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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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「コトコさんは後から来て下さいっ!」

 ショウゴは、岸に着くと同時にそう言った。

「ショウゴ君っ!」

 コトコが引き止める。

「もうすぐ霧が晴れるわっ! そうしたらマツリが始まるっ!」

「でも、コトコさんがここにいるならマツリは始まらないはずじゃあ・・・っ?」

「巫女は私だけじゃないのっ!」

「っ?」

「私がいなくてもテイコとネイコの二人がいればマツリは始まるのっ! あの子達はまだ幼いから、本来の儀式は出来ないけど、霧原のおじいさまの言いなりに儀式をしてしまう・・・っ!」

「本来の儀式が出来ないってことは大丈夫なんじゃあ・・・?」

「大丈夫じゃないっ! 本来の儀式が出来なくても ・・・村のみんなは成仏出来ないけど、生け贄は絶対に助からないっ! だから・・・っ!」

「成仏出来ないって・・・っ! じゃあ生け贄なんかいらないじゃないかっ? ただ儀式ってことですかっ?」

「ちがうっ! 村のみんなは知らないだけ・・・っ! 生け贄と儀式で自分達が成仏出来るって信じてるのっ!」

「なんで、そんな無駄な事すんだっ! ちくしょうっ!」

「お願いっ! あの子達は何も知らないのっ! あの子達を・・・ テイコとネイコを人殺しにさせないで・・・っ!」

 コトコが目に涙を浮かべて、ショウゴに懇願した。その目にウソ偽りは感じられない。 ただただ、ひたすら純粋な願いであった。

「分かったっ!」

 ショウゴは、懇願するコトコに頷きながら強く言って、濃い霧の中を走り出した。見送るコトコの姿はあっという間に見えなくなる。


 相変わらず深い霧が立ち篭める森を、ショウゴはひたすらに走った。向かっている方向も、今自分がどこにいるのかさえも分からない。が、確認することも出来ないようなこの霧の中をひたすら走った。

「いてっ!」

 繁った木々の枝があちこちから伸びて、ショウゴの身体を傷つけていく。

「くそっ!」

 走っても走ってもこの森から出られないような気持ちになってくる。息が苦しい。と、 突然何かにぶつかり、思わず尻餅をついた。かなりの勢いでぶつかったのだが、それ程の衝撃はなかった。が、一瞬、目の前を風が切った。そして、しわがれた声がした。

「おやおや・・・ 昼間の坊やのお友達かい? こんな所にいたとはね・・・ ひひひ・・・」

 姿は見えないが、老婆の声だ。

『昼間の坊や・・・? タマキが言ってた婆さんか?』

 目を凝らすと何となくだが、人がいるのが分かる。

『くそ・・・ 時間が無いのに・・・っ!』

「もうすぐ『オマツリ』が始まるってのに、生け贄がいなくなっちゃいけないねぇ・・・」

 そんな声と共に、左腕に痛みが走った。

「つっ!」

 反射的に痛みの元に目をやった。左腕から一筋の血が流れる。何か刃物で切りつけられたのだ。だが、幸いにも傷は深くはない。ショウゴは霧の中に揺らめく人影に向かって叫んだ。

「邪魔すんなっ! こっちは急いでるんだっ!」

 人影がふらりと動いた。

「お前さんを連れて行けば、ワシが選ばれるかもしれんてな・・・ 生け贄は傷つけとうないから、大人しく着いてきてくれると助かるんじゃがね・・・ ひひひ・・・」

 ショウゴは声のする方に意識を集中した。人影が動いた瞬間に姿が見えた。この村に来る時、朝の電車で見た老婆であった。たしか・・・ 昨日意識の無くなったタマキを連れてきてくれた・・・ 霧森とかいう婆さんだ。手には・・・ 老婆には不釣り合いな位に大きな鉈を持っている。そんな鉈を軽々と振り上げ、

「もう時間もないでな・・・ 取り合えず引きずってでも神社へ持っていかなけりゃあな・・・」

と、じりじりとショウゴに近づいてくる。

『持ってくって・・・ 俺は物じゃねーよ。』

 ショウゴは少しムッとしたが、不意に立ち上がり、両手をあげた。

「ちょっと待ってっ!」

「ん?」

 霧森の老婆は今にも振り降ろそうとした鉈を止めた。

「・・・すみません・・・ もう、観念しました・・・ 生け贄でも何でもいいから、神社に連れてって下さい。」

 ショウゴが諦めたように、弱々しく言った。

「友達も捕まっちゃったし・・・ こんなに霧が濃いから、自分がもうどこにいるのかも分からないし・・・」

「ひひひ・・・ 子供は素直が一番じゃて。まあ、友達も一緒じゃから寂しくはないてな? ひひひ。」

 霧森の老婆はそう言うと、腰に巻き付けていた縄を手にして、ショウゴの両腕を縛った。

「また逃げ出されちゃあかなわんでな?」

「逃げろって言われても、こんな霧じゃあ無理ですよ・・・?」

 ショウゴが、大袈裟なくらい肩を落として言うと、霧森の老婆は歪んだ笑みを更に歪めて言った。

「この霧はな、『マツリ』の儀式迄の準備期間じゃ。霧が晴れる時、儀式が始まるんじゃよ。」

老婆は、ショウゴの腕に括り付けた縄を引っ張り、前に歩き出した。一メートルも離れていないはずだが、人影がゆらゆらと見える程度の視界である。

「じゃあ・・・ 霧が晴れる迄逃げとけばよかったのかな・・・?」

 ショウゴがぽつりと呟く。すると、すぐにいやらしい笑い声が聞こえた。

「ひひひひひ。それは無理じゃな。どのみち助からんよ? ひひひ・・・」

「どうしてですか? 霧が晴れれば、こんな小さな林なんてすぐ抜けられるよ?」

 それとなく言う。

「霧が晴れて、儀式が始まる・・・ その後、切取様により今回の昇魂天が選ばれて『マツリ』は終わる。わずか一時間の『マツリ』じゃ・・・ その後、この村は消える。いつ来るか分からない、次の『マツリ』の日迄な・・・」

 老婆は噛み締めるように言った。妙な重みを感じる。が、ショウゴにはどうでもいいことであった。ショウゴは更に、

「村が消えるって、どういう事ですか?」

と、前を行く老婆の影に向かって言った。

「消えるんじゃよ・・・ 何もかもな・・・ 動物も草も人間も・・・」

『何もかも消えるって・・・?』

 老婆は歩き続けたまま続けて言った。

「じゃが村人の魂だけは消える事はない。暗い暗い闇の中を地獄の苦しみに耐えながら、この日を待っていたんじゃ。お前がおれば今回は四人・・・ 久しぶりにまとまった村人があの世にいけるじゃろて・・・」

 ショウゴがすぐに切り返す。

「四人って・・・? 俺達は三人だったけど・・・?」

「ん? ああ・・・ お前さんの友達じゃあないねぇ・・・ もっと歳のいった男じゃよ。たしか前の『マツリ』の時にも邪魔しにきてたねぇ・・・」

 老婆は相変わらず、前に進みながら喋っている。

『ケンジロウさん・・・ 捕まったのか?』

 そんなコトを考えながら歩き続けると、今迄より何となく霧が晴れてきている感じがした。

「抜けたぞ? 神社迄はもうすぐじゃ。」

 霧森の老婆が言う。今迄は白い影だった老婆の姿が、先程よりハッキリと見える。右手で鉈を持ち、左手でショウゴを繋いだ縄を引っ張っている。確かに霧が晴れてきているようである。

「おうおう、もう時間がないの。早く神社に行かんと・・・」

 老婆はそう言うと、持っていた縄をぐいっと引っ張った。

「うわっ!」

 老婆と思えない程の力だ。思わずつんのめる。

「ほれだらしない。そんなこっちゃ友達に会う事も出来んよ?」

 老婆はそう言って、再度縄を引っ張った。ショウゴは素直に、しかし場所を確認するようにゆっくりと歩き出した。


     続く

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