そのに
(うわ……)
思わず幸向は見つめ返してしまった。
年の頃は十三~十四と言ったところか。
その年頃にありがちなニキビなど一つもなく、肌は雪のような白さ。
大きな二重の瞳に小ぶりな鼻、唇も大きすぎず小さすぎず。
眠たげな眼と見つめあうと、なんだかこちらも眠くなる。
そんな少女が幸向を見ていた。
「こなちゃん? どしたー? 虫でもおるんか?」
「は? いや虫って! 違うよあの子あの子!」
幸向は菓子ねえとひそひそと会話する。
「あの子って、あそこの真っ黒な子か?」
「そうだよ! 何なのあの子! すっごいかわいいんだけど!」
「うーん……こなちゃん……いや……」
菓子ねえは少し考え込む。
「あの子な、ウチの姪っ子やねん」
「え!? 菓子ねえそんなのいるの!?」
「おるわ! ウチゃ天涯孤独か! 姉貴の子供や!」
「姉貴……」
(あ、そういえばお姉さんがいるって話してたな…)
「ごめんごめん、そういえば前にそんな話してたね」
「せやろ? 全く……お金倍貰うで?」
「あーでもなんか思い出してきたけど…
甥っ子がやんちゃで困るって話じゃなかったっけ?」
「……いやな、やんちゃで困る甥っ子の話をしたことはあるけど、
手ぇのかからん姪っ子の話はしたことなかったやろ?
その甥っ子のお姉ちゃんや」
「ふーん、なんか焦ってない?」
「いやいや、気のせいやろ」
珍しく狼狽える菓子ねえを見た幸向であったが、
そこに付け込んでどうこうしよう、というような性格ではなかった。
「ま、いいや。あの子の名前は?」
「へ? 名前? いやそんなんええやろ別に」
「良くないよ! 挨拶くらいしたいじゃん!」
「えぇ……えーっとなあ……」
「何か今日変だよ菓子ねえ。来ちゃまずかった?」
「そうやなくてやな……まぁええ、あの子な、『モノ子』っていうねん」
「ものこ?」
「そうそう! えーっと…………萌っていう字に、
名前によく使われるあの乃っていう字に子供の子や」
「こう?」
幸向はカウンターを指でなぞって字を書く。萌乃子。
「せやせや。変わった名前かもしれんけどな」
「でも、この名前私は好きだな」
「お、さよか? それはあの子も喜ぶわ」
「よし、行ってくる!」
「あ、ちょ、こなちゃん!」
幸向がモノ子に近寄り、少し体を屈めて目線を合わせる。
「こんにちは、萌乃子ちゃん」
「……」
モノ子、黙して語らず。
ただただ幸向を見つめるのみだ。
「えーっと……」
幸向が困ったような笑顔で菓子ねえを見る。
「その子な、人見知りやねん。知らん人とはよー喋らんねや」
「そっかぁ……」
「ほらモノ子、奥行っとき。ごめんなこなちゃん」
「いや、そんな別に……」
モノ子は小さく頷くと、カウンターに向かって歩き出した。
「あ、そうだ!」
「おぉ? 今度はどした、こなちゃん」
「菓子ねえ! ラムネもう一本頂戴!」
「もう喉乾いたん? まぁええわ、まいど。開けるで?」
「うん!」
モノ子を追い越して急いでカウンターに向かい、
お金を払ってラムネを受け取った幸向は
「はい、どうぞ!」
モノ子に向かってラムネを差し出した。
「……」
モノ子、やはり黙して語らず。
だが差し出されたラムネを見つめること数秒。
そっとラムネを受け取った。
ぷくぷくと泡立つのを見たり、中のビー玉をころころと転がしている。
「ちょいちょいこなちゃん。親のしつけでお菓子はあんまり…」
「えー、せっかく駄菓子屋に来てて、何もないって可哀想!」
「いや、そらまあそうかもやけど……後でウチがあげとくし……」
「いいでしょ! 私が買ったんだから!」
「うぅーん、確かにもう売ってもーたしなぁ……」
「ね? ね? 菓子ねえってばぁ~」
「あーもう、しゃあないなあ……」
「やった! さ、萌乃子ちゃん、おばさんはいいから飲んでごらん?
欲しかったんでしょ~? ふふふ」
「お、おば……!」
「え、萌乃子ちゃんのおばさんでしょ?」
「ぐぬ……まぁええわ……」
そんな問答をしている間に、モノ子はラムネに口をつけていた。
ラムネを傾け少しだけ口に流し込むと、
驚いた顔をして口からラムネを離し、一息ついた。
「……びっくりした」
モノ子、初めて口を開く。
幸向がやけに嬉しそうな顔で語り掛ける。
「炭酸飲むの、初めてなの?」
「タンサン……? ラムネじゃなくて……?」
「ラムネにね、炭酸が入ってるの。
そのしゅわしゅわってのはね、炭酸が入ってるからなんだよ?」
「……飲むの、初めて」
「そっか……美味しくなかった?」
「……美味しかった」
「そっかぁ! よかったぁー!」
幸向が喜びのあまりぱちんと手を叩く。
流石のモノ子も少しばかり目を見開いて、
驚いているかのような表情をしていた。
「あ、ごめんね。びっくりした?」
「……そういうのじゃないけど」
「そっか! じゃあ次は……」
「……ありがと」
そう言いつつモノ子は、ててて、とカウンターの奥に走っていった。
呆気にとられる幸向だが、すぐに笑顔になる。
と、笑顔のまま菓子ねえを見遣ると、こちらは目を大きく見開いて、
更に大口を開けて呆気にとられたような表情だ。
「菓子ねえ? ホントに今日変だよ?」
「あぁいや、何でもないねん……」
「それより、人見知りって言っちゃってー! お礼も言えるいい子じゃん!」
「お、おぅ……ウチもめっちゃ驚いたわ……」
「そうなの?」
「まぁなあ……で、まだ何か買っていくん?」
「あーいいかな。この後、本買いたいし。無いと思うけど……
とにかく、そろそろ帰るね」
「おう、ほなまた来てやー」
こうして幸向は駄菓子屋を後にした。