そのよん
「ん……」
幸向、起床。
枕を頭に敷き、胸元までしっかりと布団を被っていた。
(昨日のは……夢?)
寝ぼけ眼をこすりながら、むくりと起き上がる。
時計を見る。九時十分。眠りすぎたようだ。
(今日が土曜日で良かった)
とんとんと階段を下りながらそんなことを考える。
台所に行くと、朝食が置いてあった。
ベーコンを敷いた目玉焼きに、出汁のきいた甘くない卵焼き。
どれも幸向の好物。
ふと、テーブルの上に書置きとお金があるのが目についた。
『母は旅行に行ってきます。ご飯は炊飯器に入ってるよ』
(また旅行。お父さんが海外赴任なのをいいことに……羨ましい)
いつものことである。
幸向は気にせず、炊飯器からご飯をよそった。
冷蔵庫から、鮭フレークと麦茶を取り出す。
これでもかというくらいに鮭フレークをご飯に振りかけると、
まんべんなく混ぜる。これが幸向スタイルだ。
「頂き、ます」
手を合わせそう呟くと、朝食に手を付けた。
テレビを見ながら、もそもそと朝食を食べる。
目玉焼きも卵焼きも、冷めてはいるが十分美味しかった。
(小説の読みすぎで、変にリアルな夢を見たのかな)
小説は推理物なのだが……ふとそんなことを考えた。
だがそんな考えはすぐに意識の外に追いやられた。
最近、物騒なニュースが多いようだ。
そうして十数分後。
「ごちそう、さまでした」
食事を終え手を合わせてそう呟くと、かちゃかちゃと皿をまとめて洗う。
(……駄菓子屋、行こっと)
なんとなくそう思った。
手際よく洗いものを済ませた幸向は、服を着替えると駄菓子屋に向かった。
財布は、普通に鞄に入れた。
「おはよーっ」
「お、こなちゃんまいどー」
菓子ねえがカウンターから声をかける。
時刻は十時になったばかり、開店直後だ。
休日とは言え、流石にガキンチョ達もまだいなかった。
「萌乃子ちゃん……いる?」
「モノ子? あぁ、昨日帰ってもた」
「えぇーっ!? 帰ったの!?」
「え、おぉ、まぁ普通に帰ったけど……なんか用でもあったんか?」
(じゃあ……昨日のはやっぱり夢……?)
しかし夢にしては妙にリアルな夢であった、と幸向は思う。
「菓子ねえ、昨日さ、萌乃子ちゃんが夜中にうちに来る夢見たんだ。
すっごく危ないところを、助けてもらったの」
「ほぇー、夜中なぁ。でも昨日の夕方にはあの子……」
「かしの」
と、カウンターの奥の部屋から声がした。
それは幸向が昨日ここで、そして自分の部屋で聞いた声だった。
とことこと、モノ子が奥から出てくる。
「萌乃子ちゃん!」
「あ、こらモノ姉! 出てきたらあかんて……」
「菓子ねえ?」
「う」
静寂。
「……なんで私を騙そうとしたの?」
「えーっと……」
「こなた」
「へ?」
次は幸向がモノ子に呼ばれた。
「萌乃子ちゃん……?」
「……行こ」
モノ子は幸向の袖を掴むと、反対の手で外を指さしながらくいくいと引っ張る。
何とも可愛らしい仕草であるが、当の幸向は混乱していた。
「ちょ、どこ? どこ行くの?」
「……祠」
ぴしり、と幸向は固まった。
なんで、この子がそれを知っているのか。
夢だと思っていたことが、一気に現実味を帯びた。
「萌乃子ちゃん、どうしてそれ」
「あー、こなちゃん?」
「ななな、何よ菓子ねえ!? 今それどころじゃ」
「行っといで」
「……え?」
「モノ姉と二人で、そこ行っといで」
「……うん、分かった菓子ねえ」
「モノ姉も、ええっちゅうことやな? ほんならウチも従うわ」
「……私から遠ざける方が、かえって危険」
「うぅん……確かになぁ」
幸向は、何故かすんなりと了承してしまった。
菓子ねえが言うのであれば、行こうという気持ちになってしまったのだ。
それに、いずれにせよ行かなければ始まらないという
漠然とした感情もあった。
「ほな行ってらっしゃいな。ウチ、ここで待っとくからな」
菓子ねえがひらひらと手を振る。
「うん、行ってくる。行こっか、モノ子ちゃん」
「……」
「あれ、モノ子ちゃん? おーい」
モノ子、動かず。
じっと、菓子ねえを見つめている。
「あー、モノ姉?」
「……行くよ」
「いやいや、ウチ店番が。
後で祠の場所教えてくれたら、なんとかするって」
「お菓子……持ってきて」
「……はぁ、分ぁかった分かった。ホンマにもう……今日は臨時休業やわ」
菓子ねえが渋々と言った様子で腰を上げる。
まずカウンターの下から『本日休業』の札を出してくると店の前に掛けた。
そして再びカウンターの下から緑色のリュックを取り出してくると、
駄菓子を数点、そこに詰めた。
「ほな、行こか」
こうして三人は、祠を訪れるべくまず駅へと向かった。