30
30
あまりの光景に、ショウゴは気がおかしくなりそうな感覚を覚えた。激しい目眩と吐き気に襲われる。ありえない光景に、思わず力が抜けていく感じがする。
「ははは・・・ 緊縛の瞳よ。生け贄が逃げないように動けなくする力よ。観念しなさい? ショ・ウ・ゴ・く・ん?」
サヨコは勝ち誇ったかの様に言う。
「ショウゴ君っ! しっかりしてっ!」
突然、名前を呼ばれた。知っている声である。
「コトコさんっ?」
声のした方を見る。
神社の入り口、鳥居の向こうにコトコが立っていた。
「コトコっ?」
サヨコがコトコを睨み付けた。宙に浮かんだ目玉の群れが、一斉にコトコに視線を向ける。
不思議な事に、村人達は誰一人として下を向いたままだ。が、口々に、
「コトコ様だっ!」
「救いの巫女様じゃっ!」
「やっぱり来て下さったぞっ!」
と、喜びの声をあげている。
「みんなっ! 下がりなさいっ! もう『マツリ』は終わりにしますっ!」
コトコが毅然と言った。
村人達の声が一瞬で消えた。
「コトコっ!」
サヨコが、一際大きな声でコトコの名を呼んだ。
「こんな子供に何を吹き込まれたの? 村人達がどれだけあなたに救いを求めてるのか・・・ 知らない訳じゃあないでしょう?」
まるで諭すようにサヨコが言うと、コトコは、
「知っていますっ! ・・・私だってみんなを救いたい・・・ でもっ!」
と、境内に向かってゆっくりと歩き出した。
「今頃何をしに来たんじゃ・・・?」
しわがれた声が聞こえた。下を向いたまま動かない村人達を掻き分けて、今迄どこにいたかしれない霧原老人が現れた。
「おじいさまっ!」
サヨコが言うと、目玉の群れも霧原の方を一斉に見る。
「・・・生け贄の儀式を・・・ 中止して下さい・・・ テイコとネイコでは・・・」
コトコがそこ迄言うと、霧原が威圧のある声でそれを遮った。
「たわけっ! この裏切り者がぁーっ! お前は切取様との契約を破ったのじゃっ! みなのものっ! この二人を捕らえるのじゃっ!」
「まずは生け贄を捕らえよっ!」
サヨコが叫ぶ。すると、宙に浮かんだ目玉の群れが一斉にショウゴを睨んだ。
「ふざんなっ! コトコさんの気持ちも知らないくせにっ!」
たまらずにショウゴが叫ぶ。
「ショウゴ君っ! あなたは儀式殿に行ってっ! みんなを助けてっ!」
コトコが叫ぶ。
「そうはさせないわっ! みんなっ!」
サヨコが言うと、巨大な目玉に血管が浮き出た。
「くそぉーっ! 気持ち悪いんだよっ!」
ショウゴはそう叫ぶと、目の前にあった目玉の一つに、バットを思い切り振りかざした。
「っ?」
「うぎゃああああ・・・っ!」
村人の一人が、悲鳴をあげ、顔をおさえたままその場に崩れ落ちた。
「っ?」
ショウゴはがむしゃらにバットを振り回し、もう一つ別の目玉に強烈な一発を浴びせた。
「ぎゃあああ・・・ 目がぁ・・・ 目がぁ・・・っ!」
別の村人が悲痛な叫び声をあげて倒れる。
『これは・・・ 村の人達の目なのかっ?』
ショウゴは困惑しながらも、ようやく理解した。とにかく信じられない事ばかりなので、本当に理解したとはいかないまでも、今この場では、納得した何かがあった。
「バカなっ? 何故動けるのっ?」
サヨコが困惑気味に叫ぶ。
「あのコには印がないものっ! だからあなた達の・・・ 私達の力は効かないわっ!」
コトコが力強く言った。そして、ショウゴに言った。
「早くっ! みんなを・・・っ!」
「っ!」
その声を聞いた瞬間、ショウゴは弾かれたかの様に、一気に儀式殿に向かって走り出した。
「儀式の邪魔はさせないわよっ!」
サヨコはそう叫ぶと、自らショウゴを追い掛け始める。
「サヨコっ!」
霧原は叫ぶのと同時に、サヨコに短刀を投げ渡した。サヨコはそれをなんなく受け取り、ショウゴを追い掛けた。
ショウゴは目の前に群がる村人達や目玉に先を邪魔され、なかなか前に進めない。
「生け贄にならないのなら、私達の邪魔をするなっ!」
ショウゴの前に回り込んだサヨコが、恐ろしい形相で睨み付け、鞘から抜いた短刀をちらつかせている。
「ふざけんなっ! そんなんでビビると思ってんのかっ?」
ショウゴがバットを構える。
「タマキもケイイチも生け贄になんかさせないっ!」
「ショウゴ君っ!」
コトコが叫ぶと同時に、ショウゴとサヨコの間に割って入った。
「コトコさんっ?」
「コトコっ!」
二人同時に、コトコの名を叫ぶ。
「サヨコさんっ! ショウゴ君を見逃して下さいっ!」
コトコが、恐ろしい形相をしたサヨコにお願いするが、サヨコはそれを一笑した。
「ふんっ! 巫女のお前が裏切ってまで、その子供に何を期待してるのっ?」
「ショウゴ君は私達を救ってくれるっ! みんなを救ってくれるっ! こんな儀式なんかもうやらなくていいのよっ!」
「コトコさん・・・?」
コトコの悲痛な迄の叫びが、ショウゴの胸に突き刺さった。
「何を言っているの? そんな子供にそんな事が出来ると、本気で思っているの?」
「・・・わからない・・・ けどね、こんな事今迄なかった・・・ 私は信じたいんです・・・っ!」
「ワケ分からないわっ! あなたはただ巫女だけをしていればよかったのよっ!」
サヨコはそう言うと、短刀を構え直し、コトコに斬り掛かった。
「コトコさんっ!」
ショウゴが、叫ぶと同時にバットを振り回した。
「この小憎がっ! 邪魔すんなぁーっ!」
不意をつかれたサヨコは、怒りの形相でショウゴを睨み付ける。
「ショウゴ君・・・ 時間がないわ・・・ それを私に貸して・・・」
「え・・・?」
コトコは、ショウゴからバットを奪うようにして取り上げた。
「サヨコさんは私が引き止めるから、あなたは早く儀式殿に行きなさいっ!」
「でもっ!」
ショウゴが戸惑っている。
「何してんのっ? 早く行きなさいっ!」
コトコが強く言った。
「行かせるかぁーっ!」
サヨコが怒りを露にしている。
「早くっ!」
「っ! 分かりましたぁーっ!」
ショウゴはそう言うと、一気に本殿に入った。
続く




