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ひとでなし≒かみさま  作者: 夏みかん
第7話 異物の気配
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後編

鍵を持って出たために、玄関を開けた司は疲労困憊の状態で靴を脱ぐと大きなあくびをしてみせた。時刻は午前5時半になろうとしている。そんな司が家に上がれば、階段を下りてきた凛を見て少し驚いた顔をしてみせる。こんな早い時間に起きてきたことに驚いたのだ。いつも凛が起きるのは6時半であり、まだ1時間も先だからだ。疲れきった顔をしている司を心配しつつも、微笑むその顔を見てホッとする。心配でほとんど眠れなかったとは言えず、ただおかえりなさいとだけ言った凛に笑みを返し、司は小さくただいまと口にした。


「大丈夫?」


疲れきったその顔を見て思わずそう言うが、司は薄く笑って頷くとそのまま階段へと進んだ。と、不意にそこで立ち止まり、まだ心配そうにしている凛の方へと顔を向けた。


「ありがとな」


優しい笑みでそう言い、司は階段を上がっていった。凛は頬を赤くしながらも、今のお礼の意味を考える。心配したことに対するものかと思うが、それ以上の感情があったようにも思える。司にしてみれば、何か危ない時に助けてもらった気がしたからこそのお礼であった。ベッドに倒れこみながら、前にもそんなことがあったような気がすると思うが、もう思い出す余力は残っていなかった。すぐに深い眠りに落ちるその寸前、凛の顔を見てホッとし、胸の中になにか温かいものを感じた。だが、それが何かを考える前に眠ってしまったために自分の中に芽生えつつある異物を感じることはなかった。



司のすぐ後に帰ってきた信司を出迎えた凛だったが、一緒にいる眼鏡につるつる頭の人物を見て少々驚きつつも挨拶をする。あらたは凛を見て驚きつつも人懐っこい笑みを浮かべた。そのままキッチンへ向かう2人を見た凛がパンを焼き、目玉焼きなどをてきぱきと準備していった。何もしなくていいと信司に言われたが、目が覚めてしまったのでそれを断って料理をした凛は信司と新にそれを出すと自分も少し早めの朝食を取った。何度もあくびをする凛を見て信司は苦笑し、そんな顔を見られた凛は少し恥ずかしそうにしながらもパンをかじった。


「寝不足だね」


その信司の言葉に愛想笑いをしつつ頷く。


「ちゃんと事情を説明すればよかったね、そうすればそうまで心配させなかったのに」


そう言われた凛はさっきまでなかった頬の赤みを見せつつも小さく微笑んだ。


「晩飯も連絡できなかったし」

「あ、冷蔵庫に入れてるので、お昼にでも食べてください」

「ありがとう」


その会話を聞きつつアイスコーヒーを飲む新はニヤッと微笑むと信司を横目で見る。


「なんだよ・・・司の彼女じゃなく、お前の奥さんみたいじゃないか」


その言葉に凛は目を丸くして信司を見るが、信司は小さな苦笑をした程度だ。そんな信司から新に視線をやった凛を見て、信司はようやくここで新を紹介した。


「紹介が遅れに遅れたね。こちらは俺の幼馴染で悪友の佐川新。山崎って町にある寺で住職をしている変態だよ、気をつけたほうがいい」

「なんちゅう紹介の仕方だよ」


あまりの言われように唇を尖らせる新だが、凛は頭を下げて笑顔を見せた。


「桜園凛です。ここで居候をさせてもらっています」

「俺は君のファンだった男だよ・・・しかしここで居候するならウチにくりゃ良かったのに」


そう言う新の言葉に微笑む。やはり信司の友達である、その言い方にも無邪気な感じが出ていた。


「ダメダメ・・・こいつは昔から女癖が悪いからな」


夕食を抜いた信司がパンをがっつきながらそう言うと、新もまた目を細めて信司を見やる。


「お前もだろ?中学の時だって・・・」

「それ以上言うとお前の高校時代を全部ここでしゃべってやる」

「ほぉ・・・全部?」

「そうだ。除霊と偽って・・・いろいろとしてたよなぁ?」

「ぐぬ・・・それはお前も!」

「要するに、お2人とも最低な人間ってことですね?」


凛は冷静にそう言いながら無表情で微笑んだ。信司も新も黙りこみ、ただ黙々と朝食を済ませていく。凛もまた朝食を終えて洗い物を済ませ、そのまま洗面所へと向かって行った。


「なんとも言えない迫力だったな」

「まぁな」

「でも、あれぐらいじゃなきゃ、司の女房は務まらないってか?」

「そうかもな」


信司はそういうと微笑み、新もまた唇の端を吊り上げた。


「彼女なら、司の心を癒せる・・・治せる気がしてきたよ」

「そうだな・・・ま、何年かかるかわからんが、俺もそう思うよ」


そう言い、2人は微笑みあうのだった。



美咲を起こして朝食を食べさせる頃には凛の準備は全て整っていた。家を出るまではあと1時間近くあるが、仮眠を取ってそのまま起きられなくなる可能性もあるためにテレビを見て過ごすが、やはり眠気は襲ってくる。今日は司も休みとあって自分も休もうかと考えたが、さすがに受験生とあってそうそう休んでいられない。司は神職を継ぐために少し離れた場所にある養成所に通うことが決まっているが、場所的に一人暮らしをすることになるのは決定的であった。だが大学と違って2年となり、卒業すればここへ帰ってくる。それもあって、凛は迷っていた。司の行く養成所の近くにある大学に進むべきか、それとも地元の有名私大に通うべきかを。幸いにも芸能界で稼いだお金もあって学費には困らない。ただ、司のそばにいたいという理由だけで進路を選ぶのもどうかと思う。今、最大の悩みにため息をつきつつ天井を見上げた。一緒に暮らし始めて半年が経つが、司に変化は見られない。もとよりそんなに早く何かが変わるとは思っていない。それでも来年には卒業となるだけに、早く進路を決める必要があるのだ。進路に恋愛事情を持ち込んでいる自分を嫌悪しつつ、それでもやはり今の生活を無くしたくはない。ようやく得た家族、失った本当の家族に勝るとも劣らないこの家族と一緒にいたい。それでいながら好きな人の傍にずっといたいとも思う。たとえ相手にその感情が無くても。


「ややこしい」


自分が、司がややこしいと、そう思う。


「はぁ~」


大きなため息をついた凛はそのまま目を閉じた。そんな凛が美咲に揺り動かされて目を開ける。ぼーっとした顔を美咲に向ければ、困ったようにした顔が目の前にあった。


「もう出る時間だよ」

「え?え?」


きょろきょろした凛がテレビを見れば、確かにもう出かける時間になっていた。


「あれ・・・私・・・」

「完全に寝ちゃってたよ」


苦笑する美咲に謝りつつあわててかばんを持った。


「いってきまーす!」


なにやら話し込んでいる信司と新にそう元気良く言い、2人で家を出て玄関の鍵を閉めると美咲は待ち合わせの時間があるとのことで走って行ってしまった。凛は一旦司の寝ている部屋を見上げてから歩き出す。今朝の様子からして相当疲労していたのが気になっていた。ただ、今までの時と違って体力的な疲労感だったことが凛の心に少し余裕を持たせていた。信司と新の様子からしても問題ないようではあったことから、凛は詳しい話は帰宅後に聞くことにして学校へと向かうのだった。



学校に着いて席に座った矢先にあくびが出る。タレント時代に睡眠時間が少ない生活には慣れていたはずなのに、この半年でその習慣も完全に消えてしまっていた。そんな凛は近づく裕子のニヤけ面を見て嫌な予感が走りつつもおはようといつも通りの挨拶を交わした。


「眠そうね」

「んー、まぁね」


変に誤魔化せばそこを突っ込んでくることは百も承知だ。だが、相手の方がさらにそれの上を行く。


「なるほど、朝までお楽しみですか・・・」


予想の範囲内とはいえ、朝からこういうことを言ってくる裕子にため息をつきつつ手でそれはないといったゼスチャーをせてみせる。


「まぁ、わかってて聞いたんだけどね」


なら聞くなと思うが、それを言うとまたややこしいツッコミが待っている。凛は愛想笑いを返し、この話題を逸らすネタを考えるが、すぐには浮かばない。そうしているともう1人ややこしい人物が笑顔で近づいてきた。


「おはよう、凛、鈴木」

「おはよう」

「おいっす」


来武らいむの登場にますますややこしいことになるのではないかと思い、余計なことを言いそうな顔をしている裕子を見れば、案の定ニヤッとした顔を凛に向ける。凛は目を細めるが、裕子は目で笑い返した。


「凛が寝不足なんだって」


わざわざそう言う裕子を睨むが効果は無い。来武はそんな凛をマジマジと見つめるが、これといって寝不足そうな顔をしていなかった。目の下にクマがあるわけでもなく、疲れたような肌もしていない。いつもと同じ美貌を放つ凛がそこにいるだけだ。


「で、寝不足の原因は?」


ニヤニヤする裕子はこの状態を楽しんでいるのだろう。ここは正直に言ったほうが無難だと判断した凛はため息をついてからその理由を口にした。


「昨日の夜、司君が除霊でずっと帰ってこなかったから、ちょっと心配で」


それを聞いた裕子はさっきまでとは違うニヤニヤを浮かべ、来武は目を細めた。


「へぇ、さすが奥様」

「そういうの止めて」

「一晩中除霊してたのか?」


珍しく普通にそう言う来武にどこか違和感を覚えつつも頷く凛はここ最近の来武の雰囲気が変わっていることに気づいていた。これまでにはない落ち着いた空気というか、雰囲気というか、そういうものを纏っているのだ。それにあまり自分に干渉してこない部分もある。ただ、なんとなしにそれが怖い。理由はわからないが、なんとなく来武が怖かった。司に惹かれているからそう思うのかもしれないが、それでも今の来武は凛の気持ち的に司の対極に位置する存在になっていた。


「除霊自体は早かったらしいんだけどね・・・帰ってきてすぐ寝ちゃったからよくわかんない」

「へぇ、珍しいね。除霊が終わった後でなにかをしてたってことでしょ?」


司の実力と能力は知っている裕子だけにそう思うのだろう。基本的に面倒くさがりである司が徹夜をしたとなれば、それは霊的な問題以外にありえないからだ。


「何をしてたんだか」


来武は呆れ口調でそう言うと席に戻っていった。やはりこの反応を見てもどこかおかしい気がする。


「最近の未生みしょう、変だよね?」


席に着く来武を見ながらそう言う凛に対し、裕子は苦笑してみせた。


「あいつは元から変だよ」

「そうじゃなくってさ、なんかこう・・・前と違うような」

「お!未生にも興味を示すとは・・・おぬし中々の浮気性だな?」

「なんでそうなるかなぁ」

「あっはっは・・・まぁ、気のせいだよ」


その言葉に納得しつつも、どこかでそれを否定する自分がいる。来武は変わった、そう思う自分がいるのは確かだ。


「まぁ、とにかく神手の話、また聞かせてよね」


そう言うと向こうからやって来た万理子に手を振り、こっちに来た万理子を含めて話を弾ませる。そんな3人を見た来武はため息をつく。凛に対する想いは確かにある。だが、それは以前のような激しい愛情ではなくなっていた。振られたからというのもあるのだろうが、どちらかといえば自分のものにしたいのではなく、司との仲を壊したいと願っている。いや、どちらかといえばただ司が憎いのだ。けれど、そう思いながらも心の奥底では司を認めている自分がいる。司を憎み、殺したいと思う心と、司を尊敬し、身を引こうとする自分。2つの心に支配されているような感覚が常にある。ただ、今は司が憎いという感情が勝っているのだった。


「黒い夢と白い夢、か」


最近は色の無い真っ黒、いや、黒を基調とした殺伐とした風景の中に佇む自分が何かと戦っている夢をよく見ていた。そして時々、白を基調とした明るい風景の中に佇む自分が懐かしい人物と話をしている夢も見ていた。どちらもひどく懐かしく、それでいて他人事のようでもあった。


「俺は何をしたいんだろう」


そうつぶやく来武に答えを返せる者はいない。いるとすれば、それは司のような気がすることもまた司が憎い原因でもある。堂々巡りの思考の中、来武は凛を見つめた。ため息すら出ず、ただ感情のない目を向ける来武はその清らかな魂を汚したい、そう思うのだった。



学校が終わって帰宅をすれば、新は既に帰った後だった。やはり2日も寺を空けることは出来ないようで、仮眠を取った後で昼過ぎには帰ったということだった。司もちょうど学校が終わる頃には起きてきて、夕食の買出しも済ませていた。まだ詳細は聞いていないものの、見た限りは特に変化は無い。元気そうだし、顔色も良かった。そんな司が夕食の準備をしているのを見つつ、帰宅した凛は部屋へと戻った。今日も暑い一日だったこともあってTシャツと短パンに着替えてキッチンへと向かう。


「手伝うよ」

「いいよ」


いつもなら喜んで手伝ってもらう司だが、今日は違っていた。


「あれれ・・・いつもと違うね?」

「そうか?」


司は苦笑気味にそう言うが、確かに普段と変わった様子はなかった。凛は手伝おうかどうしようか迷ったが、ここは司に任せてキッチンの椅子に座って司の背中を見つめた。


「昨日、何があったの?」

「ん?」


一旦手を止めて凛を振り返った司だったが、そのまますぐに前を向いた。そして昨日の説明をしようと口を開きかけた矢先、インターホンが鳴ったために凛が立ち上がったそれに対応する。インターホンの向こうに立つ人物は矢島と名乗り、司への面会を申し出ていた。


「矢島?」


そう言いながらタオルで手を拭き、司はモニターを見て小さく微笑んだ。


「なぁんだ、昨日のおっさんか」


そう言うと司は玄関へと向けて歩き出した。凛もそれに続けば、司がドアを開き、少し広めの玄関先に3人が並んで入ってきた。


「矢島です。昨日は大変お世話になりました」


昨日とはうって変わった殊勝な態度だったが、司は別段気にすることもなく立っていた。満夫は下げた頭を上げ、紙の手提げ袋を差し出す。


「お礼というのもなんですが、皆さんで召し上がってください」

「どうも」


司はそれを受け取ると後ろに立つ凛に手渡し、そうしてから玄関に立つ葵に笑みを見せる。


「どうぞ上がって下さい」

「あ、いえ、すぐに帰りますので」


凛の言葉に満夫がそう帰すと、凛は小さく頷いた。紗雪は司を見つつもチラチラと凛の方を見ていた。どこかで見たような気もするが、それがどこだか思い当たらない。もっとも、今の凛は眼鏡をかけており、しかも髪をうなじのところで結んでいる。それに大きな胸を強調するかのようなTシャツに健康的な美脚を覗かせる短パン姿だ。テレビに出ていた頃にはない格好をしているのだから無理もなかった。


「調子はどう?」


玄関に座った司にはにかんだ笑みを見せつつ、葵が一歩だけ歩み出た。


「もう平気です。本当にありがとうございました」


一礼する葵ににんまりとした笑みを返す司を見た凛は、昨日はこの子を除霊したのだと理解した。


「本当は、ちょっと怖かったけど・・・でも、もう怖いものはいないって、そう言われたから」


その言葉を聞いた凛は自然と笑顔になった。この子もまた司によって魂を救われたのだ。葵の笑顔を見ればその心が救われたのは一目瞭然だ。どんな状態だったかは知らないが、それでも彼女はもう大丈夫だと断言できた。そんな風に微笑む凛をチラッと見た葵の目に、小さな嫉妬が宿っている。


「神社にも行ったのですが・・・住職もおられなくて」

「あー、新のおっさんならもう帰ったよ。またあっちにもお礼言っといて」


司はそう言い、微笑む。昨日あれだけ悪態をついた自分が恥ずかしいその笑みを見た満夫は渋い顔をしてみせた。娘を最優先した自分は親として正しいとは思う。だが、目の前にいるこの少年もまた葵を最優先して助けてくれたのだ。昨日はいろいろあって錯乱していただけに、落ち着いた今になって司の凄さを認識していた。


「あの・・・」


葵の言葉にそっちを見れば、葵は少しもじもじしたような感じで司に近づいた。そのまま両手を挙げてみせれば、そこには金と銀の数珠がつけられている。少し驚いた凛が司の手首を見ればそれがない。つまり葵がしているのはいつも司が身に着けていたものということになる。少し小さな嫉妬が凛の中に湧きあがってきた。


「これ・・・・」


司はそれを見てにんまり笑った。


「あげるよ」


その一言に葵は顔を赤くして嬉しそうにし、凛は不満そうな顔をしてみせる。そんな凛の反応など見えない司は立ち上がるとスリッパを履いて葵の前に立った。


「右手の金のやつは霊的に攻撃できる念が入ってる」


そう言うと司はそっと葵の右手を取り、手のひらを上に向けると自分の右手をその手のひらに置いて下から左手を添えて両手で葵の右手を包むようにしてみせた。


「普段は持っていなくてもいいよ。家に置いててもいい」


そう言い、そっと目を閉じた。司は目を開けると今度は左手を持ち上げる。そうして今度は左手を上に、右手を下にしてさっき同様葵の左手を両手で包み込んだ。目を閉じたのは一瞬なのも同じだ。


「こっちは出来ればいつも着けてた方がいいんだろうけど、恥ずかしいならかばんとか、いつも持ち歩くものに入れれてもいいよ」


手を離し、司がそう言った。葵は赤い顔のまま両手首についた数珠をまじまじと見つめる。


「左手の銀の数珠は霊的防御を司るんだ。だからこの間みたいなことは起こらない。身近に置くだけで効果はあるから」


そう言い、司はにんまり笑って葵を見つめた。


「ずっと着けてます」

「見栄え、よくないけどな」

「いいんです・・・着けていたいから」

「そっか」


乙女心など知らない、理解しようともしない司はそう言っただけだった。だが、凛にしてみればそれは間違いなく恋だと分かる。表情も、そしてその感情もまた素直さが出ていた。そんな葵と目が合った。そこにあるのは火花。純粋な乙女心の恋と純粋にただ一途に想い続ける恋がぶつかり合うものだ。


「山、嫌いになるなよ?」


司の言葉に凛から視線を戻した葵は頷く。正直に言えば寝ていたために山でどうにかなった記憶は無い。それもあって山自体に恐怖感を持つことはなかった。あるとすれば満夫のほうだろう。


「まぁ、かなりとっちめてやったから、その数珠持ってれば近づいてくるようなやつはいないだろうけど」


司はそう言って笑った。外にいる無数の妖怪を相手にしていたのを知っているのはこの中では満夫と紗雪だけだ。信司と新のあわてようからしても、それがかなり危険であったことは十分に理解できる。


「また、また来てもいいですか?」

「いいよ」

「いろいろ話、聞かせて欲しいから」

「怖い話になるけどな」

「でも、楽しいかも」


葵の言葉に微笑んだ司に葵も微笑んだ。


「では、これで失礼します」

「あいあい」


外まで出れば、すぐ前に車が止まっていた。3人はその白い車に乗り込むと手を振る。


「気をつけて」


その言葉に再度お礼を言った満夫がアクセルをゆっくりと踏みしめる。紗雪が頭を下げ、葵が窓から顔を出して大きく手を振った。


「大事にします!」

「ああ」


司も笑い、手を振った。そうして角を曲がり、車は行ってしまった。微笑んだまま家に入ろうと振り返れば、そこには無表情で細い目をした凛がいた。


「さて、飯の続きだ」


誰に言うでもなくそう口にして玄関に向かった司に続いて凛もまた家に上がる。


「あげちゃうんだ」

「ん?」


廊下を歩いている司の背中にそう言った凛を振り返れば、明らかに不機嫌そうな顔をしている。何故そんな顔をしているのか理解できない司が首を傾げると、凛は唇を尖らせて不満を表情に出した。


「あの子には司君のをあげちゃんうんだ」


はっきり言わないと司には通じない。そう思い、凛は小学生を相手に嫉妬する自分を司にぶつけた。やはりというか、当然というか、司は言っている意味がわからないといった顔をしていた。


「あげちゃまずかったのか?」

「そうじゃなくって・・・私も、欲しかったってこと!」

「あげただろ?」


そうくるとは思っていた。だから冷静に自分の気持ちを伝えようと思っていたのが、嫉妬が先走りすぎてどうにも止められない。


「司君がずっと着けてたのが欲しかったの!」


その言葉に怪訝な顔をした司は凛の左手に輝く金色のブレスレットを見やった。


「あれ、古いしさ・・・汚れてるぞ」

「それでも!」


だからこそ、という思いがある。ずっと着けていたそれが司にとって大事なものでなくても、それが欲しい。わがままなのは分かっている。だが、どうにも嫉妬を止められなかった。


「なんであの子に・・・」


そう言った凛が顔を伏せる。司は嫉妬という感情を理解できない、それは分かっている。だが、どうしてもそれを言葉にしてしまう。


「お前にやったそれ、あわてて買いに行ったんだけど・・・そっか、あれでよかったのか」


その言葉に、凛は顔を伏せたまま目を見開いた。


「今・・・・なんて?」


ゆっくりと顔を上げた凛がそう言うが、司は不思議そうにしているだけだ。


「え?もう予備っていうか、あれは前にさ、未来みくにやるときに2個買ったんだよ。それが前のやつ」


来武、いや、正確には来武に憑いたものに壊されたあのブレスレットのことだと理解した凛は自分の心から怒りと嫉妬が急速に消えていくのを感じていた。司はそんな凛の変化には気づかずに続きを口にしていく。


「だから、まぁ、あん時、プリン買いに行った時に買ってきたんだ。帰りに神社によって念を込めたし、それでいいかと思ったんだけどな」


頭を掻く司の言葉に凛は自分のバカさ加減に呆れていた。つまらない嫉妬をしたと思う。金色のブレスレットが左手で光っていた。司はわざわざこれを買いに行ったのだ。心が壊れている司が自分のものを渡さずに、新しいものを買いに行った。ただ予備がなかっただけという理由でも、それは凛にとっては最高に嬉しいことだった。


「な・・・なんで泣いてんの?」


珍しく焦る司。その司の目の前で凛はぽろぽろと涙を流していた。そんな凛はそのまま司に抱きつく。


「ちょ、何?」

「ゴメンね」


かすれる声で謝られても思い当たる節などない。


「な、何が?」

「・・・・・・ごめんなさい」


謝るだけの凛に戸惑う司はそのまま抱きしめられていた。何故凛が泣いたのか理解できない。そして何故凛が泣いているだけでこんなにも動揺するのかがわからなかった。


「私、わがままだよね・・・」


泣きながらそう言い、凛はぎゅっと司のTシャツを掴んだ。


「お前がわがままだったら、美咲なんかどうなる」


凛がわがままだとは思わない。わがままらしいことを聞いたことがないからだ。美咲や未来はそれこそわがままだと思う言動が多いと理解している。


「泣くなよ・・・ホントに凛は泣き虫だな」


司は苦笑し凛の背中をぽんぽんとしてやる。


「じゃ、わがまま言ってもいい?」


司の胸に顔を埋めたまま凛がそう言う。嫌な予感がすれど、そこまでわがままなことは言わないだろうと思った司は興味もあってそれを承諾することにした。


「まぁ、いいぜ」


凛がそっと顔を離し、上目がちで自分を見ている。一瞬だけその目をみて胸の奥がざわつくようになったが、司は気にもしなかった。


「一緒に寝て欲しい」

「・・・・・・子供か?」


司にとってはただ一緒に寝るだけのことにすぎない。これが来武であったならば、その興奮度は空を超え、宇宙にまで飛んでいくことだろう。もっとも、相手が健全な男子であればいくら自分の好きな相手でも凛はこの提案をしなかっただろうが。


「わかった・・・でも、暑いのは嫌だから」

「うん」


そう言い、凛はそっと司から離れた。我ながら情けないと思う。小学生に嫉妬しての行動。反省すべき点はあれど、心は満たされていた。ブレスレットのこと、そして一緒に寝る約束。添い寝でもいい、いろいろ話ながら寝たいだけだ。


「そんじゃ」


司はそう言うとキッチンへと戻っていった。凛もその後を追い、司を手伝い始めた。今度は司も何も言わず、凛の好きにさせている。泣かれたことが多少影響していたが、1人で作ることが面倒くさくなったのが主な原因だ。そうして夕食の準備が整い、信司も帰宅して夕食となった。


「昨日はゴメンね、凛ちゃん」


信司はそう言うと昨日の分はお昼に食べたと告げた。司は夕方近くまで寝ていたこともあって昼も抜いている。それもあって、簡単にお菓子を食べたとはいえ空腹だ、勢い良く皿の上のものはなくなっていった。


「しかし、お前には驚かされる」


信司の言葉にお茶を飲みながらそっちを見る司。


「あれだけの化け物を相手に無傷とは、我が息子ながら驚愕だ」

「弱いのが100万いても、強いやつ1匹には勝てないって」

「なんなの?100万って・・・お金?」


美咲の言葉に凛もまた司を見やった。


「あの小学生の子にそんな数の霊が憑いてたの?」

「いや、憑いてたのは妖怪1匹・・・そいつを消したら仲間が山からいっぱい来ただけ」

「100万っていうか・・・もう無数だったけどね。下手したら億だよ、億!」


信司の言葉に凛と美咲は顔を見合わせた。徹夜の理由がそれだと分かったはいいが、想像を絶する内容にどう反応していいか分からなかった。


「おかげで体力的に疲れたよ」


司は憮然としながらそう言い、味噌汁を飲んだ。少し濃いが、自分が作っただけに気にしない。


「そんな数、どこで?」

「神社にうじゃうじゃいたなぁ・・・もう空の上の方まで、なんか立体のパズルみたいで笑ったけど」


それを見て笑えるその神経が信じられない。だが、これが司であり、その能力を理解していれば納得はできる。そんな自分も随分と図太くなったなと思う凛は既に食事を終えてごちそうさまと言う司を見つめていた。


「じゃ、洗い物置いといて・・・先に風呂入ってくる」


そう言うと席を立ち、キッチンを出ようとした司が立ち止まり、振り返った。視線の先には凛がいる。


「一緒に寝るのはいいけど、風呂上りすぐで来るなよ・・・暑いから」


そう言うと司は出て行った。もはや何も言うまいと、凛は黙ってご飯を口に入れる。そんな凛を見たまま固まる父娘。


「一緒に・・・・」

「寝る?」


自然と口だけが動き、2人で1つの言葉になった。


「あー、まぁ・・・・いろいろ話しながらって思って・・・・・」

「まぁ、ね。そんなことだろうとは思ったけど」


美咲はそう言ってようやく動き出したが、信司はまだ金縛りにあっているようだ。


「でもさ、一緒に寝てもなぁんにも進展ないと思うけど?」

「あるわけないし、期待もしてない・・・ただ、可能性は少しだけあるかも」

「・・・・お姉ちゃん凄いね・・・もしかして全裸で寝るの?」


その言葉に信司がピクリと動いた。


「全裸?凛ちゃんが?」

「それはありません、ごちそうさまでした」


凛はそう言うと自分のお皿を流しに運んだ。信司はまだ固まったままだが、美咲はもう元に戻っている。凛はキッチンを出ると自室に向かった。残された美咲は黙々とご飯を食べ、信司はもそもそと動き出したがロボットのような動きだ。


「まぁ、いい傾向だよ・・・でも、今日は絶対まぶしいね」

「まぶしい?」

「お姉ちゃんからはお兄ちゃん好き好きオーラ出るんだよ・・・特にこういう日はね」


そう言い、ごちそうさまと告げて美咲もキッチンを出て行った。残された信司は深いため息をつく。


「羨ましい限りだ」


本音をこぼす信司は一人寂しく濃い味噌汁を口にするのだった。



テレビの音が小さな音量ながら部屋の中でただ1つの音になって響いている。9月も終わろうとしているにも関わらず動くクーラーから心地いい冷気が流れてきていた。ベッドに寝そべる司はぼんやりとテレビを見ていた。その横では眼鏡を外した凛が寄り添うように寝ている。身を寄せ合う若い男女がベッドに2人となれば普通ならばカップル同士であると言えよう。だがこの2人は違う。女性の凛には男性である司への愛情はあれど、司からは凛への愛情がない。


「司君?」

「んー?」

「どう?」

「何が?」

「なんかこうされて、どんな感じかな?」


凛は司の顔を見るが司は凛を見ずにテレビを見ていた。


「別に、何も」

「そっか」


たった半年でそうそう人の心の壊れた部分が変わるものではない。これはリハビリではなく、凛の心の栄養補給にすぎなかった。相手に愛情がないが、自分は司が好きだ。だから時にはこうしたい。司が嫌がらないから出来るとはいえ、これは凛のわがままに過ぎなかった。そう、だから凛はわがままと称してこういう行為を行っているのだ。自己嫌悪もしつつ、それでもその欲求が勝った結果だった。小学生にやきもちを焼いた末の行動だったが、それでもいい。


「数珠、どうするの?」


少し前に気になっていたことを口にする。葵にあげたものはもう2年も前から身に付けていたものらしい。だが、長い年月の間身に付けていたからといって効力が高いのかと思えばそうでもなく、凛のブレスレットとそう変わらないと聞いてホッとしていた。


「んー・・・まぁ、親父に頼んでるから、もう少ししたら手に入るよ」

「どこで?」

「出雲大社にいる知り合いにお願いするんだよ」

「へぇ」

「昔は伊勢神宮だったらしいけど・・・あそこにはそういう力を持った人がもういないらしい」

「そういう人って、司君みたいな?」

「だな」


つまりあの数珠は特別なものなのだろう。それを葵にあげたことが凛の中の嫉妬を再燃させるには十分だった。凛はますます司に密着する。


「こら、暑いんだって」

「いいじゃない!」

「よくないし・・・」


そう言う割には振りほどこうとはしない司に凛は微笑んだ。顔を司の胸に埋めるようにしてみせる。


「司君の匂いだ」

「そういや昨日もそんなこと言ってたな?」

「ん?」


ここで凛が顔を上げると、司は不思議そうに凛を見ていた。凛もまた近い位置に司の顔があるが、赤面はしない。ただこの密着具合がたまらなく嬉しいだけだ。


「ほら、前にキッチンでさ」

「あぁ、あれ」

「気配ならわかるけど、匂いって・・・」

「まぁ、私の能力だよ」

「ふぅん」


既に興味がないのか、司は素っ気無くそう言う。そんな司を見て目を細めた凛はずりずりと上に上がるとそのまま司の上に覆いかぶさるようにして腕を首に回した。


「暑い!しかも見えない!」

「私の匂いはどんな感じ?」


なんとも変態的なことを聞くとは理解しているが、凛はそう聞いた。不満そうにしていた司がジトッと凛を見るが何も言わず、そっと凛の頭に顔を近づけた。


「いい匂いがする・・・シャンプーだろうけど」

「それだけ?」

「ん?んー・・・・・・」


そう言うと司にして珍しく凛を引き寄せた。さすがにこれには赤面してしまうが、されるがままにじっとしていた。


「なんか落ち着くっていうか・・・・懐かしい匂い・・・みたいな感じだ」


そう言うと司は凛を抱きしめるようにしてもう一度匂いをかいだ。どこかで、ずっと昔にこうした気がする。こうして抱き合って寝そべり、星を見た、そんな記憶があるような気がする。そしてそれは凛も同じだった。落ち着き、そしてどこか懐かしい。それでいて愛おしい気持ちがこみ上げてくる。


「なんか・・・けど、なんか・・・ちょっと違う」


司はそう言うと目を閉じた。凛は今の言葉の意味が分からずに司を見やるが、司は眠ったように動かなくなった。そうしてすぐに寝息が聞こえてくる。凛は小さく微笑むとそっと司の頬に触れた。


「前世でもこうしてたのかもしれないね」


美咲の言った言葉を思い出す。前世で繋がっていた2人が、かつてこうしていたのかもしれないと思えた。でも、そんな過去の、しかも記憶にすらない大昔のことなどどうでもいい。今が幸せであればよかった。


「大好きだよ、司君」


そう呟き、そっと頬にキスをした。そのまま凛も目を閉じる。2人は抱き合ったまま眠りについた。ずっと大昔、前世でもこうしていたとは知らずに抱き合って眠る。凛は司への愛情をさらに大きくし、司は自分の中の小さな変化を違和感として受け止めながら。



カーテン越しの日差しでもかなり眩しく、凛は目を覚ました。首を横に向けると壁に掛けられた時計があるはずだが、そこには何もない。そこでようやく昨夜は司の部屋で寝たことを思い出した凛はあくびをしつつ身を起こそうとしたが、パジャマが何かに引っかかっているようで動けない。ぼーっとした目をそこに向ければ、パジャマの下に腕が入り込んでいるではないか。ここでようやく目を見開いた凛がじっとそこを見れば、司の腕がパジャマの中に入り込んでいるのを確認する。


「なんかやらしい」


そうとだけ言うと無造作に腕を引き抜いて起き上がった。羞恥も何も感じていない自分を諌めつつ、それでもそれでいいと思ってしまった。司にそういう心がないとわかっているためだが、まるで司に毒されているような感じにもなっていた。こういうことに鈍感になっている自分に危機感すら浮かばずに時計を見れば、いつも自分が起きる時間だった。司の目覚ましはこれよりさらに30分後に設定されている。だがその目覚ましをあえて消し、司に覆いかぶさるようにしてその上に乗っかった。


「あう・・・うーん・・・」


うめくようにそう言うが、まだ起きない。ならばと、胸に顔を埋めてぐにぐにするが反応は無く、今度は頬と頬をこすりつけた。顔をよじるが起きない司に対し、凛は身を起こして馬乗りになった。


「起きろぉ!司君!朝だよ!」

「うえ・・・・んー」


ようやく目を開けた司がまじまじと凛を見る。


「重い」

「ちゃんと体重は絞ってるけどね」

「そんなの知らないけど、すぐに降りろ」

「ちゅーしてくれたらね」

「・・・・そういうのは好き同士がするんだろ?」

「まぁね」


司にそんなことを期待するだけ無駄、だと思っていた。司は身を起こすと不意に凛の唇に自分の唇を重ねた。


「どいてくれ」


司にそう言われ、あわてながらも飛びのいた凛はドキドキする胸をそのままにそっと自分の唇に指を這わせる。


「な、なんで・・・」

「なんでって・・・しろって言ったからだろ?」


司はベッドから降りると背伸びをしている。凛はまだドキドキする胸を押さえつつ、自分もベッドから降りた。司はそのまま机の上にある時計を見ているが、凛はまともに司の顔を見れないでいた。


「こら」


だが司のその声に赤い顔を向けると、司は無表情で時計を指差した。


「まだ時間早いじゃねーか!」

「うん」

「うんって・・・」


深々とため息をついた司だが、二度寝するほどの度胸は無い。仕方なく不満そうにしながらTシャツを脱ぎ、そのまま制服へと手を掛けた。


「じゃぁ、下でね」


凛はそう言うとそそくさと部屋を後にする。そんな凛を見つつため息をついた司は気だるそうに着替えてからキッチンへと向かったのだった。



いつもより早く起きた司と、どこかそわそわした感じの凛に違和感を覚えるが信司はあえて何も言わなかった。2人が一緒に寝たせいだとは思うが、だからといってこの2人が男女の仲になるのはありえないことだ。だが、なにかしらの出来事があったことは明白だった。司を見ても分からないが、凛を見ればそれがよく分かる。信司は口元を緩めつつ美咲の準備した朝食を食べるとすぐに家を出て行った。そして美咲がその後に続き、今日は早起きをした司が凛と一緒に家を出る。だが会話もないまま登校し、そのまま昇降口で別れることとなった。凛はため息をつきつつ階段を上がる。自分が言ったからキスをした、ただそれだけのことだとわかってはいる。だが、それがどこか悲しい。再度深いため息をついた凛が席に着けば、今日もまた裕子が満面の笑みで近づいてきた。


「今日はやけにテンション低いじゃん」


裕子は凛の机の上に座ると足を組んだ。見えそうな下着に男子がチラチラ視線を送るが裕子は気づかずにそのままの体勢を維持している。


「まぁね」

「神手となんかあった?」

「あったといえばあったなぁ」


話もどこか上の空だ。そんな凛の状態を見た裕子も怪訝な顔になってしまう。


「何があったのさ」


いつもにはない優しい口調だが、凛は机の上に肘をついて裕子を見ずに窓の方へと顔を向けた。


「一緒に寝て・・・んで起きたときにキスしてって言ったら、された」


まるでうわ言のようにそう言った後、ここでようやく正気に戻った凛はあわてた様子で裕子を見上げた。


「ほぉぉ・・・そりゃまた随分とお盛んで」

「ち、ち、違う!そうじゃなくって!」

「まぁまぁ。分かってるって・・・しかしあんたも大胆だねぇ」


裕子は目を細めてそう言うが、実際キスをしたから2人の仲が進展したかといえばそうではないことは理解している。


「大胆っていうか・・・・なんかこう・・・」


そう言い、凛はおおまかながら昨日のことを話して聞かせる。小学生に嫉妬した結果、一緒に寝たいと言ったことや、今朝のことまで。裕子は微笑みながらそれを聞き、それから机を降りた。


「なんだかんだで神手も効果出てんじゃん」

「え?」


裕子の言葉に凛が不思議そうな顔をする。効果の意味がわからないのだ。


「だって、今までとはなんかちょっと違う感じがするでしょ?」

「違う?」

「キスはまぁ、今までどうりだけどさ・・・なんか匂いとか、抱きしめてくれるとか」


そう言われてみれば確かにそう思う。だが、本当にそれが変化かといわれればそれは疑問だ。腕組みをして考えてみるが、裕子の言うことに素直に頷けない自分がいる。


「一緒に住んでるから、そういう小さな変化に気づかないわけか・・・ご愁傷さまなこって」

「そうなのかな?」

「小さな変化だと思うよ。だからって急激にそれが大きくなるとは思えないけどね」

「まぁ、確かに」

「今度は裸で迫ってみればぁ?」


裕子は悪戯な笑みを浮かべてそう言うが、凛は腕を組んだまま真剣な顔をしてみせた。


「そうしてみる」

「え?」


冗談を本気で受け取られた裕子は困った顔をして頭を掻くしかない。こうまで麻痺している凛に苦笑が漏れるが、それもいい傾向かと考えていた。それに面白くなってきたことには変わりがない。


「まぁ頑張れ」

「頑張る」


そう言って笑いあう2人を冷たい目で見つめる来武がいたが、2人は気づかない。その来武の口元が醜く歪み、瞳が闇よりも濃い黒に染まるが、それに気づく者はいなかった。そう、当人でさえも。

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