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仕事仲間たちの声

「最近の学校ってセキュリティーが厳しいからさ、聞き込みに行こうにも不審者扱いされちゃたまんないじゃない?」

「まあ探偵なんてこの上なく胡散臭いですよね」

「ひどい!」

 結を出て三人がまず向かったのは、晴香が通っている高校ではなく味楽みらくというファミレスだ。雅也が侑子に聞いた話によるとそこが晴香のアルバイト先らしく、行方不明になった当日である日曜日もシフトが入っていたという。

 休日だが、十一時前という中途半端な時間であったために店内はそれほど混雑していなかった。

「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」

 出迎えてくれた高校生らしいアルバイトの女の子に向かって、雅也が名刺を差し出した。

「すみません、私桜井雅也と言います。ここで働いていた井上晴香さんのことで彼女の母親から依頼がありまして。従業員さんたちに少し話をお聞きしたいんですが、大丈夫ですか?」

 その女の子は驚いた顔をして少し考えた後、どうぞ、と三人を店の奥へと案内した。


「店長、ちょっといいですか?」

 案内してくれた女の子は、キッチンの一番奥にいた三十代半ばとみられる男のもとに向かった。店の奥はキッチンになっていて、そんなに広くはないが整理整頓がきちんとされて清潔に保たれていた。奥には従業員用の勝手口が見える。

「どうも、店長の神田紀之です」

神田紀之かんだのりゆきは、中肉中背でそれほど整った顔ではない、どこにでもいるような普通の男だ。しかし優しそうな声や物腰柔らかな態度、料理が出来て清潔感があることから、女性には好かれそうだという印象を受ける。

「突然すみません。私探偵をやってます桜井雅也と申します」

 そう言って雅也は神田にも先ほどと同じように名刺を差し出した。神田は貰った名刺をまじまじと見て、そこに書いてあった住所の欄に目を止めた。

「ああ、あそこですか。私その向かいのアパートに住んでいるんですよ。探偵事務所なんて珍しいでしょう? 実はどんな方がやってるのかなと気になってたんです」

 ミーハーですいません、と神田は少し照れくさそうに笑いながら言った。その様子に不信感や嫌悪感等はなく、雅也は無意識のうちにしてしまっていた緊張を解いた。

「ご存じいただいて光栄です。早速で申し訳ないのですが、井上晴香さんについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。といっても、あまり力になれるかはわかりませんが」

 雅也の急な依頼にも、神田は嫌な顔一つせず頷いた。

 キッチンには神田の他に男が一人と、ホールバイトであろう女の子が案内をしてくれた子を含め三人いた。

「実は晴香さんが一週間前から行方不明になっているらしく、彼女の母親から捜索を依頼されたんです。母親の話ですと彼女は行方不明になった日曜日にもアルバイトの予定が入っていたとのことだったんですが、その日彼女はこちらに来ていましたか?」

 晴香が行方不明になっているという話を聞いても、神田も他の従業員も特に驚いておらず、やはりそうかといった反応だった。

「井上さんはその日曜日は出勤していたんですが、翌日は出勤予定でしたが来ませんでしたし、その時から何度か電話しているんですが未だに連絡もとれていません。それから……」

 神田はそこで少し言い淀んだ後、外の様子を確認してから小声で続きを話した。

「実はその日曜日に店の売り上げが盗まれまして……その日のチェックを行ったのが彼女だったんです。彼女がやったという証拠はないですが、状況が状況ですので」

 神田は慎重に言葉を選びながらそう話した。

「そのことは警察には?」

 雅也の問いかけに、神田は首を振った。

「言っていません。彼女はまだ若いですし、あまり大事にしたくないんです。そんなに長く働いていたわけではありませんが、一生懸命やってくれていましたし、私からはとても悪い子には見えませんでした。もしかしたらよっぽどの事情があったのかもしれない。しかしこちらとしましてもこのままという訳にはいきませんので、ちゃんと話がしたいと思っていたんです。ですからお手数をおかけして申し訳ないんですが、もし彼女が見つかったら私にも教えていただけませんか?」

「そうだったんですか。わかりました、必ず連絡します」

 雅也が快諾すると、神田はほっと胸をなでおろした。


雅也と神田が話している間、広貴は雅也の後ろに隠れるようにして他の従業員の様子を伺っていた。話が一段落して連絡先を交換し始めたのを確認し、広貴はその場にいたもう一人の男に話しかけた。

「ちょっといいか?」

 その男は晴香の名前が出てからずっとそわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせていた。

「落ち着かないみたいだったから、何か心当たりでもあるのかと思って。あ、俺相田広貴ね」

「あ、篠崎佑弥です。あー……っと、心当たりではないんですが。自分つい最近まで晴香と付き合ってたんすよ。あいつ誤解されやすいけど、金盗ったり人傷つけたりするようなやつじゃないんです」

 篠崎佑弥しのざきゆうやは大学生くらいで、背が高く、釣り目で茶髪、耳にはピアスホールが数個空いており、格好いいが少し軽薄そうに見える。しかし口を開くとがらりと印象が変わり、派手な見た目に反して自信なさげに話す様子は少し頼りなく、相手を気遣って話す様子は優しい性格であることが窺える。

「篠崎さんは騙されてたんです!」

 突然割って入った声に驚いて広貴がそちらを見ると、一ノいちのせと書かれた名札を付けた女の子が不満そうな顔で篠崎を見ていた。歳は晴香と同じくらいで、長い黒髪を二つにくくっている。可愛いが気が強そうだ。

「井上さんバイト中全然中沢さんの言うこと聞かなかったんだから! 何度も何度も同じことするし!」

「志保ちゃん! あれは私も言い方が悪かったのよ。悪い子じゃないと思うわ」

 隣にいた中沢なかざわという名札を付けた女の子が、一ノ瀬を宥めた。中沢は大学生くらいで、しっかり者の優しい先輩、といった雰囲気だ。

「そうだよ。ただちょっと馬鹿で不器用なだけだから、そんな嫌わないであげてくれるかな?」

「皆井上さんに甘すぎるんですよ!」

 一ノ瀬は篠崎と中沢が二人して晴香を庇うのがまた気に入らないらしい。どうやら一ノ瀬と晴香はあまり上手くいっていなかったようだ。

「君は井上さんと仲良かったの?」

 広貴は先ほどからアルバイト三人が言い合いをしているのを、一人離れた場所で困ったように眺めていた女の子に声をかけた。最初に案内をしてくれた子だ。名札には古賀こがと書いてある。

「あ、私は少し前に入ったばっかりだから、井上さんのことよく知らなくて」

 古賀は人見知りのようで、目を泳がせながらたどたどしく答えた。僅かに頬も赤い。

「ああ、井上さんの代わりに入ったの?」

「あ、いえ、井上さんが来なくなる少し前です。だから一度だけ一緒に働いたことあるんですけど、優しくて良い人でした」

 広貴はてっきり晴香が来なくなったから代わりとして古賀が入ったのかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。

「じゃあ、今人数足りなくて忙しいんじゃない? まだ慣れないのに大変だな」

「あ、いえ。私が入る前から人数は足りてたみたいなんで、井上さんが来てた頃はその分ゆっくり教えてもらってたんです。だから今でもまわらないことはないんで、店長も新しいバイトの子を入れる気はないらしいです。もしも井上さんが帰って来たらその時にまた戻って来れるようにって」

「お金を盗まれたかもしれないのに、店長はよっぽど井上さんの事信用してるんだな」

 古賀の言葉に、広貴は呆れたように言った。

「ものすごいお人好しだと思います」

 広貴の言葉に、古賀は苦笑しながら神田に聞こえないようにそう言った。


「あの、晴香は家出じゃないんすよね?」

 そう尋ねて来た篠崎に、広貴は首を竦めて答えた。

「俺は直接聞いたわけじゃないんだが、最初はただの家出だったらしいぞ? けどいつまで経っても帰ってこないから、あそこの探偵様に依頼が来たそうだ」

 広貴が顎で示した先では、雅也が手帳に何やら書き込んで考え込んでいる。

「なら、晴香の今の彼氏のこと調べたほうがいいと思いますよ」

「え?」

 思わぬ情報に広貴が雅也に声をかけようとすると、雅也にも聞こえていたらしく篠崎の元へ寄って来た。

「や、自分と付き合ってた頃は家出の度にうちに来てたんで。前からそうしてたみたいですし、親には彼氏のことあんまり話さないから絶対見つからないんだって言ってましたよ」

「なるほど」

 そうなると、今回も最初は恋人の家に行った可能性が高いだろう。

「それで、井上さんの恋人って誰?」

「や、そこまでは……晴香が別れるときに他に好きな人が出来たからって言ってて、どんな奴か聞いたら自分より大人な人だって言ってましたけど」

 篠崎は少し拗ねたように答えた。どうやら篠崎はまだ晴香に未練があるようだ。

「けどその人と付き合ってるとは限らないんじゃない?」

「今もかはわからないですけど、その時は付き合ったと思いますよ。あいつ寂しがりなんで、九割いける自信がない限り別れたりしないって言ってましたから。そうだ、彼氏のこと聞きたかったら、池村由紀って子に聞いたら知ってると思いますよ。幼馴染みで一番の親友だって言ってましたし、自分も一回会わされましたから」

「わかった。聞いてみるわ」

 三人は神田らにお礼を告げて、味楽を後にした。

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