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31・連名で

 そもそも、アイドルっていうことが気に入らない。アイドルなんて、いろんな人にちやほやされて、目を開けていられないぐらい眩しいスポットライトの下で自在に泳ぎ歌い踊りまくっているイメージがある。決して陽の当たらない、ジメジメとしたキノコ栽培に最適な場所がお似合いのボッチにとって、羨望の眼差しで見つめることはあるものの、同時に嫉妬や敵対の対象にもなりうるのだ。


 許さんぞ! 私の……梅蜜機械うちの由緒正しきイベントに、そんな奴らは呼びたくない!私は気付かぬうちにガニ股かつ大股で副社長の席へと歩き出していた。

















「そんなわけでね、社長の娘さんたっての希望でお呼びすることになったんだよ。社長も愛娘の願いは聞き届けたいんだろうね。ま、僕にとっては妹だから、あいつばっかり甘やかすなってところだけど」


 私は今、応接室にいる。それも、自社の応接室。本社十階にあるここは、先日訪問したフルティアーズ様本社とはまた違った落ち着いた趣きがある。応接セットは使い込まれた感はあるが、それが品の良いビンテージ感と重々しさを醸し出し、窓から広がる景色に田んぼは目立つものの長閑な地方都市が一望できて和ませてくれる。


 けれど、今回も私はこの雰囲気を楽しむことができないでいた。何しろ、副社長に会った拍子に「ちょうど良かった」と言われて連れてこられたのがここ。そして向かいに座っている五人組は……


「羽衣雅って、名前は知ってたかな?」


 私の正面に座るのはギター担当の男性。名前は……長すぎて覚えられていない。確か、侍みたいな名前だ。なのに、すげぇカッコイイ。背が高い。手足が長い! 女の子向けゲームのスチルから飛び出してきたみたいにピンクとキラキラのオーラを背負っている。背後に薔薇が咲き誇っているようにさえ見える。……パネェ。本物のアイドルは!!


 さっきまで、アイドルなんて糞喰らえと考えていた私は、頭の中で土下座を繰り返していた。


「こういった会社様のイベントで歌わせていただく機会は初めてですが、精一杯盛り上げさせていただきます!」


 ギターの男性の隣に座っていたボーカルの女性は、朗らかに笑った。長い黒髪は少し小百合を思わせる。でもお化けとは違って、太陽のようなエネルギー溢れる光だけを食べて生きているんじゃないかっていうぐらい、明るいイメージの方。このヘルシーな笑顔で、エールを送るような歌詞や愛の歌を歌われた日には、老若男女の心を奪ってしまうだろう。今日は五人とも普通の洋服だけれど、これでカラフルなオリジナリティ溢れる衣装を纏えばさぞかしステージで映えるにちがいない。それはきっと、梅蜜機械のイベントでも同じ。


 私、彼らの力を借りたい。


 きっとイベントはより良くなる!














「へぇ。アイドルなんて鼻持ちならないお子様ばかりかと思っていたけれど、わりと謙虚で良さそうな人達じゃないか」


 帰宅後、私はいつものように小百合に今日の話を聞いてもらっていた。小百合は私のヘアゴムを使って、自分の長い髪を頭上で丸めてお団子にしている。昨日は編み込みお下げにしていたし、器用なお化けだ。


「竹村係長に事後報告したら拗ねちゃって大変だったけどね」

「何て言ったんだい?」

「あんなカッコイイ人初めて見た、きっとイベントも華やかになるって言っただけ」


小百合は含み笑い。竹村係長があんな態度をとる理由が分かれば教えてくれればいいものを、どうやら何も言う気はないらしい。


「ま、光一のことはさておき、結恵ともうまくやっていけそうな人達みたいだから良かったじゃないか」

「でも、彼らの出番やステージをどんな風に確保するのかっていうのが問題なのよね。そもそもこういうお堅いイベントとは相性が悪いのよ」

「金のこともあるだろう?」

「それがね、社長の娘さんとキーボードの女性が個人的に繋がりがあったとかで、出演料は『身内価格』なんだって。でも、演出に関する費用は新たにたくさん発生するでしょうね……」

「どうしたものかねぇ。私もそれほど世の中のことを知らないから、今回ばかりは良いアドバイスもできないよ。こうなったら、結恵自身が他のイベントへ出かけて、アイデアを拾ってくるしかないかもしれないね」

「他のイベントなんて簡単に言わないでよ。私がこの忙しい中、大手を振って参加できるようなちょうど良いイベントなんて、そうそう出てこないわ」










 なんて言っていたこともあった。翌日の昼過ぎ、森さんがスキップしながらこちらに近づいてきた。郵便当番で総務に行って帰ってきたのだろうが、やけに機嫌が良い。


「のりちゃん先輩! 来ましたよ!!」

「何が?」


 こちらは忙しいのだ。間もなくイベントの招待状を発送しなければいけないのに、イベントの開始時間が決まりきらなくて困っているのだ。発送予定日から逆算すると、明日中には印刷屋さんに入稿しなければいけないのに、どうしたものか。


イライラしながら森さんが差し出す白い封筒を乱暴に受け取る。何なに……。ん? へ? 私は目を何度か擦った。どうせアイメイクなんてほとんどしていないので、へっちゃらだ。


『係長 竹村光一 様

紀川結恵 様』


 連名?!


 やや生成りで上品なホワイトのマットな厚紙で作られている封筒は手触りが良い。ゆっくり裏を返すと、差出人が書かれてあった。


『フルティアーズ株式会社 代表取締役 古田梓』



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