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ひとでなし≒かみさま  作者: 夏みかん
第3話 愛憎アイドル
6/20

後編

田舎のコンビニは無意味に駐車場が広い。ひとまずそこにバスと車を止め、司はバスへと向かった。中に入れば全員が恐怖と疲労に満ちた顔をしている。


「今から浄霊しますんで、協力よろしく」


そう言い、順番に酢と塩と酒を使って清めていく。まずは放心状態のサークル5人を浄霊した司はおもむろにズボンのポケットから手帳のようなものを取り出した。


「サインしてもらえる?」


あれだけのことがあった後でよくそんなことが言えるなと思いつつ、心身喪失状態に近い5人はきちんとサインをした。未来みくの依頼もこれで果たし、凛の依頼も果たした司はにんまりと微笑んだ。


「撮影したカメラ、ウチの神社で除霊するから、絶対に中は見るな」


浦川の前に立ち、指に塩をつけながらそう言う司を睨みつつ、浦川は不意に口の中に指を突っ込まれて露骨に不快な顔をしてみせた。


「おっさん・・・やってるこっちの方が気持ち悪いんだよ・・・・我慢しろ、バカたれ」


そう言い、酢と酒も口に含ませた。そうして全員の浄霊が終わった司がバスを出ようとしたとき、浦川が司の腕を掴んだ。


「アレ、なんだったんだ」


全員が注目をする。司はため息をつくとレオナの横の空いた席に腰掛けた。


「あれは井戸にいた竜神が裏返って悪霊に堕ちたものだよ」

「竜神?」

「昔から井戸には竜神が住んでいるんだ」


井戸には竜神がいて、無限の水を提供してくれる。生活用水以外にも活用され、人はそれに感謝をする。感謝は竜神の力になり、水を提供する。そういうサイクルを持って生活が成り立っているのだ。


「でも、あの家は竜神をそのままに井戸を埋めたんだ」


本来、引越しや、その他の理由で井戸を埋める際には祭司を呼んで竜神を天に返す儀式を行う必要がある。土地の豊饒を感謝し、その力を別の場所に移すために。だが、あの家はそれをしなかった。そうせずに井戸を埋めたのだ。


「ただ、あの家の娘さんは竜神が見えていたのか、埋めた井戸に社を奉り、自分たちがいなくなっても寂しくないように大事にしていた人形を置いた」


霊力があったのか、娘は竜神に感謝して手作りの社を置いて人形を自分の代わりに置いた。竜神は埋められたことに怒りつつも娘の優しさにそれを受け入れたのだ。そうしてその場に留まり続けながらも土地を守ってきた。ずっと、ずっと。


「けど、誰かがその人形を遊び半分で倒したんだろう・・・竜神は怒り、おそらくそいつは祟り殺された」


レオナたちは身震いをした。あれを見た後では納得できる。


「そうして竜神は怒り、やがて人を呪う怪物になった。それが霊圧の塊となってああして現れたんだろう」

「でも・・・他のロケじゃ、あんなのは・・・」


別のスタッフの震える声に、司は小さく微笑んだ。


「多分、人形が倒されてすぐぐらいだったのかもね。何人か亡くなってるんでしょ?つまり、力をつけてきてたってわけだ」


人形が倒されて人に対する憎悪を得た。徐々にそれは膨れ上がり、今回はサークル5人のお互いを憎む気持ちが同調したこともあってああまでの状態になったのだと司は指摘した。5人は黙り込み、顔を伏せる。司はそんな5人を見て小さく微笑むと立ち上がった。ただ、竜神の中に娘に関する感謝の気持ちが残っていた。だからこそ、神の霊圧にまで高まらずに司と同等の力で落ち着いていたのだ。本来であれば元は竜神、人間である司がどうこうできる相手ではない。


「カメラ、渡して」

「置いてきてしまったよ」

「あーそう。じゃ、後で回収して、神咲神社へ持って来て。さっきも言ったけど絶対に中身を見ないでね」


冷たい目をしてそう言い、司はドアに向かった。そんな司を見た浦川はぎゅっと拳を握ると司を呼び止め、司は立ち止まってそっちを見た。


「お前の言うことを鵜呑みにはできんぞ・・・お前は・・・インチキ霊能者だ!」


その言葉に同行していた霊能者が体を震わせた。司はため息をつき、そのまま浦川に背を向けた。


「忠告はしたよ・・・あんた、中を見て、死んでも俺を恨むな。もっとも恨んで出てきたところで消滅させてやるけど」


にっこり笑ってそう言うと、司はバスを出て行った。浦川は怒りに任せてシートを殴るが、それでも今日の体験は恐怖となって見に付いている。体の震えを我慢しつつスタッフを見渡した。


「一旦戻って機材を回収するぞ」


そう言われても誰も行く気になどなれないが、機材を回収しないわけにはいかない。重い気持ちになりつつもバスは動き出した。南はすでにバスに移っており、去り行く窓から外で見送る司に丁寧に頭を下げた。司は微笑みながらバスが駐車場を出たところで車に戻った。そしてさっきしたのと同じ説明を2人にした。その後飲み物を買い、麻美は車を発進させる。時間はもう午前2時を回っていた。


「あの技、あれは?」


眠そうにしている司にそう聞く凛を横目で見つつ、司は天井を見つめる。そんな様子を見た麻美はミラー越しに2人の様子を見つつ運転をしていた。


「十七の技を全て結集した裏技みたいなの。流星乱舞・・・霊圧を込めた光の矢で相手を消滅させるんだけど、相手の方が上だから押し返すのが精一杯だった」

「凛にはそれが見えていたんだ?」


麻美の言葉に頷くが、今の言葉から麻美には見えていなかったのかと気づく。そう見えなかった。ただ黒い霧が押し戻されているのは分かったが、それをしていた光の矢は見えずだ。


「あいつの霊圧の方が強かったからね・・・凛はブレスレットのおかげで見えていたんだろう。どっちも俺の霊圧だし、同調してね」


その言葉にブレスレットを見ながら頷く。麻美は納得しつつ、車内で叫んでいた凛を思い出していた。あれもブレスレットの力を利用し、司からのアドバイスだと思えば納得もいく。しばらく会わないうちに随分とたくましくなり、司の影響を受けていることに苦笑した。それも無理はないと思う。


「なんせ全霊圧使ったから、今は数珠に蓄えた分しかない」


司はそう言うとそっと目を閉じた。凛は微笑みつつも小さく謝る。


「ゴメンね・・・また、危険な目に遭わせて・・・ゴメンね」


だが司は小さな寝息を立てていた。車の揺れのせいか、凛の肩に頭がもたれる。凛は司の体を倒すようにしつつ、ドアの方に寄って膝枕をするようにして寝かせた。その髪をそっと撫でる。


「恋する乙女の顔しちゃって」


麻美の言葉に少し頬を染めるが、笑顔はなかった。


「ま、私でも惚れちゃうね」


ミラー越しに見える麻美の目が笑っていた。凛も微笑むが、どう惚れても片想いにしかならない現実が待っている。


「司君、人を好きになるって心がないんです」

「どうして?能力のせい」

「そうですね・・・好きな子を助けたのに、いろいろあって・・・」

「そう」


今までの2年の付き合いで凛が言いにくいことは聞かないようにしている。ただ、凛の司への愛情は伝わっていた。表情を見ずともそれは分かる。


「私・・・司君を好きになる資格、ないかも」


ちょうど信号待ちになった麻美はミラー越しに凛と見つめあう。司は疲れからか完全に寝ているようで規則正しい寝息を立てていた。


「この間も無理言って、肝試しに連れてって、そこでも危険な目に遭いながら助けてくれた」


信号が変わり、車が進む。ゆっくりめの速度で進めながら麻美は凛を見やった。


「今日だって、嫌がってたのに・・・無理矢理」

「凛・・・」


凛は泣いていた。涙が寝ている司の頬に落ちていく。それをハンカチでそっと拭いつつ、手でそっとその頬に触れた。


「この力のせいで心まで壊したことを知ってるのに・・・・なのに、その力を使わせて・・・」


ハンカチで自分の顔を覆いつつ、凛は泣いていた。麻美はそんな凛を見つつ路肩に車を止めると凛の方へと体を向けた。凛はまだ顔を覆って泣いていた。


「彼、きっと何も思ってないよ」


その言葉に顔を上げた。涙が頬を伝っていく。


「今日も嫌々来たのかもしれない。でも、嫌々戦ったわけじゃないもの・・・みんなを助けたいって、そう思って頑張ってた。そうでしょう?」


頷く凛の目から涙が零れ落ちる。それを見た麻美は小さく微笑んだ。


「心が壊れていても、それでも誰かを助けるために力を使う。それが彼の力の使い方なんだよ。だって、私の時にあんたを助けたのは頼まれたからじゃない、自発的でしょ?嫌ならそういう力を使おうとも思わないよ」


凛は司を見た。心が壊れていようがいまいが救えるものを救う、それが司だ。麻美の時も、肝試しの時も、今回も。絶対に諦めずに全員を救うために戦う、それが司なのだ。


「好きな人を信じることが大事だよ。たとえ相手にその気持ちがなくても、凛のその気持ちがあればいつかは想いは届くよ」


麻美はそういうと微笑んだ。凛はまたもハンカチで顔を覆うようにして泣いた。麻美は頷き、運転を再開した。時折鼻をすする音が聞こえたが、もう泣いている感じではなかった。


「凛、成長したね」


麻美は嬉しそうにそう言うと少し車を加速させた。



ホテルの一室で窓の外の景色を見つめるのはレオナだ。浦川たちは局へと戻り、自分たちはそれぞれが家に送られた。レオナは南に指示して浦川が使っているホテルに行き、シャワーを浴びて椅子に座って景色を見ている。けれど実際に景色など目に入ってこない。頭に浮かぶ光景は不気味な黒い霧、揺れるバス。実体験として残るとんでもない恐怖体験を思い出して膝を抱えると身震いをした。メンバー同志のいさかい、けん制、憎みあいに霊が同調をした。司の言葉が胸に刺さるが、認めるわけにはいかない。あんなやつに何がわかる、そう思っていた。今頃スタッフはあの廃屋に機材を取りに行っているのだろう。こんな夜はそばにいてほしいのに、浦川はさっさと行ってしまった。涙が自然と出てきた。妻子持ちでも愛している。最初は抱かれることで仕事をもらい、時には浦川の指示で自分の祖父よりも年上の男にすら抱かれた過去を持つ。いつしか浦川に抱かれるのはそんな自分を清めるような気がしていた。けれど実際はそうではない。清めるのではなく、泥を上塗りしているだけだ。次に若い子が出てくれば自分はすぐに捨てられる。そんなことは分かっていた。それでも、彼の心を繋ぎとめるために抱かれていたのだ。


「置いていかれた竜神・・・」


井戸を埋める際には竜神を送り出す。それをせずに埋めた井戸に残るのは、埋められたことに怒る竜神、その成れの果ての怨霊。自分も同じだ。浦川はそのうちきっと自分を捨てて次へ移る。自分を送り出さずに、自分は浦川を恨みながら。愛の裏は憎悪。涙が止まらなかった。自分の心の井戸は、自分で埋めるしかない。だが、まだその勇気は出なかった。



機材を回収して局に戻れば朝になっていた。大半のスタッフが震えながら回収をし、最後に手を合わせて撤収をする。司のおかげか何も起こらなかったが、やはり恐怖心は半端ではない。とにかくカメラは中身を確認せずに持ち帰り、この後で司が言った神咲神社へ持って行くことになった。場所は有名で大きな神社だけに分かっている。とりあえず戻ったスタッフを確認した浦川は疲労で一杯のスタッフをねぎらいつつそっとカメラを手に編集室の中に入った。見るなと言われれば見たくなるのが人間だ。それにあの黒い霧は司によって撃退されてるのだ、もう呪いなどない。そう考えて録画したものを見ていく。序盤の廃墟でのやりとりは飛ばしつつ、問題の箇所である井戸のシーンに移った。5人が並んで井戸にまつわるでたらめないきさつを説明していけば、突然乱入する司たち。カメラも切ることを忘れて怒声が飛ぶ中、じっと井戸を見つめる司と井戸に注目する。画面の右側がそれであり、左側では凛と自分の言い合いが映っていた。


「桜園・・・ラッキーだったな」


編集もしないで損害にはさせない。これはこれで上手くまとめて放送すればかなりの反響があるはずだ。ネットでも噂が広まり、世界にサークルの名が知れ渡るだろう。そう思いながらも凛をものにできなかったことが悔やまれるが、それでもまだチャンスはあると思う。そういったやましいことを考えていた浦川が画面へと目を戻せば、司の見ている井戸の部分にノイズが走る。


「おいおい・・・撮れてないってことないだろうなぁ」


浦川の心配をよそにノイズは大きくなり、音声もおかしくなり始めた。


「いや、これはこれで・・・・・・なんだ?」


と、画面は綺麗になった。いや、静止しているのか動かない。どんなに機械を操作しても何も起こらないことに苛立った浦川があちこちボタンを押していると金属音が聞こえ始めた。とたんにほくそ笑む。


「この音、撮れているな」


そう、間違いなく廃屋で聞こえたあの金属音だ。じっと画面を見るが相変わらずの静止画面だが、音はまだ続いている。そっと耳をカメラに近づけるが、音は大きくならなかった。よく考えれば、直接頭に響いているような気がする。


「冗談だろ?」


震える声でそう言うと、音は徐々に大きくなっていく。カメラの音声ではなく、頭の中に響く金属音。それがひときわ大きくなり、止んだ。カメラの画面は真っ黒になり、自然と電源が落ちた。やはりカメラからの音だったのかと神経質になっていた自分を笑えば、だんだん腹も立ってきた


「くそ」


仕方なくカメラを置いたとき、またあの金属音が聞こえてくる。あわててカメラを見るがカメラは完全に停止し、電源も落ちている。それなのに聞こえてくる金属音は徐々に大きくなっていった。背後から感じる不快感。振り返る勇気もなく、体が震えだす。ガチガチと歯が鳴り、体が硬直する。心臓の鼓動が今まで生きてきた中で一番の早鐘を打った。金属音は部屋中に満ち、背後で何かが動く気配がした。思わず振り返ったその瞬間、編集室に浦川の絶叫がこだまするのだった。



あくびをかみ殺しながら朝食の準備をし、テレビを見ていた。いつも見ている朝の情報番組。今日は平日だが、帰宅が明け方の3時だったこともあって眠さはマックスだった。それでも学校に行くことにした凛だったが、司は休ませるつもりだった。結局、家に着いたものの起きなかったので信司が部屋へと運んでいたのだ。霊圧を使い果たすと身体機能が休眠するのだろうと言った信司の言葉もあってゆっくり休ませてあげたいと思ったからだ。感謝してもしきれない。そしてこの眠気の中で学校へ行くのは我侭を言った自分への罰だとも思っている。そんな凛が祭の準備で早く家を出た信司を見送った後、パンを食べながらテレビを見ていると速報が飛び込んできた。司会者もそのテロップを見て驚いているが、それ以上に凛は驚き、眠気も覚めた。


「死んだ?浦川さんが?」


テロップは簡単に浦川が急死とだけ伝え、司会者も詳しいことが分かり次第お伝えしますと言うだけだ。凛は震える自分を抱くようにしつつ、浦川が廃屋で回収したカメラの中身を見たのではないかと推測していた。その時、携帯が鳴り響く。それは麻美からの電話だった。震える手でそれに出れば、麻美の声も震えていた。


「麻美さん・・・・浦川さんが・・・・」

『編集室で倒れていたみたい。心臓発作だったって』


編集室という言葉に自分の予想が当たっていたことに戦慄した。司の忠告を聞かずに中を見たのだろうと麻美は言い、凛もそれに同調した。カメラの中にあった邪念が浦川を殺したのだ。


「浦川?それって、サークルの?」


起きてきた美咲の言葉に我に返り、そっちを見て頷く。美咲は椅子に座るとぼーとテレビを見つめる。何かわかれば連絡すると言い残し、麻美は電話を切った。凛は震える手で美咲のパンを焼くと椅子に座った。


「昨日のが原因?」

「多分、ね」

「ほえ~・・・サークル、どうなっちゃうんだろうねぇ」


その質問に返す言葉は見つからない。彼女たちのショックも計り知れないだろう。だが、自業自得だとも思う。せっかく司が救った命をこうもあっさりと無駄にした。そう、これは自業自得だ。そう言い聞かせるしかない凛は後味の悪さから逃げようとする自分を隠そうとはしなかった。



昨夜のロケのことで呼び出されたディレクターたちは局の上層部による尋問を受けていた。もちろんこの後は警察の事情聴取も待っている。だが、言ったところで誰も信じないだろう。カメラは警察が押収して解析したが何も映っていなかった。浦川が消したのかと思われたが、消したり上書きをした形跡もない。ただ映像と音声が消えている不可解なことになっていたのだ。スタッフは全員井戸の中にいた怨霊の仕業だとしたが上層部はそれを受け入れずに厳罰を下し、警察は浦川の死因は心臓発作による突然死と発表した。サークルの今後の活動は未定となり、以後解散も噂されるようになる。実際にそうなるのは半年後だったが、その頃にはもはや後ろ盾を失って勢いのなくなったサークルにかつての人気はなくなっていただけに、解散はすんなりと世間に受け入れられた。一方、浦川の亡くなった当日は学校でもその話題で持ちきりだった。凛は重たい気持ちのまま登校し、下駄箱前で未来にあった。井戸のことに関しては知っているだけに説明はしやすかったが、浦川の死因については憶測になってしまう。おそらくは撮影した映像を見たせいだと思うと言った凛の顔は晴れなかった。せっかく司が全員を無事に脱出させたのにこれでは何の意味もない。教室でも裕子たちにそれを説明すれば同じようにいたたまれない表情をしていた。ショックもあって寝不足ながら眠たくもならず、その日は疲れた様子で帰宅する。ただいまと告げてリビングに行けば、そこには司がいて浦川のニュースをぼーっとした顔で見ていた。凛は何も言わずに自室で着替え、それから重い足取りでリビングに向かうと司の横に腰掛けた。司はさっき起きてきたようで、まだどこか眠そうな目をしつつそのニュースを見つめている。凛はどう声をかけていいかわからずにただ座っているだけだったが、どうにも落ち着かずにコーヒーを入れにキッチンに行った。そうして司の前にもコップを置けば、ここでようやく司が首を揺すって小さなため息をついた。


「映像に残っていたのは、あいつの残留思念だ」


その言葉に司の方を見るが、司は相変わらずテレビの方を見ていた。


「裏返った竜神の思念が焼きついた映像を見たんだろう・・・結果、その思念はあのおっさんに刃を剥いた、当然っちゃ当然だ、見てるのはおっさんしかいないんだからさ」

「じゃ、まだあのカメラにそれが残ってるの?」

「いや、思念は小さい。おっさんを殺して消えたろうさ」


司は素っ気無くそう言うとコーヒーを飲んだ。今、どんな気持ちでこのニュースを見ているのだろうと思うがそれを聞く勇気などない。凛もまたコーヒーを飲みながらフラッシュの中、事務所に駆け込むレオナたちサークルの面々を映し出すテレビへと目を向ける。


「愛ってなんなの?」


ぽつりとそう呟いた司の言葉にそっちを見るが、司はテレビを見つめている。何を思ってそう言ったかはわからない。ただ、その答えを口にできるほど凛は愛を知らない。


「憎しみの裏返し、ってことなのかな」

「それ、どういう意味?」


人を好きになる、愛するという感情がない司のその言葉の意味がわからず、凛はややきつめの口調でそう問う。だが司は少し目を細めるだけで何も言わず、コーヒーを飲んで立ち上がる。


「もう少し寝るよ」


微笑んでそう言い、司はリビングを出て行った。そんな司をただ見送るしかない凛は司の言葉を頭の中で繰り返す。愛は憎しみの裏返し。テレビに映るレオナを見てそう言った司。


「それが愛の意味だって言うのなら・・・それって、悲しすぎるよね」


凛はそう呟き、テレビを見つめた。愛を失った司が愛を知ろうとはしない。ただ、愛をそういう認識で持っていてほしくはない。凛は下唇を噛みながらテレビを見据え、司に愛というものを教えられない自分を情けなく思った。



祭の日は毎年快晴だった。地元の神様が祭好きだからだと年寄りたちは話し、子供たちも朝から元気に駆け回る。出店は午後から開くために朝からその準備に追われ、信司は忙しそうにあちこち駆け回っていた。毎日毎晩1時間の神輿の練習を一週間重ねた子供たちが拝殿の前に出された神輿の前に集まっている。神輿歌を歌う者、神輿を担ぐ者、総勢20名ほどの子供たちが法被を着て祭を取り締まる自治会の人から注意事項の説明を受けていた。司もそれに同行するために法被を着込み、その様子を見つめていた。


「神輿の機嫌は良さそうか?」


自治会長の言葉にそっちを向けば、いつも頑固親父だの鬼ジジイなどと子供たちから呼ばれているその強面の顔も今日は緩んでいる。司は神輿を見つつにんまりと笑った。


「上機嫌だよ」


その言葉に自治会長も満足そうに笑う。


「そうか。この神社の神様の化身がそう言うんだから、今年も成功間違いなしだな」


にっこり微笑むその顔を見る司は苦笑しつつ空を見上げた。毎年の快晴に気分もいい。そして自治会の人の合図で神輿歌が歌われ、神輿が担がれる。夕方まで練り歩く長い道程だが、子供たちは元気一杯だ。威勢のいい掛け声と共に神輿が神社を出発していく様子を見つめる巫女装束の未来と凛は手を振り、神輿を送り出した。


「さて、と・・・私はお社の方の手伝いしてきますんで、凛さんは社務所で横田さんとお願いしますね」

「はい」


巫女では先輩である未来にそう返事をし、社務所に向かう。ベテラン事務員の横田の指示で今日の動きを確認して忙しく駆け回る。美咲は応援に来た友達と一緒に物を運び、ご機嫌な様子で仕事をこなしていった。そうして社務所の中で一息をついた頃にお昼となり、凛は未来や美咲たちと一緒に弁当を食べていると知った声にそっちを向く。


「おー、似合ってるじゃん」


そう言う裕子と万里子の姿を見た凛は売り物の向こうにいる2人に手を振って表に出た。裕子はそんな凛を写真に収めつつ雑談をする。


未生みしょうも夕方には来ると思うよ」

「来なくていいのに」


その本気の言葉に裕子はケラケラと笑い、万里子は苦笑した。


「さて、どこかで本格的な写真が撮りたいんだけど」

「本格的?」


今でも散々写真を撮り、一緒に撮影もした裕子の言葉に凛が不思議そうな顔をした。本格的な写真とは何なのか。拝殿などで撮るということなのかなと頭の中で考えを巡らせていると、裕子は不気味な笑みを凛へと向けた。


「こうさ、肌を露出させた・・・肩とか太ももとか出した、色っぽいの」

「・・・バチ当たるよ」


ため息混じりにそう言うが、裕子はニヤニヤしたままだ。


「その時は神手に祓ってもらうから」

「そんなことに司君を使わせないから!」

「あらら、何、その彼女的発言は」

「そ、そんなつもりもない!」


どこか顔を赤くしつつそう言う凛に裕子も万里子も微笑んでいた。


「色っぽい表情でいいよ。未生に高値で売れればいいからさ」

「絶対にイヤ」


そっぽを向く凛に大笑いした裕子だったが、その後も適当に写真を撮った。もちろんその手の写真は撮らなかったが。そうして裕子たちと入れ替わりに美咲や未来の友達も来てわいわいと盛り上がる。夕方になって神輿も戻り、子供たちにお礼と心ばかりの気持ちとして1人千円が振舞われた。満足そうに解散する子供たちを見送り、司は自治会の人たちと神輿をしまう。そうして1日練り歩いて疲れた顔をした司はすぐに着替えて社務所に向かうと、そこは例年にはない人だかりができていた。


「さすが元芸能人ってとこか」


苦笑しつつ社務所に入れば、凛の姿を写真に収める者や普段は買わないお守りを買ったりする男たちで溢れていた。


「桜園さん効果抜群で忙しすぎてますよ」


横田も苦笑する状態に司も微笑み、その他の対応をしていく。


「やぁ、凛!おおう!最高じゃないか!」


人並みを掻き分けてやって来るなりそう言った来武が携帯で写真を撮りつつ学業のお守りを購入する。一応受験生なのでおかしくはないのだが、凛目当てだということは誰にでもわかった。


「あ、うん、忙しいから、また」

「おう、後で一緒に出店を回ろうな」

「え?いや・・・違うって」


勝手にその気になった来武はウィンクをして去っていく。そんな来武を見た凛は次々に来る客にてんてこ舞いになりつつもため息をついていた。


「未生先輩ももっとしっかりしてる人かと思ったんだけどなぁ」


憧れていた来武の本性というか、本来の性格を見て落胆する未来もため息をつく。学校ではイケメンで頭もいいことから人気の高い来武だが、凛が絡むとどうにも空回りをしてがっかり感が半端なかった。そうこうして夜になればようやく社務所は落ち着き、今度は夜店が賑わう。そんな中、神輿を奉納している小さな小屋で作業をしていた司は拝殿の奥ということもあって人も少ない場所にいた。時折いちゃつくカップルが暗い場所でなにやらごそごそしていたが司にすれば興味もない。さっさと用事を済ませてしまおうと思った時、背後に気配を感じて振り向いた。


「あれ、あんたは・・・あの時の」

「一応有名人って自負はあるんだけど、ま、現実はこんなもんか」


そこに立つ帽子をかぶった女性、レオナが小さく微笑むと自分の前に立つ司に軽く頭を下げるのだった。



「お姉ちゃん」

「ん?」


ようやく一息ついてお茶を飲んでいた凛の横にいた美咲の言葉にそっちを向けば、美咲は拝殿のある方を向いていた。未来は仕事が落ち着いたこともあって友達と出店に行っている。もちろん、巫女の格好のままだ。


「どうしたの?」

「多分、サークルの安藤レオナが来てるよ・・・今お兄ちゃんのとこにいる」

「え?」


美咲の能力を知っているだけに疑う余地などない。凛はあわてて社務所を出て拝殿の方へと向かう。そこには参拝客と夜店で買ったものを食べている人たちがいるぐらいだ。凛は神輿のことを思い出してそっちに行けば、拝殿の裏から声が聞こえてきたためにそっとそっちへ向かった。もしレオナが来ているのであれば、浦川の死を司のせいにしかねない。またも人の悪意が司を襲うのなら、自分はそれから司を守る。そっと拝殿の陰に隠れつつそっちを見れば、帽子をかぶった女性らしき人物と向き合う袴姿の司がいた。Tシャツにジーンズ、そして帽子。ボーイッシュな風貌のその女性は確かにレオナのようだった。会話はなんとか聞こえる位置にいる凛が耳をすませる。


「先生が死んだの、カメラを見たからみたい」


先生と呼ばれた人物が浦川だと理解しつつ、司は頷いた。


「だろうな」

「カメラに、あの黒いのがいたわけ?」

「いや、映り込んだことで、思念が焼きついたんだろうな。それを見たから、思念に殺されたんだ」

「・・・そう」


レオナは視線を落とす。中身は見ずに神社に持って来いと言った司の言葉を無視した結果の死だ。レオナに司を責める気はなかった。ただ確認に来ただけだ。


「私が殺したようなもんかな」


つぶやくようなその言葉に司はため息をつく。レオナは司が言った言葉を覚えていたのだ。井戸の中にいた黒いもの。その力を増幅させたのはいがみ合い、憎しみあう5人の心に同調したせいだということを。そう、お互いに仲は悪かった。自分がサークルというグループの人気を支えていると全員が思っていた。そして全員が浦川の気持ちを得ようと躍起になっていた。そう、妻子がいようとも浦川が自分に興味があるうちは芸能界でも安泰だと思っていた。いずれ捨てられようとも、何かしらの後押しを得ようともしていた。


「私は井戸の竜神と同じだった」


レオナの言葉に何も言わず、司はただレオナを見つめていた。


「先生がいて、私のいる井戸は使われる。そして私は先生に水を提供する。いずれちゃんと送り出されずに埋められることが分かっていても」


浦川は儲からないと判断すればそれをすぐに切り捨てて次に移る。そうすることで成功を収めてきた人物なのだ。それもあってこれまで泣いてきたアイドルは数多く、それでも他の大物に取り入って生き残っている者もいるが、基本的に自分の手を離れた者にはノータッチというのが浦川のやり口だ。つまり、今は浦川の恩恵を受けていても、自分たちもいずれそうなる。それでも浦川の寵愛を受けたかった。ただ、純粋に愛していた。浦川が言うのであれば望まない男にも抱かれた。その後で浦川に抱かれればその汚れも綺麗になる、そう思っていた。だが心の奥ではその逆、汚れは一層酷くなっていくのを感じていた。井戸を埋められた竜神が人を恨み、呪うように。


「きっと、あの人は映像の中の何かに殺されたんじゃない・・・今まで捨ててきた人たちの怒りや恨み、そういったものに殺されたんだと思う」

「死んだものよりも生きている人間の方が、俺は怖い」


その言葉にレオナは顔をあげ、凛は苦い顔をした。


「死んだ霊的なものはただ純粋なだけだ。純粋に見守る、救う、呪う、憎む。分かりやすいよね。でも生きているものはそうじゃない。いろんなものを同居させてそれを隠し、表に出し、吐き出す」


司の顔には感情らしきものはなかった。レオナはそんな司をじっと見つめる。凛は拝殿にもたれるようにしながら俯くしかなかった。


「俺には愛とか、人を好きになるってことが分からない。欠けているんだそうだ」


その言葉にレオナが驚いた顔を向け、凛はそっと目を閉じた。司は少し微笑むと空を仰ぐ。


「失くした原因はなんとなくわかってるんだけどね、でも、俺からしたら元からないようなもんだ」

「なんで?」

「好きという感情が理解できないのに、思い出すとか無理だし、そういう感情がなくても生きていける」


微笑む司の言葉にレオナは視線を落とし、凛は悲しい顔をした。そう、司はそういう感情がなくても困っていない。家族がいて、友達もいる。ただ、今を生きているだけで満足をしているような感じだ。


「でも、あんたは違う・・・愛とか、そういうものがないと生きていけない。いや、俺以外はみんなそうなんだと思うよ」


レオナはそっと司を見た。愛情という感情を失った男の笑顔がそこにあった。


「愛の裏側が憎しみなら、殺すほど憎いってことは、裏を返せばそれだけ好きだったってことでしょ?」


レオナの瞳に涙が溜まっていた。浦川が死んでから流す初めての涙が司の前だとは予想もできなかったが、頬を伝う涙が熱い。


「おっさんは死んだ。だけど、あんたは生きているんだ」


しゃくりあげ、大粒の涙が溢れ出る。そう、浦川は死んだ。もういないのだ。


「生きた人間がその人を覚えている限り、その魂は救われる。たとえその魂が強い恨みを持っていても、その人を想う心があれば、魂は浄化される・・・・俺の師匠の言葉だよ」


レオナは両手で顔を覆って泣いた。それは愛情の証、憎しみの浄化だ。


「井戸の中の竜神は寂しがり屋なんだよ」


その言葉を聞き、レオナは崩れ落ちるようにして泣き続けた。そう、自分は竜神だ。誰よりも寂しがり屋で、そして愛に飢えた竜神だ。浦川の死によって井戸は埋められた。だけど自分はその井戸から飛び立つ。司という祭司を得て、今ここで泣くことをその儀式として。もう一度、新しい井戸を見つけるために。


「ありがとう」


ひとしきり泣いたレオナが立ち上がり、少しはにかんだ笑みを見せてそう言う。司はにんまり笑うとその場を離れようと動き出すが、レオナに呼び止められて足を止めた。


「人からの好意も、わからないの?」


司が動き出したことであわててそこを離れようとした凛もまた動きを止めた。司はゆっくりと振り返ると、腕組みをしてみせる。


「わからないでもない・・・ただ、なんで俺を好きかが理解できないだけ」

「どうして?あなたの人柄に惚れただけでしょう?」

「惚れるってのがわからん」


素っ気無くそう言う司を見たレオナはただ呆然とするしかない。この男の心は壊れている。ただそれだけははっきりと認識できた。


「手を繋ぎたい、抱きしめあいたい、キスしたい、セックスしたい・・・そうしようと思うこと自体、その意味がわかんないんだ」

「そういうことをしたいと思わないってこと?」

「全然」

「性欲とか・・・」

「ない。そういう機能もないらしい・・・同時に失くしたみたい」


まるで他人事のようにそう言うと小さく微笑んだ。


「俺は男という性別でありながらそれを放棄した人間・・・いや、半分は霊みたいなもんかな」

「霊?」

「霊圧っていう、まぁ、霊の大きさみたいなのがデカすぎてね・・・いずれそれが体を押しつぶすかもしれない、そんなあやふやな人間」


言っている意味は分からないがイメージは出来る。


「そうなると、どうなるの?」

「死ぬだけ」


呆気ないほど簡単にそう答え、司は笑った。まるで死ぬことなど怖くない、そういう笑顔だ。


「でも、死にたくはないよな。霊体でも漫画を読んだり出来るけど、美味いものも食えないしさ」


そう言って笑う司に返す言葉も見つからず、ただ呆然としたレオナは去り行く司の背中を見つめた。


「ありがとう・・・楽になったよ」


その言葉に振り返らず、片手を挙げた。レオナはそれを見て深くおじぎをし、再度心の中でお礼を言った。


「桜園、辛い片想いだね」


そう呟くと帽子を被り直したレオナは人ごみを避けるように裏から神社を後にするのだった。



拝殿の前に立つ凛を見た司は小さく微笑むとそこに近づく。凛も今ここに来ましたといった顔をしつつ手を振った。いつもと変わらぬにこやかな顔をした司が立ち止まり、凛の前に立った。


「何か食べに行くか?」

「あ、うん・・・そうね」

「お疲れ、みたいだな」

「初めてのお祭行事だからね」


そう言って微笑む凛を見た司はいつになく真剣な顔をしてみせる。そんな司にドキドキする凛はさっき盗み見していたのがばれたのかというヒヤヒヤもあってますます心臓の行動を速めていった。


「キスってどんな気分がするんだ?」

「え?」


突然司の口から出た意外な言葉に凛は戸惑い、体をもじもじとさせた。経験は1度しかなく、それも好きでもない相手としただけだ。動揺ありありの顔をする凛を見つつ、司は頭を掻くと小さなため息をついた。


「ちょっと俺としてみてくれる?」

「あ?えぇ?」


目を限界にまで見開いた凛を不思議そうに見る司。何を思ってそんなことを言うのか分からず戸惑うしかない凛がその意図を探ろうとしたが、司はそんな凛の両肩に手を置いた。


「ドラマとかじゃこんな感じでしてたよな?」

「ちょ・・・なんで?なんでしたいの?」

「どんな気分になるのか知りたいだけ」

「なんで知りたいの?」

「え?何でって、興味あるから、どんな気分になるのかさ」


声が震える凛とは違い、司は好奇心ありありの目をしている。本当にただ興味本位でのキスらしい。そこに愛もないが、凛はこれがきっかけで司の心に変化が出るかもしれないと決意を固めてそっと目を閉じ、少し唇を突き出すようにしてみせた。


「い、いいわよ」

「はいよ」


顔を赤くする凛、表情のない司。その唇が重なる。柔らかい感触を互いが感じつつ、沈黙が続いていく。そうして1分経っても離れず、2分経っても動く気配がない。さすがに凛は薄く目を開け、少し顔をずらして司の唇から離れた。


「ちょ・・・・長いよ」

「あ、やっぱり?いつ終わればいいかわかんなくてさ」


耳まで赤くした凛とは対照的ににんまり笑う司に変化など微塵も感じない。照れも羞恥も嬉しさも、何もない。ただいつもの司がそこにいるだけだ。


「で、ど、どうなの?」

「ん?んー・・・柔らかい感触だったな・・・凛のいい香りもしてたし」

「・・・・そ、それだけ?」

「ああ。口で息していいのかなとか考えたりしたけどな」

「あ、そう」


自分のドキドキが半端ないだけに落胆が大きい。司は平然とし、愛情が蘇ることもなかった。だが、凛にしては複雑ながら好きな人とキスをした事実は大きい。来武としたキスの記憶が消えるほど、それは鮮明に頭の中に残っていた。


「もう行こうぜ、腹減った」

「あ、うん、そうね」


まだ顔が火照り、胸のドキドキも収まってはいない。凛は司の横に並びつつ、その腕にそっと組み付いた。司はそんな凛を見たがすぐに前を見る。この行為自体にも意味を見出せないのだろう。前進もしなければ後退もしていない。それはそれでよしとする。ただ、凛は気づいていなかった。司が何故自分とキスを試したいと思ったのか、そのほんの少しの心情の変化を。



祭の片付けも終わり、月曜日となった。凛は教室に行くと裕子にお金を渡している来武を見て深いため息をつくと椅子に座る。そんな凛を見た万里子は苦笑しながら凛の机に腰掛けた。


「おっはよう」

「おはよう」

「かなり儲けてるみたいよ、裕子」

「みたいね」


どうやら巫女姿の凛の写真は来武以外の男子にも好評であり、裕子の想像を超えた儲けにニヤニヤが止まらない状態にあった。そんな裕子を薄い目で睨む。


「著作権の侵害だ」

「でもそのお金で週末に3人で何か食べに行こうって言ってたよ」

「ま、それぐらいはしてもらわないとね」


呆れたようにそう言う凛は数枚の写真を掲げて恍惚の表情をする来武を見て吐き気がするのを感じる。


「あの写真で夜な夜な・・・・」

「止めて!」


万里子の意地悪な言葉を遮ると机の上からどかすように両手で押した。万里子はニヤつきながら横の席に座ると、満足そうに近づいてくる裕子を見やった。


「いやいや大盛況!次は水着でよろしく凛ちゃん!」

「ありえないし・・・あんたらとは泳ぎに行かない」


ご機嫌の裕子を呆れた顔で睨みつつそっぽを向いた凛に対し、万里子はただ苦笑していた。


「まぁまぁ、これあげるから、ね?」

「いらないって」


差し出す写真を追い払うような仕草で手を振った凛の眼前に1枚の写真をひらひらさせる裕子。それを見た途端に目を見開き、絶叫しながら慌てた様子でその写真を奪い取ろうとしたが裕子がそれをひょいと持ち上げたために空振りに終わる。


「あのカメラ最新でさ、暗い場所でもフラッシュなしでいいのが撮れるんだよ。それが暗いせいかまたいい雰囲気に映るんだ」


そう言う裕子がニヤッと笑い、凛は顔を真っ赤にしつつその写真を奪い取ろうと立ち上がる。万里子はわけがわからずそのやりとりを見ているだけだ。そんな凛の手をすり抜けた写真を万里子に見せた裕子は不気味な笑顔を万里子に向けた。


「わ!意外とそういう関係?」

「ち、ちがっ!あれは、違うんだって!」


あわててその写真を取り上げた凛はくしゃくしゃに丸めるとそれを机の中にしまいこむ。焦りまくる凛を見た万里子はニヤニヤし、裕子は手に持った写真の中からさらに1枚を選んだ。


「いやいや、長い時間してたからさ、何枚もあるんだわ」

「きゃー!もう!お願い!全部渡して!」

「うんうん、夏が楽しみだよ。肝試しはなしにした分、キャンプがてら海に行こう!」

「いいから全部よこしなさぁい!」


写真をひったくる凛の手からこぼれた数枚を万里子が拾う。


「まったく・・・バカップルじゃん」


そう言ってため息をついた万里子はその写真をまじまじと見つめた。暗い中に浮かび上がるキスをしている写真。他にも腕を組んで歩く姿も撮影されていたが、キス写真だけでも10枚はある。その中の1枚を見た万里子は苦笑を漏らした。薄暗い雰囲気の中、唇を合わせながらカメラに向かってピースをしてウィンクのように片目を開けている司と目を閉じてどこかうっとりとした凛が映った写真がそれだった。


「裕子も万里子も絶交!司君は夕食抜きっ!」


写真を奪い取り、教室にこだまする凛の絶叫せいか、自分のクラスで未来の顔面にくしゃみを浴びせた司の頬に未来の渾身の右拳がめり込んだ。

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