See you again
あの日から、私の時間は止まったままだ。
目を閉じれば、耳をすませば、いつもすぐそばにいる。
あの肌の温もりを、今でも覚えている。
それでも、もう、二度と会うことはない。
---会えることは、ない。
一年前の今日。
その日私は、恋人である侑人-神崎侑人と、大型ショッピングモールへ遊びに行くつもりだった。
二人で最寄り駅で待ち合わせて、電車に乗り込んで。
何度か乗り換えをして、ショッピングモールのすぐ近くの駅で電車を降りた。
駅前の、大きな交差点。
その日は土曜だったので、交差点はすでに多くの人で埋めつくされていた。
青信号が、点滅を始める。
ここの信号は、一度赤になるとなかなか変わらない。
それを知っていた私は、急いで渡ろうとして--
「春香っ!!」
視界が、ぐるりと回る。
急ブレーキの音、周りの人のざわめき、そして侑人の叫ぶ声。
私の意識は、そこで途絶えた。
次に目を覚ますと、そこは無機質な箱の中であった。
白い壁。白いベッド。傍らには、すすり泣く両親。
「あれ、私---」
ここは-病院?なぜ私はここにいるの?
ああ、そうだ、私は侑人とショッピングモールに…
「-侑人、は…??」
侑人は、私を庇って死んだ。
彼の両親は、息子の死は、恋人の-私のせいであると言った。
葬儀はおろか、最後に顔さえも見せてはもらえなかった。
-分かってる。私のせいだ。私のせいで、侑人は死んだ。
私はせめてもの償いにと、侑人の大好きだった場所-街中が見渡せる、外れの高台に、墓を建てた。
そして退院してから毎日、そこへ通った。
あの日から、私の心安らぐ場所は、ただそこだけだったから。
一年が経った。
今日もまた、私はそこへ行く。
「-もう、一年だね。」
私ももう、二十歳になったよ。
約束したよね?一緒にお酒を飲みに行こうって。
駅前のお店、すごく美味しいんだって。
「-侑人。ねえ、侑人。」
呼びかけても、返事はない。
「春香」と囁く優しい声も、もう聞こえない。
-それでも。
「大好きだよ」
私は愛を、叫び続ける。
この生命がある限り。
――――――――――――――――――――――――――――
「---春香。春香。」
「侑、人…!!」
私の名を呼ぶ、懐かしい声。
一面、真っ白の世界。
そこにすっくと佇む、愛しい人。
なぜ、侑人が、ここに-?
そんな悠長に思考できるほど、私は冷静ではいられなかった。
「侑人、侑人っ!あのね、私---」
ごめんなさい。ごめんなさい。
私のせいで、侑人は--
嗚咽混じりにそう叫ぼうとした私は、すぐそばに温もりを感じた。
気づけば私は、侑人の温かい腕に包まれていた。
「春香。謝らないで。
僕は春香を守れたから、それで、良いんだ。」
「でも-でも侑人、私は--」
「謝らなくていい。謝らなくてもいいから-」
侑人は真っ直ぐに私を見つめて言う。
「春香、幸せになって。」
幸せに、だなんて。
私は、侑人と過ごす時間が一番幸せなのに。
そんな、残酷なことはないでしょう-?
「春香。僕の目を見て。」
侑人の、澄んだ黒曜石の瞳が私を捉える。
柔らかい光とともに、侑人の微笑む顔が、私の凍てついたままの心を溶かしてゆく。
「春香。よく聞いて?
春香は、これからを生きる人。
未来を、つくっていく人。
だからね、こんなところでくすぶっていちゃ、駄目なんだ。
父さんと母さんだって、本当は分かってる。
春香のせいで、僕が死んだんじゃない。
僕が、僕が春香を守りたかったからだ、って」
私の両の瞳からは、涙がとめどなくこぼれ落ちた。
頬を伝う涙を、侑人の細い指が優しく拭う。
「春香。
君は、僕が命をかけてまで守りたかった人。
命をかけてまで、愛した人だよ。
あの日、春香を守れなくて、僕だけが生き残ったら…?
僕は-僕は、きっと生きていられない」
「私も、私も、侑人がいなきゃ生きていられないよ!
侑人のいない世界を、これからずっと一人で生きていけというの…?
私ひとりがのうのうと生き残って--
こんなの、こんなの、あんまりだよ…」
あの日から、私の時間は止まったまま。
あの日から、世界は色を亡くしたまま。
どうせなら。
どうせなら私も、侑人と一緒に死ねばよかったんだ。
それなら、こんなにも辛い思いを、どんなに会いたくても会えない苦しさを、感じることもなかった。
「…一緒に死ねばよかったなんて、そんなこと思わないで。」
私の心の中を見透かしているかのように、侑人はぽつりと呟いた。
その、悲しみを帯びた声音の中に、微かな希望の色を見出したのは気のせいだったのだろうか-?
「僕は、生きていた頃も、そして死んでしまった今でも、春香を愛してるよ。
-世界中の、誰よりも。
だからこそね、春香には世界で一番、幸せになってもらいたいんだ。
もしこの先、春香が、心惹かれる人に出逢った時は、僕のことを思って諦めないで。
そして、その人を僕と同じように愛してあげて。
お願い。過去に、囚われないで。
未来に目を向けて。未来を、切り拓いて。
春香なら、絶対に大丈夫だから。
きっと、強く生きていける。」
私を包む侑人の身体が、まばゆい光に包まれる。
ああ、ここまでなんだと、私にも分かった。
「-もう、お別れの時間だ。
春香。僕は、ずっと春香の傍にいるよ。
ずっと春香を見守ってるから---」
一面の白の世界は姿を消し、そこは見慣れた自室のベッドの上であった。
頬には、涙の跡。
-それでも。もう私は大丈夫。
侑人が自分の命をかけて守ってくれたこの命を、侑人の分まで全力で生きる。
きっと、幸せになってみせる。
「未来を創る」-これは、侑人と私、ふたりで創りあげていく未来だから。
「侑人。見ててね、私のこと。」
止まっていた時間が今、動き始める。
世界は色を、取り戻し始める。
いつか侑人の元へ行くときまで、恥じないように生きるから。
だからその時は、また笑って、私を抱き締めてね。
「ありがとう、侑人。-またね」
皆さんこんにちは、舞川るりです。
See you again、読んでくださってありがとうございます!
ここからは、製作にあたっての裏話等々をお話していこうと思っております。
まず本作の「See you again」という題名ですが、これは中国のペアスケーターであるシャオユウ・ユー/ヤン・ジン組の今季(15-16シーズン)のエキシビションナンバーの曲です。
このプログラムには、「夢の中で愛する人に再会するけど、最後は夢が覚めてしまう」というストーリーがあるそうです。
曲と、彼らの演技と、そしてそのストーリーを聞いて、ああ、これは書ける!と思い立って数日で書き上げました(笑)
そして私がこの作品を書くにあたっての大きな一つのテーマは、「過去の呪縛からの解放」です。
人には誰しも、忘れられない過去というものがあるでしょう。
それが幸せな、いい思い出なら、それはその人の人生にとって豊かな糧となることと思います。
しかし、辛い過去を持つ人も中にはいるでしょう。
過去の出来事、それも辛い経験というのは、そう簡単に忘れられるものではなく、長きに渡って人を縛り続けます。
そんな過去の呪縛から解き放たれて、未来への希望を見出して欲しい、それが小さな、一縷の光であっても―
これが、私がこの小説にこめた大きなテーマです。
主人公の春香は、自分を守って死んだ恋人に対して負い目を感じ、そのことに縛られ続けていました。
恋人である侑人は、「どうしても伝えたかったこと」を春香に伝えるため、そして彼女に未来へと目を向けてもらうため、彼女の夢に現れます。
夢、というのはある種の呪いかなにかのようにも、私には感じられます。
しかし、悪い夢ばかりではない。
夢が、夢で起きた出来事が、ひとりの人生を変えることだってあると思います。
私たちは、「いま」という時を生きています。
過去でも未来でもない、「いま」。
これは過去と未来とを繋ぐ、大きな架け橋ではないでしょうか。
この小説を読んで、今いちど、「いま」を生きる意味について考えて下されば幸いです。
ありがとうございました。
2016.1.5 舞川るり