Prologue ★ 宇宙、それは最後のフロンティア
Space, the Final Frontier
この記録ディスクは、私の人生最後の記録となるだろう。
地球を離れてから、四十年もの永きに亘り記してきた航海日誌がある。
その中から選りすぐりのエピソードを編集して、このディスクに収録した。
それは、未知なる宇宙への冒険記。
人知を超えた神秘なる宇宙の叙事詩。
生命を育む奇蹟なる宇宙の自叙伝。
波瀾万丈の歴史が山積する人類の戯曲。
そして、未来への希望と平和を願う人間の抒情詩。
どれをとっても、私の永い人生における傑作選と自負できる。
初めに、私自身が置かれた時代背景からお話しする。
☆西暦22世紀後半の地球――――――
大地は、放射能による生態系汚染が深刻になっていた。
原子力という人類最悪の火道具は、無知なる幼児の火遊びと等価だ。これぞ新たな等価原理かと、皮肉混じりにジョークを飛ばす科学者もいることだろう。
事の発端となった20世紀は、私の大好きな時代でもあるが、両刃の剣の如く天使と悪魔の顔を持つ。科学技術の発展は最大にして最速の進歩を遂げた繁栄期であったが、有史以来最悪となる殺戮の歴史の時代だった。
愚かなる人類は、戦争に勝つために急激な進歩を遂げた歪んだ科学力を誇示していた。科学技術が未熟な時代の中、理論先行型の科学形態が悲劇を生んだ。
特に核開発への不安は何十年にも亘り途絶えることがなかった。21世紀を迎えても原発事故の後遺症は勿論のこと、核兵器の廃絶運動の成果は実らず、核分裂の如く負の連鎖は止まらなかった。
そして、22世紀に入ると悪魔の所業は輪をかけて益々酷くなった。
凍結されていたはずの原子力発電所は密かに稼働し、テロの標的となった。更には、核弾頭の残党が、悪魔の手先と化した愚かなテロリストたちの手に堕ちた。
小型原爆も使用された世界同時多発テロから悪夢は始まった。その放射能汚染の惨状は、詳細を語るに堪えない惨劇であった。北半球の大国は壊滅状態に陥ったのである。
やがて22世紀も末期を迎え、自然破壊が頂点に達する最中、放射能汚染も止まらず、北半球ではほとんどの生物種が滅びた。
僅かに生き残った人間たちは、南の小さな大陸に逃れて生き延びた。百億もの人口の繁栄はあっという間に百分の一まで衰退した。
しかし、少ないはずの人口も限られた生命圏では抱える余裕はなかった。小さいと言っても五大陸の一つに数えられ、広大なる陸地が広がる。それが陸地の三分の一近くも海中に没し、大地は益々縮小された。
21世紀から酷くなった地球規模の温暖化や異常気象が、更なる悲劇を招き、著しい海面上昇は、当然ながら南半球にも襲い掛かってきたのだ。
そこで人類が選んだ生きる術は、宇宙への移住である。
具体的な移住方法として、最終的にノミネートされたのは三つの案だった。
一つ目、スペース・コロニー計画――――
巨大宇宙ステーションを建造して、その人工空間に居住する方法。巨大な宇宙ステーションを建造するのは、建設資材や建造コストの問題から時間がかかり、近い将来での実現は困難を極める。因みに、活用できる地球の資源には限りがあった。それは放射能汚染物質の蔓延で、北半球の四大陸の資源は利用できない。南の小さな大陸のものだけでは、資源不足は明白であった。
二つ目、テラフォーミングした他の天体へ移住する方法――――
最も近い火星を改造しテラフォームする火星の地球化計画。未来への長期的な展望に立って考えると、このテラフォーミングは理想形である。しかし、これには更に膨大な時間が必要となり、百年単位のタイムスケールで考えなければならない。
三つ目、他の天体に人工空間を建造して移住する方法――――
これは一つ目と二つ目の折中案でもある。現在開発中の火星基地を大々的に拡大拡張して、大規模な移民施設を建造する。スペース・コロニーの火星版と言える。幸いにも建設資材の原料には、火星や小惑星帯の資源が利用できる。そして、火星の惑星科学的テラフォーミングも平行してじっくり進めることができる。惑星科学的テラフォーミングとは、火星の地表環境全体を地球化することで人工生命圏を構築するものである。
以上のように提案されたが、世界連邦の採択は三つ目の火星基地コロニーだった。
当然の結果だと言われれば然り、現在の人類が有する科学技術と保有資源の力量などを勘案して、最善の方法と考えられる。
このような経緯で人類の宇宙開拓の扉は開かれた。
これからお話しする未知なる宇宙の冒険記は、私たち移民団を乗せた新型宇宙船が辿る最後のフロンティア『宇宙』へのアドベンチャーである。