(09)Strange
SSアーク号はゆっくりと『謎の天体』に接近している。
詳細を認めるためには、やはりあの場所しかない。
それに、いよいよ天体の専門家の出番が来たようだ。
私はケイトと共に、フォレスト博士自慢のスペシャル空間へ出向いた。
展望室は透明特殊合金製で、繋ぎ目のない360度のクリアービューが広がる。
満天の星とは正にこのこと。一つ一つの星に手が届きそうだ。
地球上からの星空なんて、視力0.1未満の近視眼で見ていたようなものである。
宇宙空間で観る星々は、大気による揺らぎがないためか、全く瞬くこともなく輝き続ける。
ドアを開けると、奥まった窓際には、フォレスト博士の後姿があった。
「失礼します、博士。今、よろしいですか?」
声をかけると、博士は振り向きざまに驚きを口にした。
「やぁー、ま、参ったよ! キャプテン」
博識である天体物理学者の思いもよらない第一声には驚いた。
「なっ、何ですか?」
「お父様、いかがしましたの?」
ケイトが心配そうに近寄った。
「吾輩は、あの世でも、覗いたような気分だよ……」
博士は後頭部に掌を当て、何度も首を傾げながら驚きを声にした。
「ストームの通過直後、ここへやって来て」
「さすがわ、天体博士。何をご覧に?」
私は合いの手を入れた。
「なんとも、この宇宙が、ひっくり返ったみたいなのだよ?」
「それは無理もないですよ。超加速から急反転、減速したのですから」
「いやいや、減速する前からだ。ちょうど等速航行。……無重力に変わった時から」
「それなら、ストームが去った直後ですね?」
「そうそう、その時。この展望室に入るや否や……」
博士の眼を見ると、未だに興奮覚めやらぬ様子だ。
「何と、星々が、一瞬で、一斉に移動したのだよ」
「何ですって?」
私も少し驚きと興奮を覚えた。
「天球面で見ると、僅かな移動だが。……例えば、今、あそこに見えるアンドロメダ座のM31だが、ストームが襲来する30分前には、隣のペガサスの頭上にあった筈」
「えっえー? 信じられない。想像を超えてますね?」
「天体が専門の吾輩こそ、信じられないのだよ」
「もし、事実なら、時空の瞬間移動『ワープ』ですか?」
「そうなのだよ。鋭いね、キャプテン。我々の太陽系自体が、一瞬にして移動したか。宇宙船が、別の宇宙まで空間移動したか? なんだ」
「太陽系が移動? ですか?」
「それもある。我々の太陽系は、銀河系の外縁を、数億年程かけて一周しているからね。でも、それにしては速すぎる」
「それなら、後者の可能性が?」
「でも、ここは我々の太陽系内だ。小惑星帯付近かも? スターマップで確かめた」
「うんん。何とも不思議ね? 火星を飛び越えて来たのでしょうか? ソーラーストームのせいで、何かが狂ってしまったのかしら?」
隣のケイトは腕をこまねいて、小首を傾げた。
「実は博士、有視界モニターに、未知の天体が現れたんですよ。なっ、ケイト?」
「はい。スターマップにはない天体です」
ケイトは魅惑の瞳を、より大きく見開いて頷いた。
「それは、あれかね?」
博士は、クリアービューで広がる天球の一点を指差した。
私は、「はい」と答えたつもりだが、声にはならなかった。
暫らくの間、私たち三人は呆然と天球のパノラマに浸るのだった。
謎の天体の存在には、天文の専門家でさえも、大きく首を傾げる。
「あの白さ! まさにホワイトプラネットね?」
私に寄り添うケイトも興奮気味だ。
『氷の星』は、これまでの太陽系探査では見たこともない未知の天体だ。純白と紺碧の青、そして赤銅色の一本線を模様にした実に美しい惑星である。
テレスコープでクローズアップすると、白い筋雲模様がまばらに取り巻き、地表の半分は海のようだ。大地は赤道直下に細いベルト状の土壌らしきものが存在。両極から中緯度にかけては、氷床か新雪が積もったような純白色が広がる。
「何と美しい! 我々の太陽系のデータには無い。銀河外縁の惑星か?」
天体のことなら知り尽くした筈の博士も、じっと見惚れて感嘆している。
私たちは、時間が経つのも忘れて、真っ白な魅惑の妖星に、目が釘付けになってしまった。




