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「お前ら、何勝手にバス乗ってんだよっ?」
ショウゴはバスに飛び乗った瞬間に、二人に詰め寄った。すると、タマキが、
「悪い悪い。タイミング良くバスが来たから、ケイイチと相談してさ、せっかくだからバスに乗って、霧鳥ダムまで行こうってことになったんだよ?」
と、笑いながら言った。
「まだ時間早いしな。ここが霧鳥村だっていうなら、この先まで行かないともったいないよな? でさ、包丁小憎の噂の真意を確かめに行こうぜ?」
ケイイチも乗り気である。
「んまぁ、それも楽しいかもな?」
ショウゴはそう言うと、貸し切り状態の席の一つに座り、買ってきたおにぎりを食べ始めた。
「そういえば・・・ あのおっさんどうしたんだ? バスに乗らなかったのかな?」
ケイイチが、ふと思い出したように言った。ショウゴとタマキがバスの中を見渡したが、 この三人の他は誰も乗客はいない。
「途中で降りたんじゃないのか?」
ショウゴが昆布のおにぎりを頬張りながら言った。
「途中でバス停なんかなかったぞ? 道だって一本道だったろうが?」
タマキが突っ込む。
「じゃあ、乗らなかったんだろ?」
ショウゴは、梅干しではないおにぎりを食べる事ができて、幸せそうである。
「でさ、さっきの包丁小憎の話だけどさ? あれってどう答えても殺されちゃうんだろ? だったらさ、誰がこの噂を広げたんだ?」
ケイイチが言う。
「だからあれは、旧霧鳥村の事件を知ってる誰かが、面白おかしく作ったんだろ? 大体、噂で良く聞く友達の友達って一体誰なんだか分かんないじゃん?」
タマキが笑って言うと、それを聞いていたショウゴが、得意げに言う。
「お前ら知らないのか? 包丁小憎からたった一つだけ助かる方法があるんだぜ?」
「へぇー? そんなのあるのか?」
タマキが興味ありげに身体を乗り出す。
「俺も聞いた事ないな?」
ケイイチもタマキ同様に興味深々のようである。ショウゴはそんな二人を見回して、
「実は俺もつい最近知ったんだけど・・・」
と、遠回しぎみに話始めた。
「包丁小憎から逃げるには・・・」
「逃げるには・・・?」
妙に緊張した雰囲気が、三人を包み込んだ。
「首無し人形の首を渡してやるんだっ!」
一瞬で緊張が解けた。
「なんだそれ? それ知ってたってどうしようも出来ないじゃん?」
タマキがあきれたように言う。
「バカ、まだ続きがあんだよ。」
ショウゴは続けた。
「首は一種類じゃないんだ・・・ 全部で三種類あるんだ。そのどれでもいいから包丁小憎に渡せば助かるんだ!」
「どっちにしてもそりゃ無理だ。」
ケイイチもがっかりしたように言う。
「なんだよ? たった一つより確率は高いだろ?」
二人の反応がいまいちだったが、ショウゴは話せた事で満足した様子である。
「大体、その首はどこにあるんだよ?」
タマキが言うと、ショウゴは、
「それって多分、その昔の霧鳥村にあるんじゃないか?」
と、ケイイチに言った。
「その村は、もう湖の下だって。」
ケイイチはペットボトルの水を飲みながら答える。
バスは、一つの停留所にも止まらず、三人の乗客だけを乗せて走り続けている。霧鳥村を出てから、すでに三十分は経っている。バスはすでに山道に差し掛かっており、流れる景色は薄暗い森しか見えない。道は鋪装された二斜線だが、走っている車はこのバスだけである。対向車さえ一台もない。
「なんか涼しくなってきたな?」
ショウゴが言う。
「意外と標高が高いのかな? そのせいだろ?」
タマキが冷静に言う。
「まあ夏だし、ちょうどいいんじゃない?」
ケイイチがのんびり言う。どこか眠たそうである。
「次は霧鳥村、終点です。次は霧鳥村。本日の御乗車、まことにありがとうございました。」
テープ音声の案内が流れた。いつの間にか眠ってしまっていた三人は、その音声案内で目が覚めた。随分寝てしまった感じがする。三人とも窓から外を見た。どうやら山越えしたようである。周囲は開けている。
ショウゴが時計を見る。七時五十三分。そんなには乗っていなかったんだ。三人ともそう思った。
三人はバスを降りた。
「帰りのバスの時間を確認しとこうぜ?」
タマキはそう言うと、停留所の時刻表を見る。やはり一時間に一本程度の割合である。
「まあ、時間もたっぷりあるし、とりあえずダムに行こうか?」
タマキはそう言うと、地図を広げた。ショウゴとケイイチも地図を覗き込む。
この場所から少し離れているようである。
「あの道を行けばダムに出そうだな?」
ショウゴが、そう言って指差した先には木々に隠れるように細い砂利道がある。その道は森の奥へ続いていて、先の方までは確認出来ない。が、鋪装された県道はこのバス停までで、この先に続いているのはその砂利道だけであったので、ショウゴの言う通り三人はその道を行く事にした。
「ちょっと曇ってきたな?」
タマキが空をあおぎ見ながら言った。確かに、霧鳥村を出た時は、晴天に近い位の良い天気だったのだが、今は上空に雲がかかってきている。雨が降る程ではなさそうであるが、日が陰ると妙に涼しくなる。
「今日は晴れるって天気予報で言ってたのにな?」
ショウゴも空を見上げて言う。
「まあ、山の天気は変わりやすいっていうからな? 雨さえ降らなきゃ大丈夫だろ?」
ケイイチがのんびりと言う。
「ようしっ! とにかく行ってみようぜ?」
ショウゴが先陣を切って砂利道を行く。その後を、タマキとケイイチが追い掛ける。砂利道といっても整備はされているようで歩きづらくはない。恐らく、ダム関係者の為の道なのであろう。
三人は、例の包丁小憎の話題で盛り上がりながらその道を進んだ。
続く