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ある男の推理

 夕方になって智明と嘉伸も探偵事務所に集まり、本日の成果の擦り合わせを行った。明はといえば、広貴と雅也から頼まれ事を受けたすぐ後に電話がかかってきて、面倒そうにしながら渋々仕事へと戻って行った。近くにいた広貴と雅也にも彼の部下と思われる男の泣き言が聞こえてきたところをみるに、やはり大丈夫ではなかったらしい。

「ということで、井上さんには今は恋人がいないらしいです」

 智明の話を聞き終えて、広貴と雅也は満足そうに頷いた。

「ありがとう三木、助かったよ。山本もありがとな」

「これは確定だね。いやー、間違えてなくてよかったよかった」

「えっ? 犯人わかったんすか!?」

 今から元恋人を探すとばかり思っていた嘉伸は、広貴の労いと雅也の発言を聞いて驚いた。自分だけがついて行けてないのかと隣の智明を見ると、彼も悔しそうな顔で首を横に振った。

 そんな二人を見て、君たちもまだまだだね、と雅也が得意げに笑った。


「事の発端は一週間前の日曜日、晴香ちゃんが家出をしたところから始まった。侑子さんと喧嘩をした晴香ちゃんはそのままバイトに向かい、その後行方不明。二日後の火曜日、晴香ちゃんの幼馴染みが訪ねて来たことにより事件が発覚。侑子さんは警察に届けた後、近所をくまなく捜索したが晴香ちゃんは見つからなかった。いよいよ打つ手がなくなって、侑子さんが僕のところに依頼に来たのがさらに四日後の土曜日だ」

 雅也の説明に智明と嘉伸は頷いた。

「そしてその次の日の日曜日、僕は広貴と智明に協力を依頼して一緒に味楽で話を聞いた。皆晴香ちゃんが行方不明だということは知らず、店長の神田さんは店の売り上げを盗んで連絡が取れなくなった晴香ちゃんを心配して探していると言い、キッチンバイトの篠崎さんは自分は晴香ちゃんの元彼で彼女がお金を盗むはずがない、家出なら今の恋人の家に居るのではないか、そして今の恋人については池村さんに聞いたらわかるだろうと言い、ホールバイトの一ノ瀬さんは皆が言うように晴香ちゃんが良い子とは思えないと言い、同じくホールバイトの古賀さんは晴香ちゃんの行方不明になる一週間前に入ったばかりなのでよくわからないと言っていた」

 智明はその場にいたためすぐに頷いたが、嘉伸は会っていない人物の話を一気にされて少し混乱気味だ。鞄からペンとノートを取り出して、智明に確認しながら整理している。

「そして今日、僕と広貴はホールバイトの中沢さんに晴香ちゃんの恋人について聞いたら、味楽のキッチンで働いている人だと教えてくれた。その後恋人候補であった大島さんに話を聞いたところ、彼は恋人ではないし、店のお金を盗んだのも晴香ちゃんではないと言っていた。さらに智くんと嘉くんが池村さんに聞いた話では、晴香ちゃんは既に味楽の恋人とは別れている上、その恋人からは酷く束縛されていた、そしてやはりお金に困ってはいなかった、と」

 話を終えた雅也が、どう、わかった? と楽しそうに尋ねたが、今の話はこれまでの情報を整理しただけであって特に目新しい情報は入っていたわけではなかった。

「うーん、大島さんが嘘をついてて、本当は恋人だったとか?」

「いや、篠崎さんがやっぱり忘れられなくて監禁しちゃったとか」

「むしろ二人仲いいみたいだし共犯とかどうよ?」

「ホールの一ノ瀬さんも怪しいか?」

 あーでもないこーでもないと、おおよそ推理とは言えない好き勝手な推測を語る二人を広貴は少し離れて微笑ましく眺めていた。すると少ししてそれに気づいた智明が不満げな視線を寄越してきたため、広貴は苦笑してじゃあ少しヒントな、と言った。

「この話、ところどころおかしいと思わないか? まず篠崎さんの話では、井上晴香は家出をすると恋人の家に行くとのことだったが、池村由紀の話では現在彼女に恋人はいないということだった。じゃあ彼女はどこに行くつもりだったのか?」

「そういえばそうですね」

「怖がっていたという元恋人のところには行かないだろう。となると考えられるのは幼馴染みである池村か、親しくしていたという大島さん、篠崎さんあたりか?」

「クラスの女子の話では池村さん以外に仲の良い子はいなかったみたいですし、まあそのあたりじゃないですかね?」

 広貴の言葉に嘉伸が同意した。

「けど今名前を挙げた中に井上晴香が家出したと知っているものはいなかった。ということは、前提からして間違ってるんじゃないか? つまり、井上晴香は家出するつもりではなかった」

 智明と嘉伸は息をのんで顔を見合わせた。晴香が最初は自分の意志で家を出て、その後何らかの事情で帰れなくなったとばかり思っていたが、そうではないとしたら。

「井上さんは家出ではなく、ただバイトに行っただけだった?」

 智明の呟きに、広貴がニヤリと笑った。

「だとしても、怪しいのがバイト先の人間ってことに変わりはないですよね?」

「確かにそうだが、彼女が自分の意志で家を出たのと、それとは関係なく行方不明になったのでは決定的な違いがある。それは、この事件が計画的なものだったかどうか、だ。彼女の行動に合わせてなら突発的なものでしかないが、そうではない場合、犯人は前もっていろいろと準備をすることができる。例えば彼女がお店の人間から逃げなければならない理由とか、彼女が居なくなった後の従業員の補填とかな」

「え、それって……」

 驚いた顔をした二人に、雅也がにっこりと笑って言った。

「店長の神田紀之。彼が今回の事件の犯人だよ」

 窓の外では、向かいのアパートに複数のパトカーが止まっていた。


 暗いアパートの一室で、晴香は電気も点けずに横たわっていた。携帯は没収されてしまったし、部屋の入口は外から鍵が掛けられている。それ以前に手足を縛られ繋がれているため、満足に動くこともままならない。

 部屋の主は夕方に仕事に出かけて行ったためチャンスなのだが、このアパートは防音に非常に優れているらしく、どんなに大声を出しても助けが来ることはなかった。逃げるにも移動できる範囲には役に立ちそうなものなど何もなく、最初の頃こそ必死に足掻いていたが今ではもうその気力さえ残っていなかった。

――どうしてこんなことになってしまったんだろう

――お母さん心配してるかな

――由紀もあれで結構無茶するから心配だな

 ここに来てから繰り返し考えていることが再び頭の中を巡り始めたころ、玄関の施錠が開く音がして晴香はびくりと体を震わせた。

神田が帰ってくるには早すぎる時間だ。忘れ物でもしたのだろうか?

晴香がそんなことを考えながら聞き耳を立てていると、複数の足音と、明らかに神田のものではない話し声が聞こえてきて、期待と緊張で心臓がうるさいくらいに鳴り出した。

 やがて晴香の閉じ込められている部屋の扉がゆっくりと開かれ、そこにはきっちりとスーツを着た男が立っていた。男は晴香の姿を認めると、大慌てで駆け寄って行った。

「対象発見しました! 大丈夫ですか? 警察です。もう安心してください」

 それを聞いた瞬間、晴香は堪えきれず泣きながらその男の胸に飛び込んだ。


「ほんと? よかった。うん、うん、はーい。ありがとー助かったよ。うん、うん、よろしく、はーいじゃあまたね」

 明からの電話を切った雅也は嬉しそうに三人を見渡した。

「無事に晴香ちゃんを保護出来たって。ちょっと衰弱してるけど、命に別状はないってさ」

 それを聞いた三人はほっと胸を撫でおろした。どうやら無事に事件は解決したようだ。

「それにしても、流石探偵っすね! 僕犯人と会ってなかったからっていうのもあるかもしれないけど、全然わかんなかったっす」

「俺なんか会ってもわかんなかったぞ。いつから怪しいって思ってたんですか?」

 嘉伸は素直に感心し尊敬の眼差しで雅也を見つめ、智明は悔しそうに広貴に問いかけた。

「最初に違和感を覚えたのは、神田があのアパートに住んでるって言った時からだな。井上さんが雅也の近所ってことは、当然あのアパートも近所ということになる。それなのに何も知らないというのは不自然だろう」

「それってほぼ会った瞬間ってことじゃないですか」

 ここでそのアパートの話もしたのに! と智明は項垂れている。

「まあそれだけじゃほんとにただ知らなかった可能性もあったけどな、神田は店長だっただろ? だから従業員の個人情報も知ってるはずなんだ。売り上げが盗まれたとして、あの時言ってたように警察に行かないっていうのまでは納得出来たとして、携帯に連絡が付かなかった場合家に行くのが普通じゃないか? けど恋人ってのは別にいると思ってたから、まさかの神田が恋人だったっていうのには驚いたけどな」

言われてみれば確かにそうだと納得した。智明は晴香の恋人という点だけを気にしすぎて、そんな簡単なことに気づかなかったことを悔やんだ。

「絶対次は見逃しませんから!」

 存外負けず嫌いの智明がそう意気込んでいるのを見て、雅也だけが嬉しそうに笑っていた。

「いや、お前ただのカフェ店員だろ」

 嘉伸の最もなツッコミに広貴は苦笑していたが、当の智明には全く聞こえていなかった。

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