(05)Warning ①
月軌道を離れて2日目、火星航路は順風満帆である。
乗組員の緊張感もとれたようで、船内は平穏なムードに包まれていた。
☆夕食が済んだMEETルームでは――――――
「火星に住んだら、わしら、火星人になる? ……ってことやなぁ?」
ジョーが笑い話を始めた。太い眉を上げ下げしながら。東洋人特有のお笑いショー張りにジョークを飛ばし、皆の爆笑をかっていた。
そんな仄々とした雰囲気も生まれたそのときだった。
【Warning ! Warning ! 危険度最高レベル。Warning ! 】
突然、SMC3000の警報が鳴った。穏やかだった船内に轟音が駆け巡った。
警報ランプの色はレッド点滅だ。
「緊急事態です! キャプテン」
通信オペレーターのリン・ソンが、ハイトーンな声を上げた。
「WASA本部に、確認連絡を!」
私は直ちに指示を出した。
「ラジャー、キャプテン」
宇宙船のマザーコンピュータは、様々な危険を察知して警報を発する。
『SMC3000』とはSuper Mother Computer 3000の愛称で、最新鋭の量子コンピュータである。
今回の警報はかつてない大警報音だった。
小型の流星群やスペースデブリはオリーブ色。
オバーレンジな宇宙線の警報はイエロー。
大型隕石ではオレンジ色と、警報ランプは色別に点灯する。点滅するときは緊急事態だ。
今回のレッド点滅は最高レベルの危険度となる。
間もなくして、COSMO ISLANDのWASA本部から入電、SMC3000の説明が流れた。
【WASA本部からの報告。スペース・アナライザー・システム『SAnS』の観測によると、百年に一度の巨大な太陽フレアが発生。スーパーフレアです。】
スーパーフレアの発生が、危険度最高レベルの訳は、ソーラーストーム(太陽嵐)が押し寄せるからだ。隕石ならば、幾ら大型であっても船体への衝突回避は可能だが、太陽嵐はそうはいかない。
ソーラーストームは太陽風のモンスターで、宇宙空間を隈なく覆い尽くすため、回避不可能なのである。大海の真ん中で大嵐に遭遇した帆船の運命と同様である。
太陽フレアは、太陽表面にあるプラズマが、太陽の強大な重力さえ振り切って宇宙空間へ大量に吹き飛ばされる現象。高熱、高エネルギーのプラズマの爆風が宇宙空間を埋め尽くす。通常は太陽風と呼ばれ、X線や紫外線さらには陽子や電子までも放出する太陽放射線のシャワーが降り注ぐ。勿論、地球も太陽風の直撃を受けているが、磁気圏という御加護による恩恵を授かっている。
SAnSの分析によると、ソーラーストームの到達予測時刻は約8時間後だ。
SSアーク号は磁気バリアMAGシールドを完備しているが、初めて遭遇するソーラーストームの衝撃は未知数だ。万全の態勢で迎え撃つしかない。
OPEクルーと臨時ミーティングを行うため、私はブリッジ招集をかけた。
SSアーク号の主要スタッフであるOPEクルーは次のメンバーで構成している。
新船長〈キャプテン〉の私ノア・エイロン。
元船長〈現提督〉の父ヨハン・エイロン。
航空医官の母ユリア・エイロン。
チーフパイロットのマイケル・シダーヒル。
フライト・エンジニアのイワン・スミノフ博士。
サブパイロットのナスターシャ・スミノフ。
天体物理学者のアルバート・フォレスト博士。
コスモナビゲーターのケイト・フォレスト。
ロケット工学チーフエンジニアのジョー・ヤシマ。
材料工学エンジニアのリャン・ソン博士。
そして、通信オペレーターのリン・ソン。
以上である。
最早お分かりだろうが、それぞれの家族から代表して、主要スタッフの任務に就いている。
病床に伏せる提督を除く全員があっと言う間に集合した。点呼を済ませ直ぐにMEETルームへ移動し、ソーラーストームへの対応を話し合った。
意見を交わすよりも先に、クルー達から零れた言葉は異口同音に同じ要望だった。
「まずは、提督の意見を聞きたいな?」
いきなりマイケルの大きな口から言葉が漏れた。
「吾輩も同感だ」
後を追うようにフォレスト博士が同調した。
「そうねぇ、提督の指示なら何でも従うわ」
リンのハイトーンが輪をかけた。
「提督の考えを尊重したい。彼の豊富な経験は……、どんな理論よりも勝る」
フライト・エンジニアであるスミノフ博士の発言は、止めの言葉となった。
どの意見も元船長の人望を象徴するものばかりで、火星基地開発の花形だった父に対する信頼は想像以上だ。現船長である私にとって、それは嫉妬にも似た感情を抱かせる。
提督の意見を聞くために、ミーティングは早くも中入りとなった。
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