(07)Emergency
【Danger !! Danger !! ソーラーストーム到達まで、あと5分。Danger !! 】
早朝から、SMC3000の警報が唸りを上げた。
SAnSの予測時間よりも、少々早めの到来となる。
私は、ミーティングの結果報告を兼ねて、MEDルームに再来室していた矢先だった。
未曾有の危険レベルに、私はまた助言を求めようと父の顔を覗き込むと。
父の言葉が先手を打ってきた。
「この期に及んで、何を迷っとる? 指揮官の取るべき対応は、決まってる筈だ」
父は、私の心を見透かしているかのようだ。
その声はしゃがれていたが、力強く情愛に満ち、まるで真言だった。
父の脈をとる看護士のヨーコ・シダーヒルが、首を小さく横に振った。
隣で付き添う母も、父の右手の甲を摩りながら頷いた。
余命いくばく病床に伏せる父を、これ以上頼るのも酷である。
「分りました。提督」
私は答えながらMEDルームの扉を開けた。その時。
「ノアーよ。信頼とは、自分自身にもだ! ……自信を持て」
私の背中に父の御言葉が突き刺さった。
「ハイ! 父さん」
私は目頭が熱くなった。涙が沁みる眼を指で抑えながら、目から鱗が落ちる思いでブリッジへと急いだ。
「緊急退避。総員、ウォーターバリアに避難せよ!」
私は退避指示を出した。
【Danger !! Danger !! 緊急退避。これは訓練ではありません。緊急退避! 】
SMC3000の警報も唸りが頂点に達した。
退避室『ウォーターバリア』は、強い宇宙放射線を防ぐための構造をしている。水を満たした分厚い壁で六方を囲う円筒構造で、各デッキの中央部に設置されている。
宇宙で最も基本的な物質の一つである水は、90%以上も放射線を吸収するという。生物にとって、何につけてもありがたい物質である。
因みに、DNA保管庫とMEDルームは、常時ウォーターバリアで保護され緊急退避は対象外となる。
「総員。退避完了!」
指令を出してから丁度1分後、ナビゲーターから報告を受け取った。
その直後、SSアーク号の船体は眩い光に包まれた。
☆その瞬間、私は気を失った―――――――
意識が戻ると、私は冷たい床にいた
有視界モニターは無事に機能している
しかし、いきなり何も見えなくなった
何も聞こえなくなった
時の無い世界に迷い込んでしまった
だが、光は途絶えていない
白い光が大きなスクリーンのように眼前を覆った
宙の星々、辺りの景色、人々の顔、天使?
イメージが次々に変わっていく
幻覚でも見ているのか?
星々は、プラズマの風にあおられて揺れている
光は、千の矢のように飛び交っている
それらは音も無く踊り始めた
一つの動きが、数千へと広がり
さらに数万へと広がった
それらは互いに会話でも交わしているのか?
やがて、太陽の煌めきが弱まり
光りが動きを止めると
踊りまくっていた無数の星たちは
漆黒の宙にぴたりと貼り付いた……
―――いったい何が起こったと言うのか。
気が付くと、SMC3000は沈黙し、船内は『静寂の嵐』に包まれていた。
クルー達からも物音一つしてこない。
「大丈夫か? ケイト」
すぐ傍で横たわる私の大事な天使に声をかけた。
「ええっ……」
ケイトは黒目勝ちの大きな瞳をむき出し視線が合わない。まるで冥界でも彷徨っているかのように朦朧としていた。