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27・夜の公園デート

 とっておきの店に連れてってやる。なんて言われたら、すっごく期待しちゃうのは女子のさが。会社から駅方面へ歩いていって、まだ私が入ったことのない細い路地に足を向ける。橙や青のネオンの看板を通り過ぎて、どんな隠れ家的名店があるのかと期待に胸を踊らせていたら、芝生が広がる広場に辿り着いた。ここは城跡。日中は運動する人、大道芸をする人、楽器の演奏をしている人などをたくさん見かけるのどかな公園だ。


 まさかとは思うけれど、こんなところでハイキングなんてする気じゃないでしょうね? 木枯らしが切なげな声で鳴いて、マフラーの端が慌ただしく靡いた。知らぬ間に竹村係長に手を引かれていた私は、暗い林の中に点在する白い街灯の灯りを頼りに広いアスファルトの遊歩道をひた進む。


「あ、あった。あそこ、あそこ」


 しばらく歩くと、前方に赤い光を発見。屋台だ。よくテレビドラマで見かけるけれど、実際にはなかなかお目にかかれないような、いかにもという風体。車の後ろ側を改造しているらしく、車の片側には暖簾のれんがかかり、古ぼけた粗末なパイプ椅子が並べられている。お客は入っていないようだ。近づいていくと、ふっと和風出汁の良い香りが鼻を掠めた。


「らっしゃい! あ、竹村さんか。なんだよ、今日は女連れか。可愛い子じゃないか。もしかして、アレか?!」


 暖簾をくぐると、威勢の良いおじいちゃんの声が飛んできた。小指を立ててアレという辺り、年代の差をかなり感じる。竹村係長は苦笑いしながらおじいちゃんの声を無視し、私を自分の隣の席に座らせた。背中が寒い。でも、前は温かい。目の前には巨大なおでん鍋がいくつか並んでいて、それぞれが細かく板で仕切られている。ちくわなどの練り物やタコ、こんにゃく、牛筋、私が大好きな餅巾着らしきものまで見える。白い温かな柔らかい湯気をあげて、ぐつぐつと鍋の中で小刻みに揺れ続ける食材達。これで唾を飲み込まずにいられるかっての!


「紀川、さっき弁当食ったみたいだから、あんまりお腹空いてないだろ? でもここだったら、食べたい分だけ食べれると思ってな。それに、紀川は制服通勤してるから」


 まさかそんなことを考えてくれていたなんて。先程この闇に包まれた公園に入った際は、竹村係長に騙されたんじゃないか、もしかして私に酷いことをするつもりじゃなかろうかと不安になったものだが、今はそんなことが嘘みたい。


 服装のことを気にかけてくれたのも嬉しかった。私にだって最低限の常識はある。さすがに、制服のままでお洒落な店には行けないもの。


 私は冬の間は自宅で制服を着て、その上にコートを羽織って出勤している。これも、更衣室に行くのが嫌だからだ。他の女子社員と関わるのは気疲れする。あからさまに嫌味を言う人はほとんどいないけれど、みんな集団で行動しているので、そこに交じらない私は孤独そのもの。何も起こらなくても居た堪れない気分にさせられてしまうのだ。だから、汗をかいて着替えが必要になる夏場以外は、一日のほぼ全てを制服を着て過ごす。


「紀川、どれ食べる?」

「たくさんあって迷っちゃいます」


 顔が蒸気に当てられて良い気分。肌が潤う気がする。そう言えば、仕事上がりに食事して帰るなんて、まるでリア充ではないか! そう思うと有頂天になれる程に幸せだ。


 私と竹村係長は、まずは腹ごしらえとばかりにいくつかの品を注文。私はタコだけを食べた。とても大きくて、豆腐並みの柔らかさ。元はきっと巨大なタコで、じっくり煮込んで仕上げられた一品にちがいない。


「で、どうしたの? やっぱり岸部さん絡み?」


 岸部さんなど同じ本社二階フロアの女子社員と反りが悪いのも問題だけれど、私が抱えるコンプレックスの根底はそこじゃない。私は首を振った。


「先に、竹村係長の話聞きます」

「プライベートの時間に仕事の話でも大丈夫?」

「何を今更」


 竹村係長は顔をくしゃりとさせると、居住まいを正すように座りなおした。椅子が足元の石ころとぶつかって鈍い音を立てる。冷え性の私は、コートからはみ出た脚を交差させて今ある温もりを逃がさぬように力を込めた。


「外部スタッフを使わずに、社員をスタッフとして起用するていう件。あれ、高山課長と営業、総務からも許可下りたよ。特に総務の飯塚部長からは好評だったな。『うちに異動してくるか?』とか言われたし」


 それは笑えない冗談だ。竹村係長は経営企画部うちの重要な人材で、私の……



 え。

 ……今、私、何を考えた?



 駄目だめ、今は冷静になろう。先に竹村係長の話に集中しなくては。

 それにしても飯塚部長に褒めちぎられるなんて予想外だ。前例を一歩も踏み外さずに辿ることが大好きなお方だけれど、同時に社員をこき使うことも趣味にしている方なので、納得できると言えばできるけれど。


「竹村係長、勝手に異動なんてしないでくださいね」

「それは約束できないな」

「……せめて、イベントまでは」

「あぁ、そっちか。そんな顔するなよ。心配しなくても、今はそれどころじゃないって人事も分かってるはずだから」


 どうしよう、ちょっともやもやする。


「じゃ、次に紀川の話聞くよ」


 竹村係長は、カウンタに肩肘ついてこちらに焦点を合わせてきた。店のおじいちゃんからは、聴かぬふりして一言も漏らすまいという矛盾した意気込みが伝わってくる。


「紀川?」

「あ、はい、あの……」


 私は、短い昔話を始めた。幸福でも不幸でもない一人のちっぽけな女の子のお話。



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