表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとでなし≒かみさま  作者: 夏みかん
第8話 呪術学園
15/20

前編

イジメというのはいじめられる方にも問題がある、そう言う大人たちがいる。だが本当にそうなのだろうか。何も知らない、上っ面だけを見ている大人の、しかもテレビなどに出てお金を貰って偉そうにそう言う人間にそれを言う資格があるのかと思う。現に自分は何も悪くは無い。ただクラスのボス的存在の女子が自分を気に入らない、たったそれだけの理由で全員から空気のように扱われた。誰に話しかけても無視をされ、物を捨てられたり、服を破られたりした。抵抗すればさらなる仕打ちが待っており、校舎の裏で丸裸にされて写真を取られ、好きでもない男と性行為をさせられたこともあった。それでもいじめられる側が悪いのか。そんな風に思ってしまうと、もう世の中の全て憎い状態になっていた。イジメを訴えても何もしなかった学校も、親身にならず事なかれ主義の両親も何もかも。今はただ自室に引きこもり、もう半年が経つ。そんな自分のただ一つの楽しみ、それはインターネットだった。ここは自由で、自分を表現でき、そして人を誹謗中傷できる。本名を名乗らずとも匿名でそれができる真に自由な空間だった。ソーシャルネットワークサービスによる出会いや、ネット上での友達もできた。そんな中、1通のメールが彼女の運命を変える。それは同じ学校、同じ学年ながらクラスの違う男子からのメールだった。彼もまたイジメを受けて引きこもり、彼女と同じくネットの世界の住人になっているらしい。同じ境遇の中、2人はメールを通じて共感しあい、同じように世の中を憎むようになっていった。そんな2人はクラスメイトへの復讐に関しての話題で花を咲かせた。そう、願うのは皆殺し。全校生徒全てを殺すというものだ。そんな彼女の元に差出人不明のメールが届いたのは2週間も前になる。そのメールに記載された内容に彼女の口元が醜く歪み、そしてそこに書かれた内容を実行すべく彼にもコンタクトを取った。そして1週間前、半年振りに外に出た彼女は彼と落ち合い、準備を始めた。メールに書かれていた内容を調べ、謎の差出人から届けられた本を見ながらそこに書かれている必要なものを集めていく。そう、全ては復讐のために。



朝食も済ませ、テレビの情報番組を見ていた凛は左上に表示された時刻を見て上を見上げた。もうとっくに起床時間は過ぎているというのに起きてくる気配がないからだ。まだ寝てるのかと思い、立ち上がった凛が2階へと向かう。一応ノックをしてからドアを開けると、制服を着てぼうっとしている司がいた。顔は少し紅潮し、元気も覇気もない。


「司君、調子悪いの?」


見ればわかるがそう聞く。司はへらへら笑いつつ手を横に振るが、それにも力がこもっていなかった。


「熱、あるんじゃない?」

「あー、熱いのはそのせいかな?」


まるで他人事のようにそう言った司に近づくと、目も見えないほどに伸びた前髪を掻きあげておでことおでこをくっつけた。かなり熱いことから熱があるのは確定的だ。いつもの司であればさぼる口実を探している節もあって、こうまで熱があれば確実に休んでいることだろう。なのに今日はこんな体調でも学校に行こうとしているのが不思議だった。


「今日はお休みだね」

「あー、でも行けるよ」

「行けるわけないでしょう?」

「そっかな?」

「そこにいて!体温計取ってくるから」


凛はそう言うと下に降りていった。司はため息をつくとベッドに腰掛けた。本当であれば喜んで休むところだが、今日は違う。物凄く胸がざわつくというか、学校へ行かなければいけない気になっていた。嫌な予感というのか、そういうものが司を学校へと駆り立てているのだ。かといって学校に不穏な空気や嫌な霊圧も感じない。それでも司の中の何かが登校を促していた。再度ため息をつき、そのまま後ろに倒れこんだ。風邪など何年ぶりになるだろうか。


「ほら!辛いんでしょ?」


美咲に場所を聞いて体温計を持ってきた凛が腰に手を当ててそう言い放つ。どうもここ最近の凛はお姉さんぶるというか、母親ぶるというか、この家を仕切っているような口調になることが多かった。それもこの家に馴染みきった証なのだろうが。


「ほら」

凛は司を座らせると自分に寄りかからせながら脇の下に体温計を置く。司はされるがままにしているが、やはり辛そうだ。


「うつるぞ」

「覚悟の上」

「受験も近いんだろ?」

「そうね。受験できなかったら主婦にでもなる」


その言葉にため息をつく司だが、それは勘弁して欲しいと思っていた。そんなことになればますます仕切られてしまうのが目に見えているからだ。それに凛の受験は来月となっている。ここから通える大学に進路を決めており、今までどおり家事と学業を両立させる道を選んでいたのだ。司とは2年間離れることが確定しているが、それはまだ少し先の話であり、離れたくない気持ちとかはその時に考えれば済む話だ。そうしていると体温計から電子音が聞こえてきた。脇からそれを抜いた凛は深いため息をついてみせた。


「38度5分!」


デジタル表示されたその数字を司に見せるが、司はにんまりと笑っていた。ようやく休む気になったのかと思った凛が立ち上がる。


「10月にしちゃまだ少し暑いし、これぐらいなら行ける」

「はぁ?行けないの!今日は病院へ行って寝る!」


強引に司を寝かせつつそう言うが、司はどこか不満そうだ。


「今日は行きたい気分なんだけど」

「無理!」

「じゃ、凛も休め」

「なんで?」

「1人じゃ暇だ」

「病人は寝てるの!」


遊ぶ気満々の司をそう怒鳴りつけ、凛は床に落ちていたパジャマを放り投げた。


「9時になったら病院へ行くこと!」

「わかった」


あまりの迫力に押された司は渋々ながら承諾し、寝転がる。やはり体の重さには勝てないのだ。


「終わったらすぐに帰ってくるから」


優しい口調の凛に頷き、司は大きく息を吐いた。凛はそっとドアを閉じて出て行く。そんな凛の消えたドアを見つつ、胸のざわめきがより一層大きくなっていった。


「風邪のせい、ってことにしておこう」


司は考えることも辛くなり、ゆっくりと重い目を閉じた。



曇りがちの天気のせいか、気分が重い。自分も風邪なのかなと思って背伸びをすれば、いつも元気な裕子もどこか暗い顔をして近づいてくるのが見えた。


「おーはーよーうー」

「おはよう・・・元気ないね?」

「さっきまでは調子良かったのにね・・・学校に来たらなんかこう・・・」

「同じだ」


そう言って凛と裕子は微笑みあった。天気が曇りでテストも近い、ましてや受験も近いとあっては気も滅入る。そうしていると万理子と来武らいむもやってきた。こちらもどうやら凛たちと同じようで、学校に来た途端に気分が悪くなったと言う。さすがに5人が5人とも同じとなれば不審なものを感じる。現に司とやりとりしていた時にこんな気分になっていたのならば間違いなく一緒に休んで司を病院へと連行していただろう。


「霊感男はどう感じているんだろうな」


来武の言葉に裕子も頷く。こういう不可思議な現象はエキスパートに聞くが早い。科学的に解明できないこの現象はそっち方面で解明する。そんな来武の変わりように万理子と凛は顔を見合わせて小さく微笑んだ。


「神手に聞きに行こうか?」


裕子の言葉に凛は首を横に振った。


「今日は風邪でお休みだよ」

「へぇ・・・それもこれと関係あるとか?」

「ないと思うよ・・・でも・・・」


そう言えばと、凛はあごに右手を置いて今朝のことを思い返していた。


「熱が高いのにやたらと学校へ行きたがってたなぁ・・・」


そう、司にしては珍しく熱があるにも関わらずに登校しようとしていた。そして自分にも休めと言っていたことも気に掛かる。もしかして、これを感じていたのだろうか。そんなこと考えていた凛を見ていた来武が不意に教室の後ろのドアへと顔を向けた。


「不穏な気配がする」


その言葉にそっちを見た瞬間、廊下で悲鳴があがった。咄嗟に駆け出す来武に続いて凛たちも一歩踏み出した時だった。突然地震が校舎を揺らす。咄嗟に机に手をついてその揺れに耐えるようにしてみせた。けれどこの地震はどこか変だ。自分は立っていられないのに机も椅子も動いていない。棚の中もそのままだ。人間だけが揺れを感じているようなものだった。やがて揺れは突然止まった。すると今度は目の前が赤黒く変化する。まるで赤と黒のもやがかかったような光景に絶句しつつ、凛たちは身を寄せ合った。頭が重く、吐き気がする。凛は片膝をついてそれに耐えるが、裕子と万理子は完全に倒れこんで呻いていた。


「裕子!万理子!」

「大丈夫か?」


ふらふらとしながらも来武が戻ってきた。凛は頷くと机に手をついて立ち上がる。


「なんなの・・・」

「わからん」


言い知れない不安に思わず来武の腕を取るが、来武はじっとさっき出て行った後ろのドアを睨んでいた。


「2つ向こうの教室だ」


何故それが分かるのかが気になったが、さっき出て行った際に見たのかと思い、一緒にそこに向かった。教室にいる人間はみな倒れこんで意識朦朧として呻いている。まともに動けるのは自分と来武だけのようだと思った凛が左手のブレスレットを見つめる。おそらくは霊的なものの仕業だと直感するが、何故来武がこうまで平気なのかがわからなかった。自分には司からもらったお守りがある。だが、来武はそんなものを持っていない。そんなことを考えていた凛が廊下に出れば、やはりここでも皆倒れこんでうめき声を上げていた。


「ひどい・・・」


赤と黒のもやがこの現象の原因かと思うが、それにしては異常すぎる。こんな時に司がいればと思う反面、ちゃんと病院へ行くのかを心配する自分がいた。余裕があるのは司との生活でこういうことに慣れたせいかとも思うが、今は目の前のことに集中する。


「ここだ」


そう言ってドアに手を掛けるがびくともしない。どんなに力を込めても全く動かないドアに来武も手を離した。ただでさえ辛い状態だというのにここでさらに体力を使いたくないからだ。


「中の様子もわからんが・・・」


そうつぶやいた瞬間だった。


「へぇ・・・この中で動けるんだ」


教室の中から聞こえてきたのは女の声だ。咄嗟に背中に凛をかばうようにして立つ来武はじっとドアを見つめた。怪しい気配の持ち主はこの声の主だと本能的に理解していた。何故こうまでそういうことが分かるのかは自分でも分からない。ただ、それが分かるだけだ。


「入っておいで」


その声が終わると同時にひとりでにドアが開き、2人はまるでその中に吸い込まれるようにして教室の中になだれ込んだ。倒れこむ凛が痛む体を押して顔を上げれば、目の前には片膝立ちの来武がおり、その向こうに腕組みをした私服姿の女子生徒がニヤニヤした顔を自分たちに向けていた。


「お前か?」

「そう」


勝ち誇ったようにそう言う女子生徒は近くの机の上に腰掛けると腕組みをしてみせる。凛はそんな女子から教室の中へと目を向ければ、教室の後方で寄り集まって震えている他の生徒たちがいるではないか。どうやら数人の男女だけは自分たちと同じで自由に動けるようだ。


「桜園・・・凛」


暗い男の声に窓際に目をやる。そこには分厚く黒い本を抱えるようにした短髪の男子生徒が佇んでいた。


「へぇ、こいつがそうなんだ」


女子生徒は凛を見て鼻を鳴らした。小馬鹿にした笑みをそのままに机から降りると後ろに立つ数人へと顔を向ける。


「ちょうど今から公開処刑を行うところだったから・・・見てていいよ」

「や、やめてよ!上野!あんたどうしたのさ!」


茶色い髪をパーマでまとめた女子生徒がそう叫ぶが、上野由梨は小さく微笑んだだけで何も言わなかった。


「ねぇ!なんなのこれ!何をしたの!」

「うるさいなぁ・・・あんたたちを殺すためにわざわざ来たんだ・・・佐伯・・・あんたは最後に殺す」


恐るべき死の宣告を受けた佐伯雪奈はガクガクと膝を震わせてその場に座り込んだ。由梨が珍しく登校したと思えば、突然みんなが苦しみ出して倒れ出したのだ。自分と数人の男女だけが無事だったが、そのメンバーが由梨をいじめていたメンバーだと知って恐怖におののいた。そして今の状況に至っている。


「気に入らないからいじめた・・・気に入らないから自分の好きにした・・・だから、私も好きにする」

「違う!あれは!」

「違うの?じゃぁなんで私が大切にしている物を切り裂いて捨てたの?なんで服を切るの?なんで殴るの?なんであんな汚い男に処女をあげなきゃいけなかったの?なんで?」


悪鬼に似た顔をしつつそう叫び、由梨は雪奈を睨みつけた。それはもう、人の顔ではない。


「だからさ、同じことをしてあげるよ・・・物を壊し、服を裂いて、体を汚し、そしてじわじわと手足をもいで殺してあげるから」


そう言い、高らかに笑った。雪奈は泣き崩れるが、周囲の男女は怯えていてそんな雪奈を気にする余裕も無い。


「北野・・・あんた誰とエッチしたい?」


窓際に立つ男子にそう言った由梨は怯える男女を見ていた。そう言われた北野信也はゆっくりと手を挙げると教室の後方一番右端にいる美少女を指差した。


「松田ノエル」


その悪魔の指名を受けたノエルは悲鳴を上げて許しを請う。そんなノエルを見た由梨が右手を挙げると、ノエルの身体が宙に舞った。暴れるノエルだが何もできず、信也の前に転がされた。一体どうやって人を空中に浮かせたのかがわからない来武はただ驚き、凛は無意識的に左手のブレスレットを右手で掴んだ。


「こっちも始めるかな」


そう言うとすたすたと男女の方へと向かって歩き出す。もはや身動きもとれずにただそれを見ることしか出来ない凛と来武は信也と由梨を交互に見ることしかできなかった。信也はじたばたしつつも体が自由にならないノエルの服を破いていく。制服など紙であるかのようなその力はもう人間のものではなかった。


「こいつら・・・異常だ」


行為も精神も異常な2人を見た来武の言葉に頷くが、だからといって彼らを止めようだとか逃げようという意識が働かない。何か見えない力でこの場所に縛りつけられている、そんな感じになっていた。


「じゃ、さよなら」


由梨は1人の女子の腕を掴むとそのまま無造作に窓に向かって放り投げる。どんな怪力なのか、女子生徒はそのまま飛ばされて窓ガラスをぶち割り、悲鳴を残して空中に消えた。そんな窓の方をチラッと見た信也は笑い、ただノエルとの行為に没頭している状態だった。


「心配ないよ・・・僕の気が済んだら君も殺すから」


信也の言葉に絶叫して身をよじるが、体はまともに動かない。信也に犯されつつも死にたくないと口にするのが精一杯だった。


「そういえば・・・なんでこいつら動けたんだろ」


1人の男子の首を掴んで持ち上げていた由梨が凛と来武の方へと顔を向けた。そのまま男子の首をへし折ると、ゴミ箱の方に向けてその死体を投げた。派手な音を鳴らしてゴミ箱が倒れ、男子もまた動かない。


「この中で動けるってことは・・・・何か理由があるよね」


由梨の言葉にノエルから離れた全裸の信也も頷いた。2人とも異常ともいえる光を目から放っていた。


「桜園と・・・・やりたい」

「いいんじゃない」


信也の言葉にくすっと笑った由梨がそう答える。途端に悪魔の笑顔を浮かべる信也に、来武が立ち上がった。


「させない」

「邪魔!」


由梨が右手を横に振っただけで離れた位置にいる来武が吹き飛んだ。机に突っ込み、倒れこむ。


「無駄だよ」


由梨はそう言うと後方の女子を浮かせた。じたばたしつつもどうしようもないせいか、恐怖に満ちた顔をしていた。


「こいつらはね、私をいじめた・・・佐伯の言いなりになってね」

「だ、だからって・・・」

「無意味?ううん、意味はあるよ・・・こいつらには私の受けた痛みを、何倍にもして返してあげるの」


そう言い、ケラケラと笑った由梨は勢い良く腕を振り上げた。女子生徒は強烈な勢いで天井に叩きつけられて血を吐く。


「私が気に入らないんだって・・・」


今度は黒板にたたきつけた。頭から血を流し、女子生徒はぐったりとしている。そんな女子生徒を窓に向けて放り投げた由梨は楽しそうに笑い、身を震わせた。


「最高!この力は最高!私は無敵だ!もう誰も私に逆らえない」


高らかにそう言い放つ由梨の背後から信也が近づいてきた。狂気に満ちた目で凛を見ている。


「桜園さん・・・ずっと遠くから見てるだけだったのに」

「好きにしなよ」


信也の呟きにそう答えた由梨だったが、信也に飛び掛る人影を見て驚きの表情を浮かべる。


「させないって、言った!」


来武のタックルを受けた信也が黒板に叩きつけられる。その瞬間、来武の中に何か黒いものを感じたのは由梨、白い光のようなものを感じたのが信也。まったく対照的なものを来武から感じた瞬間、由梨は両手を来武に向けて突き出した。その瞬間、来武は黒板に磔にされてしまった。そう、まるで十字架に掛けられたキリストのように。


「なんなの、こいつ!」

「・・・光が見えたよ」

「光ぃ?どっちかといえば闇でしょ」


その由梨の言葉に苦い顔をしつつ来武を睨んだ信也がその腹部に拳をめり込ませた。息も止めるほどの強烈な打撃に来武の顔が苦悶に歪む。そんな来武を見た由梨は微笑み、右腕を上げて雪奈を宙に浮かせた。


「さて、メインディッシュだよ」


そう言って笑う由梨の顔を見た雪奈の顔が恐怖に歪んだ。



フラフラの体で病院の前まで来た司がふと顔を上げる。霊圧でもない不穏な気配が満ちている方向へと向けたその顔が険しさを増した。学校の方から漂うのは呪いのようなものだ。


「なるほど・・・それでか」


小さく呟き、薄い笑みを浮かべる。どうして今日、自分が学校へ行くことに執着した謎が解けた司は病院に背を向けて歩き出した。


「診察してからじゃ・・・遅いわな」


自嘲し、走る。だが熱のせいでその足はすぐに止まった。フラフラとする頭をなんとか揺り動かして壁に手を着く。そうしてなるべく急いで学校まで歩いた司が校門の前で立ち止まった。赤と黒の邪気が渦巻いている。学校を包み込んでいるその不穏な気配、それは間違いなく呪術によるものだ。


「積層形立体魔方陣か」


金色の目で学校を見れば、無数の魔方陣が縦横無尽、それこそいろんな方向に重なり合い、積みあがっているではないか。


「こりゃ黒魔術だな」


呟いた司は左手を見る。まだ数珠が届いていないこともあって霊圧の制御はできていない。だが、これは幸いだ。体調と霊圧は比例しないが、有り余る霊圧は十分なほどに体力をカバーしてくれる。


「お邪魔しまーす」


そう言い、左手を添えつつ前に進めば簡単に魔方陣をすり抜けていく。いくつもの魔方陣をくぐった司が昇降口に立てば、3階から感じる大きな邪気は3つだ。


「1つは・・・・物?」


人の放つ邪気ではない。そう思う司は靴を脱ぎ、そのまま上履きも吐かずに階段を上がっていくのだった。



高笑いをしていた由梨の声が止まった。口から血を流した来武を見下ろしていた信也がそんな由梨を見つつも凛へと近づいていく。思わず後ずさるが、全裸で近づくために信也を見ることができない。そのせいでその動きもどこかぎこちがなかった。


「桜園さんとできるなんて・・・・もう、興奮が抑えられないよ」


信也は恍惚の表情を浮かべて凛を見下ろした。


「僕の子供、産んでよ」


そう言い、凛へと右手を伸ばしたときだった。


「結界の中に入ったヤツがいる」


由梨の言葉にその手を止めた信也が無表情の顔をそっちへと向けた。


「ありえないよ。これだけの結界の中を入ってこれるなんて」

「でも、確かよ」


歯軋りをして指を噛む由梨を黙って見つめる信也が舌打ちをして凛を見やる。凛は信也を見ず、ドアにもたれるようにして座り込んでいるだけだ。そんな凛が今の言葉を聞いてハッとした顔になった。


「司君?」


その呟きに信也が反応した。


「司?あの神手とかいう?偽霊能者のレイプ野郎だろ?」


その言葉に凛は信也を睨みつける。


「彼は本物だよ!それにあんたの方がレイプ犯でしょう!」


きっぱりとそう言った凛に向かってニヤッと笑う。そんな信也の顔を見た凛の背中に悪寒が走った。


「そうさ・・・お前も犯してやるよ・・・そして殺す」


もうまともな精神ではない。まるで何かに憑かれているような状態に思えるが、それでいてどこか違う。あくまで自意識を保っているためにそう思えた。そんな信也が狂気に満ちた顔をして凛の胸倉を掴んだときだった。


「来た」


由梨はそう言うと浮かせていた雪奈を解放した。途端に落下して激しく全身を打った雪奈がうめき声をあげる。それすらお構い無しに凛の背後にあるドアを見つめる由梨。その瞬間、いとも簡単にドアが開き、凛は後ろへと倒れこんでしまった。思わぬ事態に信也の腕が離れたためだ。そんな凛は背中を廊下につけた状態で自分を見下ろす少し赤い顔の司を見上げた。


「司君!」

「病院はまだ行ってない。だが反省もしていない」


そう言い、にんまりと笑った司は凛をそのままに教室の中に入った。


「ありゃ・・・これは結構な状態ですな」


呑気な言葉に血を流す来武が小さく微笑んでいる。怯える男女に自分を睨む男女。倒れている女子もまた霞む目で司を見ていた。


「どうやってこの結界の中に・・・校門もそうだけど、ここには強力なものが・・・」

「強力?こんなの空気の壁同然じゃん」


そう言ってニヤッと笑う司はフラフラしつつ近くの机に腰掛けた。そうして由梨を見て、それから信也を見やった。その信也が置いた窓際の机の上にある本へも視線を向ける。


「あの本が元凶か」


鋭い目つきでそう言った言葉に驚く由梨、下がる信也。2人の動揺を見て微笑む司は本を掴む信也を見ていた。


「黒魔術・・・呪術の本・・・・それ自体が呪力の塊ってことか」

「どういうことなの?」


立ち上がった凛が司に寄り添う。一番安全な場所に入った凛を見て安心した来武もまた信也を見つめた。


「誰の入れ知恵か知らないけど、本がこいつらに力を与えてる」

「本が?」

「本の呪力を体に取り込んだ結果の力だな・・・命と引き換えの、悪魔の契約だ」


そう言う司の顔つきが真剣になった。凛はそっと司の腕を掴むが、そこはかなり熱を帯びていた。


「司君・・・・大丈夫なの?」

「問題ない」


体調と霊圧は一緒ではない。霊圧は消費しない限り常に一定の量を保っている。それに術を使うのに体力はいらない。ただし前回のように山の妖怪と戦ったときは実質的に動いた分だけ体力を消費したが、今日はその必要もなかった。


「へぇ、あんた、本物の霊能者だったんだ」

「まぁな」


司はそう言うと凛の腕を離し、机から降りた。凛を背中にかばうようにした司は立ちながらもフラフラとしている。やはり熱が高いのだ。


「体調悪そうだけど、大丈夫なのかな?」


由梨は余裕の口調でそう言い、笑った。


「言ったろ?問題ないって」


司も笑う。


「なら、死になさい」


そういう由梨が悪魔の笑みを浮かべた。


「やなこった」


司もまたにんまりとした笑みを返した。



匿名のメールの主が送った文章、それは復讐をしないかというものだった。そんなメールに興味を持ち、したいと返した由梨に対してその送り主は黒魔術に関する説明をしていった。そうして悪魔と契約をして呪力を手に入れる方法を伝授していく。由梨は信也にもそのメールを転送して復讐を決意したのだ。やがてメールの送り主から一冊の本が届き、そして本に書かれていた物を集めていった。それはよくあるこうもりの羽やクモなどといった虫などではなく、実に不可解なものばかりを集めさせた。人の爪、髪、歯、そして血。さらには男女の交わった体液まで。そんなもの以外にも香料のようなものも必要とし、買い集めた後で由梨は復讐したい一心から自らの爪や歯を使い、血も提供した。最後に自分たちで交わった際の体液を注ぎ、コップに入れたそれを飲んだ。吐き気を催すそれを飲み干したとき、由梨の中の何かが熱く燃え上がった。本とシンクロし、本から伝わるエネルギーを感じた。それと同時に黒魔術に関する無数の知識が頭の中に満ちていく。そんな由梨を見た信也もまた同じようにそれを飲んだ。やがて数々の実験を経て、2人は本からのエネルギーを得て復讐へと邁進していくことになる。昨日の深夜に学校へ赴き、校舎に魔方陣を敷いた。始業と同時に誰も出入りできないようにするために積層形立体魔方陣を準備する用意周到さで。そして登校と同時に教室にも魔方陣を敷いて何重もの結界を作り上げる。この結界内に入れば、教室以外の場所では全員が悪夢の中に入るのだ。あとは復讐を完遂するのみだ。自分をいじめた人間を殺し、快感を得る。最終的にはこの学校の生徒全てを皆殺しにするのが目的でもあり、彼女たちの心には1つのためらいもなかった。だが、まさかあれだけの結界をまるで何もないかのように突破できる人間がいたとは誤算だ。


「死ね!」


そう吼えると同時に右手を突き出すが、同時に司は左手をかざす。その左手の手前で大きな炸裂音がするが、手には傷1つついていなかった。


「なんなの、こいつ!」


そう言い、念を飛ばす由梨だが司は髪の毛すら揺らすことが無い。左手をかざしたままで薄く笑った司は熱で倒れそうな意識を奮わせて右手を突き出した。途端に由梨は尻餅をつく。


「こいつぅ!」


絶叫と同時に座ったままでなにやら腕をせわしなく動かしていった。


かえし


同時に司がそう言えば、由梨の突き出した右手に激痛が走った。もだえ、うずくまる由梨を信じられないといった顔をして見た信也が司に襲い掛かる。


「フラフラなら・・・直に攻撃すりゃぁぁ!」


叫びつつ殴りかかる信也の拳をひらりとかわし、司はそっとその背に右手をつけた。


たち


信也はそのまま前に吹き飛び、ドアにぶち当たる。そんな信也から由梨へと顔を向けた司は疲れた目をしていた。由梨は小さく微笑んでいる。


たちを相殺とは、恐れ入る」

「で、どうするの?」

「お前らを止める」

「無理ね」

「無理?」


司はそう言うと右手を挙げるが、その顔には明らかに疲れが見えていた。やはり高熱のせいで体が思うように動かないのだ。由梨は本を手にし、薄く微笑んだ。その瞬間、信也が背後から司を羽交い絞めにしてくる。


「あー、もう」

「殺す」

「やだね」


熱のせいで意識が揺らぐが、目の前で空中に何かを描くようにしている由梨を見据える。


「めんどくさい」


そう言った司の目の前に赤い色の魔方陣が出現し、それが回転しつつ司に張り付いた。信也が離れても司は動けず、大きなため息をつく。


「悪い、凛・・・・・・ちょっと・・・限界・・・・・数分だけ・・・・・・」


そう言い、司はガクンと首を垂れた。手足も力なくだらりとし、意識を失ったように動かなくなった。


「拘束の魔方陣に意識も拘束された。こいつは後で殺すとして・・・」


そう言い、雪奈へと目をやった。全身打撲で痛む体を引きずって逃げようとするが、その足を掴んで宙釣りにさせた由梨は制服の胸元を掴んで自分の方に頭を向けた。


「ゆ、ゆるして・・・」

「私はその言葉を何回言ったと思う?あんたはそれで許した?」


由梨はそう言うと雪奈を睨み、掴んでいた腕に力を込めた。途端に雪奈の体は吹き飛ぶ。由梨は右手に残った雪奈の制服だったぼろきれを捨てると胸元がはだけてそこから血を流す雪奈に近づいた。


「北野、こいつとしたい?」


由梨の言葉にそっちを見るが、信也の興味は凛にしかなかった。そんな信也を見て苦笑した由梨は教室の隅で震えている太った男子生徒を空中に持ち上げた。


「あんた・・・佐伯としなよ」


そう言うと太った男子を雪奈のところへ投げた。血に濡れた胸元を隠すようにした雪奈だが、もう自意識は崩壊寸前だった。


「ほら、早くしなって」


そう言って太った男子を蹴りながら制服を破いていく。そんな由梨を見つつ信也は凛の胸元を掴むと恐るべき力でひょいと持ち上げた。苦しさで顔を歪ませる凛に信也が顔を近づけた。


「これが力だよ・・・俺たちはもう弱虫じゃないんだ。世界の王になれる!」

「な、なにが王よ・・・・結局、自分の力じゃなにもできない・・・弱虫じゃない」


苦しい顔をしながらきっぱりとそう言った凛に信也の顔から笑みが消えた。


「この力を持ってる俺が弱虫?」

「そう」

「お前・・・・・ただ犯して殺すだけじゃすまさない・・・・・」


そう言った信也の全身から立ち上る黒いオーラが凛の体の中に染み込んできた。途端に全身に激痛が走り、苦痛に顔が歪んだ。


「これが力だ」


そう言った信也の顔に浮かぶ凄惨な笑み。同時に制服を引き裂こうと右手に力を入れたときだった。その右手を掴む腕。その持ち主に目を向けた瞬間、信也は頬を殴られて吹き飛んだ。凛は床に転がってむせ返る。そのせいでよだれも垂らしつつ何が起こったのかと顔を上げれば、そこには来武が立っていた。


「大丈夫か?」


その言葉に頷くが、来武の顔はさっきの攻撃のせいで血に染まっている。


未生みしょうぉぉ!」


素早く起き上がった信也が右手を突き出したために咄嗟に目の前で両腕を交差させた。だが、何も起こらずに沈黙だけが流れた。


「ナイスだ、インテリ」


そう言った方を見た信也は自分の胸元に右手を置いた司を認めて驚愕の表情を浮かべる。魔方陣に磔にされていたはずの司が目の前にいる。しかもその顔には笑みが浮かんでいるのだ。


「絶」


静かな声に反し、信也が絶叫した。


「断、返、絶」


さらに言葉を加える司に体を痙攣させた信也はそのまま力なく床に倒れこんだ。司はそんな信也を無表情で見下ろし、小さなため息をついた。


「呪いの代償は大きいぞ」


肩で息をしつつ、司は残る由梨を見据える。顔はますます赤味を増し、熱が高いことをうかがわせた。


「司君・・・」

「今は霊圧だけで身体をコントロールしてるから大丈夫。そのための数分だったんだけど・・・」


司はそう言うとにんまり笑う。大きく肩で息をしているものの、由梨に近づく足取りはしっかりとしていた。


「本を渡せ」

「イヤ」

「このままじゃ死ぬぞ!」


珍しくそう叫ぶ司の表情に滲む苦痛。それは風邪のせいなのか、それとも別の何かのせいか。


「私はもう負けない!こいつらに復讐し、世界に復讐する!」

「世界って、大そうな・・・」

「こいつはただ気に入らないからってだけで私をいじめた!」

「今のお前もそうじゃねーか」

「何を!」


そう言った由梨が右手を突き出すが、何も起きなかった。司は由梨に近づくとその右腕を掴む。


「こいつらに復讐するのはいい。けど、関係ないやつまで気に入らないから殺すってのは、同じじゃねーのか?いじめられた復讐なら、こんな力使わずにやれよ!ナイフで刺そうが何しようがいいさ。でもな、凛やインテリは関係ないんだろ?」


由梨は司の手を振りほどくと持っていた本をかざす。そこから放たれる悪しき波動に司は吹き飛ばされて黒板に叩きつけられた。


「俺の術で防げない・・・ってか、マジな黒魔術か」


口の中に血の味がする。封神十七式のふせぎすら無効化するあの本はかなりやっかいだ。由梨ならば身体から発している霊圧に負の感情を上乗せしている分、術も効くのだが。そう思い舌打ちした司はまず本をなんとかしようと考え、右手をかざした。


「世界が、こんな世界が悪いんだ!誰も救ってくれない!誰も!誰も!」

「だから皆殺しか?お前は世界中の人に聞いたのか?助けてくれって、そう言ったのか?」

「言った!ネットでそう言って、そしてこの本が送られてきた・・・でも、所詮は上っ面だけの救いの言葉だ!力になってくれたのはこの本をくれた人だけだ」

「お前の言う世界ってネットかよ・・・自分の目で、耳で感じろよ!世界はそんなに狭くない!」

「うるさい!」

「なら、もう何も言わねーよ」


司が左手も突き出す。由梨もまた本を前に押し出した。2人が同時に何かを口ずさむ。片や日本語、しかも古い日本の言葉。片や英語、呪文のようなカタカナを並べたもの。それが同時に始まり、同時に終わった。


「いくぜ」

「いくよ」


同時に呟き、同時に念が放出された。渦巻く念が凛と来武をも覆っていく。そんな凛をかばうようにした来武の前に壁があるかのように黒い念が霧散していた。驚いた顔を来武に向ければ、その目が黒い光を発しているように見える。


「未生・・・」


つぶやく凛を見ず、来武は司を見ていた。凛もまた司を見やった。司と由梨の中間地点にいくつもの魔方陣が形成されていく。それが司までの距離を埋めていった。数は20を超えている。


「死ね」


由梨の言葉と同時に魔方陣が縦になり、司の頭上から舞い降りた。まるで拘束されるように司を包み、回転をしていく。


「さぁ、地獄へ行きなさい」


そう言った由梨が手を下ろすと同時に魔方陣が全て消えた。司は両手をかざしたまま膝を着くが腕は下ろさない。目はじっと由梨の持つ本を見ていた。


「体内に入った魔方陣がお前をぶち破る。そして、死ぬ」


その言葉を聞いた司の口が笑みを形取った。


「いや、死なない」


そう言った瞬間、かざした両手の前に体内に入った魔方陣が姿を現す。その全てがまとまって1つになり、やがて形状を変えて槍となった。


「まさか・・・・力を取り込んだの?」

「当たり」


笑う司、怯える由梨。いや、怯えたのは本の中にいるモノか。


「見っけ」


にやりと笑った司が右手でその槍を掴んで投げた。それは本の中心を貫通し、由梨の身体も貫通して消えた。穴の開いた本を落とし、由梨が両膝を着いた。そのまま虚ろな目を司へと向ける。由梨の身体に穴はない。血すら流れていなかった。


「復讐はいいよ・・・でも、やり方がよくない」


そう言い、司は小さく微笑んだ。


「そうか・・・・・・・私・・・・・・・・・・・逃げたんだ・・・・・・・」

「逃げたんじゃないよ。歩く方向を間違っただけ」


その言葉を聞いた由梨が小さく笑った。そして床に倒れこみ、動かなくなった。それを見た凛はほっとし、来武も小さく息を吐き出す。もう邪気は渦巻いていない。だが、邪気自体は消えていなかった。


「さぁ出て来いよ」


司は本を見据えたままそう呟く。すると本がひとりでに空中に浮き、開いた穴から黒いものが噴出して司の前で形を取り始めるではないか。


「な、なに?」

「黒い、獣?」


思わず来武にしがみつく凛。本から出た黒い煙は徐々に四足の獣を形取っていく。燃え盛るようにゆらめく身体に赤い目。尻尾は無いが、黒い煙の狼をイメージさせた。


「本に封じていた念の塊だ」


司はそう言うと膝を着いた。大きく肩で息をしつつぼんやりとした目でその獣を見やった。


「やべぇ・・・もう限界かも」


片手も床についた司に飛び掛る獣だが、かざした左手に弾かれるようにして吹き飛ぶと壁に足をついてみせた。そんな獣は低い声を上げる。そのまま壁を蹴ると床や天井を駆け回るようにして暴れ狂う。それを見た司は疲れた顔をしつつぶつぶつと祝詞を唱えていった。


「一瞬、一瞬で終わらせないと・・・」


チラッと凛の方を見た。凛だけは守らないと、そう思う。凛を失うことだけは避けねばならない、本能がそう告げていた。


「来い」


物凄いスピードで教室内を駆け回る獣の動きはもう目では追えない状態にあった。司は疲れもあって目を閉じ、相手の邪気にだけ意識を集中させた。獣は黒い矢になって駆ける。それが天井を蹴り、真上から司めがけて舞い降りた。


「司君!」


凛の言葉よりも速く黒い矢が司に突き刺さった。思わず目を閉じる凛に対し、来武は驚愕の顔をしている。


むなし


その声に目を開ければ、司が頭上に右手をかざしたままの姿があった。黒い獣はもうおらず、あの赤黒い負の気流も消えていた。目の前にあるのは惨劇の痕でしかない。血を流して倒れる雪奈や白目を剥いて倒れている由梨と信也。ゴミ箱にぶつかった状態で倒れている男子に、もはや自我を保っていない太った男子もいる。校舎の下には2つの死体もあるのだ。


司はフラフラとしながら立ち上がると凛と来武のいる方へと歩いてきた。


「あと、任せていいか?」


来武を見てそう言えば、頷いて返す。おそらく倒れていた者もみな起きてくれば大騒ぎになるだろう。それに、死人も出ている。


「あいつらは?」


来武の言うあいつらが由梨と信也を指すのだと悟った司は振り返ることなく疲れた表情のままで来武を見据えるしかなかった。


「生きちゃいるけど・・・死人同然だよ。もう、救えない・・・」

「そうか」


そうとしか言えず、来武もまた悲しげな顔つきになった。司は教室を出て行く。


「司君!」


あわててその後を追う凛を振り返った司は力のない笑みを浮かべていた。


「病院行って、寝る」

「・・・うん」

「じゃ」

「ありがとう」

「あいよ・・・そこのインテリにも言ってやれ」


司は歩きながらそう言うと、角を曲がっていった。廊下では少しずつだが意識を取り戻しつつある者が身をよじっている。もう少しすれば全員が起き上がりそうだった。凛は教室に戻ると来武を見やった。


「未生、ありがとう」

「いや」


素っ気無くそう言う来武にやはり違和感がある。こういう時ならば有頂天になってもいいはずだ。告白を断ったとはいえ、この変化は気になる。それにさっき見たあの黒く光る瞳。それは司が金色に光らせるあの状態に似ていた。負の波動を受けていたせいでそう見えたのかもしれないが、それにしても違和感があったのは確かだ。来武は涙を流して震える雪奈を横目で見つつ、由梨に近づいた。完全に意識を失っているようで、息はしているがピクリとも動かない。そのまま落ちている本を手に取る。穴が開いた本はただの黒い表紙の本でしかない。そこからはもう何も感じることはなかった。


「黒魔術にも詳しかったな」

「え?」

「ただの霊感野郎じゃないんだな、あいつ」


それが賞賛だと気づくまで時間を要したが、凛も同意して頷いた。霊的なものだけでなく、こういったものにも詳しい司が凄いと思える。ただ、あんな体で来てくれたことが嬉しかった。異変を感じての行動だったのだろうが、司が寝込んでいたらと思うとぞっとする。


「ありがとう」


誰に言うでもなくそう呟く凛は廊下で騒ぎ出す声を聞いてそちらへと顔を向けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ