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56・格上げ

 目を開ける。少しずつ視界にピントが合って、ちりめん雑魚と胡麻粒をランダムに散りばめたような柄の天井が目に入った。どことなく空腹感を感じる。あれ。私、何をしているのだろう。もしかして、眠っていた? 頭の中がはっきりしないまま何度か瞬きをする。


「結恵!」

「のりちゃん先輩!」

「のりちゃん!」


 少し視線を横にずらすと、見慣れた顔が並んでいた。


「竹村係長、森さん、新田くん……小百合?!」


 小百合は唇にピンと立てた人差し指を当てて、ウインクをしている。竹村係長は私の方へ覆い被さるようにして接近。


「ゆ……紀川、大丈夫か?! ここは病院だ。目の前で倒れた時はもう心臓止まるかと思った」

「係長の心臓は止まっても良かったと思います。のりちゃん、気分はどう? 頭を強く打ったみたいだからCTとってもらったり、いろいろ検査してもらったんだよ」


 新田くんって、こんなに口が悪かったっけ? まだ頭がぼうっとしているので、よく分からない。


「のりちゃん先輩、目が覚めて良かったです……。過労だそうですよ。私がいろいろミスするから、先輩にたくさん迷惑かけちゃって、お陰でこんなことに……本当にすみません」


 森さんは半泣きで私の手を握りしめていた。


「あの。ここ、病院なんですよね?」

「そうですよ」


 森さんは未だ不安げにこちらを見つめながら答えてくれる。病院。病院?つまり、ここは私の家でも、竹村係長の家でもない。なのに、どうして小百合がいるの?!


「それにしても、『小百合』って誰なの?」


 新田くんがおそるおそるといった調子で尋ねてきた。


「ずっと『小百合、小百合!』ってうわ言みたいに呟いていたから」


 なんて恥ずかしい! ボッチの寂しさがこんなところにまで現れていたとは。竹村係長を見るとソッポを向かれてしまうし。


「小百合」

「ほら見たことか!と言いたいところだけれど、大きな怪我もなくて良かったよ」

「えっと……会いに来てくれたの?」

「そうだよ。結恵が何度も呼んでくれただろう? それも夢の中から。だからついに、私の妖としての格が上がったんだよ!」


 嬉しそうに微笑む小百合の足元を覗き込むと、なんと透けていない! 他の人と同じようにツルツルの床の上に立っている。ただし、裸足だけれど。


「小百合。もしかしてこれで家の外に出られるようになったのね!」

「そうだよ。これで、結恵と出かけることもできるようになった」

「わぁ、なんて素敵!!」


 これまで私は小百合に助けられてばかりだった。美味しいご飯を作ってもらったり、会社での話を聞いてもらったり。何より、友達になってくれた。そして、小百合の存在によって竹村係長とも少し仲良くなれた。こうして与えられてばかりの私は、小百合に何も返せていないことにこれでも心苦しく感じていたのだ。


 妖の格。それがどんなものなのか詳細は不明だけれど、小百合の様子を見るに喜ばしいことであるには違いない。何より、常に家のエアコンに縛り付けられているという生活ではなくなるのだから、小百合はもっと自由になって、楽しいことがたくさんできるようになるのだろう。


 小百合程の美人で気立てが良い女性ならば、他所で私以外の友達もできるかもしれない。そうなったら……寂しいけれど、友である小百合の成長として私は心から祝福しようと思う。


 と、そこまで考えた時、唐突に新田くんからこんなことを聞かれてしまった。


「で、『小百合』って誰? 名前からして女性だよね?」

「うん。ほら、ここに」


 あ、そうだった! 妖の格が上がったからと言って、全ての人の目に映る存在になったわけではないのだ。しまったと思った時にはもう遅かった。新田くんと森さんは同時に私の額に手を伸ばして熱を測る始末。


「頭を打った衝撃ですかね」

「そうだね。極度の疲れが見せる幻影なのかもしれないね。のりちゃん、可哀想」


 いや、違いますから! 小百合はちゃんとここにいる。私の友達は幻影なんかじゃない! そう叫ぼうと思ったのに、小百合は静かに首を横に振る。


「結恵、混乱させてしまったみたいですまないねぇ。もちろん、この二人にも私の存在を剃りこめば、いずれ私の姿が見えるようになるだろう。でも私は適当な友達が何人も欲しいわけじゃない。仲良くしたい人や、世話になると思われる人とだけ、結果的に友達になれればそれでいい」

「……そうなんだ」


 私は一人でも多くの友達がいればいいなと思うけれど、これはボッチ的発想なのだろう。


「私、友達とか、そういう親しい人が本当にいないからなぁ」

「何言ってるんですか?!」


 突然、横から身がすくむような大声がした。


「のりちゃん先輩、さすがにそれは無いです!」


 何の悪気もなかった。だけど、私の呟きは森さんを激怒させてしまったのだ。


「友達いないって何ですか? じゃぁ、私は何なんですか?!」

「えっと……職場の後輩?」

「それだけなんですか?! ただの後輩が服貸したり、仕事中に恋バナしたりするんですか?!」

「えっと、それは……でも私って、こんな人だし……」


 確かに、そうかもしれない。ただの後輩という割り切った関係ならば、あそこまでの相談をしたりもしなかっただろう。でも私は特に面白みもない人間で、外見も際立って良いわけでもなければ、仕事もすごくできるわけでもない。


「そうやって卑屈になるのはだめです! だいたい、ボッチってなんですか? さっきまで、高山課長や白岡さんも一緒にいてくれたんですよ。これだけ身近に親しい人や大切な人をはべらせておいて、それはないです! 少なくとも私は、のりちゃん先輩は先輩ですが、ずっと友達のつもりでした!」


 森さんは、再びまぶたに涙を溜めている。

 そうか。そこまで私のことを思ってくれていたのか。私の瞳も次第に潤って、視界がぼんやりと歪み始めた。目をパチパチすると涙が頬を伝う。


「ありがとう。あのね、森さん……じゃなくて、雪乃ちゃん、私の、友達になってくれる?」

「だから、もう既になってますって!」


まだ呼びなれないけれど……雪乃ちゃんは、はにかむように目を細めた。


「となると、新田さんもお友達ですよね?」


 森さんの言葉に反応して、新田くんと竹村係長の視線がこちらへ向かって突き刺さる。この返事は慎重にした方がいいかもしれない。


「新田くんは、同期だよ。でも森さんが言うならば、唯一の男友達かもしれないね」


 項垂れる新田くんとイキイキしている竹村係長。その対照的な反応を見ていると、なぜか元気が湧いてきた。


「じゃ、竹村係長は?」


 そんなの、ここで言えるわけがない。いたずらっ子な顔をしている森さんから逃げようと、私は体調が悪いフリをして寝返りをうった。


「のりちゃん先輩! 返事がありませんよー?!」

「竹村係長は、竹村さんです!」

「意味がよく分かりません」


 竹村係長は、私にとって特別枠。ただの上司ではないし、だからといって友達枠でもない。彼は彼だけのポジションを私の中で築いている。それを私は嬉しく思っているし、最近は心の支えにさえなっていた。


 そうか。私って、本当に恵まれているんだ。実は、こんなにたくさんの良い人に囲まれていた。私のことを大切に考えてくれる人達。これって、『幸せ』なのではないだろうか。


「結恵、友達ができて良かったね」


 小百合も一緒に喜んでくれている。それがまた嬉しい。ところが。


「それならば、私は結恵の友達を卒業しようかねぇ」



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お読みくださいまして、ありがとうございます!


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