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11・デザインはアートじゃない

 小百合は料理が上手い。きっと前世は良き母親だったに違いない。もちろん、前世が人間だったならの話だけれど。


「小百合、もう食べないの? このビーフシチュー、すごく美味しいよ?」

「当たり前さ。私が念力を込めて作ったんだからね」


 念力……。怨念じゃなくて良かった。温かなものを食べているはずなのに悪寒がした。


「それで、森雪乃は案外使える奴なのかい?」

「物覚えはすごく早いんだ。気に入らないことに」

「別にいいじゃないか、見た目なんて。性格が合わない上、仕事までできなかったらもっと困っていただろうよ」


 そんな事言うのは、小百合が美人だからにちがいない。私みたいに平々凡々な容姿で、微妙な年齢に差し掛かっている場合はそうもいかない。


「まぁね。でも、いくらグラフィックソフトの使い方を覚えるのが早かったり、チュートリアルを完璧にこなせたとしても、それだけじゃ仕事にならないもの。だけど本人はそれが全く分からないみたい」

「じゃぁ、どうするのさ? 結恵は気が弱いから、言いたいことも言えないんじゃないかって、気が気でならないよ」


 小百合はどこまでお見通しなのだろう。今日は同じことを谷上さんにも言われた。後輩の顔色窺って優しすぎるのは先輩としての仕事サボってるのと同じなんだと諭されたけれど、やり方はいろいろあると思う。高圧的な態度で叱りつければ、一時は思い通り森さんをコントロールできるだろう。でも同時に一生払拭できないような溝ができて、本当の信頼関係は生まれない気がする。だから私は私のやり方でもう少しがんばりたい。何てったって、ようやくできた可愛い後輩なのだ。これから付き合いが長くなるだろうし、できることはやっておきたい。


「平気。私、良いこと思いついたの。明日の夕方には形勢逆転してみせるよ」


 私はローテーブルの横に座る小百合に向かって、ガッツポーズして見せた。








 翌朝。珍しく目覚めが悪い。おそらく起きる直前まで見ていた夢がいけなかったのだ。しかも、テレビをつけたら既に七時半だった。


「小百合、何で起こしてくれなかったのよ?!」


 私は喉が乾燥していて、うまく声が出ない。実は、小百合の要望で一晩中エアコンを稼働させていたのだ。小百合は私が趣味で集めたファンタジー小説を片っ端から読んでいて、続きが気になるから一晩だけと頼み込まれたのだった。


「結恵、友達は親じゃないんだよ? 義務も責任もない自由な関係なのさ」


 小百合はそう言うけれど、おそらく小説に没頭しすぎていて朝になったことに気がつかなかったのだろう。私は昨夜の残りのご飯をレンジで温めると、鮭フレークを混ぜ込んでおにぎりにし、朝のニュースを見ながら頬張った。森さんの言う通り、化粧が薄めの私は支度も早い。八時過ぎにはコートを着て玄関に立っていた。


「結恵、いってらっしゃい」

「いってきます」


 すっかり定番化した朝のやり取りだけれど、最後にエアコンの電源を落として小百合の姿がふっと掻き消えるのを見るのは未だに慣れない。どうしても、きゅっと胸が痛んで切なくなるのだ。


 会社へ出勤すると、駐車場に白岡さんの車があった。もちろん車体の色は白。何か音がするなと思って中を覗くと、なんとウクレレを弾いていた。


「おはようございます!」

「紀川さん、おはよう。職場まで一緒に行こうか」


 白岡さんはなぜか女性に人気がある。毎年バレンタインデーは会社中からチョコレートが集まってきて、大きな紙袋がいっぱいになる程だ。ホワイトデーのお返しもマメなので、それを狙っている女子も多いことは否めないが、細かいことによく気が利く彼に好感を抱く人は多いということだろう。


「谷上さん、もうすぐいなくなるので寂しくなりますね」


 私は白岡さんと並んで歩いて話しかけた。白岡さんが経営企画部内で一番仲良しなのは谷上さんなのだ。家族ぐるみのお付き合いらしい。お互いに小さなお子様がいるので話も合うのだろう。


「そうだね。谷上さんも今回の異動は微妙だろうな」

「でも、実力を買われて引き抜かれた形ですし、悪い話ではない気もするんですけど」

「んー、だけど経営企画部って何だかんだで会社の中枢に近い部署だから、そこから遠ざかるっていうのは……」


 谷上さんも異動の話がやってきたのはつい最近だったとのこと。最近ちょっとカリカリしているのも、もやもやが心の中で溜まっているのかもしれない。


「今夜は忘年会です。皆で谷上さんを励ましましょう!」

「そうだな。それより、紀川さんも大丈夫? 竹村、最近ますます仕事をたくさん振ってるみたいだし。辛くなってどうにもならなくなる前にちゃんと相談してね。僕は役職者じゃないけど、そこそこ口はきけるつもりだから」


 白岡さんは、私のことも本当によく見てくれている。髪の毛を切ったり、新品の靴を履いていくと真っ先に気づいてくれるのは必ず彼だ。同じぐらい給料をもらっているはずの高山課長とは、雲泥の差である。


「ありがとうございます。今のところ、なんとか対応できてますので。どうしても駄目になりそうな時はお力貸してください」


 白岡さんは、私の頭をポンポンと撫でた。あぁ、笑顔が眩しい。今日も一日がんばれそうだ。






 その日の午後、森さんは私が出していた宿題を提出しに来ていた。来月行われる個展の案内状である。A4表裏カラーのタイプで、よくあるデザイン業務だ。そして、彼女の『作品』は私の思った通りだった。


「初めてなのに、よくできてますよね? 素直に褒めてくれていいんですよ!」

「……なってない」

「えー?! どこがですか? 私、がんばったのに……」


 こらこら。そんな泣き真似をされたから、あっという間に周囲の注目を集めてしまったではないか。私は決して後輩イビリをしているわけではないというのに。森さんはその可愛らしい雰囲気から、あっという間にこの本社二階フロアのアイドルへと上り詰めた。皆『雪乃ちゃん』などと呼んでいるが、私は一貫して『森さん』で通している。


「いくらがんばっても、ちゃんと使えるものを作れないと意味がありません」

「じゃぁ、どこが悪いっていうんですか?!」

「んー。概ね、全部?」


 ヤバい。空気にヒビが入った。森さんは怒りのあまり、湯気が出そうな形相である。だからと言って、これに屈するわけにはいかない。私はできるだけ穏やかなトーンをキープして、『駄目な理由』を説明することにした。


「森さん、デザインとアートの違いは分かる? 私たちが仕事として行わなければならないのはデザインなの。だから、自分好みのものを自由に作れることはほぼ無いと考えておいて。作ってくれたものを見るに、森さんは可愛らしいものが好きみたいだけれど、果たしてこれがお客様に受けるかしら? お客様って、ほとんどが男性で年配の方もたくさんいる。そういうことは考えた?」


 森さんは小さく首を振った。眉は下げて居心地悪そうにしている。


「デザインってね、必ずそこに目的や意味があるものなの。誰に渡すか、何を伝えたいか、そういうこともよく考えないと。なんとなくまとまりのある外見になれば良いってものじゃない。本当に良いデザインというのは、人の役に立てるものよ? そして感動を与えるもの。これは誰にでもできるわけじゃないわ。これから森さんはデザイナーを名乗っていくのだから、プロ意識をもって、プロの仕事をしてほしい。よく覚えておいてね? 噂で聞いていた通り、やれば出来る子なんだから、私も期待しているよ」


 しっかりと頷いた森さんの目には、何かが宿ったかに見えた。仕事に向けて火がついたというか。私の稚拙な言葉が何とか伝わったのだろうか。とにかく、それが嬉しかった。





 さて、いよいよ今夜は忘年会! 珍しく定時で上がることができる。今回は谷上さんの送別会と、坂口さんと森さんの歓迎会を兼ねているので、三人はお金を出さない。必然的に残りのメンバーの負担額が多くなるのが少し大変だけど、その分飲み放題でたくさん飲んで元を取ってやろうと決心した現金な私であった。




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