5
5
二十分程歩いたであろうか。
「あれ? 村じゃないか?」
先頭を歩いていたショウゴが、二人に言った。
「村なんてあるわけないだろ?」
タマキが、そう言いながらショウゴに近寄り、ショウゴの指差す方を見る。
なだらかな崖の下の方に、集落が見えた。田んぼが広がり、稲がのびのびと育っている。 人の姿は見えないが、古そうな民家の煙突からは煙りが上がっている。
「こんな所に村なんかあったかな?」
タマキはそう言うと、リュックから地図を取り出し、広げて見た。
「ここ霧鳥村じゃないのか?」
ケイイチは地図を指差し言った。確かに位置や距離的にいっても旧霧鳥村のあった場所のようである。しかし、今、三人の目の前にはダム湖がない。
「地図に載らない位の小さな村なんじゃないの? とにかく行ってみようぜ?」
ショウゴが二人を促した。
「ちょっと待てよ。ダム湖に行くんだろ?」
ケイイチがショウゴを止める。
「人もいるみたいだし、ちょうどいいから道を聞いてみるか?」
タマキはそう言うと、地図をリュックに戻した。そして、ケイイチを促して、
「取りあえず、村まで下りてみよう。」
と言って、崖の合間にある村へ続いている道を歩き出した。
パラパラと雨が降ってきた。ただ、空は明るく、雲の切れ間から陽が出ているので、雨はすぐにでも止みそうである。三人は走って一番近くにあった民家の軒下で雨宿りをした。村の入り口付近にあったこの村は、見た目で判断できる程ボロボロで、人が住んでいない事は容易に判断できた。入り口には頑丈な南京錠が掛けられている。三人は、木枠の窓の隙間から中を覗き込んだ。が、薄暗く良く見えない。ただ、妙な埃っぽさが感じられた。
「天気予報ってほんとに当てにならないよなぁ?」
ショウゴが持っていたタオルで頭を拭きながら言う。
「でもすぐに止みそうじゃん?」
ケイイチが空を見上げる。タマキは、どうも腑に落ちないといった感じで、地図を見直している。
「夏休みとはいえ、誰も外に出てないなんて、なんか寂しい村だな?」
ショウゴがタマキに話し掛ける。
「雨が降ってるし、それにちょうど、朝飯時だからだろ?」
答えたのはケイイチだった。
「やっぱり、この地図にこの村は載っていないみたいだ・・」
ようやくタマキが顔を上げて、二人に言った。雨はほとんど止んで、再び夏の陽射しが照りつける。いきなりムシムシと嫌な湿気が沸き上がる。とにかく、村を回ってみようと三人が歩き出そうとした時、
「だれっ?」
と、女性の声がした。廃屋と思っていた民家から若い女性が出てきたのだ。
「あっ、すみませんっ!」
「人がいるとは思わなかったもんで・・・」
ショウゴとケイイチが、慌てて言った。
「ふーん? あなた達、この辺の人じゃないでしょ? 霧鳥ニュータウンの人?」
少女が三人を覗き込むように言う。年の頃は十五、六歳といったところか。少なくとも三人よりかは年上のようである。顔立ちの整った綺麗な少女で、長めの黒髪が風に揺れている。Tシャツにジーパンといった軽装で、手には金属バットを握っている。
「あっ、ごめん。最近この村も物騒で、昨日も隣の家に空き巣が入ったんだって。だから念の為・・・ね?」
少女は、恥ずかしそうにバットを後ろに隠した。
「僕達は、花見坂町から来たんです。霧鳥ダムに行くつもりだったんですが、この村に来てしまったんです。ここはなんていう村なんですか?」
タマキが口火を切った。少女は少し呆れた様な顔をして答える。
「ここは霧鳥村よ? 正確には元霧鳥村。ダムで村半分が沈んだ後に、残った人達が作った村。で、出て行った人達が作ったのが、霧鳥ニュータウンよ。」
「なんだ。タマキの情報が間違ってただけじゃないか。」
ショウゴがタマキの肩を叩いて言った。そして、改めて少女に言った。
「俺は、矢口ショウゴ。で、こいつが佐藤タマキ・・・」
「僕は沢田ケイイチです。よ、よろしく。」
ケイイチは自ら自己紹介する。なんか照れているようだ。
「わたしは、霧宮コトコ。もし良ければウチに来る?」
コトコと名乗った少女は、そう言うと歩き出した。
「あれ? この家が君の家じゃないの?」
ショウゴが意外そうな顔で言った。するとコトコは振り返り、
「そこは一人暮らしのおばあさんが住んでて、村の人達で時々様子を見にきてるのよ。今は夏休みだし、わたしがお世話をしてあげてるの。」
と、照れ気味に言う。そして、少し離れた丘にの上に建っている一際大きな一軒家を指差した。まるで、昔の庄屋さんのお屋敷のような、古いが立派な建物である。
「あそこがわたしの家よ。古いだけの家だけどね?」
コトコがそう言って、歩き出す。
「行ってみようぜ? どうせここから先はダムしかないんだろ? 時間もあるんだから、コトコさんとこ行ったって全然平気だろ?」
ショウゴがそう言ってコトコの後を追って歩き出した。それを見たタマキとケイイチもふたりの後を追って歩き始めた。
「この村の人達の名字には、みんなそれぞれに「霧」の一文字が入ってるの。ほら、さっきの家は霧沢さん。そしてこっちは霧島さん。」
コトコはそう言うと、その霧島という自宅へ入って行った。
「こんにちは! おじいちゃん居る?」
「あっ、コトコちゃんかい? いつも済まないね・・・」
そう言って出てきた老人は、病人のようである。げっそりとして、顔色もあまり良くない。
「いいね? 食事の後に一錠だけ飲んで、暖かくして眠るんだよ? そうすればすぐに良くなるからね?」
コトコが老人に優しく説明している。老人が、ふと見なれぬ三人に気が付いた。そして一言、
「お前さん方・・・ この村に何をしにきたんだ? すぐに帰りなさい!」
と言って、さっさと家の中に入ってしまった。
「もう、霧島のおじいちゃんたら、初めての人が来るといつもああなんだから・・・ ごめんね? 気を悪くしたでしょ?」
コトコはそう言って苦笑いをした。
「ここのおじいちゃんは、働き者で優しい人だったんだけど、奥さんが亡くなってからは、気難しい頑固じじいになっちゃてね・・・ でも、わたし達には優しいんだよ?」
「私達?」
タマキが首をかしげた。
「うち、三姉妹なんだ。双児の妹がいるのよ。夏休み中は、交代で身寄りのないお年寄りの世話をしたり、様子を見たりしているの。」
コトコはそう言うと、
「ごめん。あと一件、寄りたい家があるの。」
と言って、歩き出した。
コトコのお屋敷の手前にある小さな神社である。簡素な鳥居には「切取神社」と扁額に書いてある。かなり古そうな神社である。
「切取神社って字が違うみたいだけど・・・」
ケイイチが不思議がっていると、コトコが説明してくれる。
「今の霧鳥村って、元々は切取村って書いたらしいんだけど、霧を取るって書いて霧取村って呼んでいた時もあったみたい。この神社は、由緒がよく分からないけどかなり古いみたい。」
「なんか包丁小憎の話を思い出しちゃったよ・・・」
ショウゴがぼそっと、タマキに耳打ちした。
「うん・・・ 俺も・・・」
タマキが嫌そうな顔をしている。
「おい、あっちになんかあるぞ?」
そう言ったのはケイイチである。ケイイチが指差す方向には、本殿の脇に隠れるように、小さなお堂があった。
「そっちは行かないでっ!」
コトコが、少し強い口調で言った。
「ごめん。そのお堂は、三年に一回だけ御開帳が許された、大事なお堂なの。だから、村の人も普段はあまり近寄らないようにしているの。」
コトコはそう言うと、
「ちょっと待ってて。」
と言って、社務所と看板の貼ってある建物へ入って行った。
「何があるのかな?」
ショウゴが興味深々といった感じでケイイチに言う。
「さあ? でもコトコさんが行っちゃダメって言うからには、行かない方がいいんじゃない?」
「あれ? ケイイチ、いつもと反応が違うんじゃない?」
ショウゴがニヤニヤ笑って言う。
「ちょっとだけ見てみようぜ? 俺達は村の人間じゃないしな、ちょっとくらいいいだろう?」
珍しくタマキが言う。ケイイチは最後まで嫌がり、結局、ショウゴとタマキだけお堂を覗き見た。
「ケイイチ! コトコさんが来ないかちゃんと見張ってろよ?」
ショウゴが言うと、ケイイチはキョロキョロと辺りを気にしながら頷いている。
「おい、ショウゴ。お前覗いてみろよ。」
タマキがショウゴを促す。
「どれどれ・・・ 中には何があるのかな?」
ショウゴがお堂の中を覗き込んだ。薄暗いお堂の中は非常に見にくい。
「!」
ショウゴが思わず、後ずさりした。
「どうした? 何が見えたんだ?」
タマキが、答えないショウゴを退けて覗き込む。中は暗いが、確かに何かある。目を凝らしてそれが何なのか確認しようとした時、
「こらぁーっ! そこはダメだって言ったでしょっ!」
と、コトコの怒鳴り声が聞こえた。本当に怒っているようで、物凄い勢いでこちらに駆けてくる。その声を聞いた神主が、コトコの後からやってくる。
「まったく油断も隙もないんだから・・・ ごめんなさいっ、高霧さん・・・ この子達、花見坂から来たんだけど、好奇心が強すぎて・・・」
コトコが、神主の高霧に仕切りに謝っている。ショウゴとタマキ、それからなぜかケイイチも頭も下げて謝る。
「まあまあ、コトコちゃん、頭を上げて。ほら、三人のイタズラ坊主も頭を上げなさい。」
高霧は温和な口調で言う。
「この年令の男の子は、あらゆる事に興味を持っているだろうし、まあ村の人間じゃないからね・・・」
「でも・・・」
コトコが申し訳無さそうに頭を下げる。
「まあまあ、大丈夫だよ? 切取様にはちゃんと訳を話してあげるから。」
高霧はそう言うと、頭を下げて反省している三人に向かって言った。
「お堂の件は忘れてあげるから、頭を上げなさい。ただし、この事は誰にも言ってはいけないよ? いいね?」
温和な口調だが、最後の部分だけ力がこもっているようだった。
「ごめんなさい・・・ 三人にはちゃんと言い聞かせます。 あと、例の件、お受け致しますので、霧原さんにお伝え下さい。」
コトコが再度、深々と頭を下げた。三人もそれを見て、一緒に頭を下げた。
四人は切取神社を後にした。コトコは神社から預かった、何か布に包まれた長いモノを大事そうに抱きかかえ、少し怒っているかのように、早足で三人の前を行く。
「あの・・・ すみませんでした。まさかそんな大事なモノだなんて思わなかったので・・・」
タマキが申し訳無さそうに謝る。続けてケイイチも謝る。
「ごめんなさい・・・ お前も謝れよ?」
ショウゴにも促す。そのショウゴの様子がどうもおかしい。何か、すごく大人しい。周りを気にしているようだが、顔色もあまり良くないように見える。
「ショウゴ?」
ケイイチに再度呼ばれて、初めて気が付いたように、
「あっ・・・ ゴメン・・・なさい。」
と、コトコに謝った。
「もう、いいわよ。三人とも反省してるみたいだし・・・ 特にこのコは、相当参ってる様だしね?」
コトコはそう言ってニッコリと笑った。
「それ、何ですか?」
コトコが大事そうに抱えている包みを見て、タマキが聞いた。
「ん? ああこれ? 今度の日曜日にお祭りがあって、その時に使う大事なモノなの。普段は神社に預けてあるんだけど、年に一回のお祭りの時だけ、うちに戻されるの。」
「ほら、もうすぐうちに着くよ? 君ももう元気出してっ!」
コトコはそう言うと、ショウゴの肩をポンっと叩いた。
続く