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「あーっ・・・ 食べた、食べた。」
ショウゴが膨れたお腹を擦りながら言った。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。」
タマキが家政婦の霧木に言うと、ケイイチも満足気な声で続く。
「すみません。突然お邪魔したのに・・・」
実際、昼食とは思えないボリュームで、三人は驚いた。
「いいえ、コトコお嬢様のお友達ですから。お粗末様でした。」
霧木は後片付けをしながら、素っ気無く答える。コトコは食後のお茶をすすっている。テイコとネイコはいち早く部屋を出て行き、自分達の部屋へ行ってしまった。
「さて、どうしようか?」
タマキがショウゴに言った。贅沢な昼食を取り、この後の計画である。
「んー・・・ ダムに行くんじゃないのか? なあ、ケイイチ?」
ショウゴがケイイチに振ると、ケイイチはコトコとお茶をすすりながら楽しそうに話し込んでいる。そんな二人を見て、ショウゴとタマキは顔を見合わせて、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「ケイイチ? 俺達はダムに行ってくるから、お前ここで待ってていいぞ?」
タマキが言う。
「まあ、ここは若い二人に任せて俺達は退散する事にしよう。」
ショウゴがニヤニヤしながら言う。すると、ケイイチは顔を真っ赤にして慌てて言う。
「なんだよ、それっ? ちょっと待てよっ!」
「ダムに行くの? じゃ、わたしが案内するよ?」
コトコがまるで気にしない様子で言う。
「じゃ、俺達先に行くから、後から二人で来てよ?」
ショウゴがニヤニヤしながら言う。タマキがリュックを手に取り、ショウゴを促す。ケイイチは慌てて準備し始めるが、タマキはそれを止めて、ケイイチに耳打ちした。
「お前、コトコさんの事、好きなんだろ? 後からゆっくり二人で来いよ。」
「ばっ、馬鹿言うなよ? 初めて会ったばかりの人じゃないか? そんな事ないよっ!」
顔が真っ赤になっている。
「じゃ、そういう事でっ!」
ショウゴはそう言うと、タマキの腕を引っ張って部屋から出て行った。
「なーに? どうしたの、二人とも?」
コトコが、不思議そうな顔をしてケイイチに言った。そして、思い出したように言った。
「そうだ。ケイイチ君、ちょっと手伝ってもらいたい事があるんだけど、いいかな?」
コトコに申し訳なさそうに言われて、ケイイチは即答した。
「いやあ、ケイイチってコトコさんみたいな人が好みだったなんてな? まあ、確かに綺麗な人だし、明るいし、感じのいい人だよな?」
ショウゴが笑いながら言う。タマキも同調する。
「まあね。確かに魅力的だよな。」
霧木にダムの事を聞いたら、そんなに遠くないらしい。コトコの家の裏山を越えた場所だが、歩いて十五分程度だと言うので、少し遠回りしてダムに向かっている。
「ところで、お前あの神社のお堂で何を見たんだ?」
タマキは、ずっと気になっていた質問をショウゴに向けた。ショウゴは、少し考えているようだったが、何気なく周りを気にしながら答えた。
「俺もハッキリと見た訳じゃないんだけどな・・・ 多分、人形・・・だと思う。」
「人形?」
「そう、間違いないよ。日本人形。しかも・・・」
「しかも? なんだよ? 早く教えろよ。」
タマキが急かす。
「三体あったんだけど、全部頭が無かった・・・」
ショウゴは思い出したかのように、寒そうに言った。
「包丁小憎・・・」
タマキが呟いた。
「イヤな事言うなよ? 本気で恐いぞ?」
ショウゴは苦笑いでごまかす。
二人が歩いている場所は、村の道で切り開かれているとはいえ、れっきとした山道である。周囲には木々が生い茂り、うっそうとした雰囲気がある。こんな場所で霧が出てきたら、かなりの恐怖が味わえるであろう。
「バスの中でお前が言ってた事、覚えてるか? ほら、包丁小憎から逃げる方法ってやつ。」
「覚えてるも何も、自分で言った事くらい忘れないよ。あれだろ? 包丁小僧の持っている首無し人形に、首を返してやるってやつ・・・ しかも三つある頭ってのもなんかあってるし・・・」
ショウゴが言う。
「まあ、三と七とかは、こういう話につきものだけどな・・・ さすがに気持ち悪いな・・・」
タマキも少し気になる様子である。
緩い上り坂の先がかなり明るくなってきた。登りきると、二人の目の前には、巨大なダム湖が広がっていた。
「おいっ! あれ見てみぃーっ!」
ショウゴが叫ぶ。タマキがショウゴの指差す方を見る。
風が無いので湖面は穏やかである。水も意外と綺麗で透明感もあるので、かなりの水深だが、意外と水中が見える。
「へぇー・・・ すごく神秘的だな・・・」
クールなタマキが意外な程に感動しているようである。それは、湖の中に沈む村であった。古い昔ながらの家並みが、ほとんど壊れる事なく水中にたたずんでいる。よく見ると、古い自転車や農作業の道具と思われるものなど、生活の後が、そのまま残っている感じである。そこを、鯉だろうか? 大きな魚がゆうゆうと泳いでいる。所々に、水面から突き出したような小さな島が見える。元々丘だった場所の、その頂上部分が島のように見えるのである。
「凄いなっ! 泳ぎたくなってくるぜっ!」
ショウゴは、先程の「包丁小憎」の話なんか、既に忘れてしまったかのようにはしゃぐ。だが、二人の立っている場所は、ちょっとした崖のようになっており、ここからは下に降りる事は出来ない。が、少し離れた場所に、少し小さいがダム湖に降りられそうな、砂浜の様になっている場所が見える。
「あそこまで行けば、湖に入れそうだな。」
タマキが言うと、ショウゴはすぐに走り出す。その後ろ姿を見て、タマキが声を掛ける。
「お前、海パン持ってきてるのか?」
「パンツで十分さっ! 暑いからすぐにでも乾くだろっ?」
ショウゴは走りながら叫んでいる。やれやれといった感じで、タマキは後を追い掛けた。
続く




