(06)Warning ②
私は口火を切ったマイケルと共に、MEDルームに足を運んだ。
クルー達の要望を伝えながら提督の考えを確かめてみると。
「わしは、神では、ないぞ……」
病床に横たわる父は、苦笑いの表情からジョークを繰り出した。
今日の父は、顔色もよく容体も安定しており安心した。父は上体を起こすと言葉を続けた。
「皆さんのお気持ちは有り難い。でも、今のわしは、隠居同然の身だ。皆で話し合って、船長が決断したまえ」
父の考えは、基本的に船長の判断が最終決定だという信念を持っていた。
だが、ここはクルー達の強い要望も考慮して、提督の助言を仰ぎながら判断を下すことで了承してもらった。
その時、同行した大きな口はつぐんだままで、ただ頷くだけだった。
☆MEDルームを出ようと戸口に差し掛かった時――――――
父は背中越しに、リーダーとしての心構えを授けてくれた。
非常事態や緊急時で最も大事なことは、冷静さと信頼感だ。
技術面では、専門知識が豊富なフライト・エンジニアの助力を得よ。
リーダーである船長は、精神面でクルー達の支えになることが肝心。
私は目から鱗が落ちるほど、心も洗われる思いで御言葉を受け止めた。背を向けたまま大きく頷いてから、提督の下を静かに去った。
父が抱える病とは、『宇宙白血病』である。長期間に亘り、宇宙放射線に曝されたのが発病の原因だと言う。
火星基地開発の中核を担っていた父は、長年の無理が祟ったようだ。宇宙放射線が絶え間なく降り注ぐ火星環境は、想像以上に過酷であったのだ。火星基地の開発スタッフに課せられたリスクは、予想外に大きかったと言うことだ。
『目に見えない敵ほど、怖いものはない』
最強の防護服となる宇宙服をもってしても、完全には防ぎ切れないのである。放射線というのは、その強さだけが問題なのではない。少ない線量であっても、長期間に亘ると積算被曝量が問題となるのだ。
任務に忠実な父は、リーダーとしての立場から野外活動に率先して携わっていた。昔気質の父は、古くからの率先垂範という言葉を絵に描いたような人物で、その勇気と情熱には脱帽する。
「宇宙線だらけの宇宙空間で、放射線が怖くて、やってられるか!」
これが父の口癖だったと、開発スタッフたちは口を揃える。
しかし、そんな昔気質の父だったからこそ、今も命は救われているというのも事実である。
父は、危険を伴う小惑星有人探査に、隊長として自ら志願し、幸か不幸か探査船事故が起こってしまった。その事故からくる後遺症は、皮肉なことに、重病を発見する引き金となった。
仕事を三日と休むことがなかった父が、一週間もの間意識不明の状態が続いた後、一月余りの入院生活を強いられることになった。その間、様々な検査が実施され、病巣が見つかり宇宙白血病と診断された。そんなお蔭もあってか、手遅れにならずに余命も延びたのだ。
航空医官の母の話では、安静を保っていれば、現状では命の心配までには至らないと言うから一安心だ。肉親としての心配だけではなく、提督としても生き延びて貰いたい。
人類の未来は彼の明晰なる頭脳と豊かな経験にかかっている。
☆ミーティングを再開すると――――――
同行したマイケルが提督の言葉を伝えた。
すると広いMEETルームが、あっという間に信頼感と安堵の空気で満たされた。
結局のところ、新たな対策を講じるよりも、既存の安全装置をフルに活用する事にした。そして、何よりも大事なことは、スタッフ同士が信頼し合うことを確認した。
だが、最後に技術面の課題としてコスモ・ドライブを止めるか否かの問題が残った。それはCF-PREの強力なプラズマ噴射と、強大な太陽放射との相互作用が未知の領域だからである。
「ストームを振り切るのは、無理です。出来るだけ太陽から離れることです」
フライト・エンジニアの意見が飛び出した。
「同感だ! 太陽風の放射線密度は、距離の2乗に反比例する」
天体物理学者の補足が加わった。
「……と言うことは、フルパワーですね?」
間髪を入れる間もなく、チーフエンジニアが結論を出した。
「皆さん、貴重な意見に、感謝します」
私は臨時ミーティングの散会を宣言した。
「ラジャー。キャプテン!!」
全員の声が一つに重なり合うと、混声合唱張りに見事なハーモニーを奏でた。