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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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 あまりの光景に、ショウゴは気がおかしくなりそうな感覚を覚えた。激しい目眩と吐き気に襲われる。ありえない光景に、思わず力が抜けていく感じがする。

「ははは・・・ 緊縛の瞳よ。生け贄が逃げないように動けなくする力よ。観念しなさい? ショ・ウ・ゴ・く・ん?」

 サヨコは勝ち誇ったかの様に言う。


「ショウゴ君っ! しっかりしてっ!」


 突然、名前を呼ばれた。知っている声である。

「コトコさんっ?」

 声のした方を見る。

 神社の入り口、鳥居の向こうにコトコが立っていた。

「コトコっ?」

 サヨコがコトコを睨み付けた。宙に浮かんだ目玉の群れが、一斉にコトコに視線を向ける。

 不思議な事に、村人達は誰一人として下を向いたままだ。が、口々に、

「コトコ様だっ!」

「救いの巫女様じゃっ!」

「やっぱり来て下さったぞっ!」

と、喜びの声をあげている。

「みんなっ! 下がりなさいっ! もう『マツリ』は終わりにしますっ!」

 コトコが毅然と言った。

 村人達の声が一瞬で消えた。

「コトコっ!」

 サヨコが、一際大きな声でコトコの名を呼んだ。

「こんな子供に何を吹き込まれたの? 村人達がどれだけあなたに救いを求めてるのか・・・ 知らない訳じゃあないでしょう?」

 まるで諭すようにサヨコが言うと、コトコは、

「知っていますっ! ・・・私だってみんなを救いたい・・・ でもっ!」

と、境内に向かってゆっくりと歩き出した。


「今頃何をしに来たんじゃ・・・?」

 しわがれた声が聞こえた。下を向いたまま動かない村人達を掻き分けて、今迄どこにいたかしれない霧原老人が現れた。

「おじいさまっ!」

 サヨコが言うと、目玉の群れも霧原の方を一斉に見る。

「・・・生け贄の儀式を・・・ 中止して下さい・・・ テイコとネイコでは・・・」

 コトコがそこ迄言うと、霧原が威圧のある声でそれを遮った。

「たわけっ! この裏切り者がぁーっ! お前は切取様との契約を破ったのじゃっ! みなのものっ! この二人を捕らえるのじゃっ!」

「まずは生け贄を捕らえよっ!」

 サヨコが叫ぶ。すると、宙に浮かんだ目玉の群れが一斉にショウゴを睨んだ。

「ふざんなっ! コトコさんの気持ちも知らないくせにっ!」

 たまらずにショウゴが叫ぶ。

「ショウゴ君っ! あなたは儀式殿に行ってっ! みんなを助けてっ!」

 コトコが叫ぶ。

「そうはさせないわっ! みんなっ!」

 サヨコが言うと、巨大な目玉に血管が浮き出た。

「くそぉーっ! 気持ち悪いんだよっ!」

 ショウゴはそう叫ぶと、目の前にあった目玉の一つに、バットを思い切り振りかざした。

「っ?」

「うぎゃああああ・・・っ!」

 村人の一人が、悲鳴をあげ、顔をおさえたままその場に崩れ落ちた。

「っ?」

 ショウゴはがむしゃらにバットを振り回し、もう一つ別の目玉に強烈な一発を浴びせた。

「ぎゃあああ・・・ 目がぁ・・・ 目がぁ・・・っ!」

 別の村人が悲痛な叫び声をあげて倒れる。

『これは・・・ 村の人達の目なのかっ?』

 ショウゴは困惑しながらも、ようやく理解した。とにかく信じられない事ばかりなので、本当に理解したとはいかないまでも、今この場では、納得した何かがあった。

「バカなっ? 何故動けるのっ?」

 サヨコが困惑気味に叫ぶ。

「あのコには印がないものっ! だからあなた達の・・・ 私達の力は効かないわっ!」

 コトコが力強く言った。そして、ショウゴに言った。

「早くっ! みんなを・・・っ!」

「っ!」

 その声を聞いた瞬間、ショウゴは弾かれたかの様に、一気に儀式殿に向かって走り出した。

「儀式の邪魔はさせないわよっ!」

 サヨコはそう叫ぶと、自らショウゴを追い掛け始める。

「サヨコっ!」

 霧原は叫ぶのと同時に、サヨコに短刀を投げ渡した。サヨコはそれをなんなく受け取り、ショウゴを追い掛けた。

 ショウゴは目の前に群がる村人達や目玉に先を邪魔され、なかなか前に進めない。

「生け贄にならないのなら、私達の邪魔をするなっ!」

 ショウゴの前に回り込んだサヨコが、恐ろしい形相で睨み付け、鞘から抜いた短刀をちらつかせている。

「ふざけんなっ! そんなんでビビると思ってんのかっ?」

 ショウゴがバットを構える。

「タマキもケイイチも生け贄になんかさせないっ!」

「ショウゴ君っ!」

 コトコが叫ぶと同時に、ショウゴとサヨコの間に割って入った。

「コトコさんっ?」

「コトコっ!」

 二人同時に、コトコの名を叫ぶ。

「サヨコさんっ! ショウゴ君を見逃して下さいっ!」

 コトコが、恐ろしい形相をしたサヨコにお願いするが、サヨコはそれを一笑した。

「ふんっ! 巫女のお前が裏切ってまで、その子供に何を期待してるのっ?」

「ショウゴ君は私達を救ってくれるっ! みんなを救ってくれるっ! こんな儀式なんかもうやらなくていいのよっ!」

「コトコさん・・・?」

 コトコの悲痛な迄の叫びが、ショウゴの胸に突き刺さった。

「何を言っているの? そんな子供にそんな事が出来ると、本気で思っているの?」

「・・・わからない・・・ けどね、こんな事今迄なかった・・・ 私は信じたいんです・・・っ!」

「ワケ分からないわっ! あなたはただ巫女だけをしていればよかったのよっ!」

 サヨコはそう言うと、短刀を構え直し、コトコに斬り掛かった。

「コトコさんっ!」

 ショウゴが、叫ぶと同時にバットを振り回した。

「この小憎がっ! 邪魔すんなぁーっ!」

 不意をつかれたサヨコは、怒りの形相でショウゴを睨み付ける。

「ショウゴ君・・・ 時間がないわ・・・ それを私に貸して・・・」

「え・・・?」

 コトコは、ショウゴからバットを奪うようにして取り上げた。

「サヨコさんは私が引き止めるから、あなたは早く儀式殿に行きなさいっ!」

「でもっ!」

 ショウゴが戸惑っている。

「何してんのっ? 早く行きなさいっ!」

 コトコが強く言った。

「行かせるかぁーっ!」

 サヨコが怒りを露にしている。

「早くっ!」

「っ! 分かりましたぁーっ!」

 ショウゴはそう言うと、一気に本殿に入った。


     続く


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