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日も昇り、じわりじわりと暑くなってくる。蝉が鳴き始める。三人は駅からでた。霧鳥郷の駅は古く小さな駅である。無人駅なので、切符を箱に入れて周囲を見る。すごい田舎だ。目の前には山がある。そんなに高く無いが、鋪装された道はその山を避けるように続いている。
おばあさんは、迎えに来ていた軽トラックの荷台に大きなカゴを載せた、自らは助手席に乗り込み、その一本道を行ってしまった。
駅に隣接して小さな売店がある。が、まだ開いていない。三人は、表の自動販売機でペットボトルのジュースを買う。小さなロータリーがあり、バス停がある。そこにあの男がいた。やはり時間を気にしているようだ。
三人は警戒しながら、バス停の時間表を見る。
「うへぇ? 一時間に一本しかないぞ?」
ショウゴが変な声をあげる。
「どうするよ? 歩くか?」
「待てよ。あと三十分もすればバス来るぜ?」
ケイイチが言うと、タマキが、
「時間もあるし、少し歩くのもいいかもな?」
と、ショウゴに同調した。するとショウゴは、
「そうだなっ。三十分もこんな何にも無い所で待ってるのもイヤだしな。」
と、元気に言った。
「君達、こんな何も無い所で、どこに行くんだい?」
突然声を掛けられた。サングラスの男だ。男はサングラス越しに三人を見回し、しわがれた声で言った。
「この先には霧鳥村しかないからね。観光地でも無いこんな場所に子供が三人・・・ こんな時間に珍しいからね。」
「あ、いや・・・」
ショウゴが思わず答えに詰まるが、タマキがすかさず答える。
「僕らも霧鳥村へ行くつもりなんです。友達がそこにいるもんで。なっ?」
ショウゴが相づちを求め、ショウゴとケイイチが慌てて頷く。
「じゃあ、バスが来るのを待った方がいい・・・ 霧鳥村はあの山の向こう側だから、バスでも一時間は掛かる。歩いていったら日が暮れてしまうよ。」
「でもお金も少ないから、行けるとこまで行ってみますよ。な? いい天気だし、もし疲れたら途中でバス乗ってもいいし・・・」
タマキはそう言うと、二人の肩を叩いて、
「行こうぜ。」
と、歩き出した。
「おっ・・・ おい、待てよ。」
ショウゴとケイイチが後を追う。
「そりゃ、小遣いは厳しいけどバス代位は出るぜ?」
「バスで一時間っていったら、しゃれになんないぞ?」
男に聞こえないように、小さな声で抗議する。道のカーブを曲がり、男の姿が見えなくなった時、ようやくタマキが言った。
「あいつ、嘘ついてたぞ? 霧鳥村があの山の向こう側って言ってたろ?」
「どういう事だよ?」
ショウゴが、訳が分からないといった感じで言うと、ケイイチがガードレールの向こう側指差し、
「あそこに村があるぞ? あれが霧鳥村じゃないのか?」
と、ショウゴに言った。そこから見える村は、田んぼに囲まれたのどかな感じの村である。山側は削られて、周囲の農家と雰囲気のだいぶ違ったニュータウンが建築されている。歩いても二・三十分で行けそうな距離である。
「どういう事だ? めちゃくちゃ近いじゃん?」
ショウゴが言うと、タマキが辺りを気にしながら答えた。
「あの男が言ってたろ? 霧鳥村はあの山向こうだって・・・ 確かに八十年前まではそこに村があったんだよ。でも、六十年前のダム開発で今は湖の底になってる。今の霧鳥村は、ケイイチが言った通り、あそこにある村が霧鳥村なんだよ。」
「お前、随分詳しいな?」
ショウゴが言う。
「お前ら、包丁小憎の噂知ってるだろ? 包丁を持った小学生位の男の子が、どこからともなく現れて、「僕のお母さん知らない?」って聞いてくるやつ。」
タマキが言うと、ショウゴがお茶らけて言う。
「それってさあ、あれだろ? 知らないって言うと、「お前の母さんをよこせ」
とか言って刺される。知ってると言うと、「嘘つく口とその舌をよこせ」って言って、顔を切り刻まれる。ってやつだろ? 有名ジャン?」
「でも、よくある都市伝説ってやつだろ? 口裂け女とかトイレの花子さんみたいな?」
ケイイチが言う。タマキは少し得意そうに言う。
「包丁小憎自体はただの噂さ。でも、そういう噂って、何か事件とか出来事を脚色して広がってる事が多いんだぜ?」
「だからどういう事だよ?」
ショウゴがせかす。
「霧鳥村がダムに沈む前に、元になるような事件があったんだって・・・ もっとも子供が犯人じゃないけどな? すごかったらしいぞ? 村人の半分が包丁で刺されたり、切り刻まれたりで辺り一面血の海だったらしい・・・」
「なんだよ? なんでお前そんな事知ってんだ?」
「俺の曾祖父さんが霧鳥村の出身だったらしい。俺はオヤジに聞いたんだけどな。で、爺さんも切られたらしいんだけど、奇跡的に助かったんだと。でも、家族は爺さん残して、全滅だったらしい・・・」
タマキが言った。
「うげ・・・ 凄惨だなぁ・・・」
ショウゴが露骨に嫌な顔をする。
「でも、それと包丁小憎の噂と何か関係があるのか?」
ケイイチが今一つ納得出来ないという顔をしながら言う。
「お前ら一つ忘れてないか? 包丁小憎が出るのは決まって霧の日だろ? 右手に包丁、左手には?」
「包丁だろ?」
ショウゴが即答すると、ケイイチが、
「違うだろ? あれだよ? ほら・・・ 首無しの日本人形。」
と、答えた。
「そう、首無しの日本人形だよ。で、その時の犯人が左手に持っていたのも、首無しの日本人形だったんだってよ?」
「お前、それシャレにならないよ? 恐すぎ!」
ショウゴが寒そうに言った。
そんな話をしながら歩いていると、いつの間にか霧鳥村に入っていた。田んぼの脇にコンビニが目に入った。
「ちょっと、待っててくれっ!」
そう言って、ショウゴがコンビニに駆け込んだ。中でおにぎりを物色している。その姿を見ながら、タマキとケイイチは指差して笑っている。ショウゴは、そんな二人に気にもとめず、昆布と鮭、それからシーチキンのおにぎりを手に、レジカウンターへ向かった。
レジカウンターの壁に時計が掛かっている。七時二十分。ショウゴは財布からお金を取り出し、お釣を受け取った。そして、コンビニの外に出た時、バスのクラクションが鳴った。
「あれ? あいつらなんでバスに乗ってんだ?」
バスの中から、ショウゴを呼んでいるタマキとケイイチがいた。
続く