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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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「・・・あれ・・・ 俺・・・ どうしたんだ?」

 タマキがぼやけた頭で考えながら呟いた。確か、生け贄にされるところだった筈。身体が動かなくなって、意識がとんだ。

「うーん・・・」

 隣からうめき声が聞こえた。聞いた事のある声である。

「ケイイチ?」

 だが、それ以上に妙に懐かしい感じの声が聞こえた。

「早くあの日本人形を・・・」

 ショウゴの声だ。まだ、夢の中にいる感じだ。自然と右腕を額の上に乗せる。

「・・・っ!」

 身体が動く。思わず起き上がる。身体の節々が痛む。

「ショウゴっ!」

 タマキは精一杯の声でショウゴの名を呼んだ。

「タマキっ?」

 その声に気が付いたショウゴが、タマキの元へ駆け寄る。そして、その横で眠っているケイイチに気が付いた。ショウゴはケイイチの頬を平手で叩く。

「ケイイチっ! 起きろっ! おいっ、起きろってばっ!」

「ああ・・・ 痛いなぁっ! 何すんだよっ!」

 ようやくケイイチが目を覚ます。

「あれ? ショウゴ? ・・・ここはどこだ?」

 今一つ、状況が分かっていない。

「ショウゴ君・・・ 君か・・・?」

 ケンジロウも気が付いた様である。

「ケンジロウさんも大丈夫ですか?」

 ショウゴがケンジロウを抱き起こす。

「・・・ここは・・・ どこだ・・・?」

 まだ意識が朦朧としている様子のケンジロウに、ショウゴが答えた。

「儀式殿とかいう所です。生け贄にされそうになってたんですよ。」

「そうか・・・ っ! ショウゴ君っ! あれはどうしたっ?」

 ケンジロウが思い出したかのように言った。

「見つけましたっ! やっぱり湖の村にあったんです。」

 ショウゴはそう言って、中央の台を指差した。

 テイコが用意した白布が敷かれたその台の上には、ネイコが用意した首の無い日本人形が置かれている。

 そして、その人形の前にはあの人形の頭が三つ、綺麗に並べられていた。

「そうか・・・ 良かった・・・」

 ケンジロウはそう呟くと、安心したかの様に、再び台に横になった。

「どう言う事だよ? ショウゴ?」

 ようやく起き上がってきたタマキがショウゴに問いかける。

「俺達にも説明してくれよ?」

 ケイイチが未だにだるそうに言う。


 ショウゴは事の経緯を二人に説明した。

この村に起きた惨劇。コトコを始めとした村人達の事。ケンジロウの事。そして『マツリ』と『儀式』の事。それを止める事が出来るかもしれないという事。


「そうか・・・ そんな事があったのか・・・」

 タマキが、台の上の人形を見つめて言った。

「でも、そんな事ってあるのかよ・・・? コトコさんが・・・」

 ケイイチは、とても信じられないといった感じで呟いた。

 まあ、時間がないのでかなり端折った内容であったが、二人は何となく理解はしているようであった。

「あとはどうするか・・・」

 ショウゴが呟く。

「あれっ? お前知ってるんだろ?」

 ケイイチが意外そうな表情で言うと、

「俺が? 知ってるわけないだろ?」

 ショウゴが言う。

「俺は、単純に人形の頭を返せばなんとかなると思ってたんだけど・・・」

 ショウゴはそう言って、横になっているケンジロウを見た。ケンジロウは眠ったように動かない。

「ケンジロウさん。起きて下さいよ。」

 タマキがケンジロウの身体を揺すって起こすと、ケンジロウは薄らと目を開けた。

「ケンジロウさん。人形の頭は全部揃ったけど、何も起きないんです・・・ この後はどうすればいいんですか?」

 ショウゴが言うと、ケンジロウはだるそうに身体を起こした。どことなく具合が悪そうである。

「・・・儀式を・・・ 『マツリ』の儀式をするんだ・・・」

 ケンジロウはそう言うと、再び身体を横にする。

「儀式っていっても・・・」

 タマキが困ったような顔をした。

「・・・コトコさんだ・・・ コトコさんは切取様の巫女だろ? 『マツリ』の儀式だってコトコさんがやってたんだし・・・」

 ショウゴは、そう言ってコトコを見た。タマキとケイイチは、その時初めてコトコとテイコ、ネイコ、そして高霧の存在を知った。

「コトコさんっ?」

 妹二人に支えられている、傷付いたコトコを見つけて、ケイイチが走り寄った。

「どうしたんですかっ? こんな怪我して・・・」

「ケイイチ君・・・ 良かった・・・ 間に合ったんだ・・・」

 コトコが、優しい笑顔をケイイチに向ける。そして、テイコとネイコの頭を優しく撫でた。

「おねえちゃん・・・」

「おねえちゃん?」

「二人とも手伝ってくれる・・・?」

 コトコはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。テイコとネイコは、それを見て互いに頷き、コトコの後に続いた。ふらつくコトコを見かねたケイイチが、思わず肩を貸す。

「・・・優しいんだ・・・」

「・・・巻き込んじゃってゴメンね・・・」

 コトコが申し訳無さそうに言う。

 ケイイチは黙って頷いた。

 コトコは高霧の前に行くと、スッと右手を出した。

「高霧さん・・・ 宝刀を・・・」

「・・・はい。コトコ様。」

 高霧は素直に宝刀をコトコに手渡した。事の経緯をじっくりと見極めようとしているかのような、そんな感じが伺える。が、コトコに対してはどこか従順である。

「コトコ様。頼みます・・・」

 高霧はそう言うと、静かに後ろに下がった。

「みんなの為にも・・・」

 宝刀を受け取ったコトコは、そう呟いて小さく頷いた。そして、身体を支えてくれていたケイイチに一言、

「ありがと・・・」

と言って、肩から手を離した。

「タマキ君にも謝らなくちゃね・・・ 」

 コトコはそう言うと、タマキに頭を下げた。

「いや・・・ 俺は・・・」

 タマキは困った顔をしてショウゴを見た。最初は許せないと思っていたが、ショウゴから事情を聞いて、怒りが消沈してしまった感じである。もともと物わかりのいいタマキである。コトコに素直に謝れた事に対して、怒りは消えていたのだ。

 コトコは最後にショウゴの前に来た。

「・・・ショウゴ君にはいくら謝っても、いくら感謝しても足りないよね・・・? でも・・・ 本当にごめんなさい・・・ 本当にありがとう・・・」

 ショウゴは黙って聞いていた。頷きもしなかった。

 コトコは、少しだけ寂しそうな笑顔を見せて、

「さようなら・・・」

と、儀式殿の中央、人形の置かれた台に向かって歩き出した。傷付いた後ろ姿が痛々しい。 テイコとネイコがその後ろについて歩く。

「コトコさんっ!」

 ショウゴが思わずコトコの名を呼んだ。

「・・・?」

 みんなの視線がショウゴに集中した。

「コトコさんは謝ることなんかないよっ! お礼とかだって俺達がしなくちゃいけないんだっ!」

 ショウゴは単純だが、正直者だ。タマキもケイイチもそれを良く知っている。

「コトコさんはみんなが好きなんでしょっ? だから本当にみんなの為にって・・・ 俺達もみんなコトコさんの事好きだっ! 昨日会ったばかりだけど、俺達はコトコさんの味方だからっ!」

 ショウゴが張り裂けんばかりの声でコトコに言った。それに続けとばかりにケイイチが叫ぶ。

「俺はコトコさんが好きだっ! だからまた・・・ 絶対に会いましょうっ!」

タマキも叫ぶ。

「俺は君が許せなかったっ! 騙して生け贄にしようとするなんて・・・っ! でも・・・ 助けてくれたのも君なんだっ! ありがとぉーっ!」

 ほんの僅かな時間だが、儀式殿の中に静寂が包み込んだ。

「・・・ありがとう・・・ 本当にありがとう・・・」

 コトコが口を開いた。

「みんな・・・ 大好きだよ・・・!」

 コトコの頬を涙が伝った。

「テイコちゃん・・・ ネイコちゃん・・・ みんな揃ったよ。お兄ちゃん達が見つけてくれたんだ・・・ ほら、お礼をしなくちゃね?」

 コトコが言うと、テイコとネイコは不思議そうに顔を見合わせて、二人揃って三人の前に駆け寄ってきた。

「ありがとう。おにいちゃんたち。」

「ありがとう。わたしたちのあたまをみつけてくれて。」

 無垢な笑顔が三人に向けられた。

「これより儀式を執り行います。テイコはここに。ネイコはそこに。」

 コトコが儀式の始まりを宣言した。テイコとネイコはそれぞれに走って、言われた場所に動く。

 コトコが並べられた人形に向かい、宝刀を抜いた。


 儀式が始まった。


 コトコが舞を踊る。テイコとネイコが左右で、大きな鈴のついた金の御幣を静かに振っている。不思議な光景だった。コトコが舞う度に宝刀から不思議な光を放たれている。テイコとネイコが御幣を振る度に不思議な光が放たれている。その光は決して眩しいものなどではなく、優しくほのかに光っている。


「これは・・・」

 今迄、静観していた高霧が、儀式の様子を見て不意に呟いた。

「これが・・・ 本当の『マツリ』だったのか・・・」

 そう呟いた高霧の顔は、驚く程に穏やかであった。

「・・・コトコさん・・・ 綺麗だ・・・」

 ケイイチが見とれている。

「ああ・・・ ほんとに綺麗だ・・・」

 タマキも同調する。

「・・・これで全部終わるんだ・・・」

 ショウゴが呟く。


     続く

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