表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

プロローグ

 私は、ICレコーダーを止めた。


「おばーちゃん、今日もありがと。また来るね」

「ゆっこちゃん、明日はお菓子がほしいなあ」


 にこにこ笑う祖母に手を振って、部屋を出る。ゆっこ、とは裕子、私の母の名前だ。祖母はときどき、私と母の区別がつかなくなる。母は三年前に亡くなっているが、それを忘れているのだろうか。

 

 この老人ホームに、仕事の合間を縫って訪ねては、祖母の知っている不思議な話を聞くのが、最近の私の楽しみだ。元々体が強くなかった祖母だが、今年で九十六になる。そのことについて彼女は「一病息災って言うからねえ。でもゆっこはねえ」と母を引き合いにだして、溜め息をつくのだった。

 祖母も亡くなった母も、そして私も、季節の変わり目や急な気圧の変化に影響を受けやすい、センシティブな人間だ。私は子供の頃、喘息を患っていたからかもしれない。そういった環境の変化に敏感に反応し、たとえば雪が降る前日などは、天気予報がたとえ晴れと言っていても、ぐったりしてしまうのだった。

 祖母が言うには、「昔はこういう人間が、巫女やらなんやらをやって、天災を予言したりしていたのよね。だからそのときは重宝されたんでしょうけれど、本人は辛いわね」とのこと。彼女はもう、そのことも忘れてしまったかもしれないが。

 剥落していく記憶も多いなか、祖母がそれでもよどみなく語るのは、幼い頃から聞き貯めてきた、いわゆる怪談である。老人ホームで、他の入居者に話して気味悪がられると言うので、私が聞き手になっていたのだが、――これがなかなかどうして面白い。いつの間にか私は彼女の語る不思議な話しを集めるようになった。ICレコーダーを持ち込み、彼女の語る話を録音していく。それに満足せず、最近ではそういう話をしてくれる人を見付けて、連絡を取り合い、文字に書き起こし、自分でそれを読み上げて録音することもあった。

 いわゆる、怪談コレクター、なのかもしれない。

 

 帰宅後、洗濯機を回しながら、私は今日祖母から聞き取った録音データの不要な部分をカットした。どうしても、興奮して同じことを繰り返したり、途中で別の話になってしまうことがあるので、そういう部分は編集が必要になる。

 

 作業をしながら、録り貯めたデータを再生する。タイミングよく、外は雨。六月の長雨は、ちょっと頭を重たく痺れさせるが、雰囲気は好きだ。怠さをごまかすために、流れる声に耳を澄ませる。窓の外の雨音をBGMとして。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ