(04)Information ②
火星移民団マリネリス05は、その名の通り五番目の使節団となる。団員として私の家族の他に5つの家族が参加している。各家族5人構成で、合計30人弱の小規模なコロニーをつくる予定だ。
フォレスト家、ソン家、ヤシマ家、シダーヒル家、スミノフ家、そしてエイロン家の計6家族で編成している。
SSアーク号(Star-Ship ARK)は、その名が示す通りの箱型で、宇宙船には相応しくないフォルムだ。奇しくも旧約聖書の『ノアの方舟伝説』を参考に設計された。全長120m、全幅20m、全高12m。黄金比と呼ばれるもので、伝説の方舟と同じ比率で建造されている。設計者は私の父である。
父は、旧約聖書の記述には科学的根拠に基づくものが多いという説を支持していた。聖書の伝説の多くは、超古代文明の実話が時を経て神話化したのだという。方舟伝説もその一つ。父は信者というより聖書マニアで、私の名前の由来も然りである。
SSアーク号は全ての部分が宇宙空間で建造された世界初の大型宇宙船だ。
それまでは、宇宙船のほとんどの部品が地上で製造され、宇宙空間で組み立てられていた。ユニット方式の造船方法が当たり前だった。これでは膨大な時間が掛かり、運搬コストもかさむため造船費用は莫大なものだった。全長100mを超えるような大型船の製造などは、夢のまた夢の話であった。
COSMO ISLANDに新設されたスペースドックで、無重力空間の理想的な条件の下、新型宇宙船は製造された。従来の十分の一という短期間で、しかも高精度で低コストである。例えば、簡単な回転部品のベアリング一つをとっても、完璧なる真球で出来ている。
宇宙船内部は三層構造となっている。
最上層は、オペレーション・フロア――――
最先端には、司令塔のブリッジやコックピットが納まるOPEルームがある。中央部はMEETルームが広くとられ、船尾は天体物理学者のアルバート・フォレスト博士自慢の展望室となる。ガラスや樹脂に代わる新素材、透明特殊合金製で覆われた繋ぎ目の無い丸天井からは、星々が360度のクリアービューで広がる。これぞ名付けて深宇宙展望台だ。このフロアには博士が管理責任者として常駐する。
中層は、コミュニティ・フロア――――
家族ごとに区切られたハウスと呼ばれる居住区で占められている。各ハウスは、ファミリー向けに3LDのゆったりとした構造だ。更には、医療施設や娯楽設備も完備する。メディカルルーム(MEDルーム)は、各種検査はもとより外科手術も可能で、まるで移動する小さな病院だ。娯楽室は、長旅のストレス解消のために、映像や音楽の鑑賞ができるAV設備から、運動不足解消のためにトレーニングルームまで揃う。このフロアには、航空医官である私の母ユリア・エイロンが責任者として常駐する。
最下層は、サイエンス・フロア――――
科学実験ラボや貨物室などがある。特筆すべきは、ハイドロゲルを活用したフィルムで植物栽培を行う『食糧プラント』がフロアの大半を占めている。そして、地球生物を代表する貴重なDNAサンプルも、このフロアの中心に位置する保管庫に、大切に納められている。このフロアは、フライト・エンジニアのイワン・スミノフ博士の管理下となる。
推進装置は最新型のCF-PREを搭載する。夢の低温核融合(Cold Fusion)が生むプラズマ放射を用いた最新のPlasma Rocket Engineだ。生物に有害な放射線の放出量を極力抑えることも可能となり、放射能の問題も無くなった。
「慣性質量を考慮しても、光速度の半分は、楽に超える!」
チーフエンジニアのジョー・ヤシマは、腕組みをしながら明言した。
ロケット工学の第一人者である彼の計算によると、1億kmを超える火星航路は、3週間を要する予定だ。人類初の有人飛行が行われた21世紀当時では、300日にも及ぶ長旅だったと言うからこの数字は驚異的だ。
CF-PREは長時間に亘り連続噴射が可能で、宇宙船を加速し続けることができる。それによって、星間航行コスモ・ドライブが可能になった。
『物体の運動加速度から生じる慣性力は、重力と同等のはたらきをもつ』
この等価原理で、加速度から人工重力を生む。地上と同じ1Gとなるように、宇宙船は等加速度飛行をする。火星に到達する頃には、光速度の3.9%にも達する計算だ。
遠心力を利用した既存の重力発生メカニズムより優れ、船内すべての場所に一様な重力場が生成される。
新型宇宙船は、最大面積の天井面を進行方向に向けて横に飛ぶため、逆の床面垂直下方向に慣性力が働く。これが人工重力となる。
空気などの流体抵抗が無い宇宙空間ならではの飛行姿勢だ。地球上で見慣れた飛行物体の常識からすると、縦長の箱が横向きに飛ぶ姿はとても奇妙に映ることだろう。