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48・だってうちは、経営企画部なんだぞ?!

 風神システムとは、国内のアパレル業界では一、二を争うシェアを持つPGMソフト(洋服などのパターン、つまり布を裁断する形状の作成であるパターンメイキング、完成したパターンをSMLなどの様々なサイズに展開するグレーディング、用意した布を有効活用するために、裁断する形状をパズルのように敷き詰めるマーキングなどのデータ編集作業を行う専門ソフト)をリリースしている会社。


 個人でやっているパタンナーや小規模な縫製工場やメーカーから特に高い支持を集めていて、きめ細かな対応や高頻度なセミナー開催が人気だ。実は、今回の共同出展でも当社に協力してくれている。まさか裏でそんな話が進んでいたなんて。もしかすると、以前社長が機嫌が良かった理由はこれだったのかもしれない。


「実は、イベント当日の昼二時から今回の件について記者発表会を開くと社長が言い出したんだ」


 高山課長は、ため息をつきながら頭をかいている。確かにこれは大事だ。よくあんな大きな会社を買収できたものだと思う。業界の新聞でもトップに載りそうな大ニュースになることは間違いない。記者発表をせねばならないのも頷ける。だけど。


「このタイミングで、ですか?」

「そう、このタイミングで。って、他にも何かあったのか?」


 社長からの呼び出しの応じて会議室にいた高山課長は、まだ印刷についてのトラブルを知らない。私が事情を説明して謝罪すると、怒るでも叱るでもなく高山課長は表情を歪めた。


「タイミングが悪すぎる」


 買収についてはトップシークレットだけに、記者発表会の資料や会場準備は間に合うギリギリのタイミングを狙って連絡が入ったのだろう。しかしプレスリリースなどを担当する経営企画部は、イベントの運営の根幹を担っている。あの冊子の件が無くたって急すぎる話だ。

 高山課長は説明を続ける。


「風神システムは有名だが、経営状況は悪かったらしい。この度倒産することになったが、ユーザー数はうち以上だ。そこで、救済という形でうちが吸収することになったそうだ」

「大雑把ですね。記者会見は社長自らが立ってくれるんですよね? どれぐらい詳細な資料が必要ですか? スライドとかの準備もいりますよね?」


 高山課長へ矢継ぎ早に尋ねる竹村係長からは殺気すら漂っていた。


「記者会見に呼ぶメディアの選定もうちですか? 出欠を取るにしても、こんなに急だと集まりますかね?」


 白岡さんからも心配の声があがる。それを高山課長は眉間に深い皺を作って聞いている。


「とにかく、やるんだ。記者会見はやる。イベントも成功させる。全部やる。だってうちは、経営企画部なんだぞ?!」


 あの温厚な高山課長がキレた。気迫が波動となってこちらにまで伝わり、肌がビリビリする。もう誰も文句は言わない。言えない。


 通常ならば、こういったプレスリリースが必要な案件は私が担当する。けれど、今はあの冊子のことに時間を()きたい。実はこんなことを話している時間が惜しいぐらいにゆとりが無い。どうしたらいいのだろう。


 私は竹村係長の方を見た。向こうも同時にこちらを見る。でも口は結んだままで、指示内容が固まらない様子。こんなことはなかなか無い。会社の一大事と、私の力作のリリース。おそらくどちらを優先すべきか、竹村係長の中でせめぎ合いが続きているのだろう。


 そこへのんびりとしたしゃがれ声が割り込んできた。


「とりあえず、できることからしたらいいんじゃないですか? 焦ってもどうにもなりませんよ」


 新田くんだ。彼は自席からずっとこちらで起こっていた騒動を見守っていたらしい。おもむろに立ち上がって、こちらへやってきた。


「印刷屋、間に合わせたいならばいつものところは諦めてください。僕、三日で仕上げてくれるところ知ってますよ」

「それ、どこ?!」


 即座に反応したのは白岡さん。新田くんは、なぜか不敵に微笑んでいる。


「僕の叔父がやっている印刷屋です。ネットで注文を受けて、完成品は宅急便で送る形です。今回はとりあえず、招待客とうちの役員や部長クラスに配る分だけあればいいですよね? だったら、合計五百部ぐらい。ページ数が多いですが、そこは身内ということで押し切ってみます」


 もう少し詳しく説明するとこういうことらしい。私がネットで新田くんの叔父さんがやっているという印刷屋のサイトで印刷データをアップロードすると、すぐに印刷してくれるそうだ。でも今回は宅急便よりも直接取りに行った方が時短になるとのこと。となると、お土産の紙袋にあらかじめセットすることはできないかもしれないが、イベントが終了する午後八時までには会場に持ち込める。すると、お客様がお帰りになる際に出口付近で手渡し配布ができることになる。


「それで行こう!」


 高山課長が承認し、竹村係長が大きく頷く。すると、新田くんはすごく良い笑顔になった。


「のりちゃん。どっちが役に立つ男なのか、これではっきりしたよね?」


 え、急に何を言い出すのだろう。これに返事したのは右往左往している私ではなかった。


「馬鹿だなぁ。大事なのはそれじゃない。どっちが結恵を幸せにできるかだ。女は仕事じゃ幸せなれないらしいぞ。な? 結恵」


 竹村係長の切り返しが成功したのかどうかは不明。だけど、新田くんは押し黙ったまま。やはり、平社員が他所の部署の係長に睨まれると怖いよね。ちなみに、私は今の状況がとても怖い。そして気まずい。こんな非常時にくだらない喧嘩をするなんて、非常識にも程がある! 止めなきゃ!


 と思っていたら、私の心を読んだかのような怒号が背後から飛んできた。


「何やってるのよ、あなた達!!」



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