後編
警察や救急車が到着し、学校周辺は慌しくなった。全員が倒れていたことで有毒ガスの疑いもあり、検査も実施されたが当然何も検出されなかった。また、意識を取り戻した生徒の証言もあり、由梨と信也の奇行もまた報告されていた。捜査の結果、イジメから発生した怨恨として殺人等で由梨と信也は逮捕されたが、彼らは意識不明のままだった。雪奈も精神的に壊れており、太った生徒の証言もあまりにオカルトすぎて証拠にはならないとされ、彼もまた精神科への通院を余儀なくされていた。学校側もイジメの存在を明かして謝罪したが、由梨と信也の両親から謝罪と賠償を請求される運びとなる。だが、そんな両親も後々育児放棄や家庭内暴力などの問題が取り上げられてその請求は棄却された。テレビでは夏前に起こった他の学校の女子生徒連続失踪事件もあって大きく報道したが、ただ謎を生むばかりで終わっていた。番組を担当した者の中にはかつての凛と麻美の事件を知る者もおり、オカルト的な事件もあって司が関与していると睨む人物も多かった。だがこういう事件は話題にはなれど報道はあまりされなくなり、早い時期で世間の興味は薄れていった。だからか、由梨と信也がほどなく同時に亡くなったこともまた一部の関係者しか知らず、この事件はひっそりと幕を下ろすことになるのだった。
事件の日は事情聴取もあったものの、ほとんど来武が対応してくれたこともあって凛は夕方には家に帰っていた。来武は警察に自分も凛も倒れていてほとんど何も見ていないと証言し、また事件に関しては突然由梨と信也が数人を殺して雪奈に襲い掛かり、そのまま突然気を失ったと話していたのだ。いろいろオカルト的要素が多く、警察もあまりその辺は突っ込んでこなかった。とにかく意識不明の2人を逮捕したものの、満足に証言できるものが来武だけでは話にならない。多くの刑事や警察官がため息をついていたのが印象的だった。凛は大急ぎで家に帰り、まず司の部屋に顔を出す。大人しく寝ているようだが相変わらず熱が高い。ちゃんと病院に行ったようで、キッチンには薬も置いてあった。息が浅くて速い状態ながら眠っているようだ。凛は自室に戻って着替えると、帰りに買って帰った熱さまシートを準備する。そうして司の部屋に戻るとベッドの脇に座った。
「司君」
優しい声でそう言うと司の眉に皺が寄った。そっとおでこに手を当てるとかなり熱い。やはり無理をしたようだと思う凛はもう一度優しく名前を呼んだ。
「司君、大丈夫?」
「ん・・・・・んー・・・・・・ん?」
ゆっくりと目を開けた司がぼーっとした顔を凛へと向けた。
「おかえり」
小さく微笑んでそう言う司を抱きしめたくなるが、今は無理だ。元気になったらいっぱいそうしてやろうと思いつつその顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「熱いだけ」
「体は?」
「重いだけ」
「気分は?」
「普通」
そう言いながら司はゆっくりと身を起こした。
「無理させたね」
「凛のせいじゃないけどな」
薄く笑った司は凛が持ってきた冷たい飲み物を勢い良く飲んでいく。熱い体に冷たいものが染み込むのが心地よかった。
「これも貼って、体温も測るね」
「ん」
かなり辛いのか、されるがままでいる。凛は司の脇に体温計を差すと額に熱さまシートを貼った。ひんやりというか寒気がするほどの冷たさがじんじんと響いた。
「お医者さんは風邪だって?」
「うん」
「・・・・肺炎とか、大丈夫かな」
無理をして助けに来てくれたことは嬉しいが、そのせいで入院でもされたらそれはそれでイヤになる。あの状況を打破できるのが司しかいなかったとはいえ、それでもやはり体調は気になっていた。
「でも、来てくれてありがとうね」
「学校から変なの感じたからね・・・それに本能的に学校に行きたかった理由もわかったし」
「うん」
そうとしか言えない。司が来なければ自分はどうなっていただろう。怖くて想像も出来ない。
「ただ、あの本を送ったやつが気になる」
ぼーっとした顔をしつつそう言う司に凛もうなずいた。由梨たちが復讐を実行した全ての原因がそこにあるのだから。
「あの本自体が元凶?」
「ああ・・・誰かが本に術を施してよこしたんだろうな・・・儀式によってそれとリンクさせて力を持たせた」
「じゃぁかなりの相手ってこと?」
「多分、俺に匹敵する」
その言葉に凛は絶句した。司に匹敵する能力者となれば世界でも数人いるかいないかというほどの人物になる。もしその相手が今回のことで司に迫るようなことがあれば、それはあまりに危険すぎる。考え込む凛は体温計の電子音にも気づいておらず、もそもそとそれを取り出した司は凛に数字を見せた。
「あ・・・38度8分、ね・・・・・・高いね」
「まぁな」
そう言うと大きく息を吐いた。
「パジャマ脱いで・・・汗を拭いてあげるから」
その言葉にためらいなく上半身裸になれば、凛はお湯で濡らしておいたタオルで身体を拭いていった。やはりかなり熱く、どう見ても辛そうだ。
「小さい頃、母さんもよくそうしてくれた」
「そうなんだ」
「凛は・・・・母さんみたいだけど、ちょっと違うなぁ」
「そりゃ違うよ」
苦笑し、身体を拭き終えた凛が新しいパジャマを着せた。下は自分で履き替えた司はベッドに横になり、凛が布団を掛けてあげた。
「母さんじゃないけど、ずっと傍には・・・・・・いて欲しい・・・・・・」
そう言うと司は目を閉じ、寝息を立てだした。優しく微笑んだ凛がそっと熱い頬に触れる。
「ずっとそばにいて欲しい?」
ここでようやくさっき司が言った言葉の意味を理解した。人を愛する心を完全に失っている司のその言葉に目を丸くした。風邪を引いて気弱になっていたのもあるのだろうが、それでもこの言葉は大きな進歩だと思う。やはり裕子の言うとおり司の心が少しずつ動きを見せているのだろうか。
「熱のせい・・・・だったら悲しいかな」
苦笑し、立ち上がる。司は浅く早い寝息を立てて眠っていた。こんな状態で戦ったのもあって、いつもよりも眠いのだろうと思う。部屋を出る前にもう一度眠っている司を見つめた。
「ずっと一緒にいるよ・・・ずっと、ずっとね」
そう言い、凛は部屋を後にした。
暗い部屋に明かりは無い。外はまだ昼前だというのにこの窓の無い部屋の中は夜のような暗さだった。金色をした豪華な椅子に腰掛けて腕を組んでいる男はゆっくりと顔を上げる。その口が笑みを形取った瞬間、目の前の扉が開いて明るさが部屋を侵食していった。男は目を細めて向こうからやって来る人物を見やる。自分と同じ顔をした男を見上げた後、ゆっくりと目を閉じた。
「再来月に日本へ行くことになったよ」
「へぇ、あの依頼、受けるんだ?」
「上からの命令だからね」
金色の長い髪を揺らし、目の前の男はため息をついた。椅子に座った同じ顔の男は髪の色が金色であれば同一人物に思えるほどよく似ている。ただ、椅子に座っている男の髪の色は鮮やかな銀色だった。
「日本に用があったからちょうどいいよ」
そう言い、銀髪の男は小さく微笑んだ。
「ミュンヒハウゼンのじじいがいまだに成仏しないのも日本に何かあるからだろ?興味が尽きないなぁ」
「何に興味を抱いたのか知らないけど、準備はしてて。日程はまた連絡するから」
「OK!グッドな日程で頼むよ」
銀髪の男はにんまりと微笑むが、金髪の男は無表情のまま背を向けて歩いていった。
「ミカエル」
金髪の男が扉に手をかけた時、椅子に座った男がそう叫んだ。
「神のご加護があらんことを」
言葉とは正反対な悪魔の笑みがそこにあった。ゾっとする自分をそのままに扉を閉めたミカエルは大きなため息をついてみせる。再び闇に包まれた部屋の中で目を閉じた銀髪の男は笑みをかき消し、無表情のまま目の前にあるドアを睨むようにしてみせた。
「僕の念をこめた本を打ち砕くなんて・・・どんなヤツなんだ?」
そう言い、傍らにある木のテーブルの上に置かれたパソコンを起動させる。この部屋は自室というよりかは、ここに幽閉されていると言ったほうが正しかった。全ては自分の力を恐れた祭司の仕業だ。
「ネットを通じて感じた邪念だったんだけど・・・それを消し、本の中のものさえ消したヤツ、何者なんだ」
あれを消せるとなれば自分と同等か、それ以上の力の持ち主となる。この世界において自分が最高で最強の霊能者と言う自負があったが、それを打ち砕くほどの能力者が日本にいる。それは興味を引いて止まない。
「ハウゼンのじじいもいるし、そいつもいる日本か・・・・世界は広くて狭いね」
けらけらと笑い、男はパソコンの画面を見た。
「さて、今日はどんな邪念が渦巻いてるかな」
唇を舌で湿らせた男は醜悪な笑みを浮かべたまま画面を睨むようにするのだった。
「悪しき力が、嵐が来るか」
雨の中、黒いスーツの老人が傘も差さずに佇んでいても誰も気にしない。そう、彼の姿が見えていないからだ。何故ならば、その老人は霊体なのだ。その証拠に本降りの雨の中にいて服も体も濡れていなかった。霊力のない人間にすれば空気と同じで目には映らない。帰りを急ぐサラリーマンや学生は老人をすり抜ける。そんな老人は雨を落とす黒い空を見上げた。
「同じ力がぶつかるか・・・・悪しき力と、聖なる力が」
そう呟くと老人は歩き出した。垂れるほど長い眉を揺らしつつ、人ごみをすり抜けるようにしてまっすぐに歩いていく。
「前哨戦、となるのかの」
誰に問うでもなくそう言い、老人の口元が緩んだ。
「アマツとミコト、カグラが出会ったことでこの土地の地脈が乱れてきている」
ここ最近、この街で連続して起こる霊的な事件の原因はそれだった。かつての祭司と巫女の悲恋が再びこの時代でも起ころうとしている。
「消えたアマツを追ったミコトの執念、それを追うカグラ・・・か」
伝承にある2人の祭司と1人の巫女の物語。悲しいその物語の続きがもうすぐ始まろうとしていた。だが、その前に嵐が来る。それは間違いのないことだった。雲の隙間から瞬く光が地上を照らす。その後で響き渡る重低音に女の子が小さな悲鳴を上げた。轟く雷鳴に老人は眩しそうな目を向ける。
「2つに分かれたカグラが、鍵かな」
意味ありげにそう呟いた老人は少しその足を速めた。
雨の音がしている。凛は司のそばにいて、その音を聞いて窓の方に顔を向けた。夕食に軽くおかゆを食べた司は薬を飲んでまたすぐに寝ていた。相変わらず熱が高いままだ。凛は風邪が移るのも覚悟の上で司の看病をしていた。今日もまた助けてもらったからではない。ただ、好きな人が苦しんでいるのを和らげてあげたい、それだけだった。もう何度司に救われているかわからない。それは霊的なことからでもあり、それ以外にも凛の心は司に救われている。自分の居場所はこの家であり、司の傍なのだ。
「守るって言ったのに、守ってもらってばっかりだね」
人の悪意から司を守る、そう思いながらもそれが出来ていないと思う。そっと髪を撫で、苦しい表情を浮かべた凛はそっと司の頬に触れた。熱いと感じるが、これを取り除ける術は無い。
「死なせないから」
夏に謎の老人から言われた言葉はずっと凛の中にあった。司が死ぬ、そう予言をしたあの老人がなんであれ、司は死なせない。それに司は死なない。
「大丈夫、私が守るから・・・・絶対に」
司が除霊の際に口にする大丈夫という言葉が凛の中の不安を軽減させていた。それは司の母親の言葉を継いだものだが、何人もの人間の心をその言葉で救ってきている。だから自分もその言葉を信じていた。
「大丈夫だよ、司君」
頬を撫でながら優しくそう言うその言葉に込められているのは愛しさと、せつなさと、そして覚悟。凛はそっと司の髪をなでる。優しく、愛情を込めて。
『人は死んでも、また生まれ変われるというが・・・・本当なのだろうか』
『本当だと思いたいですね』
『ミコトは信じているのかい?』
『もちろんです』
『師が聞いたら呆れるぞ』
『何故です?死は新生の始まり。新たな魂となって新しく生まれ変わる・・・これは師の言葉です』
『意味が違うのさ』
『意味?』
『死は新たな命を生む・・・それは生まれ変わるのとは意味が違う』
『・・・同じとしか思えません』
『そうかな・・・』
『なら、私はアマツ様を追い続けます』
『おいおい・・・』
『たとえそれが千億の時の彼方でも、きっと追いついてずっと一緒にいます』
『なら、見つけてくれ』
『見つけます・・・絶対に』
部屋を覗いた信司の口元に笑みが浮かんでいた。一応様子を見に司の部屋を覗いてみれば、毛布を肩から掛けた凛がベッドに顔を埋め、司のそばで寝ていた。司も熱が下がってきたようで息も少し落ち着いたものになっている。何より、2人は手を握り合っていた。
「明日は学校もないし、ゆっくりおやすみ」
事件のことがあって明日は休校になっている。それもあって、信司は凛をそのままにそっとドアを閉めた。自室に戻ってベッドに横になり、暗い天井を見上げる。かつて自分もああやって看病されたことを思い出し、かすかな微笑を浮かべた。自分と新、そして刃がいた。幼馴染で仲良し3人組の前に現れた美少女は新の猛烈なアタックをかわして自分を選んでくれた。刃もまた彼女に恋をしていたが、修行の日々の中で疎遠となったこともあって身を引いている。結局、彼女は自分を選び、結婚をした。凛と司はちょうど高校時代に出会った自分たち夫婦と重なる部分が多い。ただ自分には恋のライバルがいたが、司には無い。いや、実際は凛に片想いをしている男はいるのだろうが、凛は司しか見ていないのだからどうしようもないのだろう。それに、凛のライバルは司の壊れた心なのだ。それは他の女性が司を好きなことよりも大きな障害だった。それでもここ最近の司の些細な変化は信司も感じ取っている。凛の存在がそれを促したのは明白だが、だからといってまだまだ障害は遥かに大きいのだ。
「由美子・・・」
信司はそう呟いて目を閉じた。今は亡き愛する妻の顔を思い浮かべる。突然の病気で呆気なく死んでしまったが、彼女の遺したものは大きい。そしてそれを今、凛が引き継ごうとしている、そんな風に感じていた。由美子が死に、抜け殻になった司を親友である刃に託した。そして司は大きく成長したが、今度は心を壊した。それでもまっすぐに育っているのは由美子のおかげだと信じている。他人への愛情を失った司がそれでも人を助けることを止めないのは由美子を亡くしたことが原因だとは思う。ただ、今の司はそれだけではない、そう思っていた。凛という大きな存在が確実に司の心を再生させているのだ。
「出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれる・・・か」
信司は目を閉じたまま微笑んだ。由美子が言った言葉。この出会いは運命ではない。ただ出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれた、ただそれだけのことだと言われたのはプロポーズを承諾された時だ。確かにそう思うが、凛と司もまた同じなのだろう。信司はそのまま眠りに落ちた。久しぶりに見た夢がなんであったかは覚えていないが、由美子に会ったような気がした夜だった。
翌朝はワイドショーやニュースが事件のことを取り上げたが、詳細は謎に包まれていることもあってまったく見当違いなコメントをするコメンテーターに凛は閉口していた。司の熱も37度そこそこにまで下がっているが、安静にさせていた。天気も良く、ソファから立ち上がった凛は洗濯をしに2階へと上がり、ついでに司の部屋に顔を出す。寝転びながらテレビを見ていた司は凛を見てあわてて体勢を戻して天井を見た。
「テレビ見ててもいいけど、安静にね」
そう言い、凛はベッドに腰掛けた。司は微笑むとテレビの方へと顔を向ける。見ているのは昔のドラマの再放送だった。
「ワイドショー・・・勝手なことばかり言ってる」
「だろうね。あの場にいないとわかんないさ」
司は小さく微笑んでそう言った。確かにそうだろう。あんな非科学的で非日常的な現象は自分の目で見ても信じられない人が多いと思う。そう考える自分もまた随分とこちら側に立っていると思えた。司の傍にいればそれが日常になっている。
「彼女たち・・・」
司は救えないと言い、いつもの浄霊も施さなかった。それが意味するところが分かりつつも凛は彼女たちの行く末を案じたのだ。
「彼女たちは、助からないの?」
その言葉に目だけを凛に向けた司は難しい顔をしてみせる。凛はそんな司の表情を見て、全てを悟った。
「助からない」
はっきりとそう言い、司はテレビへと視線を向ける。
「あいつらは本の中の邪念を体に取り込んだ。魂は汚染されて体も損傷しているからな・・・俺には無理だ」
「でも、なんで・・・」
「復讐したいという感情に呪術の力を重ねたんだ・・・黒魔術ってやつだ。黒魔術は元々呪いの力の応用だからなぁ・・・魂の奥まで呪われたんだ。相手を呪いつつ自分も呪われた・・・因果応報だよ」
そう言った司はため息をついて天井を見上げた。憑いた霊なら祓えるが、自ら呪いの力を取り込んで一体化したものを祓う術はない。もし祓えば、それはその者の死を意味していた。ただ、祓わなくてもその命は散るだろう。それもごく近いうちに。
「そういえば、そういうのにも詳しいね」
その凛の言葉に顔を向ける。凛は小さな微笑を見せていた。
「黒魔術」
「まぁね」
司はそう言うと再度天井を見上げる。そこに浮かんだ顔は師匠である刃のものだった。
「師匠がそういうのにも詳しかったからね」
「そういえば司君の師匠って、どんな人なの?」
「親父や新のおっさんの幼馴染だよ。昔は近くの神社で宮司してたけど、今は田舎に引っ込んだよ」
「そうなんだ」
「母さんが死んで、まぁ、鬱になってた俺を親父が師匠のところへ連れてった。そこで力の使い方や術式を習ったんだよ」
「じゃぁ、その人も凄い能力者だったんだ」
「うん。俺には劣るけど、それでも強かった・・・それにドイツ人が師匠の師匠らしくてね、黒魔術とかエクソシストとか、西欧関係のことに関しても詳しくて、俺も師匠からそれを習った」
それで納得がいく。司の師匠がそういうことにも詳しいのであればそうなるのだろう。ただ、師匠の師匠がドイツ人なのに、封神十七式はどうやって習得したのか。
「でも、外人さんが師匠で、なんで十七式を?」
「十七式は師匠の家に代々伝わるものらしい。元々習得した後でその人に会い、さらに力を磨いたらしいね」
「代々?」
「師匠によると大昔、それこそ邪馬台国とか、そういう時代に生まれた術式みたい。元々は有名な家に伝わる術だったんだけど、使える人がいなくなって、遠縁の刃さんの家がそれを継承した、らしい」
大昔にもほどがあるが、よくそんな時代に生み出されたものが今の時代にまで伝わっていると感心する。だがだからこそあそこまでの効力を発揮するのだろうとも思えた。
「じゃぁ、いつか司君もそれを伝えるんだ?」
「さぁ、どうだろ」
「でも、そうしないと途絶えちゃうんじゃないの?」
ここまで長い長い年月を受け継がれてきたものを途絶えさせていいのかと考える。だが司にそのつもりはなさそうだ。
「もし、もしも自分の子供が・・・・」
そこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。そんな凛を見上げるようにした司が微笑むと、凛はそっと視線を外した。愛が無く、生殖機能も働かない司に子孫は残せない。いつかは自分が治したいと思うものの、それが可能になるかどうかは司次第なのだ。
「子供が出来て、能力者なら継がせるかもしれない・・・それ以外でも俺みたいな人がいれば伝えるよ」
司は凛を見ながらそう言った。凛は険しい顔をしつつ司を見つめる。そんな凛ににんまりとした笑みを見せ、司はテレビの方を向いた。凛は立ち上がり、部屋を出て行く。そんな後ろ姿をチラッと見た司だったが、何も声をかけることはしなかった。
暗い部屋に明かりもつけずに椅子に腰掛けていた。その瞳は闇よりも濃い黒い光を放っている。窓にかけられたカーテン越しに差し込む外灯と、そして月の明かりだけが部屋の中を照らしている状態だった。
「見つけた」
そう口にしたのは部屋の主である来武のものだが、どこか違うような印象も受ける。ひどく暗く、そして邪悪な感じがこもっていた。
「あとはここまで運ばせれば・・・」
そう言いながら口元が醜く歪んだ。
「アマツ・・・・・今度こそ殺してやるぞ、ミコト共々なぁ」
クククと喉を鳴らしてそう呟いた後、がくりと首を垂れた。手足もだらんとしたのは一瞬で、すぐに顔が跳ね上がった。
「あれ?」
さっきまで風呂に入っていたと思っていたが、いつ上がったのだろうか。最近時々こうやって記憶があやふやになることが多かった。来武はため息をつくと電気をつける。そのままベッドに腰掛けると倒れるように寝転がった。そしてよく見る夢のことを思い出す。夢の中で自分はカグラという人物になっていた。時に親友であるアマツや想いを寄せるミコトと楽しく語り合い、時に激しい憎悪をアマツに向けていた。そして昨日見た夢は嫉妬に駆られた自分が凛を犯す夢。自分はカグラでもあり、凛はミコトでもあった。それはひどく現実的であり、心を満たしつつも引き裂かれるような痛みも伴っていた。カグラの中にあるのは憎しみと愛。それが完全に同居しつつ、別々に存在している。アマツへの憎しみは司への憎しみに、ミコトへの愛と嫉妬は凛への愛と嫉妬に変わっている。もはや夢の中と現実がごちゃ混ぜになっており、来武としても混乱することが多かった。ただ、司に対する嫉妬や憎しみはあれど、尊敬できる部分もある。昨日もそうだが、世界に復讐をしようとした由梨に投げた言葉は自分も感じたものだ。それを堂々と口にしたことは評価に値する。
「俺にもあんな力があれば・・・」
科学的に証明できないものなど認めていないはずだった。なのに今は違う。ああいう力を欲している自分がいるのだ。凛を守るためではなく、他の何か大きなものを守るために。それが何かはわからない。だが、どこか焦りにも似た感情がその思いを加速させていた。
「急がないと」
そう呟き、我に返る。
「何を?なぜ?」
自分にそう聞くが、もちろん答えなど出ない。来武は疲れているのだと自分に言い聞かせ、ベッドに横になった。ここ最近の多重人格じみた現象も日々のストレスのせいだと思い、少し早いが寝ることにする。そしてその夜は珍しく夢を見ることは無かった。
学校が再開されたのは事件から3日後のことだった。結局イジメによる恨みからの犯行ということで落ち着いたものの、由梨と信也は依然として意識不明のままだった。雪奈も精神を壊し、イジメに関わった者たちも心に大きな傷を負っていた。司によればそれは呪いの力のせいであると断言したが、凛にとっては複雑な気持ちになってしまった。いじめた側もいじめられた側もまた最悪の結果になったからだ。憂鬱な気持ちのまま席に着けば来武も似たような表情で窓の外の景色を見つめていた。あの惨状を見れば無理はないと思う。人が3人も死に、由梨と信也も遅かれ早かれ死を迎えるのだ。あの場にいた2人にすればそれはいたたまれないことでしかないのだから。
「おはよう」
いつものごとく裕子が近づくが、凛に笑顔はなかった。眼鏡を指で押し上げるようにしつつ裕子に挨拶をする。
「おはよう」
「あの事件、やっぱ神手が?」
あの日は学校を休んでいたが、あれだけ不可解な事件を解決できるのは司しかいないのは明白だ。凛は頷きつつも詳細を語る気にはなれずにいた。裕子もそれを察したのか、しゃがみこんで凛の机の上に腕を置く。
「あんたはそのブレスレットのおかげで事件を見たわけだ」
そう言う裕子の言葉に頷いた。呪いの波動を受けた全校生徒は皆悪夢の中に放り込まれていたのだ。裕子によれば延々と何か黒い獣に追われる夢を見ていたらしい。万理子もそう証言していたことから全員が全員同じ夢を見ていたということになる。凛が無事だったのはブレスレットの守りの力が働いたからだろう。だがそこで一つの疑問にぶち当たった。凛は後方にいる来武を振り返る。何故来武は動けたのだろうか。霊的な防御力などないはずだ。司に祓われたことが原因であるならば裕子も同じように眠りはしなかっただろう。
「どうしたの?」
「うん・・・未生はなんで大丈夫だったんだろうって」
「そっか、そうだね」
ただ1人の証人として警察に対応したのが来武だとは聞いている。凛をかばっての行動だとも理解していた。
「何か持ってたのかもよ」
「何かって?」
「知らない」
無責任な言い方だが、実に裕子らしいと思った。
「本人に聞けば?」
「うーん・・・それはいいかな」
聞くのがめんどくさいとか、話をしたくないからというわけではない。何かはわからないが心が来武との接触を拒むのだ。
「神手も何も言ってないの?」
「うん、何も」
「じゃ、問題ないんじゃない?」
「と思うけど・・・」
含みを持たせた凛の言葉に裕子は目を細める。
「何か引っかかる、とか?」
その鋭い言葉に顔を上げると、作り笑いをしてみせる。裕子はそれを見抜きながらもあえて知らない振りをした。凛の表情から来武に対して何かを感じているのだろう、そう思えた。
「あんたも神手の近くにいて、そういう能力に目覚めた、とか?」
「ないよ」
「好き好きオーラだけか」
ニヤッとした嫌な笑顔の裕子に頬を赤くした凛はそっぽを向いた。
「多分、今も出てるな」
「出てません!」
むきになってそう言う凛に苦笑するが、出ているのは間違いないと思う。裕子はそんな凛から離れると自分の席に戻っていった。
「なによ、好き好きオーラって・・・・・・・出ちゃいけないわけ?」
ぶつぶつと不貞腐れた顔をしつつ呟く凛の背中をじっと見つめる来武の口元に優しい微笑が浮かんでいることに誰も気づいていなかった。
今日は珍しく司の周囲に人が集まっていたが、今回の事件のキーワードが呪いという噂もあってのことだ。司が霊能者であることは承知の事実だが、その反面彼が中学時代に起こした事件も有名であることからその能力を利用した犯罪者であるという噂も絶えることがなかった。司は由梨たちのことを聞かれても休んでいたから分からないとしながらも、人の心の中にある悪意は悪意を呼ぶと説いていた。その両手首にはめられた金と銀の数珠も真新しく、昨日届いたばかりのものである。夕日がそれに反射して輝いているが、霊力の高い盲目の巫女が祈りをささげた特別なその数珠は司の霊圧を完璧に吸収していた。その巫女に会ったことはない。だが、数珠を通してイメージは伝わってきている。盲目でありながら美咲をも超える霊力を持った、見かけは幼いが30歳前後の巫女。生まれながらに霊的な力が強すぎるが故に身体の成長が止まっているのだ。そんな司が足を止める。前を見れば白い眉毛を長く垂らし、黒いスーツの老人がそこに立っていた。霊視眼を使わずともわかるその老人は圧倒的な霊圧の塊だ。司はにんまり笑い、老人へと近づいた。
「凄いね・・・死んでもなお、こうまで現世に留まるなんてさ」
ポケットに手を突っ込んだままそう言う司に老人の口元が緩んだ。
「お主も、人ではない」
「まぁね」
その老人、ミュンヒハウゼンの言葉の意味を理解したのか、司はそう言ってケラケラと笑って見せた。
「遠くから、大きな闇が来よるぞ」
「そうなの?」
「気をつけよ」
「忠告ありがとうね」
司はそう言い、ミュンヒハウゼンの横をすり抜けるようにして歩き出した。
「呪いの力」
ミュンヒハウゼンの呟きに反応したのか、司はその歩みを止めた。ミュンヒハウゼンも司もお互いに振り返ることはせず、ただ背中合わせに立ち止まったままだ。
「おぬしの魂もまた呪われておるぞ」
「誰に?」
「カグラ」
「心当たりないね」
「そうか・・・」
「ま、気には留めておくよ」
そう言い、司は歩き出した。ミュンヒハウゼンは前を向いたまま表情の無い目を夕日に向けた。赤く揺らめく太陽は山の稜線にその下部を擦り付けているようだ。
「アマツとは似ても似つかぬ男よ」
そう言い、ミュンヒハウゼンは消えた。司は立ち止らずに消えた霊圧を感じつつ前を向いていた。今の老人が以前に凛が言っていた自分の死を予言した者だろうと思う。
「カグラ、ね」
ピンともこない名前であり、何も感じることは無い。
「呪われている、か」
自嘲気味にそう呟き、立ち止まる。夕日を振り返れば、もう円形をしていない太陽がそこにあった。司は目を細めてじっとその太陽を見つめる。
「死ぬ、ってか」
死ぬことなど怖くはない、はずだった。死んでもさっきの老人のように現世に留まる可能性もあるが、そうまで自分が現世に執着するとは思えない。だが、果たして本当にそうかと自問自答する。死など肉体から魂が外れるだけのことだと思っていた。そんな単純なことが、今は少し怖い。離れるのが怖いのだ。それは魂が、ではなく、凛から、である。それほどまでに司の心に入り込んでいながら、司は凛という存在の意味が理解できないでいた。ずっとそばにいて欲しいと思う。だが、それは今のままの延長を願っているだけなのだ。いや、微妙に違う感覚があれど、それが何かが分からない。
「俺が死んだら、あいつは泣くだろうしなぁ」
司の中では凛は泣き虫だ。よく泣くイメージが強い。そんな凛が自分が死んだ時にはどうなるのだろうと思う。母親を亡くした自分が抜け殻になったように、凛もまたそうなってしまうのだろうか。それを考えると何故か心が痛む。何故痛むのかはわからないが、司はその痛みを認識していた。
「呪われている、か」
司はそうつぶやいて歩き出した。確かにそうなのかもしれない。自分は呪われて生まれてきた。それ故のこの能力なのだろう、そう思うのだった。
「お姉ちゃん」
「んー?」
長い髪を洗うだけでも結構な体力を使っていた。湯船に浸かりながらそれを見ている美咲は腕を動かすたびに揺れる大きな胸を見つつ前から思っていたことを口にした。
「どうやったらそんなにおっきな胸になるの?」
「んー・・・さぁ?」
「いつごろから大きくなったの?」
「小学校5年生のころには、多分、人より大きかったと思う」
「んじゃもう手遅れじゃん」
美咲はそう言うとほとんど膨らんでいない自分の胸に手を当てた。凛は髪を流すためにシャワーを手に取ってお湯を出す。そんな凛の胸をそっと触った美咲に対し、凛は小さな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと美咲ちゃん!」
「うーん・・・この半分でいいからほしい」
「出来ればあげたい」
「そうなの?」
「そう」
「へぇ、そんなもんなんだ」
美咲はそう言いながらまじまじと凛の胸を見つめた。これがあれば男子にモテモテなのは間違いないと思えるからだ。
「でもいいなぁ・・・未来ちゃんも大きいのに、なんでかなぁ?霊力いらないから胸欲しい」
そんな美咲のボヤきを聞きながら髪を流す凛は小さく微笑んだ。自分にしてみれば胸はいらないから霊力が欲しいと思う。そうすれば司の手伝いも出来るだろうし、その苦労も軽減させてあげることができるからだ。
「私は霊力がほしいけどね」
「えー・・・・交換できたらいいのにぃ」
不貞腐れたようにそう言い、美咲は肩まで温もるようにしてみせた。
「でもお姉ちゃんにもあって不思議じゃないのにね」
「え?」
意外な言葉に髪の水分を抜き取るようにして絞る凛はそのままタオルで髪をくるみ、頭の上にそれをのせた。立ち上がる凛を見ればスタイルも抜群でさらなるコンプレックスが美咲を襲った。
「だってさ、あんなに光るオーラがあるんだもん」
「でも何も見えないし感じないよ?」
そう言って湯船に浸かる。向かい合わせになった2人はお湯の温もりにほっとした顔をしていた。
「もしかしたらお兄ちゃん限定でなにかしらの力があるのかも」
「司君限定?」
そうは言われてもピンともこない。司がピンチになっても何も出来ず、助けたいと思っても何も起こらなかった。本当にそういう力があるのならばその片鱗が見えてもいいはずだ。
「でも何も起きないけど?」
「そこが不思議なんだよねぇ」
「どう不思議なわけ?」
「普通、そんなの見たことないんだよ・・・一定の人を思うだけで出るオーラなんて」
そう言って美咲は簡単に説明を始めた。元々オーラを持っている人には霊力が備わっていることが多いという。それは常に見えていて、感情によって色が変化するというものだ。愛ならピンク、怒りは赤、嫉妬は黒といったようにして。だが、凛の場合はそうではない。普段はそういうオーラはまったく見えず、司を想う時にだけそのオーラが出現しているのだ。しかも感情を表す色は七色、つまりどの感情オーラにもない色である。こんな例外は他には無い。つまり、凛のオーラには何かしらの意味があるということになる。
「条件が揃うと発動するとかかな?」
「条件?」
「なんとなくそう思うだけだけどね」
「条件ねぇ・・・」
司の危機を見ても発動しなかっただけにそんなものはないと言いきれる。ただ、オーラに関しては意味があるのだろうとは思う。
「まぁ、そのうちわかるかなぁ」
「そうかも」
そう言うと美咲は立ち上がった。
「きっと、お姉ちゃんなんだよ、お兄ちゃんを治せるのは」
「そうかな?」
「私はそう思う」
美咲はそう言うと浴室を出て行った。その後ろ姿を見つつ口までお湯に浸かった凛は今の言葉の意味を噛み締める。本当にそうなのだろうか。裕子に言わせれば司は小さいながらも変化を見せているらしい。だが凛にはそれが見えていない。熱のせいかもしれないが、ずっと傍にいて欲しいとは言われたが、それが家族としてなのか特別な相手としてなのかは分からない。そういう意味では確かに変化かと言えるのだろうが、それが心の修復かと言われれば疑問になる。凛は顔を湯船から上げて天井を見上げた。本当に自分がそんな存在ならいいのにと思う。何度も司に助けられた恩返しがそれなら、それは最高だ。
「願うだけ、か」
期待をすれば裏切られる。なら、願うだけ。だが最近はそれすらしなくなっている。願うのではなく、希望になってきていると思っていた。自分が司を変えたいと思う、そういう希望になっていた。熱がありながらも助けに来てくれたのも自分のためだと勝手な解釈をしていることが痛い。異変を感じて学校に来たことは分かっている。熱がありながら学校へ行こうとしたのはそのためなのだから。だが、凛の中では自分を助けにきてくれたという風に思い込んでいた。実際はそうではなく、結果としてそうなっただけなのだ。
「傍にいたい・・・かぁ」
それは自分も同じだ。だがその想いは同じではない。それが悲しいだけだ。凛は悲しい顔をしつつもこみ上げてくる涙をぐっと堪えた。泣けば全てに負けた気になってしまう。だから堪えた。
「泣き虫、だね」
司にそう言われたことを思い出し、泣きそうな顔をしつつ口だけは笑みを形作るのだった。
髪を乾かした凛が何かを飲もうとキッチンへ行けば、そこから見えるリビングに司がいた。珍しく自室ではなくリビングにいてテレビを見ていたために、凛は司の分のジュースも用意してそっちに向かう。
「はい」
「おう、サンキュー」
ジュースを受け取る司に笑みを見せつつその横に座った。テレビはバラエティ番組を映しているが、司は笑うこともなくぼーっと画面を見ているだけだった。
「今日、黒服のじーさんに会った」
不意にそう言われた凛は驚いた顔を司に向けた。思わず手にしたジュースをこぼしかけるほどに動揺しているが、司はずっとテレビを見ているだけだ。夏に出会ったあの老人の言葉を思い出し、凛は少し震えながら司を見つめ続けた。
「な、なにか・・・言ってた?」
恐る恐るそう聞くが、相変わらず司はぼーっとテレビを見たままだ。
「遠くから闇が来る」
「え?何それ」
「あと、俺の魂は呪われてるんだとか言っていたな」
司はジュースを飲みながらそう言い、少しだけ笑った。テレビでの内容のバカらしさに笑ったのだが、凛にしてみれば呪われているということに笑ったように見えていた。
「呪われてって・・・・誰に?」
凛は声を震わせてそう聞いた。不安が尽きず、司が死ぬと言ったあの時のことを鮮明に思い出してしまう。
「カグラ?だったかな」
その言葉を聞いた途端、凛の中で何かが弾けた。そう、凛はその名前を知っている。どこかで聞いた記憶があるが、それがどこかは思い出せない。ただ、ひどく恐ろしい名前だという認識はあった。
「それに、あのじーさん、死人だぞ」
「死人?」
「生前高い霊圧があったんだろうなぁ・・・それが消えずに残ってるんだろう、まぁ、化け物だな」
ここでようやく凛の方を見た司が微笑んだ。その笑顔を見れば幾分か心が安定していくが、それでも不安は消えなかった。
「死なないでね、司君・・・」
「人はみんな必ず死ぬけど、まぁ、じじいになるまでは生きたいね」
「絶対、それまで死なないで」
「寿命がわかんねーし、そりゃ・・・」
「死なないで!」
そう言うと凛はぽろぽろと涙を流した。あまりのことにおろおろする司はどうしていいかわからず、ジュースをテーブルに置いた。その手をそっと凛の肩に置いてみる。
「保障はできないけど、ま、そうする」
その言葉を聞いた凛は司に抱きついた。司はそんな凛の頭をなでてやる。凛は肩を震わせて泣いた。
「そういうときは、嘘でも死なないって言うんだよ」
声を震わせ、泣き声を混ぜながらそう言った。司は困った顔をしつつも凛の頭を撫で続けた。幼い頃に自分が母親にそうされたことを思い出しながら。
「死なない」
「・・・約束、できる?」
「約束は・・・・」
「出来る?」
「出来る」
有無を言わさぬ言葉にさすがの司もそう返した。凛は抱きしめる手に力をこめる。ますます困った顔をする司だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「約束する」
凛はまだ泣いていたが、かすかに首が縦に動いた。何故かそれが嬉しくて、司もまた凛を抱きしめるようにして力をこめるのだった。




