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ラブ×2ドキ×2アンドロイド

作者: 窪良太郎

登場人物


城方飛麿(しろかた・ひまろ)〈29〉

城方ミュイ(しろかた・みゅい)〈23〉

宮園薫子(みやぞの・かをるこ)〈11〉

森野小太郎(もりの・こたろう)〈29〉

三宅映吉(みやけ・えいきち)〈40〉

城方梅(しろかた・うめ)〈87〉

城方竹(しろかた・たけ)〈56〉

城方コズ(しろかた・こずゑ)〈56〉

城方松子(しろかた・まつこ)〈21〉

設楽清(しだら・きよし)〈65〉

宮園偉玄(みやぞの・いげん)〈59〉

カヲル〈18〉


T「12月24日 クリスマスイヴ」

○街角(夕)

   クリスマス飾りがされていて、日が沈   んだ薄暗い街に、電球の明かりと、ネ   オンの明かりが輝いている。

   冬の格好をした人々が、出会いはない   かと、心をときめかしながら闊歩して   いる。

飛麿N「今日はクリスマスイヴ。今は冬休み なので、街はカップルや、親子連れで賑わ っている」

   お店の呼子や、ティッシュ配りの人が、

   街ゆく人に声をかけている。

   賑やかなお祭り騒ぎの街を、城方飛麿   〈29〉は、男一人で通過している。

   すれ違う人々は、冬の寒さに耐えなが   らみんな笑顔だ。


○待ち合わせ場所(夕)

   飛麿は、クリスマスに約束をしていた   人物の到着を、少し焦りながら待って   いる。

   飛麿は童顔で、大人しめの顔をしてい   る。

   背は170cmで、普通の髪型をした、   クリスマスなのにオシャレな格好をし   ていない、街に普通にいるような男で   す。

   自分が吐く温かい白い息を、手でこす   りながら待ち焦がれる。

   その飛麿が、声を荒げる。

飛麿「小太郎のやつおっせーな。早く来てく れないと、今日は男同士で待っているだけ で、ますます寂しくなるじゃねーか、同級 生で幼馴染で、お互い彼女がいないからっ て、クリスマスに無理やり遊ぶ約束なんて するなよぉ。まだかなぁ?」

   飛麿は、周りはカップルだらけの中、   寒さに耐えながら、ちょくちょく自分   の腕時計を確認する。

携帯電話『プルルルルルルルッ プルルルル ルルルルッ』

   飛麿は、ポケットに入れている自分の   携帯電話が振動していることに気づく。   通行人には気づかないが、携帯電話が   鳴る音で、通話が入ったことがわかっ   た。

   つながっているうちに電話に出ようと、   慌てて携帯電話を取り出す。

   携帯電話を確認すると、発信元は男友   達の小太郎だ。

   飛麿は通話ボタンをおして、電話に出   る。

飛麿「もしもし」

   すると発信元から、携帯電話を通じて、   男の野太い声が聞こえてきた。

小太郎「あ、もしもし、森野です。森野小太 郎〈29〉です。いや~、飛麿にすごいも んを見せてやって、一緒にクリスマスを謳 歌しようと思っていたんだけれど、それを 手に入れるのに時間がかかりそうなんだ。 だから、そういうわけで今日はそっちに行 けねぇ~わ。悪い、後でたっぷりお返しす るから、今日はキャンセルということで、 よろしく。じゃまたな(ブチッ、ツー、ツ ー)」

   飛麿は、不機嫌そうに携帯電話を睨む。

○街(夕)

   街は、飛麿の事情など何も知らず、聖   夜に浮かれた気分。

   飛麿はクリスマスで賑わう町並みを、   さまよっている。

飛麿「あぁー、今年もひとりぼっちのクリス マスかしかし、小太郎のやつドタキャ ンしやがって、どうしよ、暇つぶしにでも 映画館に行って、映画でも観ようかなぁ、 しかし、小太郎が言っていたすごいもんっ て何だろう?」


○交差点(夕)

   交差点には、ひっきりなしに車が往来   している。

   飛麿は徒歩で、交差点に差し掛かりま   す。

   飛麿は考え事をしながら、左右を確認   することなく、さっきまでの青信号に   安心して、鈍感に交差点を渡ろうとし   ます。

   考え事をしながら、交差点を渡ろうと   している飛麿に、信号の青の早走りの   車が、猛スピードを出して、交差点を   通過しようとしています。

   交差点を通過する車のドライバーが、   飛麿に気づいてクラクションを鳴らす。車『ピッピッー!!!』

   そのクラクションで、車に気づく飛麿。   しかしもう手遅れだ。

   車が突進する。

飛麿「うわぁぁぁぁぁああ!」


『ガシャァァァァァンン!!』


○交差点(夕)

   車の気づくことが遅れた飛麿は、事故   に遭う。

   その場は、歩行者と車が衝突した事故   現場になる。

   周りの人々は騒然となり、通行してい   た周りの車も、事故の影響で立ち止ま   る。

   事故現場に、人々が集まる。

   目を閉じていた当事者の飛麿が目を開   いて、自分の無事を確認する。

   飛麿には、どこにも傷はついていませ   ん。

   飛麿は、高ぶりながら声を漏らす。

飛麿「うっはぁ、はぁ、はぁ、い、生きて  る、」

   飛麿は落ち着いて周りを確認すると、   事故を起こした交差点には、ヘコんだ   車と、飛麿の他に、もう一人の若いナ   ース服を着た女性が倒れています。

   その看護婦さんは、ミニスカのナース   服を着ていて、ナイスバディな、美人   の女性です。

   事故の当事者になった、すべてを目撃   したドライバーは、車から降りてきて   心配します。

ドライバー「何やってんだよ! 赤信号だ  ろ!? そんなことより、そちらの男性よ り、かばった方の看護婦さんが大丈夫です か!?」

   人々は、看護婦さんの無事に注目して   いる。

   飛麿はこの状況を、パニックに陥りな   がら察する。

飛麿「あ、はぁ、はぁ、僕は大丈夫です」

   ドライバーは怒鳴る。

ドライバー「君より、君のことを守って、か ばうように衝突した、この看護婦さんが危 ないんだ!」

   このすべての現場の状況を把握した飛   麿は、ひどく動揺して、同じ過去の出   来事がフラッシュバックします。


(回想・フラッシュバック)○交差点

   猛スピードを出している車が、止まり   きれずに突っ込んでくる。

車『ピッピーー!! ガシャーン!!』


   交差点で、飛麿を車から守って一人の   女性が倒れている。

   事故現場の交差点には、周りの人達が   大変なことだと、気にして助けに来る。

   その女性は力なく、ぐったりとしてい   て、その外傷を見ると、命が危ぶまれ   る状態がわかる。

   動揺する飛麿。

   女性の左手の薬指には、指輪がはめら   れている。

   その女性を何度もさすって、倒れてい   る女性に向かって、名前を呼ぶ飛麿。

飛麿「カヲル! カヲルー!!」

   飛麿がいくら叫んでも、応答しない出   血したカヲルがいる。

   かすかに動く腕も、力なく垂れかかっ   ている。

   現場には、警察や、救急隊が集まって   きた。

   飛麿は気が動転しながら、カヲルの体   を抱きかかえて、カヲルの名前を何度   も呼ぶ。

   カヲルは最期の力を振り絞って、飛麿   に何かを伝えようとする。

   それを震えながら、真剣に受け取ろう   とする飛麿。

飛麿「カ、カヲルー!!」

   救急隊が、飛麿に代わって、カヲルを   看護しようとするが、飛麿がカヲルか   ら手を離さない。

   ただ飛麿は、一大事のカヲルを抱き締   めながら、無事だけを祈り、天に向か   って名前だけを呼んでいる。

   ついに救急隊が、飛麿をカヲルから引   き離した。

   しかしそこからは、モヤがかかったよ   うに思い出せない。

   飛麿を守るように倒れた女性が、何を   伝えているのかは、音声として入らな   い。

   飛麿の記憶は、そこからは映像化する   ことができない。

   しだいにそのモヤが広がって、現実世   界に引き戻される。


○交差点(夕)

   現実に目を覚める飛麿。

   そこには過去の出来事と同じように、   自分を助けてくれて、倒れた女性が、   目の前にいる。

飛麿「うっ、はぁ、ぁ、いつもこの場面で目 が覚めるんだ、ショックで記憶が戻らない 、救わなきゃ、今度は救わなきゃ!」

   事故現場の車は止まり、その場所だけ   が、動かないスポットになっている。

   飛麿とドライバーは、車から飛麿を守   って助けた、ミニスカートの若い看護   婦さんをさすって、呼びかけます。

ドライバー「看護婦さん、大丈夫ですか!  大丈夫ですか!?」

   そこへ三宅映吉〈40〉が、事故現場   にやって来る。

   三宅映吉は、小太りで腹が出ていて、   七三分けの、勉強はできそうだが、女   の子にモテなさそうな、真面目そうな   男です。

   その三宅映吉が、慌てている飛麿に声   をかける。

三宅「飛麿くん、この女性が、飛麿くんをか ばうように、車にぶつかるところを遠くか ら目撃していたんだけれど、君たち大丈夫 か!? 私だよ。君の家のアパートに住ん でいる住民の、三宅映吉だよ」

   三宅は、飛麿の様子を見て、無事を確   認する。

三宅「飛麿くんは問題ないようだね。問題は こちらのナースさんだ。目立った外傷はな いようだけれど、あのスピードの車の衝撃 を受けたら、ひとたまりもないよ」

   三宅は苦渋の表情をする。

   それを聞いた飛麿は、思わず口走る。

飛麿「やっちまった、映吉さん。俺またやっ ちまったぁー。俺の不注意でまた人を」


   その時に、凄惨な結末を予見していた   雰囲気の中で、飛麿を守って事故に遭   った看護婦が、意識を取り戻す。

看護婦「う、うっぅぅんぁっ、飛麿さん、 お怪我はないですか? 信号を確認もせず に、渡ろうとしたらダメじゃないですか。 でも思わず体が勝手に動いて、助けられま したわ」

   この状況で、第三者の三宅の方が、焦   りながら聞き返す。

三宅「そんなことより、君はあの衝撃をもろ に受けて、そんな、へ、平気そうに話せる のですか!?」

   看護婦は起き上がって、ひょうひょう   としています。

看護婦「体の95%くらいは、通常どうりに 作動してますわ、問題なし」

   この看護婦の様子を見た周りの人達は、   一様に驚く。

   まだ動揺している飛麿は、促す。

飛麿「看護婦さん、救急車を呼びますので、 安全なところで待機していてください」

   看護婦は、飛麿の口元をよく観察して   答えます。

看護婦「大丈夫ですわ。私は強くて、元気な 女ですものあっ、でも、音声回路が故 障して切れて、音が聞こえにくいですわ」

   それを聞いた三宅も促す。

三宅「そ、そうか、耳が聞こえなくなったの か。早く119番して、病院に向かおう。 君の病院に耳鼻科があるのなら、そこで診 てもらうと良い」

   看護婦は、三宅の口元を注意深く見て   答えます。

看護婦「でも平気ですわ。音声が聞こえなく ても、相手の口の開きを読めば、人の心は 伝わりますもの」

   人々の往来が止まり、交通網がストッ   プした交差点で、みんなが警察や、救   急車の到着を待っている中、看護婦は、   自分の状態をチェックしている。

   みんな唖然としながら、看護婦さんの   身を案ずる。

飛麿「そんな平気って、だって当たった車は、 こんなにヘコんでいるのですよ!?」

   交差点で事故した車は潰れていて、少   し煙が出ている。

   しかしそんなことは気もせずに、看護   婦は申し出る。

看護婦「そんなことよりも、私、一目惚れで すわ。飛麿さん、今日はクリスマスですし、 デートでもしませんか?」

   それを聞いて、三宅は驚く。

三宅「デ、デートって、病院の方が先でし  ょ!」

   そんな心配も、看護婦さんは、最高の   笑顔で、ピンピンして跳ね返す。

看護婦「心配いりませんわ。だって私、今、 タイプの旦那様に逢えて幸せですもの」


○クリスマスに賑わう街(夜)

   さっきまで起こっていた事故も気にす   ることなく、街ゆく人たちは目的地に   進んでいる。

   プレゼントを抱えている人もいれば、   ここぞとばかりに、女の子をナンパし   ている人もいる。

   そんな中を、飛麿と看護婦は、恋人の   ように二人っきりで、くっついて歩い   ている。

   飛麿は改めて、看護婦を見てみる。

飛麿(M)「改めて見ると、この看護婦さん って、結構可愛い人だなぁ、モロにタイプ だでもこの人の体は、頑丈すぎだろ」

   飛麿の胸が、バクバク鳴る。

   その様子に気づく看護婦。

看護婦「飛麿さん、さっきからどこを見てい るのですか?」

   飛麿は砕ける。

飛麿「あ、い、いやぁ、別に」


○高級デパート前(夜)

   しばらく看護婦と、飛麿が歩いている   と、街中で、飛麿を連れていた看護婦   が、急に立ち止まる。

看護婦「さぁ、着きましたわ。私がデートで 行きたかった場所が、このデパートです  わ」

   二人は、30階建てで、夜のライトが   街を照らす、高級デパートにたどり着   く。

   この場所を見て、飛麿は思い出す。

飛麿「えっ、ここって、セレブが通うところ で有名な、高級デパートじゃないです   か!?(ま、まさかこの人は当たり屋で、 助けた代わりに高いものを買わせる人なん じゃないか? 俺はそんな金なんて持って いないぞ)」

   人々が行き来する高級デパートの入口   で、看護婦さんは飛麿を誘う。

看護婦「さ、飛麿さん。入りましょ」

   飛麿は引きつった表情をしながら、多   少嫌がりながら、看護婦に引っ張られ   るように、夜のネオンが輝く高級デパ   ートに入ります。


○デパートの中(夜)

   飛麿は物珍しそうに、周りをキョロキ   ョロしながら、看護婦に連れられる。

   デパートの中の人は、あれやこれやと   商品を物色している。

   いかにもお金持ちのような人たちが、   ショッピングを楽しんでいる。

   看護婦は、迷うことなく一階のエレベ   ーターに急ぐ。


○エレベーター内(夜)

   エレベーターには看護婦と、飛麿しか   乗っていなくて、後方鏡張りの、豪華   なエレベーター室だ。

   エレベーターに入った飛麿は、いろん   なことを思い巡らす。

飛麿(M)「俺は何をおごらされるのだろ  う?」

   エレベーターは無情にも、着実に高層   階に向かっている。

   その間、飛麿は、引きつった表情をし   ている。

飛麿(M)「ま、待てよ、このデパートって、 上に行くたびに、高級品が揃っているとこ ろじゃないか!? 彼女の目当ては、洋服 か? バッグか? それとも時計か!?  高級時計の階は20階だ。洋服の階はもう 過ぎた」

   看護婦は、無言で階を示す表示を見て、   到着を待っている。

   飛麿は懸念を、思い巡らせている。

飛麿(M)「むむ、バッグの階はもうすぐだ な、ん、止まらない。そ、そうか、や はり時計が目当てだったのか!」

   疑っている飛麿は、看護婦を一瞬、睨   む。

   その飛麿の方を、看護婦は向く。

   それに驚く、飛麿。

   無言だった看護婦さんが、口を開く。

看護婦「私が行きたかったのは、このデパー トの一番上にあるところですわ」

   飛麿は確信する。

飛麿(M)「やや、わかったぞ! 彼女の目 的は、指輪だ! 指輪の階はこのデパート の最上階にある。俺も昔、このデパートで 一番安い指輪を買ったのだけれど、それで も高かった。そうか、ドライバーさんと、 この娘はグルで、俺はここで保険を解約ま でさせられて、貯金を下ろされて、指輪を 買わされるのか、エレベーターはもう すぐ上に到達する。終わった」

   うなだれる飛麿。

   看護婦は、無言でエレベーターの到着   を待っている。

   無残にも、エレベーターが、希望の階   に到着した音が鳴り響く。

『チン!』

   飛麿は沈痛な表情で、

飛麿「今年の締めくくりが、最悪の出来事で 締めくくられる。事故でヘコんだ車は、ド ライバーさんが保険が下りるからと言って、 弁償しなくても良かったが、実はグルで、 素敵な女性に出会ったと思ったら、その娘 が当たり屋で、当たり屋にせびられて高級 品を買わされる。貯金なんてしていないか ら、保険の解約をしなくてはいけない、俺 は、破産する、んん、待て待て、ここ は屋上じゃないか!? 一体屋上に、どん な高級品が揃っているのだ?」


○デパートの屋上(夜)

   二人はエレベーター室から、外の風が   冷たい、夜景を見下ろされる屋上の遊   具園に出ます。

看護婦「何さっきからブツブツ言っているん ですか? 飛麿さん、着きましたよ」

   屋上の遊具園には、他の客がいなくて、   二人っきりで夜空を見上げられる、爽   快な空間です。

   看護婦は嬉しそうに、満天の笑顔にな   って、はしゃぎます。

看護婦「私は、遊園地に行きたかったの。で も都会には広い遊園地はないですわ。だか らここに来たかったのですわ」

   看護婦は、夜空を照らすライトの下で、   遊具に乗りながら遊ぶ。

   しばし看護婦は、ロマンチックな光景   の中で、子供のように遊びつくす。

   飛麿の顔は、苦痛から安心に変わって、   看護婦のように、童心に返りながら、   二人で楽しい時間を過ごす。

   そんな遊具園を満喫する二人の上空か   ら、水が落ちてきます。

看護婦「きゃ、これは、雨!? 私は雨は苦 手ですわ」

   看護婦は、屋根がある場所に逃れよう   とします。

   そんな看護婦に、飛麿は教えます。

飛麿「これは雨じゃないよ。雪だよ。どうや ら今年はホワイトクリスマスになりそう  だ」

   都会の高層ビルのネオンの中に、幻想   的な雪が、妖しく光る。

   雪を初めて見るような顔をして、看護   婦さんは、不思議そうに見つめている。看護婦「雪? 私は初めて見ましたわ。街の 灯りで、少しだけ光る雪が、綺麗ですわ」

   看護婦は、デパートの屋上で印象的な   笑顔を見せます。

   そこで飛麿は、聞いていなかったこと   を尋ねます。

飛麿「ところで看護婦さん、君の名前は?」

   看護婦さんは、丁寧に答える。

看護婦「あら、名前はないですわ」

   その答えに、飛麿は悲しい表情になっ   て、考えます。

飛麿(M)「この娘は事故で耳が聞こえなく なって、自分の名前も忘れたんだ。雪を見 たことがないから、沖縄県の出身で、ナー スの格好をしているから、看護婦さんで、 記憶喪失をしたかわいそうな女性なんだ」

   人見知りな飛麿にも、この看護婦に愛   情が芽生えます。

飛麿「でも君のことを呼ぶときに、僕は何と 呼べば良いのですか? 看護婦さんとか?  ナースさんとか?」

   看護婦さんは、待ってましたと言わん   ばかりに、目を大きく見開き、リクエ   ストする。

看護婦「じゃ、飛麿さんが、私の名前をつけ てくださいな?」

   飛麿は最初、少し焦るが、一瞬考えて、   頭の中の引き出しから、適当な名前を   持ってくる。

飛麿「あっ、でも、俺なんかが付けても良い の? じゃぁ……、女の子が生まれたとき に付けようと決めていた名前で良い? ミ ュイ。ミュイに決めていたんだ。ミュイで 良い?」

   自分の名前を聞いたミュイは、再びラ   イトで照らされたように明るくなり、   とても嬉しそうな顔をして、自己紹介   します。

ミュイ「わかりましたわ旦那様。私の名前は ミュイ。城方ミュイ〈23〉ですわ」

   自分に名前をつけてもらって、にこり   と喜ぶミュイ。

   この可愛らしい表情に、飛麿の胸がト   キメキます。

   ここで飛麿は、気になっていたことを   聞きます。

飛麿「ところで、どうして僕の名前が飛麿だ って知っていたのですか? 飛麿って、珍 しい名前なのに」

   それにミュイは、当たり前のように答   えます。

ミュイ「だって事故の時に、となりの方が、 そう呼んでらっしゃったからですわ」

   この時、飛麿は、少し疑問に思う。

飛麿「そ、そうか(でもミュイは、耳が聞こ えなかったはずでは?)」


   そこにデパートの閉館を告げる音楽の、   蛍の光が流れてきます。

   その音楽と、夜景でライトアップされ   る雪の景色が、とても哀愁が感じられ   ます。

   飛麿は、閉館時間に焦る。

飛麿「あっ、もうそんな時間か、それじゃミ ュイさん。そろそろあなたも家に帰らなく てはいけない時間ですから、私が家まで送 りますよ」

   ミュイは告白します。

ミュイ「私に家は、ありませんわ」

   飛麿は驚く。

飛麿「え!? (ミュイは自分の家さえも忘 れたのか?)」

   ミュイは懇願する。

ミュイ「だから旦那様、旦那様の家に泊めて くださいな?」

   これに飛麿は、キターと思う。

飛麿「えっ!? (やった、こんなかわいい 女性と一緒にいられるんだ)あ、わかりま した。うちは城方メゾンというアパートを 経営しておりまして、今ちょうど空き部屋 が2部屋空いております。そこで良かった ら、親にも内緒にしておきますので、記憶 を取り戻すまで、何日でも住んでください。 さっきの事故現場に駆けつけてくれた三宅 映吉さんも、城方メゾンの住民なんです  よ」

   下心丸見えの飛麿は、快く受け入れる。

   泊めてくれると聞いたミュイは、安心   した表情になる。

ミュイ「さすが、ありがとうですわ旦那様。 そこで一旦、充電いたしますわ」

   二人はデパートから、自宅の城方メゾ   ンに戻ります。



T「翌朝のクリスマス」

○城方メゾン(朝)

   城方メゾンは、古びた汚れ箇所が目立   つ、中型の集合住宅だ。

   飛麿は、自分の家の妹の部屋の前に立   って、真剣にノックしています。

飛麿「松子! 松子! 俺だよお兄ちゃんだ よ!」

   飛麿は、妹の城方松子〈21〉に頼み   事をします。

   松子はそこそこ可愛いといった感じの、   クラスの普通にいそうな、身長が16   0cmの、スレンダーな女性です。

   部屋から出てきた松子は、不安げな表   情で応じる。

松子「何、お兄ちゃん?」

   飛麿は、バツが悪そうに頼む。

飛麿「いや松子に頼みがあってさ、いや、言 いにくい話なのだけれど、お前のブラジャ ーを貸してくれないか?」

   それを聞いた松子は、城方メゾンの廊   下で、引きつった表情になって怒りま   す。

松子「クリスマスに、一体何を言っている  の!」

   飛麿は、扉を閉めようとしている松子   に対して、粘る。

飛麿「い、一枚だけで良いんだ。た、頼む。 変なことには使わないからさ」

   松子は半ギレする。

松子「も~! 何に使うのよ。またお友達の、 森野小太郎さんとグルになって、なにか企 んでいるのではないでしょうね!?」

   この態度を受けて、飛麿は正直に、丁   寧に説明する。

飛麿「彼女が使うんだ。俺じゃないよ」

   飛麿の彼女というフレーズを聞いて、   松子はハっとします。

松子「彼女(あの事故以来、トラウマに なってなかなか彼女を作らなかった、人見 知りで、引っ込み思案なお兄ちゃんに、彼 女が出来たの?)え、お兄ちゃん、彼女が 出来たの? うぅ、ん、それなら良いわ」

   松子は自室のタンスに行って、使って   いないブラジャーを持ってきます。

   それを飛麿は、人差し指と、親指でつ   まんで、ミュイの部屋に持っていきま   す。


○城方メゾンのミュイの部屋(朝)

   飛麿は晴天の下、玄関廊下を、妹のブ   ラジャーをつまんで、ミュイが住んで   いる部屋まで行き、玄関のドアを数回   ノックして、部屋の中に入ります。

飛麿「ミュイー、借りてきたぞー」

   ミュイの部屋には、カーテンと、エア   コンだけがあって、物が何もなく、質   素な造りがむき出しになっている。

   飛麿はミュイに、ブラジャーを見せま   す。

   早速ミュイは、借りてきたブラジャー   を、別の部屋の奥ではめてみます。

ミュイ「やっぱりカップのサイズが小さすぎ ますわ。下着の予備が欲しかったのに、諦 めますわ」

   その声を別室で聞いていた飛麿は、少   し照れ笑いながら、

飛麿「松子は貧乳だからな」

   ミュイは、別室から、声だけでアピー   ルします。

ミュイ「私は身長が164センチメートルで、 胸はGカップですわ。それにちゃんとくび れもありますわよ」

   飛麿は思わず、隣室でデレーと鼻の下   を伸ばして、妄想します。

飛麿「理想的♥」


○ミュイの部屋

   ミュイの畳の部屋で、飛麿と二人で座   っている。

   飛麿は真剣な表情になって、ミュイに   聞きます。

飛麿「なぁ、ミュイ。自分の名前も、自分の 家の場所すらも忘れたようだから、今から 警察に行って、身分証明してもらわない  か? 沖縄の実家からも、失踪届けが届け られているかもしれないし、病院の人も探 しているだろうし」

   ミュイは、飛麿の口元を深く読んで、   少し悲しそうに答えます。

ミュイ「それは問題ないですわ。ミュイには 家族なんていませんもの」

   これを聞いて飛麿は、涙ぐみます。

飛麿「家族すらいないなんて、君はなんて、 かわいそうな境遇の人なんだ」

   ミュイは当然のように、元気に打ち明   けます。

ミュイ「でもミュイには誕生日はありますわ。 2月29日のうるう日ですわ。でも、ミュ イには誕生日を祝ってくれる相手なんてい ませんわ。だから旦那様、今日はクリスマ スだから、二人っきりで一緒に過ごしまし ょうね」

   それを聞いて飛麿は決意します。

飛麿「うん、わかった。クリスマスは俺が祝 ってやるよ。でも2月29日のうるう日は、 カヲルの命日だ。俺の誕生日が3月1日で、 カヲルの誕生日が2月28日だから、娘に つけようと考えていた名前のミュイが、ち ょうど挟まれて生まれてきたんだな!   (これって運命かも)」

   耳が聞こえないミュイは、不思議そう   な顔をする。


○城方メゾンの外

   飛麿とミュイは、明るく照らす太陽の   下、一緒に外に出ます。

   二人の後ろには、中規模集合住宅の、   城方メゾンがそびえ立つ。

   しばらく歩くと、城方メゾンの住民の、   三宅映吉の姿がある。

   事故の翌日ということもあって、三宅   は飛麿に気をかけてくれる。

三宅「やぁー飛麿くんじゃないか、昨日は大 変だったね~、やや、となりの君は、昨日 飛麿くんを助けた看護婦さんじゃないです か(三宅は二人の仲を感じ取る)あっ、 そういうことですか、昨日の事故がきっか けで、絆が深まったんだね。おじさんは独 身だから、飛麿くんが羨ましいよ。しかも こんな美人と。おじさんはもしこの時代に、 服が透けて見えるメガネなんてあったら、 何百万円も出して買う。もちろんバレない ように作られていればの話ですがね、ハッ ハッハッハッ」

   そう豪語しながら、三宅は自室に帰る。   二人は、いきなり何言ってんだ、と思   いながら、三宅さんを、振り向きなが   ら見守る。

○近所の公園

   飛麿とミュイは、近所の公園に立ち寄   る。

   近所の公園は中規模で、滑り台と、ジ   ャングルジムと、ブランコがある。

   あとは水飲み場と、砂場がある。

   飛麿とミュイは、カップルで、冬の公   園のブランコに乗ります。

   飛麿は、わざとミュイが乗っているブ   ランコを大きく揺らして、驚かせます。   ミュイは、はしゃぐように怖がります。ミュイ「やめてくださいな」

   そして二人は、クリスマスイヴのこと   を思い出します。

ミュイ「昨日の雪は、綺麗でしたね」

   飛麿は、うなづきながら応える。

飛麿「そうだね」

   ミュイは耳が聞こえにくいので、飛麿   の口元をよく観察して、会話をします。   そんな二人が会話をしているところに、   一人のメイド服を着た小学生の女の子   が現れて、飛麿の前に立ちます。

   身長は145cmくらいで、大きな瞳   をした、丸顔の、ハキハキとした子で   す。

薫子「ねぇ、ご主人様。私のことを覚えてい る? 私の名前は薫子〈11〉。あなた、城 方飛麿さんでしょ?」

   急に現れたタメ口の小学生に、飛麿は   人見知りをする。

飛麿「えぇ、(この子誰? 今日はミュイと 二人っきりで過ごすと決めたんだ)い、い や、俺の名前は、白形マヒロ(しらかた・ まひろ)だよ。人違いだよ」

   この答えを聞いて、薫子は疑う表情を   しながら、

薫子「あれー、うそ~。ものすごく飛麿さん に似ているのだけどなぁ? 人違いか じゃ飛麿さんはどこにいるのだろう? 似 てるのだけどなぁ~。名前も微妙に似てる んだけどなぁ~」

   薫子は、ブランコの上に座る飛麿の顔   をジロジロ見ながら、よく観察してい   ます。

   それに対して飛麿は、人見知りをして   顔を背けます。

   そんな様子の飛麿に、薫子は再び尋ね   ます。

薫子「私、今日が誕生日で、ご主人様の城方 飛麿さんっていう人に逢いに来たのら。飛 麿さんを探してるんだ。あなた、飛麿さん っていう人を知りませんか?」

   飛麿はしらを切る。

飛麿「うん。知らない」

   薫子は残念がりながら、

薫子「えー、せっかく私の11才の誕生日の クリスマスに、会いに来たのに~、私はも う11才になったのら。飛麿さんを、やっ と見つけたと思ったのにでも違うとい うのなら、しょうがないけど、そうなんだ ろうなぁ~」

   薫子が公園から、トボトボと去ってい   きます。

   薫子が去ったあと。

   口元を読んでいたミュイが、ブランコ   の隣りの飛麿に聞きます。 

ミュイ「なんであの子に、嘘をついたの?」

   飛麿は苦い表情をしながら、ミュイに   わかりやすく答えます。

飛麿「ミュイが今日は二人っきりって、言っ たじゃないか」

   ミュイは、口元を読んで答える。

ミュイ「確かに言いましたけれど、嘘をつけ と言ってませんわ」

   飛麿は反省して、ふと考える。

飛麿「でもあの小学生の子、誰かに似ている んだよなぁ」

   ミュイは忠告します。

ミュイ「嘘はいけませんわ。嘘をつくと地獄 の底で、閻魔大王様から、舌を根っこから 引き抜かれますわよ」

   それを聞いた飛麿は、思わず笑います。

飛麿「ははははは」

   その公園の現場で、白髪姿の老人が、   遠くから飛麿たちを観察している。

   その老人は、寡黙な感じで、まだ腰が   曲がっておらず、老人なのに背筋をピ   ーンとまっすぐした、侍のような雰囲   気を出しています。


○城方メゾン

   ここは城方メゾンの大家が住む、大型   の管理人部屋。

   中は、日用品が散乱していて、思い出   の品や、家具や家電が置いてあって、   生活臭がある住居だ。

   飛麿の家には、妹の松子と、父の城方   竹〈56〉と、母のコズ江〈56〉が   いる。

   城方竹は、中年のガッシリした体型で、   鼻がデカく、眉毛が太い、おおらかな   感じがする父親です。

   城方コズ江は、パーマをかけていて、   エプロンをした、色白の、すべてを受   け入れてくれそうな母親です。

   飛麿の妹の松子は、父の城方竹と、母   の城方コズ江に、報告している。

松子「ねぇねぇ、パパとママ聞いて、カヲル さん以来、ずっと彼女を作らなかったお兄 ちゃんに、彼女が出来たのよ」

   このニュースに、城方家が色めき立つ。コズ江「えっ、あの子に!? いやーよかっ たじゃないの。今日はクリスマスだし、二 人で楽しんでいるわよ」

   飛麿の父も、

竹「あの子は、お父さんに似て、ハンサムだ し、頭も良い子だ。もうすぐ三十路を迎え るのだから、彼女の一人や、二人、いない とおかしいだろ。男だって三〇前は、憂鬱 に感じるものだ」

   そこに、城方家の大家で管理人の、飛   麿のおばあちゃんの城方梅〈87〉が   やってきます。

   城方梅は、白髪の長い髪を束ねて、お   団子頭を作った髪型です。

   もう腰が曲がっていて、顔のしわが目   立つ、87歳の老婆です。

   年の割にはしっかりしていて、はっき   りとした口調で、自分で判断する、神   経と目を尖らせた大家だ。

梅「なんだい? みんな楽しそうに話をして いるじゃないか?」

   嫁が、息子の出来事を報告する。

コズ江「お義母さん、ついに飛麿にも、新し い彼女が出来たのですよ」 

   その発言に反応する梅。

梅「何!? ほう、そうかい。初孫の飛麿に 子供が出来たら、今度は何という名前にし ようかのぉ。わしゃ梅じゃから、息子 の名前は竹にした。しかしその竹の子供に 松という名前を付けようとしたら、猛反対 されたのじゃからな、今度のひ孫には、何 て名前を付けたらえぇかいのぉ?」

   梅ばあちゃんに対して、息子の竹が、   恨み節のように噛み付く。

竹「母さん! 今の時代で、名前が松だった ら、学校でいじめられるじゃないですか!  私だって竹という名前は、嫌だったので すよ」

   すかさず挟み込む松子。

松子「だからおばあちゃんの二人目の孫の私 に、松を付けられた。私は女の子だから松 子。私はスレンダーなのに、私の学校での あだ名は、松子デラックスだったからね」

   飛麿の母のコズ江は、しみじみと語る。コズ江「でもあの子はもう大人だし、良いこ とよ。良い女性だったら良いわね。カヲル さんを忘れるためにも、今度の彼女は大事 にしなくちゃね」


○ミュイの部屋(夕)

   殺風景のミュイの部屋で、恋人たちの   クリスマスが過ぎてゆく。

   窓には、外の冷たい外気で、霜ができ   ている。

   ミュイはその霜に、指でミュイの名前   を書いている。

   飛麿は、薄暗くなったミュイの部屋で、   たむろっている。

   地べたに座ったミュイが、飛麿に告白   する。

ミュイ「私、なんだか飛麿さんのことが気に なるの。どうしてかしら」

   飛麿は動揺しながら、

飛麿「そう、ところで自分の名前や、住んで いた場所を思い出した?」

   ミュイはしっかりと、飛麿の口元を読   んで、観察して答えます。

ミュイ「多分、私には、それがないのかし  ら?」

   飛麿は同情する。

飛麿「(この娘はかなりの記憶障害を負ってい るな)で、耳の方は治った?」

   ミュイは、少し不安げな表情をして、

ミュイ「いえ、まだノイズが入ってますわ。 引き続き音声が入りにくい状態ですわ」

   飛麿は悲痛な表情をします。

   そして飛麿は、自分が知っている手話   を、ミュイに教えます。

飛麿「じゃ、この『バーイチャ』という手話 を教えるよ。昔、手話通訳士を目指してい て、事故で突然いなくなった人と、一緒に 作った、『バーイチャ』という創作手話な んだけど、こうやるのだよ」

   飛麿は、相手に手のひらを見せて、バ   イバイの横に振る動きをしたあとに、   そのままその手の人差し指と、中指だ   けを立てて、横に振った手を頭のこめ   かみに持っていって、敬礼のポーズを   する手話をしてみせます。

   ミュイは聞きます。

ミュイ「それどう言う意味?」

   飛麿はカヲルのことを思い出しながら、   幸せそうに答える。

飛麿「意味は『さようなら、また逢いましょ う』という意味。『サヨナラ』の手話と、 『また会いましょう』の、『また』という 意味の手話を、ひとつの手話の言葉として 組み合わせたの。だからいつも別れる時に、 『バーイチャ』のポーズをしていた。僕ら だけが使っていた、二人だけの創作手話な んだ」

   教えてもらったミュイは、すぐさまそ   のポーズを、飛麿にしてみせます。

ミュイ「バーイチャ♥」



○城方メゾン(朝)

   城方メゾンに積もった雪は、溶け始め   ている。

   周りは一面、薄い雪で覆われている。

   飛麿の部屋の12月のカレンダーには、   右端に印刷されている24日と、25   日の欄には、×印が書かれている。

   朝、飛麿はベッドの中で寝ている。

   飛麿の母のコズ江が、城方メゾンに飾   られていたクリスマスの飾り物を片付   けている。

コズ江「どっこいしょ」


○飛麿の部屋(朝)

   飛麿は部屋で爆睡している。

   飛麿の部屋のドアを、親友の森野小太   郎がノックする。

小太郎「ドンドンドン! 俺、小太郎。小太 郎だけど、飛麿! 飛麿! これすごい  よ!」

   飛麿は、小太郎のノックで目を覚ます。   飛麿はまだ眠たそうにしながら、ふと   時計を見ると10時を過ぎている。

飛麿「んんー、何、何、何、何!?」

   飛麿は自室のドアを開ける。

   するとそこには、黒縁メガネをかけた   森野小太郎〈29〉がいます。

   小太郎は、髪を立てていて、シャープ   な面長の顔をした、オタクっぽいが、   服装はオシャレにした、見栄を張るタ   イプの男です。   

小太郎「なぁ飛麿、今年も俺たち一人っきり のクリスマスだったな。でも俺は、自由を 謳歌していたぜ。これさえあれば、もう全 然寂しくない」

   飛麿は、小太郎の変わったところに気   づく。

飛麿「何お前、メガネかけてるんだよ?」

   小太郎は告白する。

小太郎「これだろ? これには訳があるんだ。 寂しいクリスマスを送った者同士、今日か らこれで、挽回しようぜ」

   飛麿は白状しようとします。

飛麿「いや、実は俺の方は」

   すかさず小太郎は、メガネを指でさし   ながら熱弁します。

小太郎「ついに手に入れたこのメガネ。これ が服が透けて見えるメガネだ。しかもこれ は普通のメガネと、かわらないデザインを していて、周りにバレることはない。地下 では出回っていたことは知っていたが、そ れをちょうどクリスマスの日に、手に入れ ることができたんだ。初めは俺も、こいつ の性能には半信半疑だった、が、これは本 当に見えるんだよ。すごいよこれ! 飛麿 の妹の松子は貧乳だな。このメガネを作っ た人は天才だよ」

   すでに小太郎の背後に、松子はいます。

   途中からこの話を聞いていた松子は、   怒りながら現れます。

松子「あやしい! 誰が貧乳ですって!」

   松子の存在に気づく小太郎。

小太郎「やべぇ、もう飛麿んちには、入れね ぇわ!?」

   廊下で、小太郎を追いかける松子。

松子「こらぁぁぁ!」

   それを眠たそうに見送る飛麿。


○ミュイの部屋

   飛麿は、寒さをこらえながら、ミュイ   が入居している部屋の玄関に行き、チ   ャイムを鳴らします。

   飛麿は、今度はミュイと何を話そうか   と、期待に胸をふくらませながら、チ   ャイムを押し続けます。

   しかしいくらたっても、応答しません。飛麿「~あっ、そうか、ミュイは耳が聞こえ なかったんだ」

   飛麿は、ミュイの部屋のドアノブを回   してみます。

   すると鍵がかかっていません。

   飛麿は声をかけながら、ドアノブを回   して、ゆっくりと中に入ってみます。

飛麿「ミュイー、入るよー」

   生活感がない部屋を、飛麿はおそるお   そる、玄関から部屋の奥に進みます。

   家具もない、洗濯物もない、食器もな   い部屋を、忍び足で前に進みます。

   部屋の奥には、下着姿のミュイが寝て   います。

   それをみた飛麿は、思わず。

飛麿「わわゎゎゎぁぁあ」

   飛麿は下着姿のミュイを見てしまって、   慌てます。

   その拍子に、下に落ちていたナース帽   を、足でミュイの方に飛ばしてしまい   ます。

   その感触で、ミュイは目覚めて、起き   上がって挨拶をします。

ミュイ「ぅん、あぁ、おはようございます、 旦那様。ミュイは今まで、充電中でした  わ」

   飛麿は急いで、ミュイの部屋から出て   いきます。

飛麿「勝手に入ってゴメーン! 用心のため にも、鍵はかけて寝てね!!」

   急いで飛麿が出て行ったあとのドアは、   照れくさく、自動で閉まっていく。   


○近所の公園

   近所の公園には、男女の子供たちが、   砂場や、ジャングルジムで遊んでいる。

   飛麿は、公園で、一人でブランコに乗   っています。

   そこにまた、あのメイド服の小学生が   やってきます。

薫子「また会えましたの、ご主人様」

   飛麿は、女は間に合っていると言わん   ばかりの表情で、うんざりした顔で応   えます。

飛麿「また君か」

   薫子は話を続けます。

薫子「そんな顔しなくても良いじゃん。もう 私は騙されませんよ。あなたの名前は、白 形ではなくて、城方。そしてマヒロではな くて、飛麿です。私はここでずっと張り込 みをしていて、調べていたのですの。その 証拠に、今あなたは、そこの城方メゾンか ら出てきたのを、確認いたしました」

   飛麿はウザったい表情をして、白状し   ます。

飛麿「そうだよ。俺は城方飛麿だよ! だか らって何なんだ? 君も子供たちと一緒に、 公園で、砂場遊びでもしたらどうなん   だ?」

   それを聞くと、薫子はいきなり飛麿に   抱きつきます。

薫子「会いたかったですの~、ご主人様!  砂場で遊ぶなんて野蛮なこと、キッズがす ることですの」

   飛麿は薫子を、振り払うように言いま   す。

飛麿「い、いつから俺は、君のご主人様にな ったのだよ!?」

   薫子は、目を見開いて教えます。

薫子「前世からですの。前世で私たちは、結 ばれて婚約したのですの。私の前世の記憶 では、城方家はまだこの場所に引っ越して、 アパートを経営する前だったから、飛麿さ んを探すのに苦労したのですのよ」

   飛麿は、薫子を振りほどくように、

飛麿「何言ってるんだよ? 確かに君は、昔 出会ったような感じはするが、僕は君のこ となんて知らないよ!」

   薫子は、飛麿に抱きついて諭します。

薫子「私たちは、前世で結ばれていたですの。 私には、前世の記憶が残ってございますの よ」 

   飛麿は、薫子を振りほどいて、いぶか   しむように、

飛麿「前世、前世って、君は超能力者かよ  !?」

   この様子を、偶然近所に通りかかった   妹の松子が目撃します。

松子「やゃ、あれはお兄ちゃん。その隣で楽 しそうにしているメイド小学生が、お兄ち ゃんの彼女!? もしかしてあの発育中の 小学生が、私のブラジャーを使うの? 確 かにカップのサイズは良いのかもしれない けれど、えぇ、でも、お兄ちゃんってロリ コン!?」

   松子は、見てはいけないものを見たか   のように、顔も合わせず、家まで走っ   て帰りました。


○城方メゾン

   人通りがまばらな、城方メゾンの敷地   内で、透けて見えるメガネをかけなが   ら、ターゲットを探して、ニヤケ歩く   小太郎。

小太郎「飛麿の家のアパートに、美人の女性 なんか住んでいないかな?」

   しばらく歩いていると、小太郎の目の   前に、ミュイの姿があります。

小太郎「おぉ、超可愛い娘じゃん。こんな娘 が飛麿んちにいたとはなぁ、ヒッヒッヒッ ヒッ、よしこのメガネの電源を入れて、セ ンサーが作動するまで、しばらくの間、待 て待て待て待て、ターゲットに照準を合わ せたら、こうやってピントを合わせて、み、 見えたー!! え、うわぁぁ、ひえぇぇぇ ぇ!?」

   ミュイの体を透視した小太郎は、恐れ   をなしてその場から逃げます。

   その様子を目撃するミュイ。

ミュイ「なんですの、あの方は?」


○城方メゾン

   飛麿は、公園から、夕日に照らせれな   がら、自分の家に帰っている。

   その飛麿のあとを付いてまわる、11   才の薫子。

薫子「待ってくださいなご主人様~。私は家 出までして、このかわいいメイド服におめ かししてまで、ご主人様の下に、会いに来 たのですの。私もアパートに、泊めてくだ さいませ!」

   飛麿は、薫子を振りほどくようにして   歩く。

飛麿「冬休み期間中だからといって、家出を したのなら、自宅に帰るべきだ!」

   しかし薫子は、粘る。

薫子「そんなこと言わないでくださいませ。 私はクリスマスの誕生日に合わせて、せっ かく会いに来たのですのよ。11才の大事 な誕生日の、しかもクリスマスを、台無し にしたじゃないですの。自分の宿命を感じ てくださいな。責任を取って私を家に、泊 めてくださいませ!」

   飛麿は急に足を止め、怒鳴るようにし   て言う。

飛麿「どうして俺が、責任を取らなきゃいけ ないのだよ!」

   薫子は、悲しい女の目をして、訴える。薫子「アパートに止めてくれなきゃ、私、死 んでやる~!!」

   この言葉に、飛麿は反応します。

飛麿「そ、そんなこと言ったら、どうしても 空き部屋に泊めなきゃいけなくなるだ   ろ!」

   飛麿は根負けしたような表情をします。薫子「やっぱり飛麿さんは、昔のまま、優し い人ですの」

   この様子も、城方メゾンの敷地の外か   ら観察する白髪の老人。


○城方家リビング(夕)

   仕事から戻った城方家の住人たちが、   リビングで一家団欒している。

   そこで妹の松子が、公園で見た薫子の   ことを、両親に報告します。

松子「ねぇ、パパとママ聞いて、お兄ちゃん の彼女って、どう見たって小学生くらいの、 身長が145センチくらいしかない未成年 なの」

   このニュースに、母親は残念がる。

コズ江「ありゃぁ、そっちの方に行ったか~。 あの子は同年代の子についていけなかった のかしら」

   父親の竹は、

竹「どうしたもんかのぉー。今時の子は、幼 くても可愛らしさを持っておるからなぁ」

   リビングに、梅ばあちゃんも現れます。梅「何の話じゃ?」

   松子が、梅ばあちゃんに報告する。

松子「それが、お兄ちゃんに出来た彼女って、 どうやら未成年の子供らしいのよ」

   それを聞いた87歳の梅ばあちゃんは、   驚き嘆きます。

梅「何だいまったく! 男の子は育てるのは 難しいというが、わたしゃ竹をこんなに立 派に育てたじゃろうに、孫の飛麿は、変な ふうに育ってしもうたもんじゃ! だから 初孫の長男の名前は、松が良かったんんじ ゃ!」

   竹は、難しい表情をして言う。

竹「母さん、だから学校でいじめられるじゃ ないですか!? それにまだ決まったわけ じゃないですよ」

   梅ばあちゃんは、また苦い表情で言う。

梅「それなら今時の、しょう)で良かじ ゃろか!!」

   家族はみんな落胆する。


○城方メゾンの薫子の部屋(夕)

   飛麿は、夕日が照りつける城方メゾン   の空き部屋に、薫子を案内した。

   薫子は、城方メゾンの空き部屋に、最   低限の家具を入れようとする。

薫子「冷蔵庫は必要よね、あとテレビと、ド ライヤーも入れてちょうだい」

   飛麿は、少し嫌な表情をしながら、

飛麿「君は何泊しようと思っているんだ!  ちょうど空き部屋が一室空いていたから、 ここに住ませるけど、一週間ぐらいしたら、 自宅に戻るのだぞ。それにバレるといけな いから、あまり外に出歩くなよ」

   薫子は、素直な笑顔になって応えます。薫子「分かりましたの。ご主人様」

   飛麿は忠告する。

飛麿「お前は、『の』の使い方がおかしい」

   そこに隣部屋のミュイが気づいて、薫   子の部屋に、玄関廊下をつたってやっ   てきます。

ミュイ「あら、新しい入居者さんですか?  公園にいた女の子ですわね。まぁ可愛らし い人ですわ」

   飛麿はミュイを見つけると、顔が甘く   なって、

飛麿「あ、いや、まぁそんなもんです、へ  へ」

   ミュイを一目見た薫子は、何かを感じ   取ります。

薫子「あなたは私と同じ、意図的に作られた モノね。私は飛麿さんの宿命の女。よろし く」

   ミュイは薫子の口元を読心術で読んで、   それに応えます。

ミュイ「まぁ、私は運命の女ですわ。飛麿さ んは私の旦那様ですわ」

   その発言に、薫子は宣戦布告をするよ   うな目をする。

   ミュイと、薫子は、笑顔で睨み合って、   飛麿をめぐる女の戦いの火花が散る。



○城方メゾン

   風が強い、冬空のカラっとした快晴の   下、そびえ立つ城方メゾンの住民たち   が、敷地内の大きな広場に集まってい   る。

   その広場の中央で、大家の梅ばあちゃ   んが、ひときわ高い壇上に上がって、   拡声器を持って、腹のそこから声を振   り絞って宣言をします。

梅「城方メゾン恒例の、全員集合全員参加の、 大晦日大忘年会大餅つき大会ー!!」

   みんな飛び跳ねて、拍手をしながら盛   り上がる。

皆「イェーェーイ!!」

   その忘年会が行われている広場には、   飛麿も、ミュイも、薫子もいる。

   そのメンバーに、疑いを持つ妹の松子。松子「あんなミニスカナースなんて、ここの 住民にいたかしら!? それにお兄ちゃん の隣には、お兄ちゃんの彼女の、ロリータ メイドもいるわ!」

   ミュイは疑問に思ったことを、飛麿に   聞く。

ミュイ「旦那様、今から何が始まるのかし  ら?」

   ミュイは飛麿の口元をよく観察して聞   く。               飛麿「餅つき大会だよ。ここでは毎年、12 月31日に、一年の締めとして、忘年会で みんなで餅をついて、焚き火で炊いたぜん ざいを食べるのだよ。ぜんざいにつきたて の、焚き火で焼いたお餅を入れると、すご く美味しいんだ」

   ミュイに対して優しく説明をすること   に、表情と、心の中で噛み付く薫子。

   そして薫子は、飛麿の服を『飛麿は私   のもの』と言わんばかりに引っ張る。

薫子(M)「なによ! 飛麿さんは私のご主 人様なの!」

   ミュイはよく考えて、薫子に引き離さ   れた飛麿に伝えます。

ミュイ「お餅ですか? 私は要りませんわ。 部屋で充電していますわ」

   飛麿は、ミュイと一緒に過ごそうと考   えていたような顔をして言う。

飛麿「あ、うん、そう……」

   そう言うとミュイは、自分の部屋に戻   ります。

   それに密かに喜ぶ薫子。 

   大家の梅は、久しぶりの祭りに、壇上   の上でノッています。

梅「いぇーい! えぶりばでぇ、みんな、盛 り上がってるか~い? べいべぇ~。餅は 一人4個まで、ぜんざいはおかわり自由だ ぜ~い! みんなガンガン飲んで、ガンガ ン食べて、一年のうさを晴らして、楽しく 忘れようじゃないか~い!」

   薫子は、ミュイが自らいなくなったこ   とで、飛麿をリードします。

薫子「ご主人様、私と一緒にお餅を食べまし ょ」

   飛麿は、ミュイが自室に戻ったことを   残念がりながら、

飛麿「えっ、う、ん。行こうか」

   城方メゾンの忘年会の広場には、隅っ   この方に、あの白髪の老人もいます。

   この広場には、今到着した小太郎も来   ている。

   薫子は、飛麿にお餅を食べさせようと   します。

薫子「ご主人様、はい、あーん」

   飛麿は拒みます。

飛麿「そんな一人で食べられるよ!」

   それを見ていた小太郎は、飛麿たちの   ところに駆け寄ります。

小太郎「おい飛麿、お前にそんな趣味があっ たとはな。お互い彼女がいないからって、 そこまで飢えていたか」

   飛麿は釈明する。

飛麿「ち、違うんだ。この子はただの、二人 目の妹みたいなもんだ」

   それを聞いた薫子は、

薫子「ひど~い! 彼女ですの!」

   薫子の様子を見た小太郎も、何かに気   づく。

小太郎「しかし、この子はどっかで見たよう な気がする」

   小太郎は、思い出そうとするように、   薫子の顔をジロジロ見る。

   飛麿は小太郎の異変に気づく。

飛麿「ところで小太郎、あのメガネをかけて いないな?」

   小太郎は少し下を向きながら、悟った   表情をして、

小太郎「あぁ、卒業だ。俺は大人になった。 人には知らなかった方が良かったことも、 ある」

   その時です。急に強風が広場に吹きつ   けます。

   強風で、モノが軽く吹き飛ばされます。   風が強すぎて、焚き火の火が強くなり   ます。

   その火が、アパートの東棟に燃え移り   ます。

皆「きゃー! 焚き火の火が棟に燃え移った ぞ!!」

   みんなの騒ぎに、壇上に立っていた梅   も事態を把握します。

竹「誰か携帯で、消防車を呼べ!!」

   大家の梅は、アパートに火が燃え移っ   たことがわかって、すぐさま対応にあ   たります。

梅「大火事にならないうちに、全部屋に備え 付けている防火シャッターを下ろすんじ  ゃ! 不幸中の幸いで、全住民が、全員集 合の餅つき大会に参加しておる。じゃから 竹、防火シャッターが全自動で全部下りる ように、ボタンを押しに行くのじゃ!!」

   竹は、シャッターが全部自動で下りる   ボタンを、走って押しに行きます。

   しかし梅の発言に、飛麿は気づく。

飛麿「全員参加、んむ、ミュイがいな  い!? ミュイは確か部屋に戻ったんだ、 ばあちゃんダメだ! まだ人が残ってい  る! 燃え移った東棟の火から一番近い部 屋に、ミュイが取り残されている。だから 完全封鎖するシャッターを下ろしたらダメ だ!」

   梅は困惑した表情で言います。

梅「な、何言ってんじゃい、あの部屋は今は 空き部屋で、誰も住んではいないじゃろ  か」

   飛麿は緊迫した表情で言います。

飛麿「俺が勝手に、人を住ませていたのだ  よ!」

   これに梅ばあちゃんは、深刻な表情を   する。

梅「なぬっ、あいや~、こりゃ大変じゃ。防 火シャッターは、安全を確認してから、ボ タンを押さないといけないはずじゃのに、 まだわたしゃ、全住民の避難を確認して、 安全を確認する前に、竹に全自動のボタン を押すように指示してしもうた(梅は 手を口に当てて、慌てふためく)ボ、タン を押すと、自動的に、全部屋が完全封鎖さ れるように設計されているんじゃ。」

   梅ばあちゃんは、腰を抜かしたように   へたれこむ。

   強風で、焚き火の火が、東棟に燃え広   がっている。

   飛麿は急いで、ミュイの部屋まで駆け   出す。

   飛麿はミュイの部屋の玄関にたどり着   き、ドアを何度もノックする。

   しかし応答がないので、ドアノブを回   してみるが、鍵がかかっていて、開か   ない。

飛麿「しまった、俺が用心のために鍵をかけ ろと言ったから、鍵がかかっている。ミュ イ! ミュイ! 頼む開けてくれー!」

   飛麿は何度もベルを鳴らすが、それで   も応答しない。

飛麿「ミ、ミュイは耳が聞こえないんだ!  ミュイー、ミュイ! 頼む聞いてくれ!!」   そこに、大家の梅ばあちゃんが、鍵を   持ってやってきます。

   周りはもう、煙が充満している。

   梅ばあちゃんは、鍵を飛麿に渡す。

梅「これがその部屋の鍵じゃ!」

   飛麿は受け取った鍵を使って、ミュイ   の部屋に侵入する。

   しかし飛麿は、煙と熱で、部屋の奥に   なかなか進めない。

   飛麿は、声をかけながらミュイの姿を   確認しようと前に進むが、煙が充満し   ていて前に進めない。

飛麿「ごほっ、ごホッ、うぅぅ」

   そこにちょうど、全自動のシャッター   が下りてくる。

   飛麿は煙の奥に、かすかにミュイが寝   ている姿を見る。

飛麿「ミュイー! ミュイ!! 起きてくれ ー、人の言葉を心で聞くんじゃないのか  よ! 俺の言葉に気づいてくれよー、ミュ イ、聞いてくれー! 早く起きてくれない と、そうしないと君は死んでしまう!!」

   シャッターが二人の間を遮る。

   部屋は煙が充満して、呼吸もできない。   飛麿は、最後に力を振り絞って、防火   シャッターの下をかいくぐって突入す   る。

飛麿「待ってろミュイ! 今行く、ん、 ばあちゃん!?」

   突入しようとした飛麿を、梅ばあちゃ   んが服を掴んで離さない。

   飛麿はどうにかして、ミュイを助けよ   うとする。

   しかし梅ばあちゃんは、孫の飛麿を助   けようとして放さない。

飛麿「ばあちゃん何してんだよ!? 大事な 人がいるんだよ。助けなきゃいけない女性 がいるんだよ! 放してくれよばあちゃ  ん!」

   梅ばあちゃんは、無言で、必死に飛麿   を掴む。

   無情にも、飛麿とミュイの仲を、シャ   ッターが断ち切る。

飛麿「ミュイ! ミュイー!!」

   完全に防火シャッターが下りて、部屋   と部屋が遮断された。

   そのことで燃え広がった火と、煙を封   じ込めることに成功する。

   火の勢いが消えて、延々と立ち込めて   いた黒い煙も、燻って落ち着いた状態   になっている。

   忘年会に人が集まって、騒然とした城   方メゾンには、飛麿の叫び声が鳴り響   く。


T「数時間後」

○城方メゾン(夕)

   城方メゾンの東棟が、燃えて焦げてい   る。

   黒い煙と、焦げ臭い匂いを嗅ぎつけて、   城方メゾンには、消防車と、やじうま   たちが集まった。

   飛麿は、ミュイの部屋の入り口の玄関   前で泣いている。

飛麿「うっぅ、ばあちゃんが止めなきゃ、ミ ュイは助かったんだ。ミュイがあれだ けの黒い煙を吸ったら、一酸化炭素中毒に なって、死んでしまうのは確実だ。俺がい けないんだ。俺があの部屋に住ませなきゃ、 ミュイは死ななかったんだ。俺は良かった んだ、自分よりも大事な女性が出来たんだ。 カヲル以来、そう思える女性に出会ったん だ、だのに、それなのに」

   城方メゾンの火事は、消防隊が到着し   て鎮火している。

   大晦日の火事は、迅速な消防の対応で、   ボヤ騒ぎで済んだ。

   ミュイの部屋は、燃え広がってはいな   いが、黒く焦げ付いている。

   消防隊は、燻っている火事を鎮火して、   次にミュイの部屋を捜索する。

   消防隊は、シャッターを上げて確認し   ている。

消防隊員「おいシャッターを上げろ! みな さん危険ですから、下がっていてくださ  い!」

   その消防隊員の指示にも、飛麿は従わ   ず陣取っているが、消防隊員がもぬけ   の殻状態の飛麿を無理やり下げる。

   消防隊が、ミュイの部屋に入った。

   消防隊員が、緊迫した様子でざわつく。

   全員の消防隊員が、沈痛な面持ちで仕   事にかかる。

   消防隊が捜索したあとに、一人の消防   隊員が飛麿に報告する。

消防隊員「部屋を確認したところ、一人の看 護師の女性がいた事が確認されました。し かし誠に残念ながら、その女性は息をして おりませんでした。一酸化炭素中毒で、亡 くなっております。大晦日に大変なことに なりまして、皆さんのお力になれませんで、 申し訳ありませんでした」

   その訃報を聞いた飛麿は、心の中から   自分の叫びがあふれ出ます。

飛麿「あ、あぁぁ、ミュイ~!!」


○ミュイの部屋

   飛麿の叫びに、ミュイが目覚める。

   ミュイは慌てて、燻っていた部屋を通   り抜けて、急いで玄関口の飛麿のとこ   ろに行く。

   ミュイは充電満タンで、何事もなかっ   たように、元気に口を開きます。

ミュイ「お呼びですか? 旦那様♥」

   ミュイの復活に、腰を抜かす消防隊員。

消防隊員「えぇぇぇえ!? 人が生き返った ー」

   飛麿も状況を飲み込めずに、たまげる。飛麿「へぇ!?」

   その場にいた者は、生き返ったミュイ   を見てみんな固まる。

   ミュイは、周りが、何を驚いているの   かと、言わんばかりの、不思議な表情   をする。


○城方メゾン(夜)

   ボヤ騒ぎ後の、静寂な夜に、背後にあ   る、焼け焦げた棟が痛ましい、城方メ   ゾンが静かに見守っている。

   広場に立ち尽くす複雑な表情をした飛   麿に、小太郎が声をかける。

小太郎「なぁ飛麿、お前あのナースと、どん な関係だ?」

   飛麿は素直に答える。

飛麿「か、彼女だよ」

   小太郎は、渋い表情で伝える。

小太郎「彼女か、まぁ人間にはいろんな 趣味や、好みがあるもんだな。でもよしん ば結婚をすることはできても、彼女と子供 を作ることはできない! ダッチワイフと 結婚するようなもんだ。俺たちは、もう年 が明けると、今年で三十路だぞ。そろそろ 人生の中盤に差し掛かって、将来のことと か、老後のこととか、頭に入ってくる年だ ろ。もし俺が、今のお前の立場だったら、 ロリータメイドの方を選ぶ」

   そばで飛麿を見守っていた、薫子もア   ピールします。

薫子「そうですの。私はれっきとした生き物 ですのよ。私は機械人間には、負けません の。だからご主人様、私を選んでください な?」

   飛麿は、うなだれながら告白します。

飛麿「わかった、俺も今日は、正直相当ショ ックを受けているんだ。カヲルの誕生日の 2月28日くらいまで、考えさせてくれ。 結論は俺の30の誕生日の、3月1日に答 えとして出すよ」

   薫子は打ち明けます。

薫子「来年は夏季オリンピック年ですの。だ からお母様の命日の、うるう日があるです の。だからきっと来年のお母様の誕生日の、 一日多いうるう日には、良い返事を持って、 飛麿さんがやってきてくれますのね。私は ずっとそれを、待っていますのよ」

   薫子のフレーズに、小太郎は反応しま   す。

小太郎「お母様!?」

   小太郎は、その発言に気になる表情を   する。


○城方メゾン(深夜)

   漆黒の闇が、広場に座り込んでいる、   真実を知った三人を包み込む。

   そんな三人のもとに、あの白髪の老人   の設楽清〈65〉が、自己紹介をして   やってきます。

設楽「お忙しいなか申し訳ありませんが、私 の名前は設楽清と申します」

   初対面の薫子は怪しがります。

薫子「誰? このおじさん」

   設楽の説明が始まります。

設楽「私は実は、メロの製作者なのですが、 実は現在のメロのオーナーからの依頼で、 メロをこちらに貸出されたわけですが、私 はそのレンタル期間の、終了時刻をお知ら せにやってまいりました。現在のオーナー との契約では、きっちり正月の元旦までと なっておりますので、除夜の鐘が鳴り終わ った頃には、我々があのナース姿の格好を した、メロを回収することをお知らせにや ってまいりました。今日はその旨をお伝え にやってまいりました所存でございます」

   突然のミュイの所有者からの回収宣告   に、飛麿は冷静さを欠いて、設楽博士   に対してキレる。

飛麿「ぇえ、どういうことですか!? メロ ってミュイのことですか? ちょっと待っ てくださいよ、ミュイを回収するってどう いうことだよ!?」

   突然、自分の女を盗られたように興奮   する飛麿に、設楽博士は、冷静沈着に   諭す。

設楽「お客様が、ミュイと呼んでらっしゃる メロは、私が開発いたしました機械です。 最先端のアンドロイド工学で作った作品で す。あの機械を私はオーナーに貸出してい るだけです。現在のオーナーとの期限は、 今年の今日までです。それともあなたが次 のオーナーになって、メロの貸出しの延長 をいたしますか? 延長料金は一週間で、 500万円に設定しておりますが?」

   飛麿は、金額にも驚く。

飛麿「レンタルの料金が500万円って、そ、 そんな金額をすぐに用意できるわけないじ ゃないですか!?」

   設楽博士は、渋い表情をする。

設楽「これでも安く設定した方ですよ。でも すぐに用意することができないのは、仕方 がないことです。ですので、私も鬼ではあ りません。ちゃんとそれなりの別れの挨拶 をするところまで待ちます。この商売を始 めていると、中には情が入ってしまったお 客様に、メロの回収を拒まれる経験が多々 あります。ですので、なにか彼女に伝えた いことがあるのなら、今のうちにおっしゃ ってください」

   大晦日ということもあり、蛍の光よう   に、家が電気をつけて、怪しく輝いて   いる夜景が見える。

   設楽博士も説明が終わる頃に、虫も鳴   かない、沈黙の暗闇の中から、ミュイ   が、飛麿の下に現れます。

   静かに現れたミュイは、何かを悟った   様子。 

ミュイ「博士。もう、そんな時間なので すね」

   ミュイは半分諦めた表情をします。

   ミュイに対して、飛麿は問い詰めます。飛麿「ミ、ミュイ、本当に君はどこかに、行 ってしまうのかい?」

   ちょうどここで、除夜の鐘が鳴り響き   だします。

   ミュイは飛麿の口元を見て、確認しな   がら丁寧に答えます。

ミュイ「もう旦那様は聞いてしまわれたので すか? (残念そうにしながら)もう私の 正体には気づかれたのですね? (サバサ バした表情になって)そうです私は、機械 人間のアンドロイドです。(観念した表情 になって)それでは旦那様、サヨナラです わ」

   ミュイの発言が終わる前に、飛麿は食   い気味に言う。

飛麿「そんなあっさり言うなよ! お別れの 挨拶を、大事な人との思い出を、そんなに あっさりと片付けるなよ!」

   ミュイは、予想外の答えに圧倒されま   す。

   除夜の鐘の音色が、バックコーラスと   して奏でる。

飛麿「俺たちの一週間の思い出を、そんなに 淡白に、過去の思い出のようにするなよ! 悪い思い出のようにするなよ! 真剣に付 き合っていた、俺の本当の気持ちを、裏切 るなよ!」

   この発言に、ミュイの本音が垣間見え   る。

ミュイ「だってしょうがないですわ! みん な私が機械だとわかったら、そっぽ向かれ ましたもの。私は機械ですもの。結婚なん かできませんわ。子供だって産めませんわ。 だから諦めてますもの」

   飛麿は、間髪を容れずに伝えます。

飛麿「俺をそっぽ向いた男たちと、一緒にす んなよ!」

   ミュイは、飛麿の口から放たれる言葉   たちを、真剣に目で確認する。

   ミュイは認識した意外な飛麿の言葉た   ちに、思わず本当の気持ちが入る。

   そしてミュイは白状します。

ミュイ「確かに最初は、仕事として付き合っ てましたわ。今までどおりに、旦那様にお 名前をつけてもらって、楽しませる作戦で したわ。でもしだいに付き合っていくうち に、飛麿さんは、今までの男たちとは違う と、感じ始めましたわ。私は本当に飛麿さ んのことを、愛し始めていましたわ。プロ グラミングのせいではない。私は本当に、 飛麿さんのことが好きで、好きで、しょう がないですもの」

   飛麿は、ミュイの心を聞こうとします。飛麿「だったら何故サヨナラなんか、またい つでも会えるじゃないか」

   ミュイは、機械の心で葛藤しながら、   飛麿の今日は踊るようなボキャブラリ   ーを目で読んで、慎重に言葉を選びま   す。

ミュイ「だから、だからこんな私が、飛麿さ んの大切な将来を、左右してはいけません もの! 私はこれから、別のオーナー様の ところに行かなくてはいけませんわ。それ が設楽博士のところに生まれた私の運命。 私は機械として生まれた以上、製作者の思 い通りに動かなくてはいけない。そうしな いと、私が自分でポンコツだと、証明して しまうようなものですわ! 例えそれが、 私の意思に反して、嫌だったとしてもです わ!」

   飛麿は、ミュイの立場と感情になって、   純粋に深く同情する。

ミュイ「私は運命の女ではなく、隣にいては いけない女ですわ。だから今までのオーナ ーになっていただいた旦那様たちとは、辛 い別れをしてきましたわ。でもその中でも 飛麿さんは、特別ですわ。だから飛麿さん には幸せになってもらいたい。だから私な んかが、一緒にいてはいけませんもの!」

   飛麿は一つのポイントに引っかかって、   自分の本当の気持ちを訴える。

飛麿「だから、勝手に俺の幸せとか決めつけ んなよ! 俺の幸せを、ミュイの尺で決め るなよ! 俺が何が幸せで、何が不幸かな んて、自分でもわかるのだよ。俺が決める のだよ! 誰が子供なんて欲しいと言っ  た! 誰がミュイがいたら迷惑なんだよ! 何が、隣にいてはいけない女なんだよ!」

   この飛麿の宣言に、ミュイは心を打た   れます。

ミュイ「え、っ。」

   その言葉を心で聞いて、ミュイは感動   します。

   そして機械人間のミュイの瞳から、ポ   ロっと涙が溢れます。

   その様子を、設楽博士は観察して驚き   ます。

設楽「メロが涙を流した。これは機械の構造 上ありえないことじゃ!? 可能性がある とするならば、メロに搭載した人工知能の、 AIheartsアイ・ハーツ)という 心臓部品の、人間の心に相当する回路が、 感情という、心の部分をコントロールする ことができずに、誤作動して、表現させた 可能性がある。本人が言っているとおり、 飛麿君との純粋な接触で、メロの心に相当 する回路が、開放されているやもしれん」

   ミュイは踊るような笑顔になって、舞   い上がります。

ミュイ「ミュイは人の言葉を、耳ではなく、 eye・AI・愛で聞くのですわよ」

   そのミュイの発言を聞いて、設楽博士   は気づきます。

設楽「メロは何かしらの事情で、音声が入ら ない状態なのか? それならその回路を修 理をしたあとに、元の状態に初期化をする 必要がある。だから、一度メモリーをリセ ットしなくてはならない。そうなると、こ の飛麿君との思い出も、削除されてリセッ トされる。メロ、記憶が全てリセットされ てしまうが、それでも良いな?」

   それを聞いたミュイは、親に反抗して、   涙を流しながら、自我を出します。

ミュイ「イヤですわ! 私は大好きな飛麿さ んとの楽しい思い出が消えてしまうくらい なら、自ら水に飛び込んで、ショートして しまう方がマシですわ!」

   浮かれた様子のミュイに、設楽博士は   一喝します。

設楽「メロ! 何を言っておる! 今のお前 は故障をしている状態なのじゃよ。お前は 返却後に何度もリセットを経験しておるじ ゃろ! 次のお客様も待っておる。お前は 現在、予約待ち状態なのじゃ」

   ミュイは諦めて、観念した表情になる。   そして何かを決心して、飛麿に伝えま   す。

ミュイ「サヨナラ飛麿さん」

   飛麿は、ミュイを引き止めたいとする   ような声を出す。

飛麿「おい、本当に行くのかよ!?」

   設楽博士は、ミュイのもとに行き、修   理をするための準備をする。

   それを素直に、夜空を向きながら従う   ミュイ。

   すると空から、幻想的な雪が降ってき   た。

   ミュイはその雪を見ながら、楽しい思   い出を思い出し、瞳の部分から、涙を   つたわせる。

   壮大な雪は、城方メゾンの周りにも降   り注ぐ。

   設楽博士は、ミュイのメモリーをリセ   ットする作業を行う。

   除夜の鐘のカウントダウンが始まる。

   飛麿は雪の冷たさに耐えながら、決心   だけが満ちる。

飛麿「ミュイ! 消えてしまうな!」

   ミュイは博士に応じながら、静かに瞳   を閉じる。

   ミュイの頬には、溢れ出る涙がつたっ   た跡が残る。

   空から降る雪が、光りながら舞い散り   始めた。

   ミュイは、求めるように、水の雪を受   け入れるように、夜空を仰いでいる。

   ミュイの顔に雪が落ち、その一つ一つ   から、思い出たちが、走馬灯のように   回り巡っている。

   108回目の除夜の鐘が、無情にも鳴   り終わっている。

   その場には、ミュイの電子音だけが鳴   り響く。

ミュイ『ピーーー、初期化設定、ピッ、再稼 働ー』

   ミュイは閉じていた瞳を静かに開いて、   再び起動する。

   ミュイは、何事もなかったように、呆   然とした目をしている。 

   ミュイは微動しながら、初らしい様子   を見せる。

   設楽博士は、飛麿に説明する。

設楽「これでメロのメモリーはリセットされ た。だからもう君との思い出は残っていな い。君はメロに情が入ったかもしれないが、 たまにはそういうお客さんもいるものだ。 申し訳ないが、メロのことは諦めて、メロ ではない生身の女を作って、忘れてくれ。 さぁメロ、最後に大好きな飛麿君に、お別 れの挨拶くらいしてあげなさい」

   ミュイは雪も気にせずに、設楽博士の   言うことを、素直に聞く。

   ミュイは設楽博士に応じて、飛麿の方   を向く。

   ミュイは無表情で、呆然としながら、   サヨナラの『バーイチャ』のポーズを   とる。

   それを見た飛麿は、

飛麿「お、ちょっと待てよ!? ミュっミュ イー!」

   ミュイは、設楽博士に連れ去られます。   それを飛麿は、親友の小太郎に、わし   掴みされて、引き止められながら見て   いるしかない。

   ミュイは、設楽博士に連れられて、緩   い坂道を登りながら、工場に戻る。

   飛麿は、何度もミュイの名前を叫ぶ。

   ミュイと設楽博士は、トボトボとそし   て着実に、城方メゾンから去っていく。

   設楽博士たちの姿が、どんどん小さく   なっていっても、飛麿はミュイの耳に   届くように、心に訴えて、名前を呼び   続ける。


T「12年前の2月29日・うるう日」

(回想)○事故現場

   車がひっきりなしに通過する道路沿い   を、城方飛麿〈17〉は、婚約者の宮   園カヲル〈18〉と、楽しそうに話し   ながら交差点に差し掛かる。

   飛麿は周りを気にせずに、カヲルに話   しかける。

飛麿「今年は夏のオリンピックがある、うる う年だからな、4年に一度しかないうるう 日の今日があるんだな。しかしうるう日に 生まれた人って、何日に誕生日を祝うんだ ろ?」

   カヲルは、冷静に答える。

カヲル「3月1日よ。あなたの誕生日ね」

   飛麿は確かめるように言う。

飛麿「俺はちゃんと、3月1日に生まれたよ。 で、明日がその3月1日の、俺の18才の 誕生日だから、明日婚姻届を出そうな」

   カヲルは告白します。

カヲル「まさか私たち同級生の幼馴染が、結 婚するなんて思わなかったわ」

   二人は楽しく会話しながら、徒歩で交   差点に差し掛かる。

飛麿「改めて、昨日のカヲルちゃんの、18 才の誕生日おめでとう。その記念の結婚指 輪は、高級デパートで買ったんだよ。高か ったんだからね、次はもっと高いものを 」

   カヲルの左手の薬指には、指輪がはめ   ている。

   カヲルは、そのはめた指輪を、飛麿の   話を聞きながら、嬉しそうに見つめる。

   カヲルは、飛麿のことを、母親のよう   に見守る。

   飛麿はそんな会話をしながら、鈍感に   交差点の車を確認もせず、注意を怠り   ながら交差点を渡ろうとする。

   そこに車が、猛スピードで突っ込んで   くる。

   飛麿は、カヲルと結婚することに浮か   れて、小躍りしながら交差点を通る。

   カヲルはその車の存在に気づく。

カヲル「あっ、危なっ!?」

   カヲルは、飛麿をかばって車から飛麿   を守る。

   車は、飛麿たちに突進する。

車『ピッピーー!! ガシャーン!!』


   飛麿をかばって、カヲルは倒れる。

   その事故現場だけが、時間が止まって   騒然となる。

   事故の当事者に、周りの人間の目が留   まる。

   積極的に助けようとする人もいれば、   騒ぎ出して助けを呼ぶ人もいる。

   知らんぷりして通り過ぎる人もいる。

   車を運転していた人も、車から降りて、   カヲルの下に駆け寄る。

   カヲルの左手の薬指には、結婚指輪が   はめられている。

   そのカヲルを、動揺しながら、無事を   確認しようとする飛麿。

飛麿「カヲル! 大丈夫か!? カヲル!!」

   泣き叫びながら、カヲルを看病する飛   麿。

飛麿「やっちまったー! 俺のせいだ、カヲ ル! 起きてくれカヲルー!」

   飛麿が泣きながら看病するが、カヲル   の腕は力なくたれている。

   カヲルの死を覚悟する飛麿。

   飛麿は、応答がないカヲルだけを見つ   めながら、必死に呼びかける。

飛麿「起きてくれカヲル! カヲルー!!」

   その声に、静かに瞳を開くカヲル。

   カヲルは一瞬、自分がはめている結婚   指輪を見つめる。

   ちょうどそこに、警察や、救急隊員が   駆けつける。

   そして最期の力を振り絞って、カヲル   は飛麿に遺言を遺す。

カヲル「あ、あなた、もうそそっかしいんだ から、ちゃんと左右を確認しなきゃダメじ ゃない。も、もう私はダメみたい、も し私がダメになったら、これから一人にな るので、聞いて頂戴。どんな人にも優しい あなたが、だ、大好きでした、あなたは、 人見知りで、恋愛オクテだから、どんな女 性でも、愛してくださいバーイチャ  」

   カヲルは最期に、創作手話の『バーイ   チャ』のポーズをする。

   そのあとカヲルは瞳を閉じて、カヲル   の体は力なく垂れ下がる。

   看護する救急隊員から指示されても、   カヲルを離さない飛麿。

   飛麿は、カヲルのそばで、天にいる神   様に祈りながら、瞳を閉じて泣き叫ぶ。

飛麿「カヲル~!!」

   救急隊員が、飛麿を、カヲルから引き   離して、救命看護をする。

   その間も飛麿は、神様に向かって祈る   ように泣いている。

   


○飛麿の部屋(早朝)

   飛麿はモヤっとした回想から、急に現   代に目が覚める。

   そこは自室だった。

   部屋には、生活感があるものが散乱し   ていて、カヲルとの思い出の写真が飾   られている。

   その部屋には、ミュイにやったブラジ   ャーもある。

   飛麿はカヲルと死別した事故を思い出   して、息が荒れる。

   飛麿はいつの間にか、夢を見ながら涙   を流している。

飛麿「ぁっ、はっ、はぁ、はぁ~、カヲルの 事故の記憶を全部思い出した。ミュイ を探さなきゃ! 今度は僕の前から、消え てしまわないうちに!」


○街

   カレンダーの表紙は、新しい一枚目の   1月になっています。   

   その日から飛麿は、仕事も忘れて、街   に行ってミュイの姿を探します。

   ミュイに似ている女の子がいると、片   っ端から声をかける。

   そのことに女の子から、怪しい目で見   られる。 

   たまに家に帰ると、母親から、 

コズ江「あ、あんた仕事は!?」

   しかし飛麿は、ミュイに似ている女性   と会ったことがあると言う人がいたら、   積極的に声をかけて、話を聞きます。

   そこが危ない夜の街でもお構いなし。

   飛麿はお店の人に煙たがれて、雨の日   に、女の子を怯えさせたことに、腹を   立てた黒服の男に殴られて、脇道で倒   れ込む。

   満足な食事も摂らずに、しだいに頬も   やせてくる飛麿。

   それでも、ミュイを探すことは止めな   い。

   親友の小太郎の説得も、突っぱねる飛   麿。

小太郎「おい、お前、最近どうしたんだ!?」

   そんな姿を見て、家族は相談する。

   みんなも心配して、飛麿のことについ   て話し合う。

   家族たちは、何かを決断した模様。

   しかしそんな周りが心配して説得して   も、何もすることができないまま、月   日がすぎる。

   カレンダーの日にちには、どんどんバ   ツがつけられる。

   そして飛麿は、人が変わったようにな   る。


○小太郎の家

   閑静な住宅街に、簡素な造りの小太郎   の家が建っている。

   その家に飛麿は行って、現れた小太郎   に、玄関口から申し出た。

飛麿「なぁ小太郎、お前の透けて見えるメガ ネを、俺に5万円で売ってくれないか?」

   その申し出に、小太郎は笑みを浮かべ   ながら驚く。

小太郎「おっ、(あっ、こいつ、ようやく別 の女に興味を持ち始めたな)あぁ、良いよ。 売ってやるよ」

   飛麿は、小太郎から、透けて見えるメ   ガネを受け取る。

   小太郎は、怪しむ笑顔をする。

   飛麿は、すぐさま走ってどこかに向か   う。


○近所の公園(夕)

   公園は、夕焼けで、暁色に染まってい   る。

   公園には、薫子が一人で、ブランコに   揺れながら遊んでいる。

   ブランコで揺れている薫子を、飛麿は   呼び止める。

   薫子は、ブランコからスっと降りて、   飛麿のところに駆け寄る。

薫子「あぁ~ご主人様! ずっと待っていま したのですのよ。もう、自分の宿命を感じ てくださいな!」

   そして飛麿と薫子が、急接近する。

飛麿「なぁ薫子、俺たちの将来に向けて、薫 子のご両親に、会わせてくれないか?」

   それを聞いた薫子は、決心した返事を   聞いて、了承してくれたことに、有頂   天になる。

薫子「えぇー、私のことを選んでくれるの?  うん、わかった。連絡しておく」

   薫子は、ウキウキした満点の笑顔に変   わる。


○銀行のATM

   街中に、大勢の人が素通りする、ポツ   ンと設置されているATMがある。

   その貸金業のお店の店舗のATMに、   飛麿が入っていく。

   飛麿は銀行のキャッシュカードを、機   械に入れて、大金を引き出す。

   その様子は、店舗の外からは何も見え   ない。

   その大金を、焦るようにして、小さな   バッグにつぎ込む。

   入りきれないくらいの紙幣の多さに、   バッグはパンパンになる。

   その表情は、冷酷にも見えて、目が血   走っている。

   深刻な表情をして、店舗から出てくる   飛麿。

飛麿「これで準備よし」

   飛麿は、また走ってどこかに向かう。


T「数日後」

○宮園薫子邸

   宮園家の豪邸は、広大な敷地に佇む、   都心から郊外に建てられた、巨大な和   式の豪華な住まいだ。

   飛麿は、薫子の祖父に挨拶をしに、豪   邸の敷地に入る。

   薫子ははしゃいで、元気いっぱいに自   宅の玄関に着く。

   薫子が勢いよく玄関のドアを開いて、   二人は玄関に入る。

薫子「おじぃちゃ~ん! 帰ってきたです  の」

   すると玄関口に、宮園偉玄〈59〉が   腕を組んで現れる。

   宮園偉玄は、まさに威厳があって、ど   こかさみしく、冷たいオーラを発する。   白髪交じりの髪は、オールバックにし   て、鋭い眼光を、来客の飛麿には突き   つける。

偉玄「おー薫子、ようやく帰ってきたか~。 あー君か、まぁ入りなさい」

   偉玄の眼光は、孫の薫子には緩む。

   偉玄は身長は180cmもあって、鼻   が高く、髭を蓄えている。

   薫子は、とっとと家の中に入る。

   飛麿は、決意に満ちた目で挨拶します。飛麿「お久しぶりです。カヲルさんの遺影に、 線香をあげさせてください。お世話になり ます」


○宮園家の居間

   飛麿は、別室の装飾品で飾られている   仏間の、宮園家の仏壇の前に行って、   座って、マッチでロウソクに火を点け   て、線香をあげて拝む。

   仏壇に飾られている遺影は二つあって、   一人は、若くして死んだカヲルの写真   が飾られている。

   その隣のもう一人は、カヲルの母で、   年をとった偉玄の妻の遺影が飾られて   いる。

   それを確認した飛麿は、深くお辞儀を   して、冥福を祈る。

   飛麿は線香をあげたあと、薫子たちが   いる居間に向かった。

   居間では薫子が、祖父の偉玄に報告し   ている。

薫子「おじいちゃん、ついに飛麿さんに伝わ って、私のことを選んでくれたよ。やっぱ り私は、宿命の女ですの」

   偉玄の眼光が鋭くなって、

偉玄「だから私は、彼には反対だと言ってお るのに」

   居間で二人の前に座った飛麿は、口火   を切った。

飛麿「お義父さん、あなたですね。クリスマ スから、正月まで、ミュイのオーナーだっ たのは?」

   このいきなりの発言に、偉玄は、孫の   薫子と話していた時の表情とは変わる。

偉玄「ミュイ? あー、メロのことかあ ぁ、私が差し向けた」

   この返事に、薫子は絶句する。

薫子「え、ぇ、うそ」

   飛麿は、やや下向きになりながら、

飛麿「やはりそうでしたか」

   偉玄は、やや上を向いて思い出すよう   にしながら、白状します。

偉玄「私は薫子が、あんまりにも、前世から の刷り込みで、君のもとに逢いに行こうと するから、諦めさせるために、メロを差し 向けた。君が機械人間にメロメロになれば、 薫子が入り込む隙さえもなくなる。それが 私の狙いだ。しかしこの作戦には、少々高 い代償を支払うことになったがね」

   偉玄は顔をまっすぐ向き直してから、   鋭い視線で告白します。

偉玄「冬休みから、急に薫子がいなくなった ので、警察に家出届けを出そうかと思った が、どうせ以前から行きたいと言っていた、 飛麿君のところにでも行ったんだろうと思 い、ちょうどメロの近況を確認していた、 友人の設楽博士に協力してもらって、孫の 居場所を報告してもらっていたのだよ」

   偉玄はお茶をすすって、飛麿のことを   睨む。

偉玄「このとおり孫のこの子には、母親であ る宮園カヲルの時の記憶が残っておる。だ から実際には逢っていなくても、カヲルの フィアンセだった君のことを覚えている。 これは前世のカヲルからの、刷り込みだ。 君の察しの通り、薫子は、カヲルのクロー ン人間だ」

   飛麿は軽くうなづく。

飛麿「やはりそうでしたか、子供の頃からの 知り合いで、幼馴染どうしで結婚の約束ま でしたが、私が18になる直前の前日に、 私の不注意で起こった事故で死なせてしま った、カヲルさんの幼い頃にそっくりだと、 思っていたのですよ。もし、事故の年が、 夏季五輪年で、うるう日さえなかったら、 結婚することができていたのに」

   偉玄は、飛麿の声だけを聞いて、顔は   うつむいている。

飛麿「そしてミュイのことを調べていくうち に、機密情報のオーナーの名前だけを、こ っそり教えてもらったのですよ。そこには お義父さん、あなたの名前がありました。 そこで私は、このカラクリに気づいたので す」

   偉玄は『どうだ、私は君たちとは違っ   て賢いだろ』と言われたそうな表情に   なって、ふてぶてしく語る。

偉玄「どうだい? 君はあぁいう女性がタイ プなんだろ? 私は君の女性の趣味を調べ て、理想的な女性を作って、差し向けた。 もともとメロには、君を好きになるように、 プログラムを組み込まれていただけなのさ。 交差点で君を車から守ったのもそう、そう するようにプログラミングされてあったか らなのだ。最初から君を気になるように、 設定していただけなのさ! だから彼女の 誕生日が、4年に一度だけの2月29日と いうのも嘘だ。それもすべて君に、運命め いたものを感じさせて、薫子に気がいかな いようにするため。つまり作られた設定だ。 ミニスカナースも、君の好みなんだろ?」

   この祖父の憎たらしい表情と、発言を   聞いて、薫子はたまらず外に飛び出し   てしまいます。

薫子「ちょっと待って、もう誰も信じられな い!?」


   薫子が、家から外に飛び出していった   あと。

   飛麿は微動だにしない顔をして、話を   変えて大事なことを聞きます。

飛麿「仏壇に、お義母さんの写真が飾られて いましたが、お亡くなりになられたのです ね?」

   偉玄は正面を向く。

偉玄「あぁ、カヲルが死んでから、生きがい をなくしてしまったのかのぉ? 君たち城 方家が、引越しをしたすぐあとに、病気で 亡くなったよ」

   偉玄は、再び『お前のせいで娘が死ん   だ』と言わんばかりの顔で、飛麿を睨   みつぶしながら言います。

偉玄「私はカヲルが死んだと聞かされた時に、 死んだことが信じられなかった。忘れられ なかったのだ。だからまだ完全に死滅して いない、カヲルの細胞を保存して、再生医 療のスペシャリストである私は、繁殖医療 のスペシャリストと手を組んで、妻に内緒 で、カヲルを生き返らそうとした。そう、 それが人類の摂理に反した、人間の最先端 のテクノロジーを駆使した、クローン人間 という、禁断の技で、カヲルが生まれ変わ ったとしてもな」

   偉玄は、娘を想って泣いたただのオヤ   ジになって、自分が男であることに耐   えながら、カヲルのことを思い出して、   目に涙を溜めて、嘆きながら語ります。

偉玄「カヲルの核を、別の女性の卵子に移植 して、再びその女性の子宮に戻して、薫子 を産んだ。私はどうかしてしまったのか  い? 私はただ、たった一人の愛娘に会い たかっただけなのだよ。妻に本当のことを 話したら絶句された。薫子は、どうせまだ 君のことを忘れられないだろう? 君は私 に何か聞きたいことはあるか? 今日は今 まで話せなかったことを話せて、晴れ晴れ としているのだ。今日は久しぶりに、酒で も飲んでみようかのぉ? 私は今、そんな 気分だよ」

   偉玄は、男として泪を流すことができ   ず、上を向きながら、目にいっぱい涙   を溜めて、しみじみと娘のことを思う。

   飛麿は席を立ち、宮園家の居間から去   って、靴を履いて豪邸から出る。



○公園(夕)

   薫子は、一人でうつむいてブランコに   乗っている。

   冬の空は、もう輝きを振り絞って、黄   昏ている頃です。

   だんだんと明かりが乏しくなって、冷   たく強い風が、木々を揺らす。

   明かりが狭められている中で、もう子   供たちの姿はない。

   薫子は、ポケットの中から、カヲルの   形見の結婚指輪を取り出す。

薫子「お母さん、飛麿さんが私を選ぶように、 力を貸して」

   カヲルの結婚指輪の内側には、KAW   ORUと彫られている。

   それをいつも眺めているかのように、   薫子はつぶやきます。

薫子「KAWORUに、KOを彫るだけなの に。お母さんと結婚の約束までしたのに、 母さんと全く同じ私に、何が足らない   の?」

   悲しい表情をした薫子は、公園でずっ   と一人でポツンといる。


T「2月14日・バレンタインデー」

○高級デパートの屋上(夜)

   カレンダーは、2月14日の数字に丸   がつけられていて、今日がバレンタイ   ンデーであることを示しています。

   摩天楼のような高級デパートは、女の   子の特別な日に装飾されて、活気を賑   わしている。

   飛麿との、思い出のデパートの屋上の   遊具園に、ミュイは一人でいる。

   高層デパートの屋上からは、蛍のよう   な夜のネオンが輝いている。

   誰もいない屋上で、ミュイは腕時計を   チラチラ見ながら、誰かを待っている。   ミュイは行儀悪く地べたに座って、冬   のホタルの風景を見ながら、ただ何か   にふけている。

   そこに飛麿はやってくる。

   今までずっと探していて、疲れきった   表情と声で、ついに会えたミュイに語   りかける。

飛麿「ついに見つけたぞ、ミュイ」

   ミュイは振り向いて、飛麿のことを一   旦見つめる。

   しかし、また見ていた方を向く。

飛麿「なぁミュイ、君はミュイだろ?」

   ミュイは飛麿に顔を背けながら、応え   る。

ミュイ「人違いですわ」

   その返事を聞いた飛麿は、切り替えし   ます。

飛麿「じゃ、君の名前は、何て言うんだ?」

   ミュイはきっぱりと、情もないような   声で言います。

ミュイ「設楽メロですわ」

   飛麿は問い詰める。

飛麿「じゃ、俺のことは覚えているよな?」

   その質問に、即答します。

ミュイ「知りませんわ。初めての方ですわ」

   それを聞いた飛麿は、つい感情的にな   ります。

飛麿「なんで嘘つくんだよ! 俺には『嘘つ くな』って言っていただろ! 俺がどんだ け君のことを探していたか、わかってんだ ろ! 俺だよ、飛麿だよ。また旦那様って、 呼んでくれよ!」

   ミュイは冷酷に答えます。

ミュイ「だから人違いですわ」

   飛麿は、透けて見えるメガネを取り出   して、ミュイに説明する。

飛麿「君がミュイだという証拠がある。この 透けて見えるメガネで君を透視すると、機 械仕掛けなんだ。だから水に弱い! だか ら充電しなくてはいけない! だから一酸 化炭素を大量に吸っても、死なない!」

   この飛麿の迫力にも、ミュイは動じな   い。

ミュイ「私が機械仕掛けという事実と、私が ミュイだということに、繋がりがありませ んわ。私が別のアンドロイドということも、 考えられますわ」  

   飛麿は、目に涙を溜めて、泣きそうに   なりながら訴えます。

飛麿「記憶が残ってんだろ? うちのアパー トで別れた時に、『サヨナラ、また逢いま しょう』の意味の手話の『バーイチャ』の ポーズをしたじゃないか。お前のアイハー ツという人工の心の中に、リセットされて も、俺との記憶がしっかりと記録されてい たのだろ?」

   ミュイは冷酷に応える。

ミュイ「偶然ですわ」

   しらを切るミュイに対して、飛麿は決   心して、核心を突きます。 

飛麿「なぁ、ミュイ、なぜ俺が、君を再び見 つけられたと思う? オーナーになったん だよ」

   この発言に、ミュイは知らんぷりを隠   すことができずに、ハッとします。

飛麿「高い金を払って、俺がお前のレンタル オーナーになったんだよ! 俺がこの、ミ ュイとの思い出の場所を指定したから、こ うやってまた君に、出会えたんじゃない  か!」

   この気持ちに、今まで涙を我慢してい   たミュイは、女の子のように甘えて、   泣き始めます。

   飛麿は両手を広げて、ミュイを迎えま   す。

ミュイ「えぇ~ん、飛麿さ~ん! だって私、 だって、飛麿さんの将来を考えたら、私み たいな女がくっついていちゃいけないと思 って、私、わたし!」

   ミュイは飛麿の決意が、機械人間の人   工の心に響いて、再び涙が溢れ出す。

   それでも飛麿の言葉が続く。

飛麿「好きなんだよ。君のことが、好きなん だよ! 気になって、忘れられないのだよ。 結婚することができなくても良い。子供を 産めなくても良い。俺はただ、君がそばに いてくれるだけで良い」

   ミュイは飛麿の下に駆け寄って、胸に   抱かれながら、泣きながら、まともに   飛麿のことが見れません。

   そうしながら、ミュイは自分の想いを   訴えます。

ミュイ「どうして? どうして旦那様はそん なに優しいの? 私なんかと一緒にいたっ て、幸せにはならない、なのに、なのに 」

   飛麿は、怒鳴るように教えます。

飛麿「だから勝手に、俺の幸せとか決めつけ るなよ! 俺のことを避けても良い。でも 俺の幸せとか、勝手にそんなことを考える なよ! 俺のことを好きでいてくれるのな ら、俺のそばにいろ!」

   二人とも抱き締め合って、涙を流しな   がら抱擁します。

   ミュイは上目つかいで、しっかりと飛   麿の顔を確認します。

ミュイ「え~ん、旦那様~」

飛麿「帰ろう! うちに帰ろう」

   二人は抱きしめ合いながら、自宅に帰   ります。


○帰り道(夜)

   新芽が芽生え始めた街路樹が立ってい   る、初めての道を、二人はしっかりと、   手を握り合いながら歩きます。

   ミュイは泣いたあとに、気になったこ   とを聞きます。

ミュイ「ぐすッ、旦那様、何日間のレンタル 契約を結んだのですか?」

   飛麿は、誇らしそうに言います。

飛麿「二週間だよ。今年は夏季オリンピック がある年で、うるう日があるから、おまけ に二週間と、プラスで二日で借りることが できた。これでカヲルの誕生日と、カヲル の命日を一緒に過ごすことができる」

ミュイ「でも旦那様、高額のレンタル料金は、 どこから調達したの?」

   飛麿はニヤリとした表情で答えます。

飛麿「一つ目は、会社を辞めた。そこの退職 金をもらったんだ」

   ミュイは事情を察する。

ミュイ「そんな大事なことをしてまで、お金 を集めたの?」

   飛麿は即答する。

飛麿「うん。ミュイの方が大事だからね。そ して二つ目は、うちのアパートで火事があ ったじゃない? だから火災保険が下りた んだ。そのお金で補った」

飛麿「三つ目は、この透けて見えるメガネを 高値で売る約束をしたんだ。高値で買って くれる人がいたんだ」


○城方メゾンの三宅映吉の部屋(夜)

   三宅の部屋は畳の間で、敷きっぱなし   の布団と、電灯の下の雑誌が散らかっ   ている。

   体を丸めた三宅映吉が、背中を向けて   くしゃみをする。

三宅「へー、くしゅん。」


○帰り道(夜)

   二人は空を見上げながら、夫婦らしく、   手を握りながら帰る。

   飛麿は、つい本音を漏らす。

飛麿「あ~、これから死ぬほど働いて、借  金を返さなきゃいけない」

   ミュイは、黙って頷きます。

ミュイ「(うんうん)」

   二人はラブラブな会話をする。

ミュイ「今日はバレンタインデーだから、旦 那様にチョコを用意していたから、それあ げる。はい、あ~ん」

   飛麿は、チョコレートは断る。

飛麿「いや、俺はミュイとの甘いひと時だけ で、良いよ」

   二人は仲良く、ウキウキで城方メゾン   に帰る。


○城方メゾン

   城方家の管理人の部屋に、城方家の家   族や、住民たちが勢揃いしている。

   おめでたのケーキや、祝い事の装飾で、   パーティーのように迎え入れてくれる。

   みんな微笑んで、ミュイのことを受け   入れてくれる。

飛麿の家族「ミュイさん、おかえりなさ~  い」

   ミュイは、城方家のお出迎えに、幸せ   そうにする。

   そばにいる飛麿も笑顔だ。

   ミュイは、ケーキの上に立っているロ   ウソクの火を、一気に吹き消す。

   その際に、ミュイの顔にクリームがつ   く。

   それを見ながら、みんなほくそ笑んで   いる。


T「二週間後・2月28日カヲルの誕生日」

○近所の公園

   太陽の光が眩しい公園で、薫子ポツン   と砂場で座っている。

   飛麿が答えを持って、薫子に会いに来   た。

   その飛麿の表情に、微塵たりも迷いは   ない。

   そこにはミュイはいない。

   薫子は良い返事を期待して待っている。   飛麿は重い口を開く。

飛麿「薫子、今日は君の母親の、カヲルの誕 生日だな?」

   薫子は明るい表情に変わって、

薫子「そうですの~、今日はお母様の誕生日 ですの。私は死んだお母様と、全く同じ人 間ですの」

   薫子は、カヲルの結婚指輪を取り出し   て告白する。

薫子「ご主人様~、この指輪の内側にKOを 加えて、カヲルコにしてくださいな? そ して私が結婚することができる、16才に なるまで、5年待っていてくださいの?」

   その薫子からの逆プロポーズに、答え   を出す飛麿。

飛麿「そうなのかもしれない。でも薫子、俺 が愛したのはカヲルであって、君ではない。 君がクローン人間だからって、俺が愛した 女性とは、同じじゃないんだ。俺が別の女 を好きになるように、君も俺以外の男を好 きになってくれ。だからその指輪に、KO を彫ることはできない」

   それを聞いた薫子は、意外とあっさり   した表情になって、サバサバと答えま   す。

薫子「でも、あの女性を選ぶとわかってたか ら、なんだか淋しくない。私、待ってるか ら、あの女性にフラレたら、私のところに 戻ってくるのを、待ってるから。ぐすん。」

   薫子は最後に一筋の涙を流して、無理   に明るく見せて、最高の笑顔で近所の   公園から二人は別れます。

   無情にも飛麿は、スっと去っていった。


T「翌日・2月29日のうるう日・カヲルの 命日・宮園家の墓」

○宮園家の墓

   周りの故人のお墓が立ち並び、段差が   ある墓場で、カヲルの墓を探す。

   探していると、新しいお花が供えられ   ている、カヲルのお墓を見つける。

   飛麿とミュイは、カヲルが眠る宮園家   のお墓の前にいる。

   二人で墓を掃除して、買ってきた花を   たむけて、線香をあげる。

   そして二人は手を合わせて、祈りを込   めて誓う。

飛麿(M)「カヲル、今日は君が僕を守って くれた日だね。これからはカヲルに代わっ て、この娘が僕のパートナーだ。これから も天国で、僕らを見守ってくれよな」

   二人は真摯に、カヲルの冥福を祈る。

   ミュイは、飛麿にカヲルのことを聞い   てみる。

ミュイ「カヲルさんって、美人だったのです か?」

   飛麿は懐かしむように、

飛麿「うん。とびっきりじゃないのかもしれ ないけれど、僕にとって彼女は、太陽のよ うな存在だった。障害を持った人たちの役 に立ちたいと言って、手話通訳士を目指し ていたんだ。カヲルが、僕の最初の女性だ った」

   ミュイは嬉しそうな顔をして、

ミュイ「私は、最後の女性ですわ」

   ミュイは、ただ微笑んでいる。


○宮園家の墓からの帰り道

   飛麿と、ミュイは、坂道の帰り道を下   りながら、周りの風景を楽しむ。

   飛麿とミュイは、隣同士で話している。飛麿「なぁー、ミュイ。今日でレンタル期限 が終わりだ。もしダメだったとしたら、最 後になるかもしれないから言うね。俺、待 ってるから、また一生懸命働いて、お金を 貯めて、また君のことをレンタルするから、 それまで、待っていてくれよな!」

   これにミュイは半泣きして、

ミュイ「旦那様~! 私もきっと、戻ってく るから! リセットされても、初期化され ても、私も絶対、戻ってくるから!」

   飛麿は用意していた箱の中から、誕生   日ケーキを取り出す。

飛麿「これはミュイのための誕生日ケーキ。 ちゃんと24本のロウソクも立っているだ ろ」

   ミュイは誕生日ケーキを、ポカーンと   見つめる。

ミュイ「まぁ、またケーキですわ。でも旦那 様、私の2月29日の誕生日は、架空のた だ作られた設定なのですわ。私が本当に完 成した日は、誰にもわからないのですわ。 それに私はロボットなので、食事は摂れま せんわ。それよりカヲルさんに供えられて いた、新しい綺麗なお花の方が良いです  わ」

   これに対して、飛麿は即答します。

飛麿「あれ、偉玄のお義父さんが挿したお花 だろうな。でも、それで良いんだよ。これ から今日が、ミュイの誕生日にすれば良い んだよ。こうやって年の数だけ、ロウソク を立てて、誰かに祝ってもらうだけで良い んだよ」

   ミュイは幸せすぎて、表情が緩む。

ミュイ「旦那様~、サヨウナラ、また会う日 まで、バーイチャ♥」

   ウキウキのミュイを抱き締める飛麿。

   下から飛麿を見つめるミュイ。

   愛を確認したミュイは、一人で設楽博   士の下に戻って行った。


T「翌日・3月1日・飛麿の誕生日」

○設楽博士の工場

   大きな空間の工場には、工具が整頓さ   れていて、巨大な機械が並び立ってい   る。

   中には従業員はいないが、作っている   途中の機械を、製作していたことが分   かる。

   この工場には、ミュイの姿はない。

   設楽博士は、自分の薄暗い工場で、一   人の男を待っている。

   設楽博士の前に、やって来る飛麿。

   設楽博士は、催促する。

設楽「さぁ、レンタル料金を支払いに来たの かね?」

   飛麿は落ち着いた表情で、爽やかな笑   顔で答えます。

飛麿「はい、お支払いいたします」

   飛麿はバッグから、ダイヤの指輪を取   り出します。

飛麿「これは高級デパートで買ってきた、1 千万円の、ダイヤの指輪です」

   飛麿は、ダイヤの指輪を差し出す。

設楽「なるほどー、現金ではなくて、モノで の支払いですか~しかもこの指輪は、あと で値が上がる素材で作られている。それで も良いでしょう。私も宝石は嫌いじゃない ですよ」

   飛麿は、精悍な顔つきで、頭を下げて   誠意を示す。

飛麿「私は認めてもらいたいのです! ミュ イの生みの親である設楽博士に、この指輪 を結婚指輪として、ミュイとの結婚を許し てほしいのです! お願いします! ミュ イさんを僕に下さい! 今日は僕の誕生日 です。ですので僕に良い返事をくださ   い!」

   設楽博士は、自分のミュイに告白され   て、突然の結婚の許しの挨拶をされた   ことに、怒り狂う。

設楽「何を言っておる!? 1千万円はあく までも、レンタル料金じゃ! 購入ならも っと金はかかる!」

   飛麿はその場で土下座をする。

飛麿「働きます! 働きますから、借金して でも、ローンを組んででも、働いてお金を 稼いで、お支払いしますから、ミュイを、 ミュイさんを、僕に売ってください! お 願いします! 僕の誠意を見てください! 無茶な頼みかもしれませんが、ミュイさん を僕にください!」

   設楽博士は、この飛麿の土下座に、言   葉も出ません。

設楽「な、何を言っ、まったく、メロはわし のもんじゃ!」

   この頼みごとに、少し悩んで、すぐさ   ま答えを出す設楽博士。

設楽「ぅんむっ、誕生日なんか知るか! お 前になんか、売らん!!」

   ずっと設楽博士に、土下座して頼み込   んでいる飛麿。


T「3月14日・ホワイトデー」

○教会

   海岸べたの教会は、人が100人ほど   入れるくらいの大きさで、綺麗にその   白さを保っている。

   真っ白な教会に、城方家や、宮園家や、   親友の小太郎や、城方メゾンの住民た   ちが、集まっている。

   教会内には、レッドカーペットが敷か   れている。

   壇上には十字架と、広い空間の窓には   ステンドグラスが貼られていて、神秘   さを醸し出している。

   その奥には、大きな扉がある。

   その扉が、ゆっくりと開き始めた。

   その奥から、新郎と新婦がやって来る。   現れた新郎新婦は、飛麿と、ミュイで   す。

   歓声が上がる客席。

   レッドカーペットを渡る二人。

   新郎は白いタキシードを着ている。

   新婦は白いウエディングドレスを着て、   長いベールを被っている。

   その新婦の後ろに立つ父親には、あん   なに結婚に反対していた、設楽博士が   務めている。

   新婦のミュイは、イチャつくように、   新郎の飛麿と腕を組んだ。

   この二人の熱々ぶりに、招かれた客も   騒ぎ出す。

松子「ミュイさん、キレイ」

梅「いえーい、わたしゃ孫の晴れ舞台に、感 動して、ノってるじぇい」

竹「か、母さん、こんなところで(竹は となりを見る)、お前、なんで新郎の母が 泣いているのだよ!」

コズ江「うるうる(涙)」

小太郎「飛麿のやつ、この俺を差し置いて幸 せになりやがって」

三宅「ミュイさんが、将来のおかみさんにな るのか」

偉玄「私の目的は果たされたが、娘のカヲル の、ウエディングドレス姿も、見たかった ものだ。ふん」

薫子「おじぃちゃん、薫子が5年後に見せて あげるのら」

設楽「むっ、わしのメロとイチャイチャする な! しかし自分の娘が嫁に嫁いだ気分じ ゃ。嫁入り道具を、持たせてあげられなか ったことだけが悔いじゃ」

○協会の壇上

   新郎新婦の二人は、笑顔で周りに手を   振りながら、神父の前にたどり着く。

   神父の前の壇上に上がった夫婦は、神   父の誓いの言葉を、嬉しそうに聞く。

   その間も二人は、見つめながらイチャ   つく。

   神父は二人に、永遠の誓いを約束させ   ます。

神父「ミュイさん、あなたは新郎の飛麿さん のことを、永遠に愛することを誓います  か?」

   ミュイは、微笑みながら応える。

ミュイ「はい、誓いますわ」

   神父は、新郎に問いただす。

神父「飛麿さん、あなたは新婦のミュイさん のことを、永遠に愛することを誓います  か?」

   これに飛麿は、男らしく大きな声で即   答します。

飛麿「はい、誓います!」

   この宣言に、ミュイの胸が踊る。

   そして二人は向き合う。

飛麿「俺らは今、ラブラブだな」

ミュイ「私は、心臓に当たる部品がドキドキ ですわ」

   二人は周りからも、良い夫婦に見えま   す。

   神父は新郎に、輝きを閉じ込めた宝石   をはめ込んでいる指輪を、新婦の左手   の薬指にはめるように促します。

   飛麿はリングケースから、1千万円の   ダイヤの指輪を取り出します。

   その指輪を見たミュイは、思わず口が   開きます。

   飛麿はミュイの左手をとって、薬指に   指輪をはめます。

   ミュイは、自分の薬指にはめてもらっ   た指輪を見て、有頂天になる。

ミュイ「わ、わたくし、幸せですわ」

   飛麿は、要望を聞く。

飛麿「ハネムーンはどこに行きたい?」

ミュイ「遊園地が良いですわ」

   みんな笑顔の式は、最大の見せ場を迎   える。

神父「それでは、永遠のキス」

   神父の合図に従って、新郎は新婦のベ   ールを上げて、くちづけをする。

飛麿「これ、バレンタインデーのお返しだ  よ」

   飛麿はミュイに、永遠の誓いのキスを   する。

『チュ♥』

   照れる二人。

   客席も盛り上がって、拍手喝采する。

   式ではみんな幸せそうな顔をして、教   会の外に走って出ます。

   みんな飛び跳ねて嬉しそう。

   最後に新婦が、ブーケを後ろ向きで投   げる。

   それを女の子たちが、争いながら奪い   合う。              

   それを見ながら、飛麿と、ミュイは、   印象的な笑顔を見せています。

                〈了〉

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