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40・一丸となって

 一月は行く、二月は逃げる、三月は去るなんて言うけれど、今年は例年の倍速で時間が過ぎていくように感じる。二月中旬にあったリア充のためのリア充によるイベントはもちろん不参加だった。三年前に、義理チョコを配るのに辟易した女性社員が一斉蜂起し、個人的なものを除いてそういうイベントを職場で大々的に執り行うことを禁止する社内通達が下ったのだ。おそらく、ほっとしたのは女性社員だけではない。三月中旬に『お返し』を用意する必要がなくなった男性社員の多くもほっとしたことだろう。


 でも新田くんは「ほっとしてるのは既婚の人だけだよ。僕なんて一つも貰えないんじゃないかって毎年ヒヤヒヤしてるもん」などと(のたま)うので、私は食堂横の自販機でホットチョコレートを奢ってあげた。本人はすごく喜んでいたけれど、私も口紅の『貸し』を少しでも減らせた気がしてすっきりした。


 社長へのインタビューは二月頭に行った。社長は話し始めると止まらなくて、なんと二日に渡って聞き取りを行い、合計七時間もお時間をいただいてしまった。緊張しすぎて大変だったけれど、社長からすると私なんて孫みたいなものらしく、とてもフレンドリーに接してくださった。普通に働いているとこんな機会はなかなか巡ってこないので、自社の社長の人柄に触れる良い経験だったと思う。


 インタビュー後は、副社長、高山課長に加え、白岡さんや浜寺主任にも打ち合わせに入ってもらい、制作物の内容を固めていった。


 基本的には年表形式。創立から五年ごとにパートを分けて、その中でのハイライトをいくつかの視点で紹介していく。製品のこと、開発された新技術のこと、上場などの会社の動き、そして社長のインタビューから抜粋したエピソードだ。


 社長の話を聞くと、考えていた以上に梅蜜機械は苦難の歴史を辿ってきたことが分かる。


 社長のお母様は昔縫製工場で働いていたそうだ。当時はコンピュータ制御の自動裁断機なんて無かったので、全て手作業で布地を一枚一枚切っていく。時間もかかって効率も悪い上、正確さを維持するのも難しい。そんな工程を受け持つ母親を見ながら育った梅蜜正少年は、繊維業界とは全く違う分野の機械を扱う会社に就職。そこで様々な工業的な基礎知識を得た後、ひょんなことから海外で販売されている裁断機のことを知った。しかし、海外製は大きい上に価格も高い。販売している会社にもまだ日本法人がないので、購入する具体的な手立てが分からないばかりか、日本語による説明書なども期待できない。となると、使いこなすことも困難になることは簡単に予想がつく。親孝行な社長は、『それならば、自分で国産裁断機を作ればいいじゃないか』と考えて立ち上げたのがこの梅蜜機械らしい。


 創立してすぐに躓いたのは技術力の低さ。その次に立ちはだかったのは資金面のやりくり。当初は商社の仲介で販売していたが仲違いしてしまったり、力のある技術者が競合他社に引き抜かれてしまったり。それでも、『もう駄目だ』と思った時には必ずどこからか手が差し伸べられてきた。それは人であったり、運であったり、時勢であったり様々だ。


 こういった『天からの恵み』は、目の前にぶら下げられた瞬間にそれと気づくものなのだろうか。おそらく、そうではないと思う。きっと、常に貪欲に前進を続け、情報のアンテナを張り巡らし続けてきた社長だからこそ、掴み取ってこれたのだろう。ピンチをチャンスに変え、あらゆるものを味方につける。だから、ここまで会社を大きくし、創業三十周年を迎えることができたのだ。


 私は白岡さんや副社長と相談して、これから作るこの冊子を『最先端への道のり〜The way to the cutting edge〜』と名付けた。きっとこれは、梅蜜機械のファンを作り、ファンにとってのバイブルとなるだろう。飛び抜けて大きな発明などはないけれど、着実に業界に貢献できる丈夫な機械を提供し続けてきた梅蜜機械。これを読んで、ユーザー様にはうちの機械を使うことに誇りをもってほしい。そして梅蜜機械は、より最先端の素晴らしいものをリリースし続けられるように歩み続けていくのだ。









 三月に入ると、森さんからの風当たりは幾分弱まり、『最先端への道のり』も共同制作することができた。私は他の制作物もたくさん担当しているので、森さんが浜寺主任に同行して、古い機械や工場内の撮影を行ってくれた。原稿のチェックは、以前広報を担当していた福井係長も手伝ってくれて、坂田さんは本来私か森さんがするべき事務仕事を買って出てくれた。


 高山課長や竹村係長は設営会社との打ち合わせややり取りを重ねていて、当日と同じ会場でリハーサルも実施したようだ。


 経営企画部が、一丸となって動き出した。


 そんな中、いよいよ私は延期になっていた社員スタッフ向け説明会を執り行う。会議室を借り切って、役割別に担当社員を集めて話をするのだ。


 私の後ろに竹村係長の姿は無い。これまでだったら、きっと心配して付いてきてくれていただろう。私一人でも大丈夫なのにと思っていたあの頃が懐かしい。でも、これも私が選んだことだ。


 先程、お手洗いで口紅を塗り直した。きっとうまくいく。


 午後二時。私は、岸部さん達受付担当のスタッフを迎え入れた。



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