インターバル
うとうとしてしまったらしい。気付いたらクッションを枕に、冷えた床で転がっていた。
天井はすでに暗く、蛍光塗料でうっすらオレンジに光る壁の時計を見ると、午後八時だった。再生していた音声データはとっくに終わっていた。
寝すぎたからか、雨のせいか、はたまた冷えたためか、ずっしりした疲労を感じつつ、私はのろのろと起き出してとうに稼働を終えた洗濯機の中身を取り出した。
家事を終え、あとは寝るだけという状態になり、すこし湿った感じのあるベッドに横になった。ここのところ、しばらく布団を干していない。天気が悪いので仕方のないことだが、なんとなく不快だ。
祖母の家に遊びに行くと、客ぶとんも一日太陽と風に当ててくれていて、たいていふかふかだったなと思い出す。今になって、記憶の怪しくなってきた祖母の話を聞くよりも、あのころのまだ矍鑠としていた祖母にいろいろ聞くべきだったなと思う。たらればの話なんて、意味がないのはわかっているが。
祖母がそういう話に詳しいと知ったのは、たしか、ホーム入居を決めたころだったか。いろいろな手続もあって、遠方に住んでいる叔父も手伝いに来てくれた。そのとき、祖母が嫁ぐ前は瀬戸内の田舎で巫女のようなことをしていたらしいよ、と話してくれたのだ。
天気を当てたり、失せ物探しをしたり、医者や警察には頼れないような摩訶不思議な相談を受けて、相談者の心を軽くしたり。実際、祖母の天気予報はそれなりに精度がよく、山や海に出る人たちは、祖母のそれを聞いてから出掛けることが多かったのだとか。
きっと、こういう雨の日の前には、頭が重かったり、どことなくだるい感じがあったんだろうなあ、と私はそのころの祖母を想像してみる。同じような特徴を受け継ぐ私も、そのくらいの時代に生まれていたら、重宝されていたのかもしれない、とやや自虐的なことを思ったのは、おそらくはこの頭痛や倦怠感をはじめとした体調不良には飽き飽きしていたからだろう。現代で生活をする上でハンデにしかならない体質には、コンプレックスがある。
頭痛薬を適量服用し、先程途中で眠ってしまい最後まで聞かなかった音声データを、再生しなおした。
仰向けに寝転んで、円を描く電灯のつなぎ目が、ちらちら緑っぽく点滅するのをぼんやり見て、耳を澄ます。