をいじめるのが好きな、ちょっと意地悪な子だったからだ。Eさんは、よくTくんにからかわれていたので、彼のことが苦手だった。

 

 懐中電灯と順路図を持たされて、二人は昇降口から出発した。夜の学校はほとんど真っ暗で、いつもより広く感じた。トイレの前を通るとぴちゃんぴちゃんという水音だったり、不快なアンモニア臭がして、早く帰りたいと強く思わせたし、職員室なんか、先生たちの背の高い机の上に、さらにうずたかく書類や本が積んであって、その影になにか潜んでいるんじゃないかとびくびくしてしまった。

 

 音楽室の前を通ったとき、ふいにピアノの音がダーンと鳴って、ついにEさんは泣き出してしまった。すると、珍しくTくんが「あれは脅かし役の父兄がいるんだよ」と慰めたり、Eさんが持つ係だった順路図も持ってくれたり、懐中電灯で足元をしっかり照らしてくれたりと、優しくしてくれた。途中でEさんは耐えられなくなって、T君の手をそっと握った。握った手は汗をびっしょりかいていたので、もしかすると、Tくんも怖かったのかもしれない。

 

 二十年後、縁あって夫になったTくんと、そのときの話をしていたEさんは、どうも噛み合わないことに気付いた。彼は初めて手をつないだのは、中学生になってからデートで行った遊園地でだと言い張るのだ。肝試しのときなんて、やっぱりあのピアノの音でびびってしまって、手を繋ごうなんて思いつきもしなかったと。

 

 Eさんは、なるほど、と思った。たしかにあのとき、Tくんは片手に懐中電灯、片手に順路図を持っていたから。



 問い合わせの電話がきたのは、昼過ぎで、ちょうど社内がのんびりした雰囲気だったときだ。Iさんは、何気なくその電話に出て、まず、顔をしかめた。


『ちょっとお伺いしたいんですけど……』


 消え入りそうな女の声が聞こえた。それを邪魔するように、背後からがたんがたんと工事現場のような騒音が聞こえる。遠くから「あああ」と子供が泣きわめく声も聞こえた。


「お客様、お電話が少し遠いようですが」


 失礼にならないように指摘すると少しだけ声がクリアになった。大急ぎで移動でもしたのか、やたらと吐息が荒かったが、なんとか言葉を聞き取れるくらいにはなっていた。


『御社で作ってる樹脂の件ですが』


 メモをとりながら、Iさんはおや、と思う。ナンバーディスプレイになにも表示されていない。非通知もしくは海外、……だとしたら『非通知』や『表示圏外』などと表記されるはずだ。


『ナマモノを封入することはできますか』


 ナンバーディスプレイの不具合かしら。Iさんはそう思いながら、デスク上に常備してあるマニュアルを引き寄せた。簡単な問い合わせなら、技術部に繋がなくてもいいように、マニュアル化されているのだ。


「できるにはできますが、カビが生えたり変質する可能性が高いので、水分の多いものはおすすめできません」


 この頃、ハンドメイドを嗜む人たちの間で、UVやLEDの光で硬化するレジンが流行っているので、こういう質問も多い。マニュアルにも当然載っていた。


『水分がなければいいのですね』


 またも、赤ん坊の泣き声が聞こえた。ぜえぜえという、電話口にあたる吐息も強くなっている。少し、気持ち悪い。しかし、顔はしかめても声音にはおくびにも出さないで、Iさんは続けた。


「具体的にどのようなものを封入なさるおつもりなんですか」


 なんなら、技術部に問い合わせてもいい。そう思っての質問だった。


『ナマモノです。……血抜きすれば大丈夫かしら』


 想定外の言葉を聞いて、Iさんは混乱した。フルーツとか、お菓子とか、そういうのではないのか。まさか、生き物? 背後で火が点いたように泣いている赤ちゃんの声が、耳障りだ。


『ありがとう、助かったわ』


 ぶつりと電話が切れ、あとは不通を知らせる電子音だけが流れていた。

 

 Iさんは、気味悪く思いながらも、あとからクレームになっても困ると思い、念の為、さきほどの問い合わせを部署内で共有しようと、着信履歴を確認したのだが、リストにはその時間帯、外からかかってきた電話は一件もなかったのだ。



 ヒアリングの成績を伸ばすには、このCDがいい、とおすすめされたGくんは、素直にその言葉を受け入れて、本屋で購入して帰った。そして、その晩からさっそく、ヘッドホンをつけCDを聞きはじめたのだった。最初のころはよく聞き取れなかったものも、二度目にはたいてい聞き取れるようになる。同梱の参考書が秀逸で、実にわかりやすい説明が付されている。友達のおかげだなあと感謝しながら、一章の一周目を終えた。

 

 翌日、次は二章を、と同じようにヘッドホンを被って、CDを再生した。三例目に入ったところで、一度、音がとんだ。買ったばかりなのに、盤面に傷でもついているのか、と不思議に思ったが、もう一度同じトラックを再生してみると、問題なかった。ほっとする。学生のGくんには、このCDはそれなりに高価なものだ。バイト代三時間分に相当する。じっくり使い込むつもりでいるのに、初期不良だったら困る。


 ところが、次のトラックに入った途端、音が完全に途切れてしまった。ぶつぶつ細切れになるわけでもない、完全な無音である。CDプレイヤーを見てみると、円盤はちゃんと回転している。

 不良品か。Gさんはプレイヤーに手を伸ばした。

 

「おい」


 低く不機嫌な男の声が、はっきりと聞こえた。ぎょっとして、Gさんは背後を見たが、誰もいない。

 ぜえぜえという、運動後のような激しい呼吸音が聞こえる。自分のものではないそれは、徐々に大きくなっていく。そのときになって、Gさんは自分がヘッドホンをつけているのだと思いだして、耳からそれを剥ぎ取った。静かなはずの自室に、かすかに漏れ入ってくる外の音――車の音や人の声――がやけに大きく聞こえた。

 



 翌日、Gさんは購入した書店にCDを持っていき、音が飛んでしまうという相談をした。本当は返品不可なんですがと渋られたものの、結局、店長が出てきて、レシートを見せると交換してくれた。

 Gさんはヘッドホンをつけ、音楽プレイヤーで曲を聞きながら帰路を歩いた。あの気味の悪い声の正体はわからないが、交換してもらえたのだから、もう考えるのはよそう。気持ちを切り替えるために、アップテンポの曲に切り替える。

 信号待ちをしていると、ふっと音楽が止まった。ホールドするのを忘れて、ポケットの中で停止ボタンを押してしまったのだろうか。

 

「おい」


 ぼそっと、耳元で声がした。近距離、それこそ耳朶に唇を寄せて囁かれたような近さだった。

 Gさんはびくりとして、周囲を見回したが、自転車に乗って信号待ちをしている女子高校生ひとりと、買い物帰りと思しき主婦がひとりいるだけで、声の主らしき人物の姿は見えない。

 気味が悪くなり、音楽プレイヤーを止め、Gさんは家路を急いだ。

 



 その夜も、GさんはCDで英語の学習に励んでいた。交換してもらったCDは、昨日不具合があったトラックでも無事に再生できた。しかし、あの不気味な声のことを思い出すと、勉強に身が入らない。なんとなく集中できないまま、同じトラックを行ったり来たりして、一旦休憩しようと決めた。

 

「おい」


 またあの声がした。さあっと、血の気が引く。やはりおかしい。

 Gさんはヘッドホンを外し、プレイヤーを止めた。これで三度目だ、この声を聞くのは。どくどく言う心臓をなだめすかして、考える。

 

 昨日は、CDの調子が悪いのだと思った。でも、今日、信号待ちしているときに別の音楽プレイヤーを使っていたことや、今、違うCDを掛けていることを考えると、CDが問題なんじゃない。

 

 Gさんは、手の中にあるヘッドホンをまじまじと見たあと、プレイヤーからコードを引っこ抜き、ゴミ箱へ放り投げた。そうしておきながら、まだ部屋の中にそれがあることが恐ろしく……結局、母親が庭の隅に置いたゴミ用のペールに、袋を三重に重ねて突っ込んだのだった。


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