そのはち
「綾樫町ってな。昔からそういう類の話が多いんよ
物でなく、者でもないモノ、いわゆるモノノケの類の話」
「そうなの?」
「元から町に根付いとるモノもあれば、噂が噂を呼んで、
新たにかたち作られたモノ、まぁ都市伝説みたいなもんかな。
そういうものもある」
「都市伝説……」
そういわれて幸向は、すぐにいくつか思い当たるものがあった。
小さい頃は怖かったが、今はもう作り話だと思っている。思っていた。
「綾樫町な。たまあぁぁぁに、謎の傷病や行方不明、原因不明の怪死とかあるんよ。
それはな、そういうモノと波長が合ってしもた人が犠牲になっとる。
強力なモノや。霊感のあるなしとか関係あらへん」
「もしかして、今朝のニュースって」
そう言われて、幸向はふと思い当った。
今朝のニュース。珍しく町の近くで何かがあったようであった。
「お、冴えとるな。確証はないがそうかもしらん。
モノ姉が神様にお仕置きした時に、穢れも払ったって言ったやろ?
あれ、払っただけや。消えたわけやない。」
そう言いつつ、菓子ねえが目を細めつつモノ子の方を見る。
少しだけ皮肉めいた笑みも浮かべながら。
モノ子はまたも菓子ねえを見ると、
少しだけふん、と鼻を鳴らして目を逸らした。
「えーっと、話がよく分からないんだけど……」
「つまり、払われた穢れが町に広がって、強力なモノが力を増したり、
かたちなきモノが新たに生まれたりな」
「あー、えー、それはつまり」
「こなちゃんも、そういうモノにこれから出会ってしまうやろなあ」
「っああ~! もぉおおお~!」
幸向は頭を抱えた。
せっかく霊感がなくなるという話を聞いたのに、
それまでに命がなくなりそうだ。
「まぁ落ち着きや。そこで、ウチらの出番っちゅうわけや」
「……どういうこと?」
「それはやな……」
菓子ねえが胸ポケットから煙草を取り出し、咥える。
違う、煙草ではなくココアシガレットだ。流石は駄菓子屋。
「ウチな、駄菓子屋とは世を忍ぶ仮の姿で、陰陽師の跡継ぎやねん」
「え!? そうなの!? だからいろいろ詳し」
「ま、それは嘘やけどな。しがない駄菓子屋や。いひひひ」
「……」
幸向が菓子ねえを睨みつける。
モノ子も、少しばかりため息をついた。
「まぁまぁそんなに睨みなや……ただ、色々と詳しいのはホンマや。
大学では民俗学の専攻でな。妖怪を研究しとった」
「……ホントにぃ?」
「ごめんごめん、これはホンマや。
大学卒業ぐらいまで、霊感あったって言うたやろ?
それまではな、モノ姉と二人でお化け退治みたいなことしててん。
そういう知り合いが色々おるのもそういう事情や」
「そんなの、モノ子さんだけいれば万事解決じゃん」
「そう思うやろ? それがな……モノ姉、鈍いねん」
「鈍い?」
「……うるさい」
モノ子、久々に口を開く。そしてじろりと菓子ねえを睨む。
「モノ姉までウチをそんなに睨みなや。ホンマのことやん。まあええか。
とにかく、力はものすごい。
でも悲しいかな、どこで何が起こっとるか、とかは分からへんねん」
「昨日はすぐモノ子さん来てくれたじゃん」
「あれはな、いひひ。ずっとこなちゃんに張りついとったんや」
「でも、直接見ればそういう事がいつ起こりそうってのは分かるんだ?」
「いいや、それも分からへん」
「そうなの?」
「簡単な話や。こなちゃんに何かあるまで、何日でも通うってだけ。
よかったなぁモノ姉? すぐに事が起こ痛って」
急に菓子ねえの頭ががくんと下がる。
よくは分からないが、モノ子が何かしたようだ。
「って~……とにかくや。強力なモノが力を増してしもたわけや。
それは、お守りやお札でも一時しのぎにしかならへん」
「じゃあ……どうすればいいの」
「まず、ヤバそうならお守りが教えてくれるから、捕まる前に多分逃げられるわ。
それと、そういう類の噂話や被害を聞いたらいつでもおいで。
ウチの経験と研究の成果を見せたる。大体の対処法なら教えられるはずや」
「モノ子さんがずっと傍にいてくれるわけにはいかないの?」
「モノ姉は人に憑くバージョンの付喪神みたいなもんやからなぁ。
婆ちゃんからモノ姉を引き継いだウチからは、長い間は離れられへん。
気づくとウチの傍に戻ってるみたいやねんな。
ひい婆ちゃん曰く、ウチの血筋にしか継がせられへんしなぁ」
「そっかぁ……」
「そんなわけで、そういう類のものに出会ってしまったらまず逃げる事。
後は駄菓子屋に来たらモノ姉を派遣するわ。
で、今後はきちっと穢れも消して、それで万事解決。
こなちゃんは、二代目のお化け退治屋やな」
「じゃあ要は、私がお化けを見つけて、モノ子さんが退治するってわけ?」
「そうとも言えるし、そうとも言えん」
含みのある言い方で、なおも菓子ねえは語り続ける。