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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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 本殿の中は、妙に薄暗い。さして広くはないのだが、儀式の為の物であろうか、大小色々な物が置いてある。ショウゴは警戒しながらも、タマキやケイイチを探した。

「ここは・・・?」

 本殿の奥。御神体を掲げる壇上。そこに上がる小さな階段の脇に、人がようやく一人通れる程の、小さな引き戸がついている。ショウゴはその引き戸をゆっくり開けてみる。暗いと思っていたが、奥から薄らと明かりが照らされており、狭い通路という事が分かった。明かりが着いているという事は、この先に何かあるという事であろうか。

 ショウゴは静かに入り口を潜った。思っていたより、通路そのものは広く歩きやすい。所々に、ロウソクで明かりが灯されているから、迷う事もない。そんな事を思いながら歩いていると、開けた部屋に出た。神社の建物の規模から考えにくい程に、意外と広い空間である。思わず寄り掛かった壁にショウゴは驚いた。

「これって・・・ 土・・・?」

 壁はむき出しの土壁であった。所々に木の根が這っている。どうやら神社の裏山に掘られた空間の様である。

「・・・?」

 部屋の中は、ロウソクが何本も明かりを灯しており、かなり明るい。そこには、数台のベッドの様な台が円状に並べられており、その中央には小さな、それでいて豪華な装飾が施されている台が置いてある。

「タマキっ! ケイイチっ!」

 ショウゴは、そこに寝かされている二人を見つけて、急いで駆け寄った。

「おいっ! どうしたんだよ? 起きろよっ!」

 二人を揺すって、起こそうとするが全く起きる気配がない。

「うそだろ・・・?」

 ショウゴは、二人の胸に耳をあてた。


 トクン・・・ トクン・・・


 心臓の音がする。二人とも生きている。ほぅっと胸を撫で下ろす。と、隣に寝かされていたケンジロウにも気が着いた。ケンジロウも生きている。

「良かった・・・ 間に合った・・・」

 思わず力が抜けて行く。と、

「このぉ・・・ こわっぱがぁ・・・っ!」

 怒りに満ちた、霧原の声が響いた。ショウゴが振り向くと、そこには宝刀を握った霧原が立っていた。その背後には宮司の高霧とテイコ、ネイコもいる。

「おにいちゃん?」

「おにいちゃん?」

 テイコとネイコが不思議そううな顔をしている。ショウゴは、コトコの言葉を思い出した。

「テイコちゃんっ、ネイコちゃんっ! 待ってろっ! 今助けてあげるからっ!」

 二人ともあまり理解していないのか、きょとんとしている。

「何を言っておるんか・・・ さっぱりじゃな?」

 霧原が、ニヤニヤと笑っている。

「残念だったなっ? 生け贄は返してもらうぞ?」

 ショウゴが言うと、霧原は手に持った宝刀を鞘から抜き取った。ショウゴも腰の鉈を構える。

「ふんっ! おんしを生け贄にするのは諦めたわい・・・ だがこの村から無事に逃がす事はまかりならん・・・っ! ここで逝ってもらおうっ!」

 霧原はそう言うと、宝刀をいきなり振り降ろしてきた。

「っ!」

 ショウゴは鉈でそれを受け止める。そして力一杯押し返す。霧原はその勢いのまま、後ろに弾き飛ばされた。ショウゴはそのまま霧原に突っ込み、全体重を乗せて霧原の顔面に右ストレートをぶつけた。

「きゃああ・・・っ!」

「きゃああ・・・っ!」

 テイコとネイコが悲鳴をあげる。

「ぐうぅぅぅぅ・・・」

 霧原は妙な呻き声をあげて、そのまま気を失った。

「・・・やれやれ・・・ 老人を殴りつけるなんて、いけない子供だな・・・」

 ショウゴが立ち上がろうとすると、高霧が見下ろしながら言った。その手には霧原が持っていた宝刀が握られている。霧原はかなりの高齢で、刀を振り降ろす力も弱かった。が、 高霧はまだ全然若い。今みたいにはいかないだろう。ショウゴが覚悟を決めたその時、高霧は宝刀を鞘に収めた。

「っ?」

 呆気に取られているショウゴを見下ろしたまま、高霧が言った。

「コトコ様が言っておられた・・・ もし君が私達を救えるのならば、『マツリ』は中止し、生け贄の友達も返してあげよう・・・ だが、もしそれが叶わなかった場合は、残念だがこの村と共に消えてもらう。」

 口調は落ち着いているが、威圧感がある。

「分かった・・・」

 ショウゴはそう言うと、ズボンのポケットから例の日本人形の頭を二つ取り出した。

「きゃああ・・・っ!」

「いやああ・・・っ!」

 テイコとネイコが再び悲鳴をあげた。この人形の頭に怯えているようである。

「それは・・・っ!」

 高霧も驚愕の顔を隠さなかった。

「湖に沈んだ村で見つけました。この神社に祀られてる頭の無い日本人形の頭です。これを元に戻せば・・・」

 ショウゴはそう言って、その二つを台の上に並べた。

「あの湖にあったのは知っていたが、私達にはそれを見つける事が出来かった・・・ しかし・・・ まさか生きている人の子がそれを見つけるなんて・・・」

 高霧は、非常に興味深そうに言った。が、

「しかし祀られている人形は三体。頭は二つしかないようだが・・・?」

と、ショウゴに言った。

「三つめの頭もあります。その人が持っている筈です。」

 ショウゴはそう言うと、未だに目を覚まさないケンジロウの上着のポケットを探った。

「・・・?」

 ポケットの中には何も入っていない。

「そんなバカな? 確かに俺が返した時、ポケットに入れたのに・・・?」

 ショウゴは、慌ててケンジロウの衣服の全てのポケットを調べたが、結局人形の頭は出てこなかった。

 それを見ていた高霧は、少し残念そうに静かに口を開いた。

「・・・その首はね、あの時首を刎ねられて殺された三姉妹の首なんだよ・・・ その一つが欠けても何も出来ない・・・ その男が何者かは知らないが、あの首を持っている訳がない・・・っ!」

「その三姉妹って・・・ もしかして・・・」

 そう言ったショウゴに、高霧は冷たく言い放った。

「残念だが、もう時間の猶予はない。素直に生け贄になるか、ここでただ死ぬか・・・ どちらかを選びなさいっ!」

「ちょっと待って・・・ この人が誰だかって・・・ この人は・・・」

 ショウゴが、事の経緯を説明しようとしたが、高霧にはもはや耳を傾ける様子はなかった。

「時間が無いのだっ! せめて苦しまないようにしてやるっ!」

 高霧は宝刀を振り降ろした。


「待ちなさいっ!」

 その声で、高霧の宝刀が止まった。本当に寸での所で、ショウゴは命拾いをした。

「おねえちゃんっ!」

「コトコおねえちゃんっ!」

 テイコとネイコが一斉に言った。

「コトコ様・・・?」

 高霧が驚いたようにコトコを見た。

 ショウゴも声のした方に目をやる。そこには傷だらけのコトコの姿があった。

「コトコさん・・・?」

 儀式用の衣装は切り刻まれ、露出した肌も切り付けられており、血だらけである。その様子から、立っているのも辛そうである。

「おねえちゃぁんっ!」

 テイコとネイコがコトコに走りより、それと同時に崩れるように倒れるコトコを二人で支えた。

「コトコ様っ? 一体どうされたんですか?」

 高霧がコトコを気遣う。が、宝刀の切っ先はショウゴに向けられたままである。ショウゴは身動きが取れずにいた。

「テイコ・・・ これをお兄ちゃんに・・・」

 コトコが何かを差し出す。泣きじゃくっていたテイコとネイコは小さく頷く。テイコがコトコから何かを受け取る。ネイコが一人でコトコを支えている。

「はい・・・」

 テイコがショウゴに何かを差し出した。それを高霧が取ろうとした。

「だめっ! これはおにいちゃんにっておねえちゃんが・・・っ!」

 テイコが、泣くのを我慢してそれを拒否した。

「わかりました・・・」

 高霧が、ショウゴに突き付けた宝剣を鞘に収めた。

「・・・はい。」

 テイコが差し出した何かを、ショウゴは静かに受け取る。そして見て驚いた。

「これは・・・ コトコさん・・・ どこでこれを・・・?」

 するとコトコは、力無く笑った。

「サヨコさんが持ってたの・・・」

「そうだったのか・・・」

「それ・・・ 私の頭よ・・・ でも・・・ どうしてあの人が・・・」

 コトコにも、事情が分からない様であった。しかし、これで三体分の頭が揃ったのである。あとは、首無し人形に頭を返せば何かが起こる。

「人形を用意して下さいっ!」

 ショウゴは、力強く高霧に言った。


     続く

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