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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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「悪いなばあちゃん。」

 そう言って、ショウゴは霧森の老婆を空家の柱に縛り付けた。

「おのれぇ・・・ 小憎ぉ・・・ 騙しおったんかぁ・・・っ!」

 老婆は恐ろしい程に顔を歪ませて、凄みのある声でショウゴに食い付く。が、かなり太い親柱に、これまたかなり太い縄で身体中縛られた状態で縛り付けられているのだから、さすがに身動きがとれない。

 ショウゴは老婆から奪った大きな鉈を手に取った。かなり重い。が、武器としては最高である。

「騙してたのはお互い様だろ?」

 ショウゴはそう言って、空家の扉を開けた。

「!」

 霧が晴れている。青空が覗き、太陽の光が眩しい。

「さっきまで霧が出てたのに・・・」

 ショウゴが驚いていると、背後から不適な笑い声が聞こえた。

「ひひひ・・・ 『マツリ』が始まったんじゃ・・・ ちょいと遅かったようじゃな・・・」

「・・・っ?」

 ショウゴは勢いよく扉を閉めた。そしてその勢いのまま走り出した。


 あの深い霧の中、神社どころか自分の居場所さえ分からない状況の中、霧森の老婆に襲われた。が、捕まったふりをして神社に程近いこの場所迄来たのだが、やはり人質を連れた老婆の足ではかなり時間がかかったのだ。

 今いる場所・・・ 走る先に学校の校舎が見える。って事は神社はあっちだ。

場所が確認出来れば神社まで走るだけである。

「ちくしょーっ! 間に合えっ! 間に合えっ・・・!」

 ショウゴは自分に言い聞かせるように叫びながら走った。小さい村だ。迷わず走ればすぐに神社に行ける。そんな事を考えているうちにもう神社の鳥居が見えてきた。

「・・・より昇魂天祭を執り行います・・・尚・・・巫女はコトコ様に代わり、テイコ様とネイコ様のお二人に・・・執り行って頂きます・・・」

 高霧の声が聞こえた。切れ切れだが確かに高霧の声だ。ショウゴは思わず、すぐ脇にあった朽ちた民家の影に隠れた。

「コトコさんがいないのに、儀式が始まってる・・・ やっぱりあのじいさんがテイコちゃんとネイコちゃんにやらせてるんだ・・・」

 ショウゴはそう呟きながら、そっと神社の方に目をやった。『マツリ』が始まり、村人が集まっている。誰もが『マツリ』に集中しており、周囲の様子に気を取られている様子はない。

 ショウゴは、民家の中に入った。そして無造作に落ちていた黒と黄色のロープで鉈を腰に固定した。更に、その脇に転がっていたバットを拾い、軽く素振りをしてみる。

「よし・・・っ。行くか・・・!」

 ショウゴは意を決して外に出た。最初はゆっくり、そして少しずつ早足になり、最後は神社に向かって走り出した。村人達は、『マツリ』に集中しているせいか、まるで気がつく様子もない。ショウゴは構わず、そのままの勢いで鳥居を潜った。


「うりゃああああっ!」

 ショウゴはバットを振り回しながら『マツリ』の参列者に飛びかかった。

 不意をつかれた村人達は、何が起こったのか分からずにアワアワと逃げ惑っている。

「タマキィーっ! ケイイチィーっ! どこだあーっ!」

 ショウゴはのどが張り裂けんばかりに二人の名前を呼んだ。が、返事はない。

「ケンジロォさーんっ!」

 ショウゴは狭い境内を、三人を探して名前を叫びまくった。そんな中、

「あいつを捕らえるのよっ! 四人目の生け贄を捧げるのよっ!」

と、女性が強い口調でまくしたてるのが聞こえた。ショウゴがその方向に目をやると、そこには物凄い形相でこちらを睨み付け、ショウゴを指差すサヨコの姿があった。昨日見たサヨコとはまるで別人の様である。が、間違いなくサヨコである。

「・・・四人目の生け贄・・・」

「おお・・・ 捕らえろっ! 捕らえろっ!」

「捕らえれば、今回は四人逝けるぞっ! 逃がすなぁーっ!」

 今のいままで慌てていた村人達が、サヨコの一言で我に返った。そして、じわりじわりとショウゴに近づいてきている。

「うっ・・・」

 ショウゴが思わず後ずさりする。今にも飛びかかってきそうな村人達の雰囲気は、危機迫るものが感じられる。が、ショウゴも負けてはいられないのだ。タマキとケイイチ、そしてケンジロウを助け出して、この村から逃げなければ。

「三人をどこにやったっ?」

 ショウゴはバットを構え直した。

「そんな事を聞いてどうするの?」

 サヨコが馬鹿にしたように、うっすらといやらしい笑みを浮かべた。

 ショウゴは少しムッとしながらも、

「・・・助けるんだよっ! お前らの生け贄になんかしてたまるかっ!」

と、サヨコを睨みつけて言った。

「馬鹿な子ね・・・ もう儀式は始まっているのよ? あそこの儀式殿でね。」

 サヨコはそう言って、神社の本殿を指差した。

『あそこか・・・』

 ショウゴは、スキあらば本殿に突っ込むつもりであったが、村人達が睨みをきかせているこの状況では無理である。

「お前ら知らないのか・・・?」

 ショウゴが勝ち誇った様に言った。

「?」

 村人達が一瞬静かになった。ショウゴは続けて言った。

「コトコさん・・・ いないだろ?」

「・・・なんの話かしら?」

 サヨコが少し動揺した。

「コトコさんがいないと、生け贄を用意しても成仏出来ないんだろ? だったらこんな儀式自体、全くの無意味だろっ?」

 ショウゴがサヨコを指差して言った。

「・・・成仏出来ないって・・・?」

「どういう事だ・・・?」

「サヨコ様?」

 村人達がかなり動揺している。そんな様子を見ていたサヨコが、大声で笑い出した。

「ははははは・・・ コトコがいなくても儀式は成る。その為のテイコとネイコだっ! おじいさまもそう言ってたわっ!」

「だから・・・ 儀式は出来ても成仏は出来ないんだって・・・っ!」

 ショウゴが再度言うと、サヨコは不適な笑みを浮かべて返してきた。

「・・・そんな話をするのはコトコだね?」

「コトコ様が・・・」

「なんでコトコ様が・・・?」

 再び村人達が動揺し始める。

「コトコはこの子供に騙されているだけよっ! この子供を捕らえればコトコも戻ってくるわっ!」

 サヨコは村人全体を見渡しながら言った。

「そうだっ! コトコ様が我々を裏切ったりする筈がないっ!」

「このガキを捕まえればいいっ!」

「こいつを生け贄に・・・っ!」

「そうだっ! 四人目の生け贄だっ!」

 村人達に異様な気配が漂う。まるで獲物を狙う獣の様である。それを見て不適に笑みを浮かべるサヨコが言った。

「さあっ! この子供を捕らえなさいっ! そして切取様に捧げよっ!」

 その声と同時に、妙に前傾姿勢になった村人達が、じりじりとショウゴに詰め寄る。

ショウゴはバットを一振り、思い切り振り回した。村人達が一瞬怯む。が、すぐに体勢を取り戻す。

「くそぉーっ!」

 ショウゴはそう叫ぶと、バットを構え直した。

「生け贄だぁーっ!」

 村人の男が襲い掛かる。


 ぐしゃっ!


 イヤな音と感触が、目を閉じたままバットを振り回したショウゴの感覚を狂わせる。

「うわ・・・っ!」

 恐る恐る目を開けたショウゴの目の前には、頭の変型した男がいた。

『殺したのか・・・? 俺が殺したのか・・・?』

 とてつもない恐怖がショウゴを襲う。が、その男はバットで殴られ、変型した頭を自分で直し、再びショウゴに照準を合わせている。

『・・・っ! そうだっ! こいつらはもう死んでるんだっ!』

 ショウゴはハッキリとそれを理解した。そして、

「うわああああっ!」

と、叫び声をあげて、村人達に踊りかかった。

 バットを振り回す度に、鈍いイヤな感触と音が、そして村人の悲痛な叫び声が聞こえる。 とてもじゃないが精神的におかしくなりそうである。

「何をしているっ? あれを使うのよっ!」

 サヨコが叫ぶ。

『あれっ?』

 ショウゴはバットを振り回しながら、警戒をした。村人達がショウゴから距離を取り始め、下を向いた。

 ショウゴは息を切らせながら、バットを構え直して様子を窺う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 村人達が一斉に何かを唱えだした。サヨコも何か唱えている。不意に空を見上げる村人達。

「・・・なんだよ・・・? あれは・・・?」

 宙を見上げたショウゴは、思わず呆然として呟いた。


 巨大な目玉が宙に現れた。空を覆い隠す程に無数の目玉が、宙からショウゴを見下ろしていた。


     続く

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