(08)Release
【All Cleared ! All Cleared ! 危険は危険は去りました。All Cleared ! 】
SMC3000のアナウンスが穏やかに流れた。
いつの間にか、すべてが過ぎ去っていた。私たちを襲った大嵐も、静寂の嵐も。
直ぐに私は、スタッフ達へ各ポジションでの点検を依頼した。
暫らくは、急を要するような異常報告は無かったので安堵していると、慌てた声が私の鼓膜を震わせた。
「コスモ・ドライブ、停止です。キャプテン!」
マイケルからの報告が届くや否や、再びSMC3000のアナウンスが。
【Attention ! Attention ! 人工重力消失です。アストロブーツ、セットオン。】
宇宙船の加速度飛行は等速度飛行に切替わったのだ。
私たちは、不自由な無重力の檻に、またまた収監された。
コスモ・ドライブの停止となると、やはりロケットエンジンの専門家に頼るしかない。チーフエンジニアのジョー・ヤシマに確認を取った。
「キャプテン、想定内でっから! 問題ないですよ」
ジョーは、余りにもあっさりと答える。
彼の見解では、エンジンには異常はない。ストームの襲撃に対処して安全装置が働いたため、プラズマ噴射が止まったのだという。ロケット工学のスペシャリストには信頼の二文字を寄せるだけである。
「補助エンジン始動。逆噴射に入ります」
サブパイロットを務めるナスターシャ・スミノフの艶やかな声が聞こえた。
補助エンジンは、ストレートロングのブロンドの髪をなびかせる彼女の担当である。
ナスターシャの細やかな操縦テクニックのお陰で、旧型エンジンの信頼性も高まっている。
補助エンジンは旧式のPREシステムのため、噴射時間にはリミットがあるが、短時間での減速ならば十分なパワーを備える。
船体はゆっくりと半回転し、床面を進行方向に向けて減速を開始した。
【Caution ! Caution ! 人工重力生成。逆Gが掛かります。Caution ! 】
間髪を入れる間もなくSMC3000が注意を促す。
短時間で無重力から解放されたと安堵していると、休む間もなく強力Gが襲って来た。逆噴射による減速は負の加速度となり逆Gを生む。地球に帰還するシャトルの大気圏再突入時と似ているが、強いGは何度体験しても慣れるものではないから緊張を強いられる。
ところで、一体ここは何処なのか。何処の宇宙域なのだ。
有視界モニターでも確認できる。惑星らしき天体が視界に入って来た。
……まさか火星?
COSMO ISLANDを出航してまだ5日。こんなに早く火星に到達できる筈もない。
確かに、フルパワーを掛けたので宇宙船の加速は凄まじかった。軽く10Gは超えていたと思う。人体に強力なGが掛かると、脳細胞への血流が減少するというが。そのため一時的に気を失ったのかも知れない。
CF-PREの強力なプラズマ放射と、ソーラーストームとが絡み合ったためか。
そのエネルギー干渉によって、パワーの増幅作用でも起こったのか。
まさかワームホールに飛び込んで、別の宇宙へ飛んだのか。
余りにも突飛な考えだが、人知を超えた事態に陥っているに違いない。
私は、コスモナビゲーターに宇宙域の確認を要請した。
「ケイト、現在位置を調べてくれ?」
「了解! ノアー」
ケイトはいつも、私の名を「ノアー」と、間延びした言い方で呼ぶ。
そんな呼び方をする人間は、他に一人しか見当たらない。それは私の母だ。幼少の頃から、母は私をそう呼ぶ。幼少の私の記憶にある母に、容姿も性格も、ケイトはよく似ているのだ。
【Attention ! Attention ! 人工重力消失です。】
突如、SMC3000のアナウンスが流れた。
「逆噴射はリミットです。減速終了します」
ナスターシャの報告に続いて、船体はまた半回転し等速飛行に入った。
「現在速度、第1宇宙速度。等速度航行を維持します」
マイケルから報告が届くや否や、船体姿勢は通常に戻った。
無重力の檻にまたまた収監だ。アストロブーツの足枷は、私にはどうにも馴染めない。歩くにもスローモーで一苦労する。
私たちは、未知なる宇宙空間と慌ただしい重力変化に翻弄されてしまった。