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5・友達

「あなた、メダマン?」

小百合さゆりだよ」


 改めて名乗られてもすぐには信じられない。そもそも、目玉だけというお化けらしい姿形だけでも、現代科学で立証できそうもない不思議に包まれていたのに、人型にまで進化してしまったのだ。


「すごいね、メダマン」

「昨日話したはずだよ? 私はエアコンが稼動している間だけ、こうやって存在することかできる。そして誰かに私の存在をしっかりと認識されている間は人型にもなれるんだ」

「へぇ」

「さ、ボケっとしてないで買い物行きな! この御時世、スーパーなんて夜中でも開いてるんだろう? ほら、ここにメモしてやるから全部買ってくるんだよ」


 メダマン改め小百合は、ローテーブルの上にあったダイレクトメールの裏紙にボールペンで何やら書きつけ始めた。これまた、社長秘書でもびっくりな美しい文字で。深いため息をついた私は、エアコンをつけたまま寒い部屋の外へ追い出されてしまった。







「ただいま」


 帰宅すると、部屋の中は和風出汁の香りが漂っていた。空になったカップラーメンや弁当の箱が山積みになっていたはずのキッチンは綺麗に整頓され、隅にあるコンロの上では小さな土鍋がコトコト音を立てている。


「昆布とか鰹節とか、調味料は置いてあるんだねぇ。一応ちゃんとしてるじゃないか」


 小百合はお玉で鍋の中身を少し掬って小さな白い皿に入れ、味見をしていた。私はその隣のシンクで買ってきた野菜を洗い、「美味い、美味い」と呟く小百合は豆腐を一口大に切り始める。今夜のメニューは、『鍋』だ。


「寒い時はこういうのが一番だね」


 私達はカセットコンロの上で煮込む鍋を向かい合ってつつく。稼動中のエアコンの中に住んでいるくせに、小百合は寒がりのようだ。「熱が身体に沁み渡る」と言い、頬を赤らめて上機嫌である。


「誰かにご飯作ってもらうなんて久しぶりだよ。小百合、ありがとう」

「準備は結恵も手伝ったじゃないか。それに、私達は友達だろう? 遠慮しなさんな」


 と・も・だ・ち?

 私に、友達?


 かつて。そう、小学生ぐらいの頃には私にも友達と呼べる人達がいた。でも、ある日その友達から暴力を受けたり物を盗られたり、掃除道具入れに閉じ込められたりして、私は一時不登校になった。先生はまともに取り合ってくれなかったし、親も「結恵に隙があるのがいけないんだ。悪くないと思うなら、もっと毅然とした態度でいなさい」などと言われて、私の味方はどこにもいなかった。それから私は、人と距離を置くようになったのだ。


 友達は、欲しいと思う。でも友達ができてしまったら、また悲しいことが起きるかもしれない。


「結恵は私が友達じゃ不満かい?」


 私は一拍置いて、静かに首を横に振った。


「それなら、友達である私の願いを一つ聞いておくれよ。あの男、もう一度ここへ連れてきてくれないかい? ほら、結恵が『係長』とか呼んでいたあの男だよ。怪しいことこの上なかったが、どうも頭から離れなくてね。もしかするとこれは運命かもしれない。って、結恵、ちゃんと私の話を聞いてるのかい?」


 モヤっとして、イラッとした。

 よりにもよってあの人か。自分の姿が見えない相手とご対面して小百合はどうするつもりだろう。私はこれ以上個人的に竹村係長とはお近づきになりたくない。


 竹村係長は私に厳しい人だ。同時にたくさんの仕事を指示してきて、納期に間に合っていても遅いと言われたり、もっとやる気を出せと睨まれる。私を彼自身のような仕事人間に改造したいのかもしれないが、私にその気はさらさらない。残業になることが多いため常に倦怠感が身体を襲い、他部署のお姉様方からは「いつも遅くまで残ってるみたいだけれど何してるの?上の人に媚売ってるような給料泥棒はうちの会社に要らないよ」と脅される。私はもう精神的にも限界に近づいているというのに、お化けは出るわ、周年行事のプロジェクトが始まるわで散々だ。


「その代わり、仕事の愚痴ならいくらでも聞くからさ」


 小百合は空になったグラスを少し持ち上げてウインクした。色気がダダ漏れで吐き気がする。


 さて、どうやって諦めさせようか。

 とりあえず、小百合のグラスにビールを注いだ。



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