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家出少女の失踪

 表が騒がしいことに気づいて店の奥から出てきた広貴は、雅也の存在に気づいて顔を顰めた。

「まだ開店時間じゃねーよ」

 とても歓迎しているとは思えない物言いだが、雅也はそんなことお構いなしで待ってましたとばかりに広貴に駆け寄った。

「申し訳ないけど今日は客じゃないんだよね。ちょっと困ってるんだ」

 そう雅也は切り出したが、広貴の態度は変わらない。

「申し訳ないんだがあと十分で開店だ。話は閉店後にしてくれないか?」

 言うが早いかあっさりと店の奥に引き返そうとする広貴を雅也は慌てて引き留めた。

「そんなこと言わないでくれよ。事態は一刻を争うんだ」

 申し訳ないと言いつつも引く様子の無い雅也に、智明はこの後の展開を予測して早々に店内に引き返し、扉の札をそのままに鍵をかけ直した。恐らく卵ももう必要はないだろう。

「僕だけじゃちょっと不安で……広貴たちが手伝ってくれたらすぐに解決できると思うんだ!」

「俺はお前の助手じゃねーぞ? 俺にだって仕事があるし、三木もカフェのバイトをするために来てるんだ」

 広貴の言葉に、智明は口には出さなかったが全力で頷いた。

「そんな冷たいこと言わないでくれよ。親友だろ?」

 二人の態度にも雅也は全く怯まない。

「そうだな。だからこそ親しき中にも礼儀あり、だと思わないか?」

 平行線の会話を横目に、智明は何も言わず店の奥に向かった。今日も中止になるであろう仕事の代わりに、自分と広貴、ついでに押しかけて来た迷惑な男にコーヒーを入れるためだ。

「頼むよ! 一生のお願い!」

「三か月前にも一生のお願いを聞いたはずだが?」

「あれ? そうだったっけ?」

 記憶力の良いこの男が覚えていないわけがないのだが飄々とすっとぼけてみせる雅也に、広貴はしばらく黙った後大きなため息をついた。了承の合図だ。何だかんだ言いつつも、広貴は雅也に甘い。雅也はそれを見て、にんまりと勝ち誇った笑みを浮かべた。


 智明がコーヒーを二人の前に並べ、自分の分を持って席についてから、雅也は今日の天気でも話すかのような軽い口調で話し始めた。

「女子高生を探してるんだ」

「お前には藤沢がいるだろ? 彼女だけじゃ不満か?」

「そういう話じゃないし、花菜ちゃんはそんなんじゃないよ」

「店長、言いたいことは分かりますが、一先ず話を聞きましょう」

 始まってもいないのに脱線を始めた二人に智明が釘を刺した。確かに雅也の言葉は圧倒的に説明が足りてないものの、広貴はその少ない言葉で言いたいことを理解できるほどには長い付き合いだ。しかし素直に話を聞いてやるのも癪なのでわざと脱線して話をそらしているのだということは、そこまで付き合いが長くない智明にもわかった。ちなみに二人の言う藤沢花菜ふじさわかなとは、以前ストーカー被害を受けて雅也の事務所を訪れた依頼人である。花菜はその件をきっかけにすっかり雅也に懐いてしまい、現在は自称探偵助手として自身が雅也のストーカーと化しているが、雅也はあまり気にしていない。ついでにその時の花菜のストーカーというのが智明だったりするのだが、それは智明にとって消してしまいたい記憶であり、花菜にとってももう解決した過去の話で、現在の二人は会えば話をする程度の関係に落ち着いている。

 智明に窘められ、雅也は話を元に戻した。

「うちの近所に侑子さんって人が住んでるんだけど、一週間前からそこの娘さんが行方不明らしいんだ」

「それが女子高生か」

「そう。最初はただの家出だと思ったらしいんだよね」

 しかし、なかなか帰って来ない娘を心配した母親が連絡しても、一切返事がないまま一週間が経過したという。

「そういうのは警察に届けた方がいいんじゃないのか?」

 広貴の当然の意見に智明も同意するが、雅也は困った顔で首を振った。

「それがその娘さんっていうのが家出の常習犯らしくて……毎回警察に届けてはひょっこり帰ってくるもんだから、最近じゃ警察も相手にしてくれないみたいなんだ。それで困った侑子さんはうちに相談に来たってわけ」

「その子、そんなに頻繁に家出してるんですか?」

「少ない時で月一回、多い時には週一回」

「それはまた……」

 しかもその度に母親は警察署に駆け込んでいたというのだから、警察の方もいくら仕事とはいえたまったもんじゃなかっただろう。

「なら今回も待ってたら自分から帰ってくるんじゃないですか?」

 たしかに智明の言う通りここまでの話を総合するとそういうことになるが、それならば雅也はわざわざ広貴を頼ってきたりしない。

「何かいつもと違ったのか?」

 広貴の質問に、智明も雅也を見た。確かに家出人捜索ならば、人手は多い方が効果的だろう。しかし雅也は一刻を争うと言った。いつもの家出であればそれほど慌てる必要はないし、この困った男は少々強引なところはあるがその手の嘘はつかないと広貴は思っている。

「さすが広貴、話が早いね! この話、気になる点が二つあるんだ。一つ、いつもは大体三日から五日で帰って来てたのに今回は一週間経っても帰って来ないこと、二つ、娘さんが家出の翌日から学校を休んでいること。何十回も家出をしているのに、どっちも今回が初めてらしい」

「なるほど」

 どうやらただの家出人捜索ではないようだ。三人の間に短い沈黙が流れた。

「それで名探偵? お前はどこまで調べたんだ?」

 先ほどまでの真剣な態度とは違い、雅也を値踏みするようなおどけた調子で広貴が訪ねた。

「え? 捜査は今からだけど?」

 当然というように答えた雅也の頭を広貴は思い切りはたいた。

「少しは自分で何とかしようと思わないのか!」

「使えるものは何でも使うがモットーなもんで」

「やかましい!」

 広貴の苦情にも、雅也はドヤ顔で全く応えた様子はない。まるで漫才のようなやり取りだ。智明はなぜ広貴は雅也と親友なんだろうと常々疑問に思っている。

「まぁまぁ、とりあえず侑子さんにはちゃんと話聞いてるから」

「そこさえも出来てなかったらもう事務所の看板を下ろすべきだと俺は思う」

 雅也は手帳を開き、何故か誇らしげに侑子から聞いた話を話し始めた。


「喧嘩のきっかけは娘さんの成績の話だったらしいよ。それでバイトなんてしてないで勉強しなさいってなって、怒った娘さんが家出。それが丁度一週間前の日曜日。その二日後の火曜日、娘さんの幼馴染みの子が学校帰りに訪ねてきたんだって。その子は娘さんが学校に来てないから体調でも崩したのかと思ってお見舞いに来たらしくて、侑子さんはその時はじめてちょっと変だなって思ったらしいよ。さっきも言ったけど今まで家出しても学校にはちゃんと行ってたらしいから。それで侑子さんが電話をしてみたんだけど出ない。その幼馴染みの子にも電話してもらったんだけど出ない。それから警察に行ったり、ご近所さんに聞いたりしたんだけど見つからない。で、どうしようもなくなってうちに依頼したんだって」

「待った。いつもは三日から五日で帰って来てたんだよな? それにも関わらず毎回警察に届けでていたってことは、いつもはもっと早い段階で警察に相談してるってことだろ? 今回は随分のんびりしてたんだな」

 雅也の話では今回侑子が警察に駆け込んだのは家出の三日後だ。広貴の指摘に雅也は苦笑した。

「前回警察に行ったときに、次回からもう少し冷静な対応をお願いしますって釘を刺されたんだって」

 だからちょっと様子を見たらしいが、今回はその対応が仇となったようだ。

「行方不明になる前、いつもと変わった様子はなかったって?」

「うん。ぜーんぜん普段通りだったって」

「そうか。それで娘さんの……ってか、その子の名前なんていうんだ?」

 話を進めようとした広貴が、娘さん、という呼び方が妙に気恥ずかしくて言い直そうとしたとき、そういえば対象者の名前すら聞いていなかったことに気がついた。どうやら雅也も気づいていなかったようだ。

「ああ、そういえば教えてなかったね。その子の名前は井上晴香いのうえはるか。A川高校の三年生だよ」

 それを聞いて、二人はなぜ雅也が真っ先にこの場所に来たのか納得した。A川高校は智明が通う高校だった。

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