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コトコの家を出ててから、割りとすぐに小さな池があった。周囲は木々が繁っているが、岸辺は踏み固められている。池の中央には小さな島があり、その上には本当に小さなお堂が建っている。池の水はそんなに綺麗ではないので、水中の様子は分からない。
「ここはね「ドーナツ池」って呼んでるの。池というよりも沼っぽいけどね?この池は底なし沼なんだって。昔、子供がここで溺れて、そのまま沼底に沈んで上がってこなかったんだって。で、その後に、子供の霊を慰める為に、あのお堂が建てられたって話。」
コトコが言う。
「日本に底なし沼なんてあるのか? それ以前にそんな危ない沼なら、立ち入り禁止にするべきなんじゃあ?」
タマキが言うと、コトコが笑いながら答える。
「言い伝えだけだよ? やだなぁ、私も小さい頃に落ちたけど、ちゃんと底あったし・・・ そんなに深くないから、たいして危なくないのよ。」
コトコはそう言うと、近くに落ちていた木の枝を拾って、池に差し込んでみせた。なるほど、それ程深くないようである。
「この池にはね、もう一つ言い伝えがあってね? 昔、この池はもっと大きくて、鯉や鮒がたくさん取れた漁場だったらしいんだけど、その一方では、人もかなり死んだり怪我をしたりと、いわく付きの場所だったみたい。」
「で、被害者はみんな切傷を負っていた。って話。カマイタチでもいるんじゃないか?って噂もあった位よ?」
コトコが笑いながら言う。コトコ自身は全く信じていないようだ。
「でも、どっちの話も嫌だな。」
ショウゴが言う。いつも元気なショウゴだが、幽霊やお化けの類いには意外と弱いのだ。
「まあ、都市伝説の類いだろ?」
タマキは、相変わらず冷静である。
「ショウゴ君はこういった話はきらいなの?」
コトコが少しバカにしたような顔で言う。そして、
「次、行こうか?」
と、先に歩き出す。ケイイチがそれを見て、コトコの後を追う。ショウゴとタマキは、もう一度「ドーナツ池」に目をやった。池の中央にある小さなお堂が、妙に不気味である。そういえば、さっきの神社のお堂も意味ありげだった。
「お前、さっきの神社のお堂。中、見えたのか?」
タマキが、神妙な面持ちでショウゴに聞いた。ショウゴは、少し考えていたが、
「・・・後で話すよ。」
と言って、コトコとケイイチの後を追った。タマキは、何か引っ掛かっているモノを感じたが、取りあえず追求するのを止めて、三人の後を追った。
「あれが学校よ。この村は小さくて子供も少ないから、小・中一貫校なの。私は高校だから、村の外の学校に行ってるけどね。妹達はこの学校に通っているの。今は夏休みだから誰もいないけどね?」
コトコがそう言いながら、校庭に三人を招き入れた。
「あれ?」
古めかしい平家の木造校舎を物珍し気に見ていたショウゴが、思わず声を上げた。
「どうした?」
タマキがそれに気が付いた。
「いや・・・ あそこの教室に誰かが居たように見えたんだけどな・・・」
ショウゴは、校舎のある教室を指差して言った。タマキはその指先を追ってみた。が、
「んー・・・ 誰もいないぞ? 見間違えたんじゃないか?」
と、ショウゴに言った。と、
「ちょっと待てっ! いた。男だ・・・ あいつじゃないか?」
と、窓越しに見える人陰を見つけた。あのサングラスの男に見える。こちらには気付いていないようである。
「おい・・・ ケイイチ・・・」
ショウゴが、小さな声でケイイチを呼ぶ。コトコと小さな鉄棒で遊んでいたケイイチは、「邪魔するなよ?」といった表情で二人の場所に来た。
「なんだよ? どうかしたのか?」
ケイイチは、そう言うと二人が見ている教室に目をやった。そしてすぐに、気が付いた。
「なんであいつがここにいるんだよ?」
二人とも同じ事を考えていた。だから答えようもない。
「どうかしたの?」
コトコが、不思議そうに三人を見ている。
「いっ、いやっ! 何でもないです。そろそろ、妹さん達を迎えに行った方が良くないですか?」
タマキが言うと、コトコは腕時計を見た。十一時四十分である。
「そうね。じゃあ続きはお昼御飯の後でね?」
「そうだ。そうしようよ? ダムにも行きたいなぁ。」
ショウゴが元気に言う。
「じゃあ、とにかく行きましょうか?」
ケイイチが、コトコの手を取って先に歩き出す。少し驚いた感じのコトコであったが、手を引かれるまま、
「分かったから、慌てないでよ?」
と、学校の外へ出て行った。ショウゴとタマキもそれを見て、二人の後を追って、学校の外へ出て行った。
続く